08.
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転移門をくぐると、前はショッピングモールのような階層があり、かつ海外の鬼人でごった返していたが、今回はしっかりと座標がずれずに日本支部へと転移ができたミツネさん。
「今日はどこの霊を倒しに行くんですか?」
カイトは正面を向き、突拍子もなく転移門から入ってきたヒビネさんとミツネさんに聞く。
「う~ん、まだ分からない。今日は二人と一緒に来てくれって支部長に言われてずっと二人が学校を終わるのを待っていたんだ」
「そうなんですか・・・・・」
おそらくずっと俺たちの学校でも行動を見ていたんだろう。
「そうだよ~、ずっと二人のこと見てたんだよ~」
「え?ヒビネさんもミツネさんも二人でずっと見てたんですか?」
もしかして、今日の青春物語も見ていたのかもしれないな。と思っていたとき、
「君は今日、大変だったね、女を泣かせようとしていたわね」
やっぱり見られていたらしい。それよりも『女』という呼び方に違和感を感じる。
「いや、あれは・・・その・・・鬼人の事を隠すために仕方ないじゃないですか・・・」
俺はあんまりそこをいじられるのは嫌だったので、言い訳がましい理由を鬼人に付けて言う。しかし、ヒビネさんはどうやら、そういうことには疎いらしい。というよりかは知らないようなそぶりをする。
「ん?なんか君恥ずかしがってるみたいだけど、なにがそんなに恥ずかしいの?」
どうやら本当に何も知らない様子だ。まるで、世の中のことを何もしらない常識はずれの存在だ。
「そんな!恥ずかしがってなんていませんよ!仕方ないじゃないですか。そう言うのもありますよ。思春期なんですから・・・」
しかし、ヒビネさんは眉間にしわを寄せ、不思議そうな表情を見せる。
「思春期?なにそれ?意味はなに?」
本当に何もわかっていないらしい。というよりは初めて聞いたかのようなニュアンスだ。
俺は無言を貫いた。ヒビネさんが知ってるにしろ、知ってないにしろ俺にメリットがないからだ。というより、これでもしヒビネさんが知ったとしても興味を示さないのは当然分かった。
「二人とも、なにやってるんですか。支部長の所に行きますよ。」
先を歩いて、支部長の部屋に近づいているミツネとカイト。その二人の立ち姿はいかにも鬼人の世界で理想形な師弟関係なんだろうな。とふと思う。
扉に近づき、前と同様に軽くノックし、「失礼します」ヒビネさんが先に入室し、その後にミツネさんに続き、俺も入っていく。
前回同様にイブネ支部長がからかいの準備でもしているのだろうと察していたが、そんなことはなく、逆に険しい表情のまま机の椅子に座っている。それだけではない。入室してすぐ左側に背の高さ航士朗と同じくらいの人物が支部長同じく険しい表情で立ち尽くしていた。
その男と航士朗は一度会ったことがあった。ヒビネさんたちと院内銀山で霊を倒した後、日本支部でお気楽に話しかけてきたコトネという人物だ。
彼は俺の表情を見ると、険しい顔をまるで見せないかのように、クオリティの高い作り笑顔をし、手のひらで軽く「やあ」と手を振っている。航士朗は首をコクッと頷かせた。
「まあ、いい。コトネも丁度今来たところだ。席に座ってくれ。」
支部長が机の前にある、テーブル付きのソファ型の椅子に座るよう示唆してくる。
椅子は六つあり、一つだけ空く形に座ることができた。
「で、今日は何?なんか大型の霊でも出てきたの?」
ヒビネさんが、ダンディ感満載の支部長に軽々しく質問する。どうやらこの人は人を見定めるということを知らないみたいだった。
「本来なら、コトネのほかにサブネにも来てもらうのだが、今日、呼び出した理由は他でもない。ザブネの件だ。」
ヒビネさんとミツネさんの顔が一瞬、嫌悪に満たされるのを航士朗とカイトは見逃さなかった。
「・・・・・すみません。ヒビネさん、ミツネさん。俺が止められなかったばっかりに。」
「いいや、あやまる必要はないよ。コトネくん。ザブネさんは元々そう言う人だったじゃないか。今更騒いでも、驚きはしないよ。」
ミツネさんのまるで察していたかのような口ぶりに戸惑う、俺とカイト。いや、戸惑っているのはどうやら俺だけらしい。
「つまり・・・そうだな・・・。ザブネは反逆団側についてしまったというわけだ。」
まずい。このままだと話について行けなくなる。そう思った航士朗は、何食わぬ顔で、支部長に質問の言葉を発した。
