第16話 爆弾になりました
「腹が減ったな」
久しぶりに感じる空腹に思わず腹をさする。
幼いせいか、少し膨れたツルリとした綺麗な腹だ。
下に視線を下げると何も生えていない幼女の裸体。
見る度に少し寂しく思う。
女に生まれ変わってこれだけは未だに慣れない。
俺の攻撃手段は主に発火と肥大の2つ。
発火は文字通り、俺が燃える。
強く念じれば念じるほど火力も上がる。
また、火力が上がれば瞬間的な熱の範囲も広がる事は分かっている。
また、面積が広ければ広いほど火力が高い事も分かっている。
表面積であれ、体積であれ、な。
まるで爆弾だ。
まぁ、広範囲を焼き尽くすほどの火力を出すと俺が転移で逃げ出す前に意識を失ってしまう為、しない。
それにあの時はシャルまで焼き尽くすなんて悲劇が起こる可能性があったからな。
シャルの結界魔法は物理には強いが、熱や光、音などエネルギーは通過してしまうからな。
側で強力な発火を使えば結果は目に見えている。
だからいつもは弱く、淡く、発火と念じる。
広範囲を焼き尽くす火力は無いが…周囲に火傷を負わせられる。
触れたモノは大火傷だ。
全身を燃やす火に耐えきれず俺も転移でシャルの側へ逃げる。
そうすれば発火で燃やす火は消え、再生で火傷も失ったモノも元通りだ。
後は仕留めるまでこれを繰り返す。
肥大は身体を大きく歪める。
大きくなる際の速度はあっと言う間だ。
その衝撃は生木さえ押し倒す。
これを利用して、相手の上を転移で取り圧殺する。
大体はこれで押し潰せる。
元に戻るには発火で幾らか燃やして転移で飛べば良い。
幸い、肥大した後は感覚が鈍るのか熱さはそれほど感じない。
肥大した後は中の神経や筋肉などがおかしくなったのかピクリとも動かない時や、狂ったように痙攣する時など様々な症状がある。
肥大した後はまともに動く事は難しい。
しかし、それも納得してしまうほど歪に膨れるのだ。
巨大な骨が突き抜け、肉が溢れ、内臓が露出する。
再生の影響かそれらを覆うように後から皮膚が広がる。
いや、俺は直に見た事は無いがシャルの証言をまとめるとこんな感じだ。
グロい。
肥大の影響で目は早々に潰れ、耳を塞ぎ、口を閉ざす。
発火と再生が無ければその姿から戻れないと思うとゾッとする。
あの最初にあった肉塊よりも悍ましい姿を想像してしまう。
つまり、俺の攻撃手段は焼くか潰すしかない。
これを合わせると…巨大な爆弾の完成だ。
これで俺は広範囲を対象に攻撃ができる。
そもそも俺に邪霊を探すチカラは無い。
魔力に敏感なシャルが居ればすぐに見つけられるのだが、生憎、俺は魔力が無い体質だ。
さらに転移で邪霊の元には飛べない。
第1、転移はイメージをしないと飛べない。
簡単なイメージならばそれに似た場所に飛ぶ。
感情ならばすぐに飛ぶ。
寒いと思えば暖かい場所に。
暑いと思えば暖かい場所に。
イメージならば例えば、色。
赤い場所、青い場所、黄色い場所。
しかし、具体的なイメージとなると話が変わる。
シャルのイメージ、豊穣な黄金色の小麦畑を彷彿させる髪に快晴の空の瞳、俺が火事場から助けた少女の姿を思い浮かべればその側に飛ぶ。
ただの一度もシャル以外の他人の側に飛んだ事は無い。
邪霊も倒したモノを思い浮かべて飛ぼうとしても飛べなかった。
邪霊は一体一体が違う姿になる。
それはシャルから聞いた。
だから倒した邪霊に似た邪霊の側に飛ぶと思っていたが、できなかった。
イメージした邪霊の細かい所まで一致したものであれば話は別かもしれないが今の所は飛べない。
だから広範囲を攻撃できる手段を考え実行したのだが…
「その威力がこれか」
焼け野原?
いや、これはもう…隕石が落ちた跡のクレーターだ。
周囲に町の無い森だった。
それは上空から確認済みだ。
遥か上空、暗い中でも俺の暗視で見た地形は地平線まで森が広がる広大な土地。
そこにいる邪霊を倒すべく、肥大で巨大化した後、発火を強く念じた。
意識を取り戻して周囲を確認すると焦土と化していた。
あんなに生えていた木々が一本も見当たらない。
あるのは高温を発する地面だけ。
立っているだけで足を焦がす。
その熱が空気にも伝わり息を吸うだけでのどや肺を焼かれるような痛みが走る。
いや、もう1つ、物体はある。
白く脆い何か。
十中八九、俺の遺骨だろう。
焼かれた自分自身の骨を間近で見るとは不思議な感覚だ。
その骨は人骨とは思えないほど、歪に大きく、デタラメな形をしていた。
まるで想像上の怪物の化石か、悪趣味な骨のオブジェだな。
空を見ると少し明るい。
もうすぐ朝日が昇る時間か。
意識を失ってから結構な時間が経っていたようだ。
お腹も減った。
爆発でエネルギーを消費したせいか。
今まで腹が減ったのは牢屋や肉塊の所に居た時以来だ。
これは帰った時に何か食べないといけないかもしれないな。
少し、急ごう。
「我が命運、ここに顕れよ」
チカラの呪文を唱え終わると同時に左手に異物の感触を感じた。
手の中にはサイコロがあった。
マークが常に動き、変わるサイコロ。
殺した命の数が一定量を超えたか。
いや、この惨状を前にすれば当然かもしれない。
逆にこの惨状を起こした上でサイコロが現れなかった時は恐ろしい。
しかし、被害が大きいな。
この一帯が荒地に変えてしまった。
これを続けては自然が保たないな。
反省しよう。
俺はその決意を固め、左手を少し握り締めた後、サイコロを振った。
願わくば、邪霊を探すのに役立つチカラだと嬉しいのだが。
カランコロン。
ーアビリティ【魅了】を習得ー
そんな音を響かせながらサイコロが転がり止まると同時に頭に言葉が浮かぶ。
そしてサイコロは消えた。
…魅了?
どうやって使うんだ?
他と同じように念じれば良いのか?
…何も変わらない。
他者が居ないと確かめられないか。
効果はどんなものだろうか。
あれか?
メロメロになる奴か?
俺、シャルの元に戻っても大丈夫か?
…あまり、変わらなさそうだな。
シャルの事を考えたからだろうか、瞬きをするとシャルの寝室に戻っていた。
部屋はまだ暗いがすぐに日の光で明るくなるだろう。
すぐに仕事に入れるように身支度をしないとな。
服を着ようと椅子の上を見たが服が見当たらない。
ふとベッドの方でモゾモゾと動きがあった。
「キョーカ、帰ったの?」
視線を向けると俺の服を着たシャルが酷い顔色でムクリと起き上がっていた。
声は不安を表したようにか細く、大泣きした後のように赤く腫れた目の下には濃ゆいクマが浮かんでいる。
なんで俺の服を着ているんだ。
「…帰ったぞ、シャル。
眠れなかったのか?」
コクリと小さくシャルは頷いた。
服についても聞きたかったが、まずはシャルの顔をどうにかしないといけないな。
【再生】
【転移】
【発火】
【暗視】
【擬態】
【肥大】
【魅了】