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月下のアストラル  作者: カネミズ
7/15

06.

6.

翌朝、昨日とは違い俺は早起きをした。それには理由がある。陰陽石を使用して母に実験したいことがあったからだ。

携帯の目覚まし時計は七時にセットしているが、大抵は目覚ましが鳴る前に目覚めてしまう。部活の朝練の流れが今だに取れていないせいだ。

時間は六時少し前――五時五十分。できるだけ足音と床のきしむ音をたてないように部屋の中を歩く。目的地は机の上に置かれた陰陽石だ。

それを慎重に首にかけ、部屋をでる。ドアを音をできるだけたてないように閉め、通路反対側にある母の寝室に侵入する。しかし母はすでに台所で朝支度をしているようだ。

 俺は今陰陽石を付けているため、決して見えていないはずだ。そう心の中で呟きながらも

リビングに足を運んでいく。

しかし、厄介なことにリビングへの扉はきっちりとしまっていた。母がベランダまたは台所にいてくれればセーフだが、もし扉を開けて目の前にあるテーブルにいるとなると、不自然に思うだろう。もし『怪奇現象』だと言ってきたとしても「アパートが歪んでいる」と言っておけばいいだろうと思った。

そして、おそるおそるリビングへの扉を開いた。テーブルにいないことを確認し、台所とベランダにもいなさそうだ。

どこいった?

ふいに後ろを振り返ると、通路に足音を響かせながら、目をこすらせた母親が迫って来ていた。

「・・・・・・!」

足早に前方に早歩きし、口を手で押さえる。

母は、台所に行き、冷凍食品をいくつか取り出し、キッチンペーパーの上で乾燥させてある弁当箱を手に取る。どうやら俺の弁当を作るみたいだ。いつも起きたら弁当は完成しているので、実際に作るところは新鮮身をおびていた。

 おそらく俺の体は今見えていない。そっとテレビをつけてみる。すると台所にいた母は、

ハッという顔を浮かべテレビを凝視している。そのまま再び弁当を作る作業に取りかかる。

いやーこれは使い勝手がいい。

こんな映画やアニメの世界の出来事が現実に起こっているおれはかなりの幸せ者だ。床を強く地団駄をしてみると今度は不自然に思ったのか手をタオルで拭き、俺の目の前で下を見たり辺りを見回したり、目の前の航士朗の姿には決して気が付いてなどいなかった。

母はリビングの中を散策しだすので、なんとか母の体に当たらない間合いをとって居間をでた。

部屋に戻り陰陽石を外しベットに座り込む。一応、今日から鬼人という本部に通うことになるのだから、なにか他に持っていく物はないか、カイトに連絡を取ろうと、アプリを開くが、

カイトの連絡先を持っていないことに気が付く。

そっかカイトの連絡先なんて持ってるわけないもんな。

それまでのカイトへの扱いを踏まえながら過去を振り返る。今思えば、カイトを悪く思う必要はないのだと今頃になって気が付いていた。ただあいつは鬼人になるために頑張っていたのに、それを俺たちは『変人扱い』をしていたのだ。

今思うと、ちょっと情けない。カイトは別に悪いことをやったわけでもないのに、俺や大也は、

『気色悪い』とか、『ぼっち』などと言っていたのだろうか。今となれば、物凄く腹立たしい。

人はなぜ人を見下さなくてはいけないのか。そんなことを考えさせられる。

考えながら、部屋のベットでぼぉーっとしていると、アパートのチャイムが『ピンポーン』と、

人をハッとさせる音を鳴らしだす。

母の「はーい」という目を覚まさせるような通る声が耳に届いた。それに続いて廊下をドタドタと駆けていく音が部屋の床を少し揺らす。玄関扉が開く音が聞こえ、

「は~い、おはようござい・・・あら、カイトちゃ~ん」

「!・・・・」

なんでカイトが家に来るんだよ。昨日約束も何もしてないぞ。おもわず立ち上がり勝手に学校へ行く準備を始めている。

「コウ~、カイトちゃんが来てるわよ~」

言われなくても分かってるよ。つか、なんで迎えになんてこなくていいのに。

こけそうなりながらも、制服を着て、髪をとかし、陰陽石をサイドのポーチになぐりいれる。

勢いよく部屋のドアを開けて、廊下にでる。玄関からの光が逆光し、母とカイトが良く見えなかった。

そのまま玄関先へ歩を進めると、だんだんとカイトの顔が伺うことができた。母に満面と笑みを向けている。演技であるのは分かっているので、その笑顔のうまさに感服させられる。

