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月下のアストラル  作者: カネミズ
6/15

05.

5.

転移門をくぐると、喧噪がまただんだんと近くなってきているのがよく分かった。

琥珀色の光に包まれ、先ほどいた人のいる気配が全くしなかった円形広場が見る影もなく、人々でごった返していた。

しかし、喧噪はほとんどが日本語で発せられており、周りも見る限りは日本人ばかりだった。

「やねん」「~じゃ」「~しとん?」などと、全国各地の方言があちらこちらで繰り広げられている。

すると、「あ、ヒビネさ~ん、ミツネさ~ん!今日はどこ行ってたんすか?」

ある程度の人混みをさっさっさとよけながらも、茶髪の男が駆け寄ってくる。耳垂部分には金色のイアリングが揺れていた、第一印象はチャラい。そして騒がしいだ。

今時こんなのダサいだろ高校だったら停学だなと頭によぎった。

「おお、コトネ、今日は一人なんだな」

ミツネさんが、はしゃぐチャラ男――――コトネ。をなだめるようにして話しかける。

「そぉ~なんすよ、サブネさんとは当分会ってないんすよ、師匠としてどうかと思いますよ」

どうやら、コトネと呼ばれるチャラ男は、ヒビネ、ミツネ、カイトと顔見知りでその後もなにやら楽しげに話していた。そんな中三人の後ろで茫然と立ち尽くしていた航士朗に気が付き声をかけてくるコトネ。

「あれ、もしかして、新人くん?」

「いや、俺、新人とかそんなんじゃないですけ・・・」

「どこの出身?秋田家?それとも熊本家?」

と言いかけたところで言いつめよってくる。

日本列島の対照的な県をついてきたが、航士朗が戸惑っている様子を見てか、両手を肩に置き、透き通った肌の顔を横からひょこっと出してくる。

「この子は、そんなんじゃないよ、私が陰陽石落として拾ってくれた、普通の人間」

「ええ~、普通の人間!名家の出身じゃない人がヒビネさんの弟子を務めるんですか!」

「そうだ!」

その発言から察するにヒビネさんは、この業界の有名人らしい。

「ええ、じゃあカイトくんと一緒じゃないですか!」

「そう・・・なるね。」

ミツネさんが続けて答える。

「じゃあ、今から支部長に報告ですか?」

「そうね、ちゃんと報告しなきゃ、強制的に記憶を消されるわね」

「え?」

記憶を消されるという言葉に過剰に反応してしまう航士朗。

「あはは、そんなにビビらなくても大丈夫よ、君は見た目はしっかりしてるから、お許しをもらえると思うよ」とヒビネ。

「は、はあ・・・・」

俺は内心、【大学受験までの暇つぶし】的な感じなんだけどなと思いながらも、コトネという男は話を続けてくる。

「じゃあ、俺の後輩か~」

と、不敵な笑みを浮かべた後、

「カイトくんに続いて後輩二人目ゲット!これで俺ももう一番下じゃないっすね」

俺の肩を掴み上下に揺らすコトネ。

「よろしく!俺は広島家代十三代目、コトネって言うもんだ、よろしくな!」

満面の笑みを浮かべながらも、強引に手を差し伸べてくる。その笑顔はヒビネさん同様にとてつもなく輝いて見え、いかにも生きてる。そういう類の笑顔だ。

「よろしくっす!」

「いいね、君!その明るい感じ、気に入ったよ!」

「はい。バスケやってたんで、運動系なんで」

と付け足しておいた。

「バスケ部?なんじゃそりゃ初めて聞いたわ。」

そう笑い混じりに不思議な顔を浮かべている。

「じゃ、俺もそろそろ行くわ!じゃあな!」

そう言うとコトネさんは、髪の毛を一本抜き撒いた。そこから転移門が発生し、急加速してその中へと入って行く。

 バスケを知らない?どういうことだ。この人たちはなんだろうか。再び疑問が浮上する。

コトネさんの転移門が消えるのを確認するとカイトを含め三人がいなくなっていたことに気が付いた。長話になると見込んでいたのか、三人の後頭部は円形広場の奥、背丈ほどの扉の前にあることが確認できた。

