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幻想都市譚  作者: 宗像ミチル
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2-2

「そっかー、良かったね」

腰にとどきそうな黒髪を珍しくポニーテールにした麗花(れいか)が、嬉しそうに頷いた。今は放課後、教室には麗花と(とも)の二人しかいない。

「でも、幻燈館(げんとうかん)のブランチメニューをご馳走になった事は、美怜(みさと)には秘密にしといたほういいよ。開発中のメニューを食べる権利があるのは、自分だけだと思っているんだから。まぁ、桂木(かつらぎ)さんもその辺は良く理解しているから大丈夫なんだろうけど」

「不思議に思っていたんだけど、桂木さんと如月(きさらぎ)の関係って何?随分親しそうだけど。名前も似たかんじだし」

「あはは。名前は偶然。元々はわたしの兄の知り合いなの。そして話して分かった事なんだけど、実は桂木家と山王丸家(さんのうまるけ)は遠い親戚だったのよ。美怜だったら、運命とか言うんだけどね。実際、高校1年のときに『幻燈館』に連れていったら、運命の人とか言ってたし」

「片思いなのか?」

珍しく他人の事を気にしている事に、智は気付いていない。そして普段の麗花だったら、気付いているはずの智の変化を、気付けずにいた。どうも美怜が絡むと、麗花は一気に注意深さとかが消滅するらしい。そしてまた、それさえも気付いていない。

「片思いよ。美怜も桂木さんも」

「えっ?」

「ビックリするよね」

智の反応は誰もするらしく、麗花はいたって冷静なまま話を続ける。

「でも本当なの。わたしは直接聞いてないけど、兄が言ってた。桂木さんが美怜の事気にしてるって。二人の様子を見ていると、告白した感じも、された感じもしないのよね。美怜は普段あんなだけど、桂木さんに対しては信じられないくらい乙女だし、桂木さんも美怜の将来を考え過ぎちゃって、結局大切な事は言えないまま」

「誰も他人の心なんて見えないからな。言葉にして傷付くのも傷付けるのもしたくないって事だろ」

「そうなのかもしれないね。でもわたしは分からない。美怜は大切な友達だし、家族も大事。桂木さん達だって好き。でもわたしは、そんな人達にも本心を見せてない気がする。傷付けるとか傷付くとかいう以前の問題。わたしは他人と係わる方法を知らない」

「そんな風には見えないけど。いつだって自然に如月と話しているじゃないか」

「そう?」と麗花は曖昧に微笑む。

開け放した窓から入ってくる風はなく、緩やかな静寂が二人を包む。

「美怜が始めてなの。こんなにもわたしに踏み込んできたのは。だからかえって悩む。この接し方は間違ってないかと」

「如月が気にしていないって事は、間違ってないと思うけど。それにきっと、そんな間違いにも気付かない。違うか?」

カタリと音を立てて、麗花は椅子から立ち上がった。カーテンの引かれていない窓辺に佇む。

「わたしを支配するこの感情。それが一体なんなのか分からない。悩みなのか、それとも違うのか。考えても結論なんか出ないで深みにはまる」

それは独り言のような囁き。智は風の音を聞くように耳をすましていた。そして忘れていた昨日の夢の一片を思い出した。いつか出会うはずの女性。彼女の微笑みは夢の智の心を解放してくれた。ひどく幸せな夢。目覚めたときの空虚感は、今も智の心を疼かせる。彼女はどこか麗花に似ていて、そして智自身にも似ていた。

「いつかそんな気持ちから解放される日が来るかもしれない。俺も山王丸さんも」

「うん。そうだといいね」

麗花は振り返る事なく、独り言の続きのように返事をした。

校庭から聞こえてくる音とは正反対に教室は無音に近く、風の音まで聞こえてきそうだった。どのくらいの時が過ぎたのか二人には分からない。静寂は時の流れさえも曖昧にさせる。だけど静寂はいつか破れるもの……。

「あれ、相模?それに……」

ヒョイと、いかにも通り過ぎみたいに顔を覘かせたのは、クラスメートの一人の川嶋廉(かわしまれん)だった。

麗花は少し考えるような表情をしてから「ひょっとしてと待ち合わせしてたとか?」

と、智と川嶋を交互に見つめいった。

「そういうわけではないけど」

「オンナノコじゃあるまいし、待ち合わせなんてしないよ。たまたま通りかかったら相模と山王丸サンが見えてね。つい気になったわけよ」

爽やかな少年らしい顔を、ニヤリとした悪人スマイルに変える。

「気になる?」

「俺と山王丸さんが一緒にいるのがおかしいか?」と麗花と智は同時にいった。

「うーん、おかしいというよりも珍しい。間に副委員長が入っていたら普通だけど」

「そういえば、そうね。相模君と長時間話すのって珍しいかも。なんだかんだいって、美怜が乱入してきてるし」

「だろ?」

ニマニマ笑う川嶋に対して麗花と智は、美怜の存在の大きさを感じる。大きいというよりは、大きすぎる気がする事もあるけど……。

「で、珍しい組み合わせで何を話していた?込み入った話か?」

「大した事じゃないわ。それにもう終わった事だから」

「そう、ただの報告。」

「へぇ…。タダノ報告ネ。多くを追求するのはやめとくか」

意味あり気な笑顔を作る川嶋に、智は冷静にツッコミを入れる。

「川嶋が考えてるような事はないから」

こうして麗花と智は、なぜか話の中心にいる川嶋と共に学校を後にした。


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