「じゃあ行ってくる。」

母にそう告げると、「朝ごはんは?弁当は?」と聞かれ、恥ずかしくなり、顔を赤面する。

「あ、弁当忘れた。」

俺は後方に戻り靴を脱ぎ、母の作った弁当をバックに入れて再び玄関へと戻った。

「じゃあ行ってくる・・・」

しぶしぶ母に言うと、背中をポンッと押されカイトにぶつかりそうになったがうまくカイトが避けていく。

「ギィ」という音とともに玄関の扉を閉められる。

「うわっ!」

扉が閉まると、隣に人影を感じて、思わず飛び上がった。そこに立っていたのは長身痩躯のヒビネさんだった。ヒビネさんはニカっと笑ってみせると、

「君~、陰陽石を乱用したねー、ダメだよそんなことしちゃ。イタズラしたくなる気持ちは分かるんだけどさー」

カイトの様子を見る限り、ヒビネさんは元々ここにいたらしい。

「ヒビネさん・・・もしかして俺の様子をずっと見てたんですか?」

航士朗は思わず聞いてしまった。

「当たり前じゃない。今日からあなたは私の弟子になるんだから。あなたのこと知らないとって思って」

それに対して、カイトが口を開く。

「ヒビネさん、いくらなんでも張り切りすぎです。ミツネさんだってそこまでしませんでしたよ」

「それはミツネのやり方でしょ?私はこの子に強くなってもらいたいもの。そして絶対に鬼人にならせてみせるんだから」

その勢いに蹴落とされたのか、思わず固唾をのむ。

「だから君も頑張って。私も頑張るから。」

「は、はい!」

航士朗とヒビネの会話を顔を引きつりながら見ているカイトを俺は知る由もなかった。

すると今度はヒビネさんの後ろに転移門が出現音をたてながら、姿を現す。 

「はぁ!ヒビネさん!中国支部から応援要請です!」

じとっと汗が額に付いているミツネさんが息継ぎをしながら慌て出てくる。

「わ、わたしも行きます!ミツネさん!」

カイトは必死に言い迫りだす。

「ダメだ。カイトはちゃんと学校へ行け。」

優しいそうなミツネさんの男らしい一面を初めて拝めると同時に、カイトと一緒に圧倒される。

「はい・・・・」落ち込んだカイトの表情が伺える。

「じゃあ、行こっかミツネ。じゃ、カイトと航士朗くん、また後で」

そう言い残すとヒビネさんが転移門に入っていき、その後を追う様にミツネさんもすーっと入っていく。

「結構、鬼人も忙しんだな」

今までその存在を知ってるかのような言いぶりをする航士朗。

「これからあんたもやるのよこの生活を。まあ、もし鬼人をやる気があったらの話だけどね」

「なんだよ。そこまで言ってくんなら、がぜんやる気でてくるなこっちも!」

ミツネさんの転移門が消えていくのを確認すると、アパートのさびれた階段の方へ向かって行く。それを追う様に航士朗もついて行く。

 そこから学校へといつもなら自転車で向かうはずだが、それは昨日の一件で学校に置きっぱなし状態にしてしまった。だから今、このようにカイトと二人で歩いている状態になっているのだ。

「放課後から、あんたもちゃんと修行することになるわね」

「ああ。分かっている。一人前の鬼人になるためだろ。」

「ねえ。なんでヒビネさんやミツネさんが人から姿を確認されないかは教えてもらった?」

「いいや、そんなこと聞いてないぞ。陰陽石の力をとてつもなく使ってるんじゃないのか?」

それまで俺は部活脳で、なんでも鍛えれば。なんでも修練すれば。というプロセスしか脳が働かなかった。

「そんなわけ・・・・だから昨日言ったでしょ。二度と家族や人からは認識されなくなるの。

私は元々家族と言える人がいないからいいんだけど、あんたは友達や家族に囲まれているからいいの?って聞いてるのよ。」

「それって本当に言ってるのか?そんなこと言ったってヒビネさんやミツネさんも認識される方法があるんだろ?」

「それは無いの。ミツネさんが鬼人関連の人以外に気付かれたところは見たときがない。というより、人とすれ違ってもすり抜けてしまうから、いくら話そうとしても触れようとしてもできないって感じね」

「ご飯とかはどうしてんだよ。流石に食わなきゃダメだろ」

「そうね、食べる事はできるわ。あれ?もしかして霊体の話とかアストラル体の話はキクさんから聞かなかったの?そこが重要なのに・・・・」

そんなの聞かなかったな。もしかして聞いてたのかもしれないけどそれすら覚えていない。

「いや、聞いてない。」

「ああそっかじゃあ教えてあげる。」

妙に張り切って言い出すのでカイトに対して驚く航士朗。

「人間の身体からは実はいろいろエネルギーが流れているの。」

そう語り出すと、カイトの肩掛けバックから昨日昼休みに持ち歩いていたやけに分厚い本をひょいっと取り出す。見るからに重そうな本だが、カイトが力持ちなのかそれとももう本を持ち上げるのに慣れてしまったのかはすでにもう分からない。

 すると、カイトは本を両の手でページをペラペラとめくり始める。その姿を横目で見ていると、人間の身体が描かれている。それはまるでウィトルウィウス人体図のようなものだ。

そのページを見つけると、そのページのまま分厚い本を俺に渡してくる。

「ぐっ!なんだよこれ・・・」

そのページには人間の周りに三層の色の違う膜が描かれている。それを見ると、昨日のヒビネさんやミツネさんの膜が体に付いている姿が頭の中に連想される。

「それが人間の身体から出ているエネルギーの種類よ」

書物を読むのは苦手だ。ずっと体を使ってきたのだから知識は体を動かして得てきた。その為じっと、本を読むと言う行為は苦手でしかなかった。

「う~ん、どういうことだよ、これ、気体・・・霊体・・・アストラル体?」

「そう。それが人間が流しているエネルギーよ。『気体』は人間の体の第一層。約五センチあまりに放出されているエネルギーのことを言うわ。いわいる熱気・熱エネルギーとも呼ばれる類ね。」