「反逆団ってどういうことですか?」
「ああ、そうか。すまない。」
深刻そうな表情をさらに険しくして、一度コトネの表情を伺ってから、話を続ける。
「反逆団は全員が鬼人の反発的グループだ。十年ほど前から出来上がった。俺達、鬼人としての本来の役目。霊を倒し、あの世に成仏するということを放棄し、霊を誘導し人々を操つるために動いている組織のことだ。」
坦々とイブネ支部長がそう説明する。
「そうだねなんというか、やつらは元々鬼人として良く活動してくれる人たちがほとんど占めている。優しくて、『人を助けたい』と思う心優しい人だけが、反逆団側についてしまうことが多いのはデータで出ているからね。」
カイトが一度も噛まず流暢に話すので、とてつもなく反逆団と呼ばれる組織のことは頭の中に入っているのだろう。
「なんてだよ。そういう人こそ鬼人として戦ってくれよ。操ってるとかなんとか言ってるみたいだけど、元々はヒビネさんやミツネさんのように、霊を倒してたんだろ?」
「あはは。新人くんの気持ちは物凄く分かる。俺も初めて聞いた時そう思っていたんだけど。」
口を開いたのはコトネさんだった。笑い声をあげてはいたが、口角だけが上がっているだけで、目は沈んでいるように、闇に落ちている。
「鬼人っていうのは、霊を倒す・・・・それは確かに間違ってはいない。でも、こう考えてみて。この争い・闘いに終わりはあるのか・・・と。」
頭の中で思考をめぐらす。しかしいくら考えても、『霊はいずれいなくなる』という安易な考えしか部活脳は出すことができなかった。俺やヒビネさん、カイトやミツネさんも含め、世界中の子弟が協力し合って、闘い、そして再びその伝統を次の世代につなげていく。ここ二日で学んだことと言えばそんなところだ。しかしそれはコトネさんの発言によって、考え方を改めることとなったのだ。
「私達、鬼人の闘いには終わりがない。それは確かだ。霊はなぜ出るか知ってるかい?」
「人の後悔や自由じゃなかったという理由から生みだされる・・・・・」
!
「うん。だから、人間が変わるしか霊がいなくなる方法はないんだよ。みんなそれぞれ、霊を生み出さない方法を歩んでいくしか方法はないんだと思う。それまで自分たちの戦いは終わらない。というより終わることができない。」
その場にいる支部長をはじめ、ヒビネさんでさえも、心もとない顔をし出している。その重苦しい空気を掻き消すように支部長のイブネが口を開口する。
「つまり、コトネの師匠であるザブネは、いくら倒しても霊は減らない。そしていくら人間に希望をもってひたすら、ただひたすらに霊を倒していてもしょうがないという考えに及んだんだろう。そう言う考えに及ぶやつらはイブネだけではない。これが始まってからすでに十年どころの話ではない。おそらくこれが始まったのは戦争終戦あたりからだった。鬼人の歴史は長く、おそらく弥生時代あたりからすでに始まっている。それまでは、人間は好きなことはできたし、夢や希望を持っていた。ライト兄弟やエジソンなどもいたことだろう。しかし、終戦してからは霊の続出が明らかになっている。それはなぜか・・・・」
支部長が話を区切ると、どれだけこの部屋が静かなのかを理解することができた。
「人間同士の奪い合いが始まったのだ。人間の心理上、生きながらえたい自分だけは長生きしたいと感情が働いたのだろう。「人から奪ってでも」というのが始まった。そういうやつらがいるから、人はいつまでたっても霊を産み続ける。そして人を利用して長生きしたやつらも、本当の幸せを手にいることができていない。つまり霊によって、夢も希望を奪われた人間同様、そいつらを利用して長生きした人間も最後は霊を生み出して死んでいく。」
ヒビネさんは、手で印を作り、体を楽にしながら目を瞑っている。
「まあ、人間の弱い部分が出てしまったら、人間はいつまでたっても変わらない。それはいつから始まったかは誰にも分からない。でも、私たちがここで人間の未来や希望を諦めたら、二度と人間は霊から解放することができなくなる。それだけは確か。」
ヒビネは黄昏れるように天井を見上げ、ぶつぶつと語り出す。しかしその言葉で気合が入ったのか他のミツネさんやカイト、あのお茶らけたコトネさんですら、真剣な表情に変わり全員が、支部長―――イブネの顔を見る。
