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今世は運任せ  作者: サイコロ
22/23

第22話 騎士の疑念

あり得ない。

虫型の邪霊を焼き尽くす、ただの炎を呆然と見ながら頭の中ではその言葉しか浮かばなかった。


癇癪姫の噂は聞いていた。


曰く、気にいらない事があればその身に宿る膨大な魔力を放出させ手当たり次第に物を壊す我儘な娘。


故に癇癪姫。


曰く、幼いながらも老若男女に手を出し瞬く間に虜にしてしまう色狂い。


故に魔性の娘。


曰く、加虐嗜好を持っており、夜な夜な部屋からは己よりも幼い侍女見習いのすすり泣きが聞こえるという。


故に拷問嬢。


癇癪姫の悪い噂と渾名は騎士の間でもよく耳にした。

同僚の馬鹿共はその後、下衆な妄想を口にしていたがそこはどうでも良い。

同僚の馬鹿は女の話となれば最後には行き着く物だと学習したのだから。

ただただ気持ち悪いだけだ。


そして癇癪姫の手に負えないのが現王の姪にあたる王族である事だ。


王族の血筋は膨大な魔力を得る。

初代国王が原初の魔人にして魔神と魔力比べをして勝った逸話など、膨大な魔力を誇った話は有名だ。

そして、現王の弟である大公の末娘。


つまりは、手に負えない我儘娘にやりたい放題させる力とそれを押し通せる身分を神は与えてしまったのだ。


癇癪姫が王城に来た時は今でもはっきりと覚えている。


視線でどこを見ているのかバレバレな同僚と模擬戦をしていたあの日、突然の膨大な魔力の波動で意識を一瞬で持っていかれた。

後日、説明された話では移動陣で癇癪を起こした癇癪姫の魔力放出が原因であったらしい。


移動陣はその設置条件から地下にしか作れない。

そして王城の移動陣は一際 防魔対策が施されていた。

現王の魔法でさえ破るのに時間が掛かる代物を小娘のただの癇癪で破ってしまったのだ。


その時点で現王よりも魔力の高い事を証明してしまった。

だから、誰も癇癪姫に苦言を出そうなどと考える者は居ないのだ。

それで癇癪を起こされては命の危険すらあるのだから当たり前な話だ。

誰だって好きでもない相手の為に命などかけないのだから。


だからこそ、人に仕えるには幼すぎる無愛想な彼女が癇癪姫の侍女見習いとして側に居るのだろう。

どれだけ膨大な魔力放出を受けても魔力を持たない者であれば何の影響もないのだから。


そんな癇癪姫を連れての今回の遠征。

王命でも無ければ誰もが辞退した事だろう。

誰だって小娘のご機嫌とりをする為に騎士になった訳ではないのだから。


癇癪姫は結界魔法を扱う事ができるらしい。


団長は、今回の遠征は怪我人が出ずに済む、なんせあのお嬢様が俺達 騎士団をお守りしてくださる、と冗談を言っていた。


あの時、まさか団長の言葉が実現するとは誰も考えて居なかった。


初めて癇癪姫と会ったのは王城の移動陣がある地下室へと続く階段の前だった。


己よりも幼い侍女見習いの手を握ったまま私達に簡易な挨拶の後、今回の遠征の護衛に感謝の言葉を述べていた。

幼いながらも流石は大公の娘らしく、美辞麗句な建前がすらすらと口から出る。


機嫌が良いのかそのまま文句も言わずに移動陣で目的地に近い街へと移動した後はすんなりと準備されていた馬車に乗り込み行軍が開始された。


馬鹿な同僚共は癇癪姫とはいえ幼いながらも美しく可憐な少女からの言葉に舞い上がり、いつも以上に士気が高い。


中にはあれほど容姿ならば数年経てば夜も楽しめると馬鹿を言い出す奴も出る始末。

お前は何様だ。

お前と癇癪姫は親子ほどの年齢差があるだろ、変態。

しかも既婚者だろ、お前。


どんな癇癪を起こすか警戒をしていたのにすんなりと馬車に乗って行軍が開始されたから気が緩んでしまうのも分かる。

しかし、いくら対象が防音性の高い馬車の中だからといって気が緩み過ぎだ。


だが、街の結界を抜けしばらく経った時、癇癪姫が1人の騎士に邪霊が来ると伝えてきたのだ。

それと方角と邪霊の数を合わせて。