「科学とかで習うやつか。」

「体温と同じと思ってていいわ」

本当に鬼人関係の話は流暢にかつ楽しそうに話すカイトがいる。それを見ると頑張るって楽しいってことがよく分かってくる。

「お前、楽しそうだな。なんか俺も頑張っていけるかもしれない。」

「やっとこともないのにそんなこと言わないで。ていうかもし諦めたら、あんた記憶消されてしまうわよ。まあ、消えてもそんなの対して価値のある記憶じゃないだろうけど」

それを早口混じりに言いだし、そして再びエネルギーの話を語り出す。

「で、話は戻るんだけど、次にこれ!」

そう言うと、俺の開いているページの中の霊体部分を指でさしてくる。

示唆した部分には、『霊体』と書かれている。

「陰陽石を付けると、この状態になれるの。そしてこれは昨日の私たちの状態のことよ。物体や人間には触れることはできるけども、生物から認識されなくなる。霊視能力がある人はこの状態に近い人が多いわね。霊体になっていると、異形の物体も見えるようになる。」

「じゃあ、ヒビネさんが見えたのも俺が霊感が強かったってわけかー」

「そうなるんじゃないかしら。悩むってことは今ある状況から逃げたいってこと。つまり何か変わりたいと思っている人の前に現れるってことだからね」

じゃあ、俺も変わりたいと思ってたってことかよ。でもどっちにしろ大学に行くと言う変化があっただろうに。それでも俺は変わりたかったのか?

「多分、大也も変わりたかったんだろうな。あいつ、部活引退してからつまんなそうにしてるし。大也にも、このエネルギーのことは教えたのか?」

「うん、大也は乗り気でやってたんだけどね。それでも大也は辞めてしまった。変わりたくなかったんだろうね。」

「あいつだって、あいつなり頑張ったんじゃねえのか?まあ、頑張ってない俺が言える立場じゃねえんだけどな」

「多分、泣き言あげるわよあんたは。大也は泣き言はあげながったけど、それでも耐え切れなくなってやめてしまった。私も霊体を操れるまで一年はかかったわよ。ミツネさんは丁寧に教えてくれた。だから陰陽石なしでもこの霊体を保てるの」

一年間で覚えがはやい方なのか。俺なんかができるだろうか。大也と俺は同じくらいの知能や体力だから、もしかしたら俺も途中でやめてしまうかもしれないな。 

「で、話は戻るんだけども、今度は三層。『アストラル体』・・・・」

と言うと、目の前に見慣れたオレンジ色の自転車がブレーキ音とともに現れる。

「航士朗・・・お前・・・・」

目の前に止まったのは大也だった。顔を赤らめながら、目はくるりと大きく開けて、

驚愕の表情をこちらへと向けている。

「なに?大也」

不機嫌そうな口調と顔でなわばりに入らせないライオンのごとく威嚇するカイト。

「はは。お前ら仲いいのな。笑える」

大也はそう言うと必死に立ちこぎで自転車を漕いで去って行った。

「それと、いいこと教えてあげる。霊体になるとね、人の気体の色を見ることができるの。つまり嫉妬した時、好意を抱いた時に人間は気体の色を変えるの。つまり・・・・誰が好きか嫌いとか分かってしまうのよ。今、大也は好意と嫉妬の色をしていた。つまり・・・私が自分で言うのも恥ずかしいんだけど、大也は私が好きであなたに嫉妬しているということ。」

その言葉に俺も思わず赤面してしまう。まるで自分のすきな人を暴露されるようでとてつもなく恥ずかしい。

「は、はあっ?」

と航士朗は素っ頓狂な声を思わずあげてしまう。

「あ、あいつカイトのこと好きなのかよ、ふっ、はははははは」

「・・・・・・・・・」一応カイトでもこんなときには赤面をするらしい。

「まじかよ。腹いてぇ・・お前はどうなんだよ。あいつの気持ちにこたえる気はあるのか?」

「そんなの無理に決まってるじゃない。私はいずれ誰にも姿が見えなくなってしまう。鬼人の生活は完全にこっちの世界と隔離されるから、そんなメルヘンみたいな事してても後悔するだけ。」

「本当に見えなくなって良いのかよ。行方不明扱いでいいのかよ」

すると、すぅーっと大きく息を吸い、こちらに振り向く。するとポンっと姿が消え始めた。

消えてすぐに俺の尻に衝撃がはしる。「いてっ!」という声と共に、前方につんのめり両手を地面につき、なんとかこけるのは避けることができた。

「そんなこと言ってる暇あるなら、霊体にいつでもなれるくらいの努力はしなさい」

霊体になれって言われても、実はさっきの説明でもまだあやふやだからな。よくわかってないんだよな俺。

「単純に、鍛えて鍛えまくって強くなって霊を除霊すればいいって事だろ。」

頭を使って覚えるよりも、どっちかというと体を使った方が覚えやすいとは分かっている。

「そうね。強くなるっていうよりは守ってあげるってニュアンスじゃない?」

「守る?戦うじゃなくてか?」

「守ってるの。私たちは人間を。霊が生まれる理由は教えてもらったわよね?」

「あれだろ・・・確か・・・そう!後悔の念とかって言ってたな!普通ならすぐにあの世に行くのが流れだけど、それでもすぐに成仏できない魂がこの世にとどまっている霊のことだろ?」

