第5話 川に流されました
転移、そのチカラは俺が想像した場所に近い環境の場所に瞬間移動する、というものらしい。
全身に浴びた肉塊の血を流したいと水辺を思い浮かべれば清涼な川へ瞬間移動した。
突然の水に驚いて溺れかけたが、子供の頃の水泳の授業を思い出しできるだけ力を抜いて水上に顔を出し、水の流れに身を任せつつ、上がれそうな河原を見つけそこに泳いだ。
上がると川の水に濡れた体を風に吹かれて体をブルリと震わせくしゃみを一つ。
思わず暖かな火を思い浮かべて瞬きをすると業火に包まれた部屋に瞬間移動した。
見渡すと燃える前はさぞ高価で豪華そうな部屋の家具は轟々と燃え盛る炎に包まれ出口を塞いでいる。
背後にはこれまた大きくて豪華なお姫様が寝るような天蓋と薄いカーテンのあるベッドが配置され、そこから薄いカーテンの奥に人影が見える。
俺はこの時点で転移のチカラを予想できてしまった。
思い浮かべた光景に似た場所に瞬間移動するチカラ。
水辺を思い浮かべば川へ。
火を思い浮かべれば火事現場へ。
しかも、川の水で濡れていた体がすっかり乾いて無骨な首輪さえ無い。
移動するのは俺本体だけか?
…なんとも扱いに困るチカラだ。
何処か安全な草原でも思い浮かべればすぐにこの状況から逃れられるだろう。
…しかし、人影を確認するとベッドに近付き、薄いカーテンを押しのけた。
「…っ!?」
そこには今の俺の体よりも大きい、年上だろう金髪の少女が居た。
突然現れた俺に驚き過ぎて声が出ないのか、ただただ、目を大きく見開いて口を押さえている。
少し前から泣いていたのか、目は赤く腫れ、蒼い目からは涙が零れ続けていた。
「逃げるぞ、立て」
「………」
少女の顔には困惑したように唖然としている。
…部屋が燃えてる時に助けに来た奴が全裸の幼女だとそうなるか。
俺は相手の返事を待たずにベッドに乗り出し手首を掴んだ。
急に手首を捕まれ驚いたのかビクリと跳ねる少女に違う質問を掛ける。
「お前以外にこの部屋に誰か居るか?」
「………」
言葉は無い。
しかし、小さく横に首を振る。
…否定と受け取って良いんだよな?
逃げ道は…扉は一つしかない。
それも炎で閉ざされている。
少女を連れて逃げるには厳しい。
既に炎は部屋の半分を包んだ。
幸い薄いカーテンのおかげかベッドまで煙は入ってない。
少女も煙を吸った様子はないから動けはするだろう。
火の手が追いつくのも時間の問題だが。
ベッドのすぐ横に窓があった為、ベッドの上に引いてあったカバーを剥ぎ取り少女の手を引いて窓に向かった。
窓を押したり引いたりして開けようとしたが少しも動かない。
窓には何処を探しても鍵は見つからず近くの椅子で叩き割ろうかと思ったが、少女が窓に近付き窓に触れると意図も簡単に開いた。
異世界の妙なハイテクさを目の当たりにして関心を覚えつつ暗い窓の外、窓の下を覗き込む。
火の手が下の階まで燃え広がっている為か明るく、窓の下には何も無い事やここが二階だという事を確認した。
高さもそんなに高い訳じゃないな。
これなら飛び降りても上手くすれば死なない。
そう思いたい。
シーツの角を近くの大きなドレッサーの足に巻き付けて固く結ぶ。
もう片方を少女の体に巻き付けて固定する。
きつく結んだ為か、少女は少し苦しそうに顔を歪めるが、安全の為だ。
少し震えている。
今からする事を理解したのか。
恐怖で動けなくなるのは困る。
少女の体を強く抱き締め俺はゆっくりと話す。
「今からお前を下に降ろす」
だから怖がるな。
焦るな。
止まるな。
「これはお前の命を守る命綱だ。
下に降りればこの膨らみを思いっきり引っ張れ。
俺が外せと叫んでも引っ張れ。
そうすればシーツが解ける」
俺はシーツの一部を摘む。
1度引っ張って解いて見せてまた結ぶ。
そこを引っ張れば解けるように結んだ。
横結びの応用だ。
「俺が上からこのシーツを支える。
さぁ、怖がるな、ゆっくりと行け」
少女は少し迷いを見せたが窓に足を掛ける。
小さく頷いて…降りた。
…良い子だ。
俺はシーツを体に回し強く持つ。
少しして少女の姿が見えなくなり、体に巻いたシーツに重い衝撃と痛みを感じる。
俺は焦らず、ゆっくりとシーツを動かす。
少しづつ、少しづつ。
背後の熱と煙は一切無視して俺は少女を降ろした。
ギリギリまで降ろした。
これ以上はシーツをドレッサーの足から解かない限り無理だ。
ゆっくりと窓から下を見る。
少女はまだ地面に着いていない。
しかし、あの高さなら落ちても捻挫するぐらいだろうか?
「外せ!
飛び降りろ!」
俺がそう叫ぶと少女はシーツの膨らみを勢い良く引っ張り…落ちた。
地面に落ちて動かなくなったが、少し経つとゆっくりと少女は動き出した。
動きを見ていると大きな骨折は無さそうだ。
俺はドレッサーの足に巻き付けていたシーツを解き少女に当たらない場所に着地できるように確認してからシーツを持って窓から飛び降りた。
気持ち悪い浮遊感の後、俺は重力に引っ張られ…落ちた。
落ちるのは…一瞬だ。
落ちる途中、少女と目が合った。
2度目の見開いた目を見ながら俺はニヤっと笑った。
あぁ、大丈夫さ。
俺は…死なない。
少女と目が合ったのもつかの間、俺は全身に衝撃を受けた。
少女は短く悲鳴をあげると俺に近付くが、俺は手を挙げて動きを止めた。
嫌な音と激痛で意識が飛びかけたがそれも数秒もすれば癒えた。
少女はすぐに俺から退いて俺を心配そうに見る。
「俺は大丈夫だ。
…お前は大丈夫か?」
「無事よ。
…ありがとう」
今度は答えてくれた。
俺は立ち上がり、シーツを体に巻き付ける。
流石に全裸のままだと色々と危ないからな。
糸と針もあれば簡単な羽織れる物を作れるのだが、贅沢は言わん。
…他人の物を使ってる時点でアウトではあるが命を助けた報酬として貰うぞ?
心配そうに見る少女の手を引いた。
火事の側は危ない。
炎が広がれば丸焦げか大火傷だ。
少しでも離れなければ、逃げた意味がない。
「私はシャルロッテ。
シャルロッテ・ヴァン・オータム
シャルと呼んでいいわ。
…貴女、名前は?」
少女は手を引っ張れながらそう俺に伝えた。
名前、そういえばまだ付けてなかったか。
俺は少し考えて…名乗った。
「俺は…キョウカ。
それが俺の名だ」
前世での名が1番覚え易い。