あの時は正直に何を言っているんだと思った。

邪霊の接近を知らせる感知器が反応しておらず、偵察組からも報告が無かったからだ。


癇癪姫の悪評に目立ちたがりを追加すべきかと考えていたら、偵察組から癇癪姫の言った通りの方角に邪霊を確認したという報告があった。


あの報告を聞いた時は鳥肌が経った。


偵察組はその名からも分かる通り、周囲を警戒し、索敵を得意とする者達だ。

彼らの働きは身の安全へ、つまりは任務の成否に直結する大切なもの。

団員の命を預けるに足る実力者達だ。

それは優れた五感や経験則、専用の魔道具を操る熟練の業が成せるのだ。


癇癪姫はその熟練の業を魔力感知のみで超えた。

偵察組が捉えられない遠距離から邪霊の正確な数を言い当てるほどの精密さで。

これほどの精密で広範囲な魔力感知は聞いた事がない。


確かに邪霊は魔力が高ければ姿が見えなくとも場所が分かるらしい。

偵察組の魔道具もそれを応用して邪霊を探知する仕組みなのだ。

魔道具はその探知能力と距離を底上げする為に必要なもの。

それを道具もなしで行えるとは癇癪姫の魔力量は規格外もいいところだ。


その後も、癇癪姫は邪霊に対して結界による足止めから野営時の結界による安全向上など戦闘から行軍まで幅広く貢献した。


流石に己の命がかかっていればこちらに対しての補助もするらしい。

賢明な判断だと伝えたいですね。


そのおかげで余裕もできた。

貢献には報酬を。

私の水魔法で準備した、行軍中には贅沢なお湯を渡した。


そして先日、初めて会敵した地中から現れた昆虫型の邪霊。

昆虫型は珍しくもない。

特徴はその巨体と鋼をも弾き返す硬さ。

複数の関節と足による変幻自在、高速移動。

しかし、元となった昆虫からは逸脱した様子は無く、武器が効かなくとも魔法は効いた。

倒し易い部類の邪霊だった。


それがどの個体も全く同じ見た目で無ければどんなに良かった事か。


つまり、我らが向かう場所には邪霊の上位種、主が存在する可能性がある。

我らだけでは主を倒すには戦力が足りない。

しかし、団長は行軍を続行させた。

国の結界が維持されている今、結界を直さなければ主が結界内に入り込む。


そうなれば…王国は終わりだ。

万が一の際は癇癪姫を王城に戻す魔道具を準備させて、行軍を続行した。


そして、野営をする際に、邪霊に囲まれた。

幸いな事に癇癪姫がいち早く気付き、同僚が集まって結界を張ってくれたおかげで負傷者は出なかった。


だが、この場から逃げられない状況では先の良い未来など思い描けない。

余裕がある今、癇癪姫を王城に戻して情報を伝えさせた方が良い。


私は団長に相談しようと馬車から離れる前に癇癪姫から魔法を使うと言い出した。


この危機的な状況になって我儘を言い出したお嬢様を殴って気絶させようかと思ったが現在張ってある結界がいつまで保つか分からない、だから切り札を出すのだと発すればそれを聞いた馬鹿が団長の元へと走って行った。


それから団長命令で防火の魔法や陣の準備を言い渡された。


賭け事の好きな団長の事だ。

癇癪姫の切り札を切らせてから王城に帰しても良いだろうと安直に考えたのだろう。


そして、防火の準備が整ったと伝えた途端、一体の昆虫型の邪霊が何の予兆も無く炎に包まれて爆ぜた。


一切の魔力を感じさせない炎に包まれてその後も続け様に爆ぜる邪霊を呆然と見つめるしかできなかった。


魔力を感じれれば魔法の炎だと、それも昆虫型の邪霊を一撃で屠るほど火力を持った魔法だと理解はできる。

同じ事ならば火系統の魔法でどうにでもなる。


しかし、目の前の光景からは魔力を一切感じない。

それがおかしい。

目の前の光景が魔法ではないとすれば、これは何だ。


ふと馬車の方に意識を移せば、そちらからも魔力を感じない。

まるで誰も乗っていないかのように。


癇癪姫は魔法を使っているのではなかったのか。


私達は、一体 何を護衛していたのだ。

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