眉間を歪めて、何か言いたげな表情を浮かべる。

「うん、それは出現理由ね。後悔の念も確かに合ってはいるけど・・・キクさんは霊がどんな被害を及ぼしているかまでは記憶を入れることはできなかったようね・・」

本当にカイトと話をしていると話がどんどん進みすぎて置いてけぼりになる。記憶を入れる?

「なあ、何言ってるか全然わかんねぇんだけど、説明してくれよ」

たくっ、大也が来たせいでいろんな話が途中で終わったじゃねえか。

「あれ?私たち何の話してたっけ?というか何が聞きたいのよ。」どうやらカイトも混乱しているらしい。

「えっと確か・・・被害のことと、アストラル体の話をしてただろう」

校舎の屋根がだんだんと近づいてきている。

「ああそうだった!」

カイトはそう言うとまた熱弁モードにスイッチが切り替わる。

「えっとじゃあ、アストラル体の話に戻るね♪」

まるで別人のように性格が変わってしまうカイト。『二重人格』という言葉が頭の中に思い浮かぶ。

「まてまて、忘れないように言っておくけど、キクさんの記憶入れるって意味も教えてくれよ」

「ああそっかわかったわかった。教えてあげるけどその前にアストラル体ね」

「ああ、うん。」

頭で覚えられないと思うけれど、ある程度聞いておけばいいだろう。

「アストラル体は物体をもすり抜けられるようになる。」

「じゃあ昨日俺の手を引っ張って教室を出た時、すり抜けたのもこれか?」

と同時にヒビネさんと初めて会ったコンビニですり抜けたこともフラッシュバックする。

「私は持続するのにまだかなりの神経削らなきゃいけないんだけどね。でもヒビネさんやミツネさんはいつでも霊体とアストラル体を使い分けることができているの。アストラル体は自分が振れるもの全てをすり抜けさせることができるの。」

「えーーーっと・・・」

「つまり、私が霊体状態でアストラル体になったから体に触れている物全てがアストラル体に包まれる。だからあの時あんたの体は一瞬だけアストラル体になったってことよ」

頭の中がすでにパンクしそうだ。とりあえずエネルギーにも段階が存在していることは、本のページを見れば部活脳の俺でも分かる。

「それにアストラル体になれるのは、ヒビネさんやミツネさんでも三十分が限界、それ以上使っていると二度と肉体を戻すことができなくなる」

「肉体って?霊体になるのとは違うのかよ。」

「アストラル体は霊体より力が上なの。つまり一人前の鬼人になるには、気体を捨てて常に霊体でいるしかない。だから鬼人は人から認識されない。でも新人の鬼人。私たちは気体と霊体を切り替えることしかできない。」

「ああわかった!つまり、気体、霊体、アストラル体の三段階があるってことだな」

本のイラストを見て、ようやく理解することができた部活脳。

「そうそう。そういう感じ!」

人格が変わっているカイトはとてつもなく気分がよさそうだ。後ろ髪をばさばさと揺らしているせいでいつの間にかぼさぼさになっているのに。

「じゃあまず俺は霊体になる練習をすればいいんだな。あ!つまり、陰陽石は霊体にならせるための道具ってことか!」

「そうそう!分かって来てるじゃん航士朗!陰陽石はつまり人の体から無理やり霊体を引き出し、霊体に慣れさせるための道具なの!」

歩いているうちにいつの間にか学校の校門前まで来てしまっている。校門は八時半には閉門することが決まっていて、いつもなら遅刻ギリギリで到着することが多いのだが、カイトがアパートに来たため、いつもより一時間弱も早く学校についてしまった。

学校の校舎に入りながらもカイトと航士朗の話は続く。

「じゃあ、キクさんの記憶って言ってたけど、それはなんなんだよ」

すると、俺の分厚い本を奪い取り、靴棚の前で必死にページをめくり出すカイト。まだ朝が早いため人通りが少ないものの、八時になれば、ここは人でごった返す。

 うちの学校は四百人ほどの生徒数だ。それでもこの人の多さなので、都会はもっと人でごった返すんだろうなと、三年間玄関に来るたびに思っていた。

そのまま二人は靴を上履きに履き替える。本はカイトが何度もページめくりを繰り返し、探し続けている。そのまま俺のクラス兼カイトのクラスの前に来てしまった。

 まだクラスには多少の人数しか来てはいなかったがそれでも大也はしっかりと俺の席の後ろへと座っていた。俺はカバンを机の横へと掛けると、一番後ろにあるカイトの席へと足を運んだ。大也は携帯をいじくりながら、気付いていないふりをしている。

