第18話 共に学びました
王城に来たから変わった事、それは環境の質だろうか。
住む場所は王城内と言って然るべき雰囲気を思わせる部屋だ。
…黄金に輝く豪華絢爛な部屋という訳ではないが質素ながらも気品溢れる家具が住む者の気持ちを考えているのか使い易い場所に設置されていて、目に見えて整えられている。
まるでテレビで紹介されていた高級ホテルの一室のようだ。
部屋の広さが幼女少女の2人だけにしては広過ぎる事が難点だが、それを差し引いても素晴らしい部屋だとは言えるだろう。
大きな窓から見える風景は森に空、そして山しか見えないが。
快適ではある。
一時の住まいと言わず永住したいぐらいには快適である。
食べる物も質が高い。
王城には食堂のような物が無いのか食事を部屋まで運んでくれる。
部屋までは入らないが食事は美味しい。
焼きたてのパンに彩り豊かな主菜、新鮮な果物にほのかな甘さを感じる。
そんな高級フレンチもかくやという料理毎日2食付きだ。
着る物も質が高い。
シャルの青いワンピース風ドレスは肌触りが良く、シャルにとても似合ってる。
俺にもサイズぴったりな侍女用エプロンドレスを渡された。
…肌触りがシャルのドレスと同じように感じるのだが。
こういう場合は主よりも低質な物を渡されるのではないのか。
まぁ、着やすいから良いが。
シャルの身の周りの世話は基本俺だけだ。
髪を梳かし、着衣を手伝ったりしている。
俺自身の身の周りの世話は心配ない。
シャルと比べれば服は簡易な物であるし、髪はお団子で固定されている。
完璧だな。
王城の者はシャルを敬遠、というか恐怖を抱いて近づいて来ないのだ。
王城に来た際のシャルの魔力暴走はあの一部屋だけにとどまらず、王城全体に影響を与えたらしい。
魔法というトンデモなチカラがあるせいか防衛の為か王城であるが故に防音ならぬ防魔、つまり魔力を通しにくい作りがされていたのだが、シャルの魔力は通してしまったのだ。
あろう事か、この城の主が居る玉座まで。
防魔のお陰か、国王が失神するような事はなく、シャルの魔力をしっかりと感じただけのようだが。
その後、シャルの正気が戻り、シャルの口から何があったのか全てお偉い方に話した。
王都にどうやって来たのかシャル本人は忘れてしまっていたようだが。
ふん、幸運に恵まれたな、あの男。
思い出しても腹が立つ。
結果として王城に住む事になったがシャルに近寄る人間は王の命により、シャルに魔力の扱いを教える若い男を始めにシャルに各々の知識や技術を教える者達と王弟の使いを名乗る輩ぐらいだ。
後は城の中ですれ違う侍女、文官、騎士ぐらいか。
すれ違う度にうっとりとした顔で立ち止まったり振り返ったりするがシャルと分かれば腫れ物か怪物でも見るような目で見ては遠ざかるがな。
彼ら彼女らには魔力暴走の件は深く恐怖として心に残っているらしい。
そんな視線は一部だけだが。
うっとりとしたのは俺の魅了の香りか。
俺のチカラで依存させるべきだろうか?
…いや、酒や薬のチカラで仲間にするのは違うな。
これ以上、べったりさんが増えても俺が困るからな。
同情や憐れみの視線も感じるが行動に移す者はいない。
大方、裏でとやかく言っているのだろう。
シャルは子供だが聡い子だ。
視線の意味を理解しているし、現状を変えたいと強く思っている。
だからシャルは魔力操作を始めとした授業に真剣に必死に学び、自分の糧にしようとしている。
俺のせいで長時間他人と会えないのが問題なのだが。
またもや魅了の効果で限られた時間しか教える者達が正気を保てないのだ。
いや、これは俺が問題を起こしている。
シャルと離れる事ができれば解決するが、離れればシャルの正気が消える。
ままならないものだ。
せめて魅了のチカラを抑える事ができればまだ良いのだろうが、その術を俺は知らない。
今でさえ、限られた時間で若い男がシャルの魔力操作を上達させる為に1つ1つを丁寧に教えてくれているらしい。
魔力の一切ない俺には2人で何をしているのか全く分からないが。
2人して椅子に腰掛けてじっとしている。
その間、俺はシャルの手の届いている隣でじっと待っているのだ。
…正直に言おう、暇であると。
シャルの授業で俺が理解できたのは1つもない。
仮にも俺は前世で成人を迎えたのだが、帝王学というのだろうか。
俺はシャルの先生方が何を喋っているのか理解ができない。
というか、魔法込みの授業だから半分も体験できていないのだ。
この間なんか空中に浮いているであろう大陸の地図を見ながら地理やら国の特徴なんかを教えていたみたいだが、魔力の無い俺にはただただ、言葉のみ説明と一緒だ。
理解できるか、俺にはできなかった。
テキストなしで地理の勉強とか無理だ。
その上、他国の情報や文化を覚えろ?
それは天才と呼ばれる輩が可能なのであって凡人である俺には言われた直前の言葉を覚えれるのが精々だぞ。
この時間を狩りに回せればどれだけのチカラを得られるだろうか。
魅了の香りで惹かれた邪霊を潰せばそれなりの成果は上がられるだろう。
離れればシャルの精神が怪しくなりそうだから実行しないが。
まぁ、離れなくとも能力の修練はできる。
例えば、発火や肥大などの能力が全身に現れるのではなく、体の一部だけを自由自在に燃やしたり大きくできれば使い勝手が良くなるだろう。
いつかは燃えた手足で徒手空拳で戦ってみたいものだ。
…強い、絶対強いぞ。
しかし、その練習はシャルが触れている現状では危険極まりない。
却下だな。
しかし、能力を体の一部だけ使える技術は欲しい。
…いや、できているのだ。
擬態、その能力は全身の色を変える。
俺はその能力でさも薄い服を着ているかのように見せたり、首から下を景色と同化させて首だけが浮かんでいるという珍事を起こしたりしている。
つまり、可能であるのだ。
問題は、何故、それが発火と肥大でできないかという事に尽きる。
…暗視のように目だけにしか効果のないタイプだろうか。
発火と肥大はその効果が全身で発動するタイプなのかもしれない。
それこそ、転移のように。
どちらにしろ、今は確認するには安全性が足りない。
せめてシャルが少しでも離れても大丈夫ならば練習に励むのだが。
しかし、何もせずに時間を潰す、というのはもったいない。
本があれば読んで知識を蓄えるが、それができないならば人の話を覚えるしかない。
そう、本が無いなら自分で書いて覚えれば良い。
理解はできなくとも話の内容を覚える事はできる。
だから俺は書く物、書ける物を貰い、日本語でシャルの授業内容をメモし続ける。
いつかはこの知識を理解できてシャルの役に立つと信じて。
まぁ、他の者からは俺がお絵かきをしているようにしか見えないらしいが。
小さな子供の手では字も綺麗に書けん。
まるで干からびたミミズが断末魔の叫びと共に紙の上に息絶えたような文字とも呼ばないメモ書きで日本人もこれが日本語だと理解し難い物に仕上がっているが。
書いてる俺でさえ、聞き取りながらのメモで焦りと雑さで過去のメモを解読が難しいがそれはそれ。
後で復習として書き直せば良い。
書いても書いても疲れないだけ希望はあるのだ。