第3話 ご対面しました
嫌な想像ほど良く当たるものだ。
目の前のモゾモゾと蠢く白い肉塊を目線から外さずに逃げ道を探すが窓はおろか扉さえ見つからない。
何故俺が肉塊から逃げているか。
そうだな、簡単に説明しよう。
俺は早口ターバン男に引き摺られて連れ出された場所は風呂だった。
数人がかりに垢や泥、汚物や臭いが取れるまで身体を洗われ、妙に鼻に残る甘い香りの液体に漬け込まれ、髪や爪を綺麗に整えられて…
数日をかけて身綺麗になった所で床が閃ったと思えばこの肉塊とご対面だ。
肉塊、そう肉塊としか言いようが無い姿だ。
人の肌に似ていて青白く、巨大な肉の塊。
俺が漬け込まれいた甘い液体の香りと肉塊の体臭が混ざって吐き気を催す酷い。
匂いの強い香水を合わせると気持ちが悪くなるアレだ。
頭がクラクラして気持ち悪い。
しかし、今は気持ち悪さで足を止めている場合じゃない。
俺は裸の幼女、足を止めれば俺の何倍もの巨大な肉塊相手にたちまち殺される。
それほど狭くない部屋の大部分を占める肉塊の姿は息苦しさと圧迫感が強く主張してくる。
不思議な事に窓や照明が無いのに部屋全体が明るく、肉塊の様子を何一つ隠さず目に入ってしまう。
何も無い、肉塊と俺しか存在しない部屋に逃げ場も隠れる場所もない。
しかも、その巨体故に重過ぎて動けぬ筈のアレはまるでイモムシのように全身を蠕動させて近付いて来る様は鳥肌が立つ。
時たま、空気が抜ける音と共に身体を小さくさせ、また大きく膨らんでブヨンブヨンと近付いてくる。
まるで巨大さと色が合わさってウジかナメクジのようだ。
蠢いて近付いてくるが、動きは遅い。
しかし、部屋の大部分を占める体積の前では速さは問題にならない。
あの巨体をでのしかかられれば俺は即死するだろう。
その後は…あの肉塊に喰われるのだろうか。
あの巨体の下…見えない部分に大きな口でもあるのだろうか。
それとも、全身から強力な酸を出して溶かして吸われるのか。
どちらにしても俺が死ぬ結果しか見えない。
思えば、風呂で甘い液体に漬け込まれたのも、味付けの一環だったのだろうか。
家畜以下の奴隷の次は怪物の餌って訳か。
…冗談じゃない。
まだ死んでたまるか。
じりじりと部屋の隅に追いやられていく。
部屋が明るいせいで肉塊の様子も良く見える。
少なくとも今は、ブヨブヨの肉しか無い。
牙や爪は見えないし、謎の液体だって出ていない。
こいつの上に乗れば、押し潰されて殺されないのではないだろうか。
その後は分からないが、少なくとも俺が生き残るにはそれしか思い当たらない。
一か八か、やってみるか。
どうせやらなきゃ死ぬし、失敗しても死ぬ。
一度は餅を詰まらせて死んだ身だ。
肉塊に乗って生き残れるならやってやる!
俺は決心して…肉塊の方に走った。
助走をつけた方がより高く跳べる。
例え、2、3歩の距離でも無いよりはマシだ。
もしかしてら、上の方に口があるかもしれないが…そんな事を考えても今は仕方ない。
肉塊へ手を伸ばせば触れる距離で俺は跳んだ。
肉塊の上に着地すると、足の裏に気持ち悪い感触と共に肉塊へと沈んでいく。
まさか、見た目通り肉しかないのか!?
抜け出そうにも肉塊に沈んで上手く動けない。
抜け出そうと暴れてもどんどん肉に沈み込んでしまう。
まるで流砂や底なし沼に嵌ったかのようだ。
ゆっくりと為すすべも無く沈んでようやく首まで埋まった所で止まった。
全身を圧迫されて息が苦しい。
肉塊が動く度に全身を絞り上げられているようで身体から嫌な音が響いてくる。
華奢な幼女の身体では全身肉に揉まれるだけで悶絶するほどの苦痛を感じる。
叫びさえ上げられない。
悲鳴すら出ない。
息をするほどの余裕がない。
…足に何かが当たった。
全身を包む肉と違い、硬く、弾力のある物。
それは一定の間隔で動いて熱を持っていた。
もしや、肉塊の心臓か!?
これに刺激を与えれば俺は助かるかもしれない。
しかし、今は全身を肉に包まれて身動き一つできない。
どう刺激を与えれば良いのか。
肉に噛み付いて怯んだ隙に蹴るか。
噛み付きに驚いて肉塊が俺を締め上げて死ぬ可能性もあるが、何もしないで死ぬよりはマシだ。
…そうだ、腹が減っているんだ。
今ならこの肉塊さえ、美味しく感じるだろうよ。
俺は肉塊に思いっきり噛み付いた。
まるで生の分厚いホルモンを口いっぱいに頬張ったような美味しさのカケラも感じさせない食感。
力いっぱい噛み付いて食い千切ろうとしてるが…なにぶん、今の俺は幼女の姿。
噛む力も弱いようで肉塊を噛み千切る事は叶わなかった。
少し、肉塊のブヨブヨの肉なのか皮なのか脂肪なのか分からない部位に噛み跡を付けただけで肉塊は何も反応しない。
悔し紛れに何度も噛み付く。
噛んで噛んで噛んで…
まるで分厚いホルモンではなく、ゴムを噛んでいるようでアゴが疲れる。
少し休みを挟みながら俺は肉塊を噛み続けた。
同じような場所を噛み続けたおかげで得体の知れない液体が肉塊から滲み出てきた。
酷い臭いで、味も最悪だが、肉塊に傷を付ける事ができた事、肉塊が反応らしい反応を返さない事に達成感と不安を感じたが、今は肉塊を噛む事を優先しよう。
肉塊が痛みで俺を投げ捨てると良いのだけど。
変な動きで全身の骨を砕かれかねない俺は不安を押し殺して機械のように肉塊を噛み続けた。
ついに少し噛み千切れた。
肉塊がビクリと震え少し身体の圧迫感が小さくなった気がする。
効果があるようだ。
俺は誤って飲み込んでしまう前にその肉片を吐き出した。
肉塊の一部を噛み千切った場所から鉄臭い赤い血のような物が滲み始めた。
鉄臭さを我慢して俺は肉塊を噛み続ける事にした。