第20話 悪い予感がしました
国を覆う結界の起点と呼ばれる所は近い街からでも数日はかかる場所にあるようだ。
俺とシャルの2人に対して広過ぎる馬車ならぬ、蜥蜴車で何度目かの夜を明かした。
シャルはこの旅の中でも大活躍だった。
騎士が認識できない距離から邪霊が近付いてくる気配、魔力を感じれば窓から騎士に伝え警戒を促し、野営の時は結界を張って安全を確保したりなど。
魔力が膨大にあるシャルだからこそできる活躍だ。
最初こそは騎士達もシャルの警告を半信半疑で聞いていたが自身も邪霊が近付いてくる気配を察知してシャルの警告を信じるようになった。
来ると分かっていれば邪霊を倒す為に準備をして武器を構えた騎士達に隙はなかった。
俺の出る必要もなく危なげなく邪霊を倒していた。
魔法を放ち、武器を振るう。
邪霊が何かをする前に、近寄る前に仕留める。
個人個人の能力が高い為か戦闘と言うよりも排除という言葉がしっくりとくるぐらいだ。
野営時の結界は本当に感謝されていた。
視界が悪く、いつ襲われるか分からない緊張という精神的苦痛を覚悟していたようだがシャルのおかげで、邪霊の奇襲や夜襲を防ぎ騎士達の消耗を軽減したと思う。
その影響か、騎士からのシャルに対する雰囲気が柔らかくなった気がする。
この前の野営時、女性の騎士が魔法でお湯と布を準備してくれて体や服を綺麗にする事ができた。
普段ならば行わないが、今回はシャルの張った結界で人員に余裕ができた為、野営時の環境改善に回してくれたそうだ。
シャルの湯浴みの手伝いの後は洗濯だ。
俺自身は転移で汗や垢、汚れに埃さえ落とせるが服の汚れまではどうにもできないからな。
着替えも何着か準備されている為、濡れたままの服を着るという事にもならない。
まぁ、そこは俺の仕事だ。
シャルの身の回りの世話から精神安定剤まで役割を果たそう。
「キョーカ、明日の昼頃には起点に到着するらしいわ」
「そうか」
保存食として硬く焼かれたパンと塩とゴロゴロ野菜のスープが入っていたお椀を片付けているとシャルが言った。
ちなみに俺は絶食中だ。
もしもの時に食糧は多くあって困らないからな。
俺もお腹は空いていないし。
騎士の誰かからもうすぐ着くと聞いたのだろう。
「…これは、まだはっきりと騎士に伝えていないのだけど、今回は起点近くに主が存在しているわ。
いえ、伝えなくとも騎士は理解しているはずよ」
「主か」
主、それは邪霊の親玉か。
シャルの膨大な魔力を持つが故の広範囲の魔力感知で何かを知ったのだろうか。
しかし、野営時に騎士達がピリピリしていたからそれだけではないのか。
「今日、全く同じ姿の邪霊が何体も出たわよね」
「そうだな」
…あぁ、あの人を丸噛りできそうな巨大な百足のような邪霊か。
その地中から現れたが事前にシャルから下から邪霊の魔力を感じると伝えていたから驚きもせずに倒せてはいた。
邪霊よりもシャルが邪霊の姿を認識してパニックを起こしかけた事の方が印象が強いが。
直視しないようにシャルの前に立ちシャルの顔を俺の腹に押し付け、耳を両手で塞ぎ、魅了の香りでなんとか恐怖を紛らわせる。
視覚、聴覚を遮断して嗅覚に集中すれば、あら不思議、とても静かになるものだ。
…気分は麻酔をかける医者だな。
毒も使いようによっては薬になるって訳だし。
逆も然りであるからこそ運用には気をつけないといけないけどな。
事実、シャルは意識が朦朧として視線が定まらなかったが。
ますます、魅了がアブナイ薬のように思えてきたぞ。
少女が幼女の腹に顔を埋めるという車内状況の外では百足に対して火炎や氷柱、電撃など魔法を中心に騎士達が対応していた。
確かに硬そうな外骨格をしているから武器で叩くよりも魔法を放った方が効果的だろう。
俺のファインプレーがなければ後方から結界の乱舞で酷い結果を迎えただろう。
そういえば、シャルから邪霊は悪夢と悪意から作られた存在で似たような個体は居ても全く同じ個体は存在しないと言っていたな。
芋虫の群れも形はそっくりだったが、色や細部は異なっていたし。
…しかし、今日は全く同じ見た目の邪霊が現れたがどういう事だろうか。
「どんな主でも1つだけ共通点が存在するわ。
それは、己の眷属を産み出す能力を持っているわ。
産み出された眷属は全く同じ見た目で主の能力を一部引き継いでいるの」
「眷属を産み出す?」
という事は今回の邪霊は主が産み出した眷属という事なのか。
その眷属に邪魔されて起点に魔力を送れていないとすれば、主とやらは知性を持った存在なのだろうか。
自身が結界内に入る為に起点を襲わせて結界に綻びを作り出す。
知性を持った怪物とはまた厄介な存在だな。
こういう場合は人の知恵で怪物を倒すという話が多いのだが。
しかし、大丈夫か?
あの百足の邪霊を生み出した主、それも百足のような見た目じゃないだろうか。
主は巨大とシャルが言っていたから今日遭遇した眷属よりも更に巨大な百足が待ち受けているのだろうか。
そんな姿を見ればシャルがパニックを通り越して失神して起点に魔力を送れない状況になりやしないだろうか。
そんな心配をシャルに伝えると絶望したような表情で頑張ると小さく呟くのであった。
…俺が爆弾になって起点の周囲を焦土に変えた方が良いだろうか。
眷属も燃えていたし、肥大と発火のコンボで主にもダメージを与えられるだろう。
問題は近くにシャルが居ると巻き込む恐れがある事か。
…その時になって考えるか。




