第10話 街に入りました
シャルのもうすぐ目的地だと言う言葉を信じて三日三晩、走り続けてついに見えてきた。
道の先にある、森に囲まれた灰色のドーム型の何かが。
「あれがローガーか?」
「えぇ、そうよ。
あそこがローガン卿が治める領地ローガーよ!」
シャルは自慢げにあれを街と呼ぶ。
…あれは街というよりも建物じゃないか?
「もしかしてキョーカは街を見るのは初めてかしら?」
確かにこの世界では初めてだな。
少なくとも日本にはあんな建物を街とは呼ばないぞ。
「教えてあげる。
街には人がいっぱい住んでいるのよ」
…そうだな。
「そして人が多ければ多いほど、近くに邪霊が多く発生するの」
人が多いほど邪霊が発生し易い、か。
それじゃまるで、人が邪霊を生み出してるみたいだな。
人を襲う怪物を人が生み出すなんて皮肉な話だな。
いや、邪神が悪意と悪夢を材料に邪霊を創ってるんだったか?
「だから街には強力な邪霊除けの結界と頑丈な防壁を備えているのよ!」
だから3日前にシャルが街が近いと言った訳か。
邪霊除けの結界の魔力でも感じ取ったのだろう。
でも、結界があるなら防壁は必要あるのか?
「それでこのまま進んで良いのか?」
「あら、どうして?」
シャルが俺の頭の上から聞いてくる。
「俺達の格好、問題ないのか?」
シャルの服は長旅の雨や泥で汚れているし、髪もゴワゴワだ。
俺は慣れて分からないが一月は洗えてないのだ、臭いもあるだろう。
栄養も俺の血しか摂れてないせいか、顔色は悪く体調も優れない。
乞食…とまでは言わないが不健康な孤児には見える。
俺は再生のおかげか見た目は健康的だ。
しかし、着る物が無い為、擬態の能力で腕を除いて首から下から太ももの辺りまでシャルの服と同じ色にしてる。
つまり裸にボディペイントしてノースリーブと短パンを履いてるように見せかけた痴女の幼女だ。
そして腰に蔓を巻きつけて邪霊から落ちた物をまとめて持っている。
そんな怪しい少女と幼女の組み合わせを街に入れるか?
「問題ないわ」
…問題はあるぞ?
俺、裸だぞ?
いや、幼女だから許されるのか?
葉っぱか何かを巻きつけるか?
「どうやって街に入るつもりだ?」
「簡単よ、私が貴族だと証明すればローガン卿の元まで連れて行ってくれるわ」
…どうやって貴族と証明するんだ。
そんな疑問を抱えたまま走り、ついに灰色のドームのような街、ローガーに辿り着いた。
着いたは良いのだが…
「シャル、入り口は…どこだ?」
入口が見当たらない。
それどころか人影さえも見つからない。
ドームの左右を確認しても門らしき物も門番も居ない。
あるのは材質がよく分からない大理石の灰色一色だけにしたような、のっぺりとしたドームの壁があるだけ。
「…変ね。
いつもなら大勢の兵士達が出迎えに来てくれるのだけど」
…シャル、それはお前が大公の馬車で来たから出迎えがあったんじゃないだろうか。
いや、その前に…街へどうやって入るんだ?
「キョーカ、少し防壁に近付いて。
…もっと…うん、あと少し…っ!」
シャルの言葉通りに灰色のドームに近付くとシャルが俺から身を乗り出しドームに触れた途端にそれは起こった。
突然、ドームが泡立ったように見えて…音も無く溶けた。
まるで水に砂糖が溶けてしまうようにドロドロと溶けて…いや、溶けたと思われた部分が周囲に寄ってるのか?
穴の先には灰色の街が見えた。
…ドームの材質は石じゃ無かったようだ。
「キョーカ、急いで入って!
初めて防壁を開けたから、いつ直るか分からないの!」
既にドームの穴はトラックでも通れるのではという大きさまで広がっている。
俺はシャルの言葉通りにドームの穴をくぐり抜けた。
くぐり抜けた後に穴がどこまで広がってしまうのか気になって振り返ると…そこにはのっぺりとした灰色の壁があった。
シャルの安堵のため息と共に、間に合ったわね、という呟きが耳に届くが…俺は少しでも遅ければドームに飲み込まれていたのだろうか。
ドームの壁は溶けた時と同じように音もなく直っていた。
飲み込まれていれば…転移で抜け出せただろうか、それとも…
「なんだ、侵入者…なのか?」
男の声が背後から聞こえて、壁から目を離しそちらを振り向くと奇妙としか言えないデザインの絵が服全体に描かれ、ヘンテコなお面を被った人が居た。
その後方には同じような格好の人達がぞろぞろと出てくる。
なんだこいつら?
「私の名はシャルロッテ・ヴァン・オータム!
ローガーの兵士達よ、何の前触れも無く、このような形でローガーに押し入った事は謝罪する!
しかし、一刻も早くローガン卿と話をしたい!
どうか連れて行ってほしい!」
シャルが俺の耳元で叫ぶ。
…口調変わってないか?
ローガーの兵士と呼ばれた者達は、シャルの声を聞くなり、呻き声を上げながら倒れてしまった。
どういう状況だ?
「この魔力量は…確かに…
…聞こえるか?
急いで………用意しろ」
その中で倒れはせずともヨロヨロと膝を着いた人が口元に何かを押し付けて何かを言っていたが上手く聞き取れなかった。
「少し、やり過ぎたわ。
キョーカ、迎えの者が来るまで大人しく待ちましょ」
…シャル、何をした。
もしかして、これが貴族という証明をするという行為なのか?
呻き声を上げる仮面の人達を見ていると人を丸呑みできそうな程大きい蛇のような生き物に乗った仮面の人達が現れた。
そして、唯一倒れずに片足を着いていた人に駆け寄った。
その人が俺達を指差しながら話しているが声が小さ過ぎて聞き取れない。
「シャルロッテ・ヴァン・オータム様!
領主様の館までご案内します!」
低い声で叫びながら後から来た男は俺達に近付いてくる。
「お願いするわ。
この人は私の付き人なのだけど、一緒にローガン卿の元へ連れて行ってもらってもよろしいかしら?」
「えぇ、勿論です!」
そう言うが早いか、俺達は蛇に乗せられて、しっかりと固定された後、蛇は走り出した。
…シャル、俺はお前の付き人になった覚えはないぞ?