「つまり今日お前らを呼んだのは他でもない。サブネを反逆団から奪還することだ。俺たちもいつまでも霊だけではなく、反逆団にビビっていることをやめようではないか。そろそろ反逆団を本格的に倒そうと思う。これは俺達日本支部だけが立ち上がる話ではない。世界の支部も動き出している。反逆団を倒すのではない。元に戻すのだ。彼らは何も悪くない。確かに霊をただ倒しても自分の戦いに意味を見出すことはできないかもしれない。だが、さっきヒビネが言った通り、俺達が諦めたら何も始まらない。誰も救えない。」
そうイブネが気合を入れると、案の定ヒビネさんは立ち上がり、「おす!」と叫びだす。
「コトネ、サブネさんと最後に行動したのは、どこ?」
ヒビネさんはコトネさんの師匠であるサブネを今から救いに行く気満々らしい。
「え?師匠と最後に行動したのは・・・アメリカ本部に応援を要請された時です。「先に帰れ」と言われてそれっきり会っていません。いくらサブネさんに意識を集中して転移門を出したとしても、サブネさんのいる所には決して行くことができないんです」
それでもコトネは微量な笑顔を保ち続けている。この人も強いんだなあと心底思う。
俺は鬼人という人と会って思ったことがある。彼らは苦しいはずなのに戦い続けている。とてつもなく辛いはずなのになぜなのか。なぜそんなに前向きなのか。ヒビネさんやミツネさんもこんな同じ仲間・サブネさんが敵になったと聞いてもなぜ戦い続けられるのか。本当に疑問でしかない。
「反逆団は何らかの妖術をつかっているようですね。居場所をばれなくするような。とてつもなく賢い鬼人が仲間にはいることは確かでしょう。」
いかにも推理が得意そうなミツネさんが言うと、様になって聞こえる。
「このまま野放しにしていると、やつらはさらに人を操ってしまいますね。・・・時間がない」
カイトもなにやら焦っている様子だった。カイトの言った『時間』とは、人間を反逆団によって征服される前に反逆団を止めるかもしくは助けなければいけないと言うことだろう。
「じゃあ、いこっか。みんな。」
ヒビネさんが立ち上がりながらそう言うと、支部長の以外の鬼人が立ち上がる。
すると、支部長室の扉の向こうから、がやがやと喧噪が聞こえてくる。
「なんだ?」支部長が不思議そうに首を傾げる。その喧噪の異様さにいち早く感づいたのはヒビネさんだ。
ヒビネは眉間をしかめている。するとヒビネさんが薄い膜につつまれながらもアストラル体になり物凄いスピードでそのまま支部長室の扉を通り抜け、喧噪の絶えない日本支部の中央広場に向かった。
続いて、ミツネとコトネもアストラル体へと姿を変えて、扉をすり抜けていく。支部室へと残ったのは、支部長と航士朗とカイトだけが残った。俺とカイトはただ支部長の顔を拝むしかなかった。そのうち、扉からは転移門の出現音と一緒にまばゆい黄金色の光が次々と扉の隙間からフラッシュしている。座っていたソファからしばらく動けずに立ちつくし、それと同様に支部長イブネも扉を見つめながら立ち尽くしている。そしてしばらくたつと、光はすぐさまおさまったが、その代わり外からは「ぐあっ!」「くっ!」という悲鳴や苦しみの声が多数聞こえてきた。とにかく誰かがやられている声だけは聞こえる。
「ザブネめ、来たな・・・・」
支部長の発言に、俺は身の毛もよだつような顔をイブネに向ける。
「助けに行かなきゃっ!」
カイトは、アストラル体になるために、物凄い力をきばって出し、そのまま外の中央広場へと、薄い膜を体に覆いながら浮遊し扉をすり抜けていった。
その後を追う様に支部長イブネもアストラル体になり、扉をすり抜けていく。
俺だけがアストラル体を習得していないため、というより霊体すら今は陰陽石で無理やり引き出している。一人だけ抜け者、新人扱いは早くやめてやる。と決意しながら扉を勢いよく開いた。
「ぐわぁぁ!」
広場中央で首を絞められながら、空中につるされているコトネさんの姿があった。その周りには、先ほどの無数の光の正体だった転移門で現れたと思われる鬼人たちが複数倒れている。
「あのなあ、お前ら、別にわざわざアストラル体になって戦わなくてもいいって教えたろ?もう忘れたのか、ヒビネ、ミツネ。」
「ザブネ・・・・・」
支部長がそう言うと、ザブネと呼ばれる男はコトネを床に落とす。
「げほっ!げほげほ!」
コトネは床に落ちると同時にアストラル体から霊体に姿を変えた。というよりアストラル体の膜を解除したのだ。