「あ、あった!ここ、ここよんで!」

本に書かれていたのは、霊の種類だった。左から、『霊』『守護霊』『地縛霊』『狂人霊』がイラスト付きに描かれている。

「えっと・・・つまり・・・」

とカイトに説明を促す口ぶりをしながら隣の空いた席に座る。

「ここに書いてある通り、霊はある程度の記憶しか維持できることができない。」

本に書いてある文を復唱するカイト。それでもよく分からず、首を傾げる航士朗。

「んんーー?」

「『霊には記憶容量が決められている』だからそこから何を教えようと、それ以上の記憶を身に着けることはできない。つまり、教えられたのは鬼人の微々たる情報と霊の出現理由ということ。」

「ああ、じゃあそれ以上はなにを教えても覚えられないのか。」

「先人の鬼人がキクさんに教えてから当分時間が経っているからキクさん自身が持っている情報ははるか昔の情報ということになるわけ」

気分よさげに謎を解いた探偵のような態度をとるカイト。

その後も長々と色々な話を聞かされ、ある程度の予備知識をたたみこまれた。

しばらくして予冷がなり、みんな席に着きだす。それまで真剣にカイトと話していた俺をクラスの連中はひどく冷たい目線をさしていることに気が付いた。

 おそらくカイトと話しているため、不思議に思っているのだろう。自分の席に着くと、隣の貴衣が口を開く。

「航士朗がカイトちゃんと話すなんてめずらしいわね?なんかあった?」

その『なんかあった』は思春期時代には『交際してるの?』とも略すことができるのだ。おそらく貴衣は特ダネが欲しいのだろう。『航士朗♥カイト』のような。

 もしかしたらカイトがお淑やかで男っ気がなければもしかしたら嬉しい噂だったのかもしれない。しかしカイト本来の姿が分かった今は、そんなの地獄絵図にしかならないだろう。

「いいや、別になにもない・・」ということもできるだろうが、その選択はますます怪しさを増すばかりなので回避しておく。

「昨日、帰り道で話したらなんとなく気があってな。同じ趣味だったし」

「昨日?そう言えば昨日、航士朗昼休みの後からいなくなったよね?どこか行ったの?あ、そう言えばカイトちゃんもいなくなったよね、大也」

俺の後ろに話しかける貴衣に不機嫌そうに「うん」という大也。理由は知っているのだが、それを言ってしまっては関係が崩壊するのは目に見えている。大也は今俺に嫉妬しているのだ。

昨日あれほど「陰キャ便所飯」と言っていたくせに好きなのかよ。小学生の好意のある女の子にちょっかいを出すのと同じだ。

「で、帰り道ってどういうことだよ。」

後ろから大也の声が聞こえてくる。「帰り道」という言葉にどきっとし、頭を言い訳の方法を探すために頭をフル回転させた。

「あ、あれだ。腹痛で帰ったんだ。」

「荷物は?」

貴衣の言い迫ってくる感じがとてつもなく苦手だ。しかし航士朗の頭は今日は冴えていた。

「ああ、それでバックとかいろいろ持ってきてくれたのがカイトなんだよ・・・・」

冷や汗をかきながら答える俺に違和感を覚えたのか貴衣は眉をゆがめる。

「そこで、話したの?保健室で?」

「ま、まあな」

ふぅ~。逃げれた。

ふと後ろを振り向くと大也がこちらを恨めしそうに睨んでいる。

「なんだよ・・・」

「別に。なんか楽しそうに話してたな~って朝。なんの話してたんだよ」

「いや、それは、ゲームだったり、バスケだったり・・・」

その後も授業を挟んで、休憩時間になるたび、大也や貴衣に質問攻めにあう航士朗。

ふと、後ろを見てると、今朝見せてもらった分厚い本とはまた違う本をペラペラ読んでいるカイト。人はなにか目標を持つとこうなってしまうらしい。




時は過ぎ、昼休みの時間になった。

カイトと話すだけでなぜこうも大騒ぎになるのか。航士朗はできるだけ騒ぎの火種にはなりたくないため学校にいるときはできるだけカイトとは距離をおこうと決意した。だから昨日と同じように大也と昼飯を取ろうとした時だった。後ろから昨日で聞きなれた声が耳に届く。

「あっち。あっちで話ながら食べよう。」

クラスの喧噪がざわっと揺らいだ。気がした。

「え、あ、ああ、おっけ」

とてつもなくきょどってしまう。

そのカイトの行動に驚愕の表情を見せている大也。相変わらず昨日と同じ様に肩掛けバックを持ちながらも分厚い本を持っているカイトのあとを追うため、出しかけていた弁当をしまい、