 先ほどまでの喧噪は一気に減り、人がいなくなっていたことに気が付いた。

スマホで時間を確認する時刻は【七時四十分】を示していた。のそのそと歩きスマホをしながら、三人に近寄る。

「航士朗!」

歩きスマホの姿のまま暢気に歩いてきている姿に腹を立てたのか、再びカイトが罵声を浴びせてくる。「あ、悪い」手刀して謝りそばに近づいていく。

 背丈ほどの扉には、サイドに木彫りで支部長室と書かれていた。

妙に引き締まっているミツネさんとカイト。服装を確かめては、何度か咳払いする。

ヒビネさんが軽くノックし、「失礼しま~す。」と中に入って行く。その後に続いて、

ミツネとカイトも、同じセリフをはいて入室する。その光景はまるで職員室に入るみたいだ。

「失礼します・・・」

航士朗もぼやきながらも入っていく。

中は社長室のように、奥に古風なデスクがあり、左右にいくつかの扉が設置してあった。

しかし、中には誰もいない。だが・・

開いていたはずの扉が、バタン!という音をたてて突然、勝手にしまる。

「うおっ!」

思わず声を上げてしまう。しかし、三人は平然に立ち尽くしていたが、ヒビネさんが急に移動し、入室した扉の横にある棚の上から、フォーク型のろうそく立てを持ち上げ、部屋の中心部に勢いよく投げた。

しかし、そのろうそく立ては、壁にぶつかることなく、部屋の中央の空中でとどまっている。

次第に、そのろうそく立てから、人の手がゆっくりと現れ、腕、体、そして顔が出現していく。

 その姿は明らかに百八十センチはある男の姿だった。

「かくれんぼ・・・・」

と呟いてから、にやにやと口角を上げた。それに合わせるように、

「みいーつけた♪」

とヒビネさんもぼやく。

 その男の風貌はダンディーということに尽きるだろう。礼装姿だが、両袖が雑に引きちぎられており、手首には陰陽石のブレスレットが巻かれている。

「たく、また新人を連れてきたのかヒビネ、見込みはあるんだろうな」

顔をくたびれたようにしかめ、ヒビネさんをじっと見つめる。

「大丈夫よ、今回は。前の子よりは明らかにやる気もあるし」

胸を張って、言い切るが、俺はそんなに正直乗り気ではなかった。

「そこの後ろの少年か・・・」低い声で呟いた後、奥の古風なデスクに腰を掛ける。

「ああ、はい俺っす。よろしくお願いします」

会社だったら、即刻クビになりそうな挨拶をするが、ダンディな男は特に気にしていなそうだ。

「君は私たちのしていることが分かっているのか」

「だいだいは・・・なんか、あれですよね、霊媒師的なのやってるんですよね」

「怖いとは思わなかったのか?」

その怪訝な声に、しかられるのかなあと思いながらも、

「若干、怖かったです」

俺は急ぎ早に答えてしまう。

「じゃあ、興味本意か?」

確かに本心はそんな感じだ。やりたいかと聞かれたらまだやりたくない。

「い、いや、そんなんじゃありませんよ」

怒られるのを避けるため、なんとなく適応しておく。航士朗は部活をしていた頃から監督の堪忍袋の緒を切らないように反射的に対応する技術だけは人一倍磨いてきた。

「言っておくが、興味本意ならやめたほうがいい。私たちのやっていることは命を落とす危険があるぞ、それでもやりたいか?」

ダンディな男は顎を掻きながら決断を迫ってくる。

「は、はい。やってみたいです。」

「やってみたい?」

「いえ、やらせてください!」

本心はまだ興味本意ではあるが、相手の圧倒的な圧力と静まった空気により、そう言いざるをえなかった。

「そうか・・・なら歓迎しよう」そう言うと立ち上がり、手を差し伸べてくる。

「私は鬼人日本支部支部長、イブネだ、よろしく。」

「ああっ、よろしくお願いします。」

「それで説明はしたのか?ヒビネ、ミツネ?」

威厳のある声にすこし心が揺れたのか、ミツネが「ある程度は」と曖昧な返答をする。

しかし、対して教えていないと悟ったのか、「キクさん」と叫びだす。

 すると、先ほど入ってきた扉から初老のおばあさんが「はぁい」と言って入室してくる。

しかし、それを見て俺は驚愕した。足がないのだ。その初老には足がない。古びた貧相な着物姿で、足がない分、地面からは浮いているように見える。

「そのキクさんが、いろいろと鬼人のことについて教えてくれるだろう。腰を抜かすんじゃないぞ」

イブネさんは、からかいの笑みを浮かる。

「え?いや・・・その、俺、え!?」

初老は肩カバンを引っ張り俺を部屋から連れ出す。ヒビネ、ミツネ、カイトの三人に助けを求めようと頑張るが、カイトは睨み、ヒビネさんとミツネさんに関しては手を