「おお、イブネ支部長。今日はあんたに言いたいことがあってきたんだが、ちょっと話し合おうじゃないか。それともヒビネとミツネとコトネ、五人で俺と争うか?」
どうやら俺とカイトは人数としてカウントされていないらしい。
「ザブネさん・・・なぜですか。なんでそっち側に言ってしまったんですか・・・」
ミツネさんがザブネという体付きのいい体系に疑問を問う。
「お前ら、頭をしっかり回してないのか?もう鬼人が正しく霊を倒すのは時代遅れなんだよ。いいや終わったと言った方が良いだろう。おいヒビネ、ミツネ、先輩として教えておくがこんなところさっさとやめて俺たちの反逆団に加わらないか?」
すると、ヒビネさんはアストラル体のまま、猛スピードで、ザブネに殴り掛かっていく。
それをまるで攻撃を読み取れているかのごとく、するすると避けていく。ヒビネさんは隙をつかれたのか、ザブネの素早い回し蹴りをくらう。
「おおら!」
荒げるような声を上げて回し蹴りをヒビネにくらわせたが、ヒビネさんは吹き飛ばされることはなく、空中を浮遊したまま、「う、うう」と声を上げる。
すると、空中に浮いているヒビネさんの首を力強く締め上げる。
「アストラル体を解除しろ。」
「ぐ、ぐぐぐぐ・・・」
「解除しろ!」
ますます力強く首を握り、だんだんとヒビネを覆っていた膜が薄れていく。
そして完全にヒビネさんのアストラル体の膜は消え去った。霊体状態になったヒビネさんに合わせながら、サブネ自身も霊体状態にわざとしていく。
「だから、言ったろ。肉弾戦は霊体で十分だって。わざわざ生きている者同士がアストラル体になって神経使わなくてもいいって教えなかったか?なあ、ヒビネ?ミツネもだ。無駄に体力を消耗するな。それが霊討伐の基本だ。が、もう俺を倒すことはないだろうがな。」
ヒビネさんはなんとか霊体を保ったまま、ザブネの首を絞めている腕を外そうともがいている。
サブネは腕をまるで球を投げるように振りぬきヒビネを遠くまで転がす。
ヒビネさんは、すぐさま体制を元に戻し戦闘態勢を取り出す。
「おいおい、嘘だろあんたら。まだやる気かぁ?俺はただ支部長と話し合いに来ただけなんだけどな~。」
気ダルそうな口調にザブネという男はかなりの自信の持ち主らしい。確かに霊討伐では圧倒的な力を見せていたヒビネさんでさえも簡単には勝てそうには見えない。
「くっそ!んっ!」
そう言いながら再びザブネに攻撃をしかけに行こうとするヒビネさん。それに気が付きザブネは微笑みながらも指の骨をいくつも鳴らす。しかし、
「そこまでだ!」
支部長の停止を促す声に、誰もがその場で動きを封じられる。
「それでザブネ、話とはなんだ?」イブネさんは単刀直入にザブネに話をするに命令口調で言う。
ザブネは目を大きく見開き、びっくりしたふりをしている。なんて道化みたいなやつだ。この状況を楽しんでいるに違いない。
「そうか。そうだったな。俺は話をしに来たんだったな。忘れていたよすっかり。久しぶりの戦闘でね、ちょっとヒビネと腕試しでも・・・っと思ったが仕方がない。」
体中のチリをほろい、頭を掻きながら話してくる。
「あんたら、いい加減に鬼人なんてやめて、俺達と組まないか?世界中から今鬼人から俺たちの反逆団に力を寄せてきている。だからあんたらもいつまでも昔の伝統を守って霊と戦う必要なんてない。俺達で人間を操ってやろうじゃねえか。って話をしに来たんだがどうだ?乗る気はないか?」
さきほど言った通りの人間だった。こいつは鬼人だけど鬼人じゃない。まるでこいつも霊に操られているようにも見えた。
カイトが勢いよく隙でも見つけたのか、ザブネに襲い掛かっていく。
しかし、ひらりとカイトの拳はひらりと交わされてしまう。
「おっと。ミツネのお弟子かぁ。だから教えたよなあ。無理してアストラル体にならなくてもいいってよぉ。」
そう言いながら、今度は体を回転させながら、腕だけをアストラル体にして、カイトに拳を入れる。腹に思いっきり拳をくらったカイトは、アストラル体を解除して霊体に戻り、床に転がる。
「なあ。本当にいい加減にした方がいいぞ。あんたら。じゃあ・・・・」
そこで頭を掻きながらザブネは長い沈黙を催す。
「答えは、二つに一つだ。俺たちと一緒に人間を操るか、それとも俺たちに殺されるのを待つかどうかの二択しかない。どうする?まあ、聞かなくても、お前らの答えは分かるような気がするが・・・」
「お、俺らはそっち側にはいきません・・・・」
あれ?俺何言ってるんだ?まて俺の口から何か発せられたぞ?