「わりい、俺、あいつとちょっと話あるから、今日はあっちで食うわ」

そう焦りながらも、誤解を招かないような口ぶりを大也に言っておく。

すると、本を抱えたままカイトは昨日一人で昼飯を食べていた学習室に入っていく。

するとおもむろに入ってすぐの机に、分厚い本を数冊置くと、そばにある机を迎えあわせる。

「まさか、ここで昼飯食べる気か?」

「なに?こっちの席がよかった?それとももっと奥の方で食べる?」

どうやらクラスの様子など微塵たりとも気にしていないらしい。

「お前、クラスの様子とか気にならないのかよ」

少し馬鹿にしたように笑ってみせる。

「え?クラスって?そんなもの気にしてなくても私は生きていけるし。大丈夫」

秋山カイト。どうやらこいつは、『生きる』か『死ぬ』かが判断基準らしい。

「そっか。お前が気にしてる訳ないよな」

昨日のカイトの性格を見て、そんなことに気を遣っている訳がない、と自分を自嘲する。

「え?もしかしてあんたは気にしてるの?そんなの気にしなくて全然いいよ。それより今は鬼人になりたいんじゃないの。だったら私の話に集中して。」

「お、おっけ・・・・」

いつの間にかカイトの流れに乗せられてしまっている。

「それで朝の続きなんだけど、今度は霊がどんな被害を及ぼしているか教えてあげる。昨日聞いた通り後悔の念で発生している。では、なぜ霊は駆除しなくてはならないのか。陰陽石を付ければ分かると思うけど、霊はいたるところに存在し自由に移動もする。霊は物体ではなくエネルギーでしかない。つまり霊の生み出された理由は?」

「・・・後悔の念・・・・」

「そう。だからこの霊を世界に放置していると、負のエネルギーによって、人から夢や希望ましてや自信や勇気すらも奪ってしまっているの。ということはどういうことが起きるか想像はつくわよね、夢や希望をなくなってしまった人は、どんな行動をとるか、自分でできないから人からしてもらうしかなくなってしまうのよ。その為にお金が必要となる。そうなると、お金に目がくらんで借金、自分に自信をつけるため人を卑下したり、人から物を奪ったりしだすの。戦争も始まりだすわ。それから、夢を叶えられないから仕事で悪さを行ったり、一生ロボットのように仕事で使われて人生が終わってしまう。そうすると、後悔の念や憾みの念によって、この世にとどまり、再び人間に憑りつき、その霊と同じ境遇を味合わせようとする。」

航士朗はいつの間にか手に持っていた箸を落としてしまっていた。箸は虚しくも床にカランコロンと音をたてて落ちてしまっている。それにまるで気付いていないかのようにカイトは真剣なまなざしをこちらに終始向けている。

「じゃあ、ほとんどの人間が霊に洗脳されてるって言いたいのか。」

俺のその言葉は、自分も『バスケでプロ』になりたいという夢を頭に連想させるものだった。

「他にも失敗を恐れてしまうのも霊のせいね。人生は一度っきりなのに失敗して当たり前なのに、人に憑りついて世の中を悪くしようとしている。それが・・・それが、私は許せない!」

その怒号が学習室に響き、廊下を歩いていた女子生徒が「ひゃっ!」と声をあげ学習室の俺達を伺っている。

「学校も学校よ、生徒をまるでロボットみたいに、強制された人ばっかり作り上げて、それは、みんな人に合わせようしてしまうわよ。それじゃいつまでも競争心が抜けない!霊からの洗脳が抜けない!世界中の子どもから大人までみんな無し崩しで這い上がろうとしてしまうじゃない!学校の数値でその人の価値が決まるなんてそんなの違うに決まってる!一人ひとりが個性があって得意不得意があるのに、それじゃあみんな不安になるに決まってる!それもこれもみんな・・・みんな!霊の仕業なのよ!このままじゃ霊の出現は防げないわ。一人一人が変わってくれなきゃいけないのに!それなのにあなたそれを遊び半分で鬼人をやろうなんて、たまったもんじゃない!」

椅子から立ち上がっていたカイトは言いたい事を言い終わったのか、「はぁはぁ」と息継ぎをしながら、『トタン』と疲れたボクサーのように座り出す。相当叫んだカイトのおかげで廊下には数人の男女がたむろしていることが分かった。

「わ、悪い。遊び半分だったかもしれない・・・・・」

貴衣にもよく言われることだが、すぐに謝るのが俺の癖になってしまっているらしい。部活の監督に怒られそうになってもペコペコと頭を下げて、その挙句に大也からは、「中年のサラリーマン」なんてあだ名を付けられた時があるくらいだ。この癖はもしかしたら根性なしの表れなのかもしれない。

