第21話 騙しました
車内の窓から見える、結界の外側の光景は一言で例えるならば…地獄が相応しいだろう。
松明の明かりを反射する、いかにも硬そうな黒光りする外骨格。
無数の足と重なり合う胴体が硬い音を立て無数の何かが存在している事を主張している。
時折見える赤い頭は獲物を探しているのか人の腕よりも長く太い触手で辺りを確認している。
他の奴は松明の明かりで見える範囲が制限されて一部しか見えていないだろうが暗視を持っている俺には全部見えている。
虫嫌いには発狂ものだな。
何が起こったかと言うと簡単に伝えるならば野営時に百足の姿をした邪霊に囲まれたのだ。
囲まれる前にシャルが邪霊の大群が四方八方から集合する事を魔力感知で分かったから邪霊が殺到する前に結界を張れたから怪我人は出なかった。
…逃げられない状況にはなってしまったが。
それとシャルは気絶してしまった。
遠くから邪霊の大群が攻め寄せる事を認識した途端、それが最近 遭遇した百足の邪霊と結びついたのだろう。
実際にそれであっていたのだが。
顔色を変えて邪霊が来ると連呼するシャルの言動は目に見えて怪しかった。
パニック一歩手前って所だ。
何度かパニックになる過程を見てれば検討もつくしな。
だから俺がシャルの声色を真似して騎士達に邪霊が近づいている為 蜥蜴馬車の付近に集まるように指示を出した。
これは擬態の能力で、色以外にも少しならば身体の変化も出来る事に少し前に気付いた。
今の幼女の姿から毛むくじゃらの大男、なんて体格や性別の変化は無理だが…髪や肌の質感、声帯などを変える事は可能だという事が判明したのだ。
いつの日かシャルの身代わりが必要な時の為にとシャルの声色の真似を練習していて良かった。
身代わりは誘拐を想定していたから然るのちに爆弾と化して賊を一掃しやすくする為の手段だったのだけれど、本当に役に立って良かった。
その指示を出した時は髪を黒から金へ、瞳も黒から蒼へと、肌もシャルに合わせた。
よく見れば声や姿が似ている全くの別人だと気付かれるが、蜥蜴馬車の窓から唐突に見える姿では俺だと気付かれずに騎士達はシャルが指示を出したと勘違いしてくれた。
シャルの声音で出した俺の指示で騎士達が集まったのを見計らってパニックになりかけのシャルに結界を張らせた。
魔力が暴走しかけていたが無事に角ばったボールをひっくり返したような結界を張る事が出来た。
その直後に結界は地中から飛び出した黒に飲み込まれた。
少しでも遅ければ結界が間に合わずに俺達は蹂躙された事だろう。
シャルも百足の邪霊が地面から現れた事を思い出していたのか地面にも結界を張り巡らせたおかげ、結界内に侵入される事はなかった。
これも素早く蜥蜴馬車の周囲に騎士達が集まったからだ。
いままでシャルが魔力感知で邪霊の接近を騎士達に警告していた事が功を奏したか。
シャルはよほど厳重に結界は張り巡らせたのだろう。
百足の邪霊の大群を見る前に気絶した。
前に芋虫に追いかけられた時と同じ魔力切れを起こしたのだ。
人にもよるが魔力が多ければ多いほど魔力切れから目覚めるには時間がかかるらしい。
シャルの場合は短くとも3日は寝込むだろうと王城で魔力の先生が言っていたから当分は目を覚めない。
気絶したシャルを楽な姿勢に移し変えて窓の外を見る。
騎士達が獲物を振り上げて百足に強烈な一打を…なんて光景は無く、結界に沿って線や模様を描いたり怪しげなアイテムを掲げて歌ってたりと、珍妙な光景が広がっている。
ちょっと何をしているのか分からない。
いや、何をやっているのかは検討はつく。
シャルの声音で炎の魔法を使うが高威力、広範囲の為、結界内に影響が出ないように備えて欲しいと騎士に伝えたのだ。
もちろん、炎の魔法は俺の自爆攻撃なのだが、それを知らない者がこの状況で聞けばどう考えるだろうか。
規格外で膨大な魔力を持ったお嬢様が邪霊を殲滅する為に周囲を灰燼に帰すような事を仕出かすつもりなのだと。
魔法とは魔力を込めれば込めるほど、威力が高まり、それに比例してコントロールも困難になるという。
さて、シャルの魔力操作が下手な事は王城でも響き渡っている。
使おうとした魔道具を壊す事で有名なシャルが邪霊を一掃しようと魔法を使うとなれば彼らはこう思うだろう。
魔法のコントロールをしくじって俺達も焼き尽くす未来しか見えない、と。
最初は断られた。
それも丁重に断られた。
大群の邪霊に囲まれたとは言え、結界内は安全なのだ。
結界内から物理的な攻撃は不可能とは言え、魔法、特に炎や冷気など温度に関するものは有効だ。
それをチマチマと続ければ助かる見込みもあるのだから。
誰だって危険な時に更に危険を冒して状況を打破するなんてハイリスクな賭けはやりたくない。
だから俺は結界がいつまで保つか分からないから早急に終わらせたいと伝えた。
まぁ、俺が結界を張った訳ではないから嘘ではない。
実際にいつまで保つか分からないが、シャルが魔力切れで気絶するまで魔力を込めたのだ。
普通に張っても1日は保つのに限界まで魔力を込めた結界がそれよりも短い事はないだろう。
しかし、急がされた騎士はどうだろうか。
数時間後、もしくは数分後には結界が崩壊するとでも思い込んだのか慌てて騎士隊長の元へ走っていった。
それから騎士の人達は大慌てで目の前の珍妙な準備に取り掛かっているのだ。
どうやら、隊長も短期間で百足の邪霊を処理する事は難しいと判断したようだ。
威力の目安として山も吹き飛ばすと伝えたから彼らも必死で取り掛かってくれている。
俺はその行動にどんな結果を持つかは分からないが俺の自爆を防げる事を祈るしかない。
…ここで魅了を手に入れた時のような核でも落とされたのかって威力を防げるか分からない為、最火力を出すような事は躊躇われる。
初めは肥大を使わずに敵の近くで発火、意識がある内に転移して再生したらまた発火するのを繰り返すか。
一撃離脱戦法
ならぬ一爆転移戦法って訳だな。
さぁ、いっぱい倒して新たな能力を得ようじゃないか。




