第19話 王の命令を受けました
どうしてこうなった。
そう聞かれれば、こう答えるしか俺には術がない。
なるようになったから、と。
今朝、普段は身を整え朝食を摂る時間に王の使いが来た。
良く言えば格調高い、悪く言えば慇懃無礼な、長く難しく堅苦しい物言いで王の執政室に来てくれと言われた。
俺には最初から最後まで彼が何を言っているのかさっぱり分からなかったのだが、シャルには充分内容が伝わったらしい。
伝令ならば伝える相手に分かるように言えば良いものを。
いや、伝える相手はシャルであり、その本人が理解しているのだから、あれで良いのだろうけど。
シャルは不眠と空腹で辛いのを我慢し身を整える事を俺に優先させ、それが終わると俺を引き連れて王の執政室へと向かった。
俺達、2人が生活している部屋から執政室はさほど距離はない。
すぐに辿り着くと部屋の前で待機している騎士に一言、声を掛けてドアを開けてもらった。
そこには巨体の気難しそうな偉丈夫と目を話すと消えてしまいそうな幸薄そうな女性が居た。
偉丈夫は片手に曇った水晶玉を、もう片方に万年筆のような物で見るからに上質そうな紙に何かを書いている。
女性は偉丈夫の傍らに立ち、俺達が部屋に入って来たのを見て何も言わず、ただただ軽く会釈をしてきた。
偉丈夫は視線をこちらに向けず独り言でも言うかのように俺達、シャルを呼び出した要件だけを伝え始める。
…そう、この偉丈夫と女性はこの国の王と后である。
最初に会った時からこうであった。
偉丈夫は忙しいのか常に何らかの仕事をしながら話す。
コミュニケーション能力というか、王としてその行いは正しいとは言えないと何も知らない俺でも、そう判断してしまう。
后は無口な女性なのだろう。
国王の側で静かに立っているだけで声なんて聞いた事がない。
しかし、国王の世話から国政の補助まで殆どの王に関わる仕事を全てやっている人、らしい。
凄いとは思うがそれは后の仕事ではないと思う。
ちなみにこの夫妻、子供が10人という子宝に恵まれ、末の子供はシャルと同じ年頃らしい。
凄い大家族だ。
さて呼ばれた要件は結界の補修作業だそうだ。
以前、ローガン卿の屋敷にてシャルの家族が行う事を代わりの者が派遣されたと聞いていたが、どうやら結界に不備、綻びが生じたらしい。
シャルは結界の綻びが生じたという話からすでに何をすべきなのか理解したようだ。
張り切った様子で王へ了承の言葉を伝えた。
まぁ、この時点で俺達には拒否権が無かったのだろう。
すぐに執政室に出迎えの騎士が来てローガン卿の屋敷から飛んだあの転移部屋に誘導後、結界の綻びが生じた場所に近い街へと飛んで、現在は人よりも大きい蜥蜴が引く馬車ならぬ蜥蜴車に揺られて移動中である。
ついでに護衛として強そうな騎士の一団が付いて来ている。
なんとも準備が良い事か。
というか、全ての事前準備を終わらせてから呼び出したのではないだろうか。
王の話も聞いて理解できた範囲では依頼というよりも命令だったようにも思える。
しかし、街の行き来を転移で行うとは流石は異世界だけはある。
列車や飛行機よりも断然に早いだろう。
難点として最初の設備作りが困難である事と燃料である魔力が膨大に必要である事から気軽に使える手段ではないらしいが。
その点を考えれば確かに遊戯神から受けたチカラの1つ、転移は凄まじい。
ただイメージさえ固められれば何処へでも飛べるのだから。
欠点は俺以外の物をその場に置いて飛ぶ事、イメージが確固たる物ではないとイメージした場所に似通った所へランダムに飛ぶ事か。
気ままな旅ならばそれでも良さそうだが、きちんと目的地に飛ぶにはそれなりにイメージを固めなければならないし、そもそも、イメージする為に事前に知っていないと難しいだろう。
今、車内には俺とシャルしか居ない。
広さは10人は悠々と乗れる広さなのだが、俺の魅了のチカラ、護衛の皆さんはシャルのチカラだと思っているらしいが、密閉空間に精神に異常をきたす香りが溢れているとあっては同じ空間に居てはいけないと外で護衛している。
シャルは俺を抱き締めて少し震え大丈夫、大丈夫と血の気の引いた顔で繰り返している。
今現在の状況が賊に襲われた状況に似ているのかもしれない。
少し前に邪霊を遠ざける街の結界を抜けたと言っていたからそちらも心配しているのかもしれない。
…邪霊が出た場合、状況によっては俺も出ると伝えた事がいけなかっただろうか。
邪霊や賊が現れる事よりも俺が離れる事を恐れているように見えてならない。
まぁ、小窓から見る護衛の騎士達の様子であれば邪霊が現れても問題なさそうであるが。
あの大きな剣やら槍は飾りではないだろう。
問題は…結界の綻びをシャルがどうこうできるか、だな。
王に命令されて張り切って答えていたが大丈夫だろうか。
結界を張れる事と直せる事は同義ではないと思うのだが。
「シャル、今回の事はできそうか?」
震えて小さな俺に覆いかぶさるような形で抱き締めるシャルを見上げながら尋ねてみる。
「…大丈夫、大丈夫…
結界を直す事について、かしら?」
大丈夫、大丈夫と呟きを繰り返していたの止めて少し離れて俺の顔を見てシャルは聞き返してくる。
「それについては問題無いわ」
俺がそうだと頷くとシャルは何でもないようにそう答えた。
「国を覆っている結界は特別な物よ」
そうしてシャルは俺に国を覆う結界について説明をしてくれた。
「邪霊の中でも特に危険な主と呼ばれるモノが存在するわ。
そして、この結界は主を阻む効果があるの」
主。
邪霊の親玉って事か。
その主を阻む結界、街に張ってある邪霊除けの結界を強力にしたものって事だろうか。
「起点さえ無事であれば結界は維持されるわ。
だけど…魔力が不足すれば結界の効果が弱まって、穴が空いてしまうの。
それが綻びと呼ばれてるわ。
綻びは魔力が不足すればどんどん広がって最後は主を通してしまうほど大きくなってしまうのよ」
結界に穴?
魔力が不足すると穴が空くのか。
なるほど、ならば魔力が膨大にあるシャルが自信を持っている事にも納得だ。
魔力が多過ぎて生活に支障が出るほどだからその起点とやらに魔力を大量に流せばいいのだから。
…以前の魔石のように魔力を込め過ぎて暴発したりしない事を祈っておこうか。