「あ?誰だ、おめえ?新入りの鬼人か?」
「私の弟子だ!」
男の横の床から、奇声にも近いヒビネさんの声が発せられる。
「ん?ヒビネが弟子?お前が弟子をとれるほど、お前は出来たやつじゃないだろう~」
「そんなことはない。ヒビネはすでに立派な一人前の鬼人だ。お前よりは確実にだ。」
ヒビネを卑下するようなセリフをまるで弁解するように、支部長のイブネが口を挟んでくる。
「そうか・・・それがあんたらの意見か・・・残念だ。俺もここの支部にはお世話になったのになあ、壊さなくちゃいけないのか。」
「師匠、待ってください。なんで、なんでそっち側に行ってしまうですか。こっちに戻ってきてくださいよ!」
コトネは弟子として、きっと必死にザブネを止めたのだと思う。
しかしその言葉の思い届かず、ザブネは鼻で笑ってみせる。
「あのな~、お前には何度も言っただろう。俺はもう、飽きたんだよ霊退治がよ。あんなことジリ貧じゃねえか。鬼人ばかり死んで、霊ばかりが増えていく。だから少しも変わろうとしない人間どもに腹が立ってしょうがなかった。だから反逆団側に来た。それだけだ。特に他に何も言うことがなかったら帰るが、あんたら後悔するぞ。俺に従わなかったことに。」
すると、ザブネは目の前に転移門を出現させる。それと同時にコトネさんが転移門に向かって走りだす。しかしザブネは一度、コトネの動きに気付いたが一瞥だけして転移門の中に入っていった。
入ってすぐさま転移門は急ぐように消えていき、転移門を通り過ぎる形でコトネがすり抜け、派手に「ドテン」という音をたてて転んでいく。
日本支部の中央広場には何とも言えない沈黙が続く。辺りには救援に来たであろう、鬼人たち数人が倒れている。おそらく日本の鬼人であることは雰囲気や体付きで確認することができた。
「くっそっ!・・・・」
そのあらげた声を出したのは、ヒビネさんだった。床に突っ伏す形で、拳を何度か叩きつけている。ヒビネさんの気持ちはよく分かる気がする。ずっと戦ってきた仲間が裏切ったのだ。
俺の部活脳的に言えば、一緒にずっと戦ってきた味方が急に敵チームに加勢したと言っても過言ではない。しかもとられた選手がこちらのチームの主戦力で切り札ということだ。
もし、俺がその状況に陥ったらこう思うだろう。
これはもう勝てっこない・・・・・と。
「すまない。倒れている鬼人たちを運ぶのを手伝ってくれないか?」
イブネさんはスッキリした顔で航士朗に話しかけてくる。案外敵がはっきりしてスッキリしたのだろうか。そのスッキリ顔がさらに支部長イブネという存在の不思議さが増す。
するとイブネさんは短髪からむしり取るように髪の毛を取る。それをあたりに撒くと、いくつもの転移門が、倒れている鬼人の近辺にそれぞれ出現し出す。
「どれも同じところにつながっている。引っ張ってでも、抱えてもいい。ここはもう危険だ。日本支部、いや鬼人本部は欠落する恐れがある。だからできるだけ急いでくれ。」
先に動き出したのは、カイトと俺だった。その姿を見て、イブネさんが大きく息を吸って、全員に響く声をだす。
「ヒビネ!ミツネ!コトネ!いつまでくよくよしている!お前らの弟子が諦めていないのに一人前が諦めてどうするんだ!俺たちが戦うことから逃げない限り、まだ負けではないぞ!ザブネは確かにこちら側に戻ってくることは難しいだろう。だからと言ってお前らの弟子までも戦うことから逃げたらどうするんだ!それこそ一番やってはいけないことだ!」
ダンディな表情がさらに険しさを増し、一人前の鬼人たちに怒りの進撃の声を上げる。
それに反発してなのか、ヒビネは悔しそうに眉をしかめてイブネに向かって言い募る。
「うるさいな~、分かってるよ父さん。そんなこと言われなくてもっ!」
ん?父さん。どういうことだ。しかし今はそんなことを聞く空気でも場合でもない。
