第1話 餅を詰まらせた
《おめでとう》
《君は選ばれた》
「ウブッ!?
〜〜〜ッ!!」
突然、頭に鳴り響く日曜の朝に流れるマスコットのような癖のあるアニメ声に思わず噛んでいた餅を飲み込んでしまい息を詰まらせた。
《我は遊戯神》
《異界の神なり》
頭に響いた言葉と喉に餅が詰まった事に驚いた男は手足をバタつかせて座っていた椅子から転げ落ちた。
《君にチカラを授けよう》
《君にチャンスを与えよう》
その衝撃で運が悪い事に餅が入ってはいけない場所まで入ったようで呼吸すらままならないようで顔色が青を通り越して紫へと変化していく。
《栄華を極めるも良し》
《悪逆を成すのも良し》
暴れる男を助ける者はこの場に居ない。
運が悪い事に男は1人暮らしだったのだ。
《されど忘れるな》
《君は遊戯神に選ばれた》
次第に喉を激しく掻き毟り、皮膚を破って血が出ても男は掻き毟る事を辞めなかった。
まるで外から餅を取り出せると言わんばかりに。
《為すべき事は無く》
《君が赴くままに》
完全にパニック状態である。
《楽しみたまえ》
《新たな人生を》
「〜〜〜ッ!!」
(苦しい、苦しい、苦しい!
息が、でき…苦しい!
餅…詰まっ…苦しい!
ヤバイ苦しいヤバイ苦しいヤバイ苦しい…
死ぬ死ぬ死ぬ、マジで死ぬ!)
数日後、一人暮らしの男が餅を詰まらせて亡くなった事がニュース番組で報道された。
日常で良く聞く他人の不幸として、多くの者はそのニュースを流した。
男の魂が異世界に渡ったとも思わずに。
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腹が空いた。
そう、空腹だ。
死後の世界で空腹を感じるとはどこの地獄だと聞かれれば俺はこう答えよう…現世だよ。
俺はどうやら、生まれ変わったようだ。
比喩じゃない。
現実だ。
最後の晩餐が正月で余った餅とは如何なものか。
いや、餅は美味しい。
…当分は餅を見たくないがね。
流石に死因となった物を嬉々として食べる程、酔狂じゃない。
しかし、あまり恵まれた環境に産まれなかったのだろう。
俺に名前は無い。
親の記憶も無い。
泥と垢で汚れた皮と骨しか無さそうな細い手足。
首には唯一の装飾品、無骨な首輪が装着。
慣れてしまっているが、糞尿の臭いが漂う部屋にに押し込まれている。
そう、端的に言わせてもらおうか。
俺は餅を詰まらせて死んだ挙句、生まれ変わって奴隷の身分になりました。
いや、奴隷と決まった訳じゃないが…
真っ当な人間として扱われていないのは確かだ。
…何故、俺はこんな冷静に状況を把握できているのか。
…知らん、敢えて言うならば死という体験を得て悟ってしまったからか。
それも前世の記憶を持ち越して。
体は未熟のようだが、精神は立派に成熟済みなのだ。
この際、性別が変わった事は考えない事にして。
しかし、この状況は良くない。
家畜すらも排泄物は綺麗に掃除され、餌は毎回一定量を与えられるものだ。
即ち、現状は家畜以下の扱い。
…不幸な未来しか想定できない。
それよりも長生きできないし最悪、このままでは餓死するぞ。
それはいけない、あまりに酷い。
生まれ変わって家畜以下の扱いで餓死とは納得がいかない。
あの時、餅を食べていた時に聞こえた声、遊戯神と名乗った存在に一言、いや思う存分文句を言うまでは死ぬ訳にはいかない。
さて、現状を打開する方法、手段は…手始めに部屋を探るか。
俺自身の自我が芽生えたと言うべきか。
前世を思い出して、まだ1時間と経っていない為、この暗くて臭い部屋に装飾品が首輪のみの全裸状態で押し込まれている事しか知らないのだ。
まず、俺自身に名前を付けるか。
前世の名前を名乗る訳にはいかない。
なんせ生まれ変わったのだから。
しかし無名のままでもよろしくない。
…トンチンカンな名前を付けたくも無い。
見本が必要だ。
「おい、お前、名前は?」
自分の声が想像以上に幼く、しゃがれたもので驚いた。
大きな声は出しにくい。
呟くような声しか出ない。
近くに座り込んでうつむいている人に声を掛けた。
しかし、反応が無い、ただの屍のようだ。
まさか聞こえないのだろうか?
それとも言葉が通じていない?
何度か声を掛けたが、周囲の人は応答どころか反応さえ返さない。
おい、最後は現状最大限の大声で叫んだのに無視か。
…現状に絶望して自棄になっているのか?
それとも、本当に死んでる?
暗くて見えないだけで俺の周りには死体しかないと言うのか?
何故だか、遠くない未来、自分が同じような状態になっていそうで怖くなった。
俺は恐怖を追い出すようにヨロヨロと立ち上がった。
あまり、動かない生活をしてたせいか、立ちくらみがした。
…絶対に栄養が足りてないからだ。
餅はいらないから肉を寄越せ。
いや、せめて水を寄越せ。
喉が渇いて声が枯れていたぞ?
…今までどうやって渇きを潤していたか考えたくもない。
あぁ、立つだけで疲れた。
正直、座り込みたいが、この部屋を知るのが先だ。
幸い、俺は壁の近くに居た為、壁伝いに部屋を周り始めた。
…おい、幼女が通るぞ、道を開けろ。
時に跨ぎ、時に踏み越え、なんとか半周した時に壁の様子が変わった。
ザラザラの石の壁から多少凸凹しているが、金属の扉らしき物だ。
しかし、こちら側に取手が無いのかいくら手探りで探しても見つからない。
押しても、うんともすんとも鳴りやしない。
そう簡単に上手くいかないか。
部屋を半周しただけだが疲れた。
頭がクラクラとしてきた。
これはヤバイ、低血糖か低タンパクか知らないが、栄養が足りていない。
それと水分とカロリーもだ。
その場に座り込む。
金属の扉は容赦無く体温を奪う。
少し離れるか。
それでも寒い、感覚が鈍くなる。
…遊戯神、俺が餅を詰まらせている時にチカラを授けるとか言っていたな。
そのチカラを今、出せ。
出さなければ俺は、また死ぬぞ?
すると不思議な事に頭の奥から言葉が溢れた。
…なるほどこれがチカラの呪文か?
俺は頭に流れた言葉を復唱した。
「我が…命運、ここに…顕れよ」
その言葉を言い切ると同時に左手に何かが乗った。
…虫か?
極限状態だとしても、こんな不衛生な状態で何かを食えば腹を下す。
と言うか、病気になるだろ。
俺は左手に乗った物を捨てた。
カランコロン。
硬質な物同士がぶつかる音が響いた。
ん、虫じゃなかったのか?
もしや、あれが遊戯神から与えられたチカラか?
マズイ、こんな暗がりで物を無くせば探すのが大変だぞ!?
ーアビリティ【再生】を習得ー
また、頭に言葉が…
アビリティ、再生、習得?
何のことだ?
…訳が分からん。
しかし、現在できるのはこれだけか。
先ほど捨てた何かが立てた音のした方向を手探りで探す。
…不衛生極まりない!
手に触れた感触を我慢しながら慎重に探す。
…駄目だ見つからない。
他の者が動いた気配はなかった、筈だ。
暗くてよく分からんが。
「我が命運、ここに顕れよ」
再び頭に流れた言葉、呪文を唱えたが左手に何かが現れる事はなかった。
【再生】