「別にあんたが謝らなくても・・・私もちょっと言い過ぎた・・・こういう話すると怒りが抑えられなくて・・・・」

空気が物凄く気まずくなる。

その時だった。学習室の扉がガラガラと静かに音をたてながら開けられる。

「失礼しまーす。ごめんね。ちょっと航士朗借りていい?カイトちゃん。」

底から現れたのは貴衣だった。顔を真っ赤に染めてつぼつぼと俺のそばに近づいてくる。

貴衣は航士朗とカイトの顔をちらちらと交互に見てくる。

すると、カイトは無言でコクッと首肯する。

「ありがとう・・・」

貴衣がそう言うのに続き、俺も席から立ち上がりその場を去った。学習室を閉めると、すでに五メートルほど先に貴衣が「こっちにきて」と手で示唆している。

 ある程度、カイトのいる学習室から距離を置きたかったのか随分遠い廊下で歩をやめる貴衣。

「なんかようか?」

一応この台詞を頭の中でこねくり回しながらも選んだが、どうせかえってくる言葉は検討が付いていた。

「こ、航士朗さ、もしかして、カイトちゃんと付き合ってるの?クラスのみんなが噂してたから。つい気になっちゃって・・・・」

はぁ~。なんでそう簡単にそうなっちゃうかな~。

「なんでそうなるんだよだよ。」

頭に浮かんだ台詞をそのまま貴衣にぶつけてしまう。

「だって、みんながそうなんじゃないかってずっと言ってるよ。」

貴衣の羽衣のような優しい声が、俺の鼓膜を心地よくしている気がした。

「逆にもしそうだったとしても、貴衣やクラスの連中が何かなるのかよ。つか、貴衣、お前流されすぎだろ。クラスに。少しは自分の思うことを貫き通してみろよ。」

すると、顔は赤いまま少し涙目になり出す。

おいおい、まってくれ。ここで貴衣を泣かしたらますますめんどくさいことになりそうだ。

「泣くなよー。俺とカイトは別に付き合ってなんかいないからさー。」

眉間のあたりを人差し指で掻きながらなだめる。

「泣いてない。じゃあなんで昼ごはん一緒に食べてるの。」

「だから、それはその・・・」

これは聞かれると思って理由を考えておこうと思ってたんだけどな。いきなり飛び出されたからなんも考えてない。まずい、非常にまずい。

「だから、さっき言った通り、昨日のゲームとかバスケの話だったり・・・・」

「でもカイトちゃん、そんなことしなそうじゃん。」

どんだけ疑ってんだよ。まあ、確かにそう言われれば俺の嘘も適当すぎたかもしれない。もっといい言い訳を昨日のうちから考えておけば良かったとこの現状になって初めて気づき、そして後悔している。

「い、いやそんなことないぞ。あいつ結構ゲームもスポーツもやるらしいし。」

「そうなんだ・・・」

貴衣はそう言うと、

「わかった。ごめんね。疑ったりして。じゃあ」

そう言い残すと、すたすたと黒い髪をなびかせながら貴衣は背を『ぷいっ』と向けて教室のある方向へ歩を進め帰っていく。

俺も足早に学習室へと戻りカイトの前の席へと「悪い」と一言入れて座った。

「もしかして、鬼人のことはなにも言ってないわよね?」

いきなりどきっとするようなことを言ってくる。俺は思わず体をビクンとさせる。

「あれ、もしかして図星?」

「ち、違います。」

カイトの洞察力に敬語を要してしまった。カイトは本を捲りながらいかにもおいしそうな弁当を食べている。すると、軽く口を手の甲で拭くと、箸を丁寧に並べて置いて頬を薄く染めながら口をもごもごさせ始める。

「ど、どうした?それより、鬼人のこともっと教えてくれよ。」

俺は再びカイトにスイッチが入り、鬼人の事を雄弁してくれると思ったのだが、帰ってきた台詞は意外なものだった。

「さっきの彼女・・・オーラ・・・」

「オーラ?」

「あなたに対して、真っ赤に染まってた・・・つまり・・・・」

「つまり?」

「と、とてつもなくあなたに好意をよ、寄せてる・・・」

は?

「え?まじ?」

「そう、まじよ。」

顔を朱色に染めながらも確実に俺の目をしっかり見て言ってくるのでおそらく本当なのだろう。

なんだなんだ?朝から急にみんな青春しすぎじゃないか。大也はカイトのことが好きなんだろ。

そして貴衣は俺に好意を寄せている?なんだ?鬼人になったせいか?周りがおかしくなっているのか?おいおい待ってくれ。

「どうしたの?顔が赤いわよ(笑)」

語尾あたりから笑い混じりに言われたので腹が立った。

「・・・・・・・・・・・」

しかし今顔を見る手段がなかったので、言い訳することすらできなかった。

「あんたは大丈夫なの青春しなくて?別に無理に鬼人にならなくてもいいのよ。そうやって大学行って、普通に就職して霊に操られた人間にへつらって生きていけばいいわよ。どうせあんたも大也と同じで諦めるために生まれてきたってことね、所詮は怨霊になる人間なのよ。黙って消費者として競い合って奪い合って生きていけばいい。」

今までの俺に言っているような口ぶりに何も言い返すことができなかった。というよりあまりにも言っていることが正しくて返す言葉が見つからなかった。みんな霊によって操られていて

