第4話 血まみれになりました
歯に挟まった肉片を摘み、引っ張り出す。
口の中にまだ感触や味が残って不快だ。
歯磨きをしたい。
身体も血だらけだ。
俺の血も混ざってるだろうが…あの肉塊の血で全身、髪から足の爪まで染まってしまった。
風呂に入りたい。
今世では長く伸びた髪にも血が滴り、一部は血で固まり、顔にへばりつく。
早く、風呂に入りたい!
部屋は血で染まり不衛生で不気味だ。
窓も照明も無いが明るい部屋には血に染まった俺と動かなくなったアレがあるだけ。
近くには子供がギリギリ入りそうな穴が開いて動かなくなった肉塊がある。
そう、あのイモムシかウジムシを思わせる怪物だ。
少しづつ噛み千切った。
最初は首まで埋まっていたが、肉の圧が弱まり腕が肉から抜け出した後は、周りの肉を引っ張り、傷口を広げ中の柔らかな組織を掻き出し喰い千切った。
…少し体液を飲み込んでしまったが、肉は食べずに吐き出した。
毒や病原菌を持ってたら怖いから。
体液を飲み込んでしまってる時点で無駄だとは思うが…
肉塊は暴れた。
身体を噛まれた痛みで暴れたのだろう。
壁に体当たりや転がって俺をその巨体で下敷きにしたりと俺を止めようとした。
痛かったが…俺も死にたくないと噛み続けた。
幸い、周りの肉がクッションになったおかげか俺は痛みはあっても死ぬ事は無かった。
肉の圧は強まり、痛みのあまり下半身の感覚が麻痺しても噛み続けた。
時間感覚は元々、暗い部屋で狂っていたが1日は噛んでたと思う。
何で俺はこの肉を噛んでいるのか分からなくなった時に肉塊の動きが弱まり…止まった。
その時には腰までの肉を噛み千切っていた。
その後も足が抜けるまで肉を噛み続けた。
次第に固くなり噛み千切れなくなり始めた時は焦ったが、何とか足を抜く事に成功した。
下半身は肉の圧で全体的に内出血ができていて痛んだ。
そのせいで動かなくなった肉塊から降りる時に血で足を滑らせ尻から落ちて強かに打った。
落ちた所が血溜まりだったようでせっかく痣はあれど血で汚れていなかった部位も血だらけになってしまった。
少し休めば痛みは安らぎ、部屋を歩き回れるまで回復した。
…やはり、この回復速度は遊戯神から与えられたチカラの一端なのだろう。
あぁ、頭の中で響いた呪文を唱えた時に左手にあった何か捨てた時に何か言葉が浮かんだ気がする。
さい…せい…
そうだ、再生だった気がする。
再生、か。
トカゲの尻尾とかのヤツか?
千切れた尻尾が生え変わる。
それで…俺は元気になったのか?
こんな短時間で肉付きが良くなったり、怪我の痛みがひいたりするものなのか?
…良く分からん。
良く分からん原理だが、それで俺が元気になったのなら、今はそれでいい。
問題は…この部屋に出口が見つからなかった事だ。
歩き回って肉塊の後ろも探したが、扉はおろか窓さえ見つからない。
…腹が減った。
最悪、肉塊に手を出して飢えを凌ぐが、それもいつまでもある訳じゃない。
ここから逃げれないと肉塊を噛んだ意味がなくなる。
…こういう時こそ、神頼み、か。
俺は不安を押し殺しながら、無理矢理、前向きな期待を考えながら唱えた。
「我が命運、ここに顕れよ」
左手に何か乗った。
俺は恐る恐る左手を見た。
そこには小さな立方体、サイコロのような物が掌にあった。
面にはそれぞれ、独特なマークが描かれていて驚く事に常にマークが動き変わっていた。
これが俺の、遊戯神から与えられたチカラか。
遊戯神と名乗る存在を象徴するようなサイコロのような見た目に何とも言えない気持ちになりながら左手に現れた物を観察する。
材質は…石か金属を彷彿させる。
白い立方体に黒いマークが蠢き…!?
一瞬、マークが『死 』という漢字に見えた気がした。
気のせいだと自分自身を宥めてチカラの使い方を考える。
…やはり、サイコロと同じように振るのだろうか。
再生、という言葉が頭に響いた時も左手に虫が乗ったと思い放り投げたからだ。
このサイコロのような物を振れば何か変われるだろうか。
…いや、変えて貰わなければ俺が困る。
せめて血で汚れない為に血が飛び散っていない場所を探したが、肉塊は余程激しく暴れたのか、何処を探しても部屋中血まみれだ。
仕方なく、血が乾いてそうな場所を選びサイコロのような物を振った。
カランコロン。
硬い物が当たる音を響かせながらサイコロが動く。
ーアビリティ【転移】を習得ー
止まったと同時にサイコロのような物…サイコロで良いや、サイコロは消えた。
そして頭には新たな言葉が響いた。
今度は心の準備もしていたから言葉を聴き漏らさず聞くことができた。
出た言葉はアビリティ、転移、習得のこの3つだ。
その中で俺が最も考えなければならないのは転移だ。
なにせ、再生を習得してからは肉付きは良くなり、次第に元気になるわ、怪我はすぐに治るわで助かってるからな。
転移は…瞬間移動の事だろうか。
特に体に異変は無い。
血まみれで首に無骨な首輪があるのみ。
あぁ、風呂に入りたいな。
いや、前提としてこの部屋から逃げ出したい。
逃げた場所で水浴びができればなお良い。
俺は心の癒しを求めて目を瞑り清らかな水辺を想像した。
静かで、清らかで、美しい水辺。
こんな血の部屋とは無関係な水辺に行って血を洗い流したい。
突然、沈んだ。
体を押し流す何かに驚いて目を開くと…俺は水の中に居た。
【再生】
【転移】