ポジティブの塊のようなヒビネさんの発言が意識のある鬼人たちを奮起させる。ヒビネさんも転移門に次々と倒れた鬼人を放り投げていく。もう少し丁寧にやってもらいたいものだがそうにはどうしてもいかないらしい。
ようやく倒れている鬼人も全て転移門に送り、辺りはもぬけの殻となった。
「キク!キクいるか!」
イブネさんがそう叫ぶと、左側にあいかわらずボロい服装姿で現れるキクさんの姿があった。
「なんでしょう?主人。」
「すまない。もうここにはいることはできなくなった。おそらく反逆団が襲ってくる。お前はどうする?一緒について行くか?それとも残るか?」
なぜその質問をしたのか航士朗は疑問でしかなかった。どうせなら連れていけばいいのに。
「私が世に戻ってもせいぜい現存できるのは四十二日間でしょう。私はこの本部によって魂を束縛されています。元々死んでいる身、ここが尽き果てると言うのであれば、私も一緒に朽ち果てます。」
まったく後悔の欠片もない顔に本当に鬼人関係の人々は強いんだなと改めて思わされる。
キクさんの行っていた四十二日というのは、人は死ぬと四十二日はこの世に漂ってから天に召されるという話であろう。それは俺の父が死んだとき母から聞いた話なのだが、その話とキクさんの言っていることが頭の中でヒットする。
「わたくしは、ここの鬼人という本部にただ使用人として使われていただけかもしれませんが
それでも鬼人のみなさんは死んで間もない私をここで私に使命をくれました。教育係という使命が。それがあったから今日まで霊として生きることができました。わたくしが初めて死んだ時を今でも覚えています。でもそこにある鬼人が私に使命を与えてくれたおかげであの世に成仏されることは無くなりました。長生きできるなら・・・と最初は思ったのですが今考えると罪深いことだったのかもしれません。あの鬼人は優しかった。まるで先に逝った私の息子のように優しく良い人だった。鬼人の本部がなくなると言うならば、私の使命もなくなります。だからここで尽きるのが運命です。私には記憶力がありません。ですが感情はあります。今主人が何と戦っているかは分かりませんがそれでも生きてください。負けないでください。それが私の意見です。」
俺はまるでタスキを預けられた感覚に陥った。キクさんを救ってくれた鬼人とキクさん本人からタスキを俺たちは受け取った。そう思った。
「そうか、分かったキク・・・・・」
すると、イブネは涙ぐみながら、深くキクに向かってお辞儀をする。
「先代の鬼人から大変長らくお世話になりました・・・私が、いや、私たちが必ず、鬼人を復活させてみせます。本当に今までありがとうございました。」
感嘆しているのか、少し鳴き声になっていることに気が付く。
「あなたが初めてこの鬼人本部に来たとき、私はあなたにここを案内しましたね。覚えていますか?」
「ああ・・・いえ、覚えています。」
イブネさんは感謝の念に気付かされたのか、今までキクさんには敬語は使っていなかったのに急に敬語を使い始める。
「あの時の主人は、目を輝かせていましたね。きらきらと。私はもしかしたら、鬼人の人々の輝く目を見るために死んでからも幽霊として生かされたのかもしれません。やっとわたくしが鬼人に救われたのか分かってきたような気がします。もう悔いは何一つありません。あとはよろしくお願いします。世界を救ってください。」
キクさんそう言うと、イブネは再び上げていた頭を深くお辞儀し、無言で転移門に向かっていく。
そのまま複数ある転移門のうちの一つにイブネさんは一度もキクさんの方を振り向かず入っていく。
航士朗は一度キクさんの方を見ると、深々とお辞儀をした後キクさんは姿を静かに消していった。そして航士朗も転移門をくぐりぬけていく。