何もかも牛耳られている。霊から負のオーラを流され、そして夢や希望、そして勇気すらも何もかも奪われる。

「みんなにも、元々夢や希望もあったのになくなるってことかよ。アンパンマンみたいに鬼人が守ってるってことなんだろつまり。」

「アンパンマン?」

「もしかして、知らないのかアンパンマン?」

『?』という顔を本気でしているので呆気に取られる。カイトは確かに両親が亡くなっているにしろ、国民的ヒーローのアンパンマンくらいは知っているだろう。

「なんとなく言われれば分かる気がする・・・・」

とは言っていたが、おそらくぼんやりとしか分かっていないだろう。

「まあ、アンパンマンは分からないにしろ、そいつらを倒さないかぎり人は劣悪になってしまうってことを言いたいんだろ?」

「ええ。なんで世界景気が悪くなったり、人と人とが争わなきゃいけないのかは分かってくるでしょ。それは世界にしても今ある現状でも言えることじゃない?」

「例えば?」

「例えば、テストの成績とか。学校や会社がおかしくなる、または競争激化も霊の仕業とも本に書いてある。」

すると、他の分厚い本を取り出しペラペラとページをめくってから見せてくる。

本には、霊の害悪被害の年と日にちが書き込まれており、その本の厚さからおそらく江戸時代辺りまで書かれてそうだ。

「競争も霊のせいなのか?それは違うんじゃないか?」

競争は違う気がする。バスケという競技をやっていたからかもしれない。そうしないと人と人とが高めあうことができない。そのために競争はあるのだと思ったからだ。

「言いたい事も分かる。競争しないとみんなのレベルが上がらないと思っているんでしょ?でもそれは合ってるけど競争の本質が今では変わってしまう。競争は向上のためにあるんだけど。」

「ああ、それは違うんじゃないか。俺もバスケでいろいろ学んだけどライバルがいるから強くなるんだと思うんだけど・・・」

頭の中で大也を思い浮かべながら、言葉にする。

「だけど今ではすっかりそれが忘れ去られている。学校ではただ大学に行くため、部活で競争したり、テストで競争したりしている。そして最後に目指すのは後悔する道。そのため最終的に霊になる。そして、霊がまた希望や夢そして勇気を奪う。という無限回廊が起こっているってわけなのよ」

久しぶりに恐怖というものを感じる。転びそうになった時の怖さというレベルではない。精神的というか、社会的の怖さを感じたのだ。

「このまま誰も・・・それより人類は霊から逃れなければ、戦争や世界そのものが奪い合いの世界になってしまうわけか・・・・」

カイトの表情を伺ってみると、とてつもなく怒りのこもった表情をしていた。そしてチャイムが鳴るのを察したのか、立ち上がり食べていた弁当をしまいだす。

「だから、言ったでしょ。遊び半分で鬼人をやるなんてたまったもんじゃない。私たちは、人を救ってるんじゃないの。世界を救っているの。その為に命を懸けて戦っている。」

「え?死ぬことがあるのか?」

「アストラル体は、ヒビネさんやミツネさんでも、もって三十分が限界でそれ以上長く持続していくとだんだんと肉体すらもアストラル体になってしまう。魂が消えるということ。怨霊になって人には害は与えない。しかし、あの世に行くことには確実になるわね」

「でも、三十分立つ前にアストラル体から霊体になればいいじゃん」

あまりにも甘すぎる考え方を発してしまったのかもしれない。カイトがキレると悟った。

「ああ、それも教えてなかったわね。」

キレると呼んでいたが、不意を突かれてしまい全く違うテンションに呆気を取られる。

「私たちが霊体になると、霊は同じものと判断して近づいては来ない。しかし、アストラル体というエネルギーに対しては過剰に反応してくる。つまり霊たちも自分たちがされると感じ攻撃してくる。でも霊を倒さなければ世界が悪くなり、人同士で殺し合いが起き、おかしいことが発生していく。なら戦うしかない。ジレンマなんだけどね。でも戦うしかない。戦い続けるしかない。それしか私たちが生き残る方法はない。」

「絶対そうしなきゃいけないのか?別に他の方法で倒せるんじゃないのかよ」

航士朗は死にたくなかった。単純にその思いによって発せられた言葉だった。

もしかしたら俺はとことん心の根本からの根性なしなのかもしれない。

馬鹿で、臆病で、能力も身につけるのが不安でたまらない根性なしなのだ。

「あんた、さっきから聞いてれば『逃げたい』だけだよね?そんなに死にたくないの?」

「・・・・・・・・」

何も答えることができなかった。逃げる理由を探している。そんな俺がとことん子どもの頃から大っ嫌いだ。

「私思うんだけどさ・・・ただの人間として生きて死ぬよりは、なにか死ぬ理由をつけれるようなことに必死になれる人の方が生きてるって感じがするな。」

キレなかったカイトにも驚かされたが、それでも俺はその言葉が心底心に響いた。

頭の中で鬼人になるメリットを必死で考えてみたが、やっぱり俺は頭で考えるより・・・

体で・・・

いや

心で感じたほうが早かった。

「俺、鬼人になる。俺一人で世界のみんなが救われるのなら・・・みんなの運命を変えられるのなら・・・俺は命なんていらない。お願いです。カイト・・・俺に教えてください。鬼人を・・・・」

思わず体からそんな言葉が発せられた。しかし、カイトは笑い出す。

「あははは。私はまだ教えられている立場。その台詞はヒビネさんに言って。」

初めてカイトの笑った姿を見ることができた。あんなやつでもこんな大笑いするんだ、と思ったと同時に俺の『決断』でカイトを笑顔にできるんだと初めて知った。

そして、教室へと戻り、いつも通りの授業が行われる。

その後も今日は大也とも貴衣とも話せなかった。というよりここまで青春まっさかりだったとは思わなかったが・・・・。それよりもしかしたら、俺が遅れていたのかもしれない。

その後も休み時間も何も話すことなく、放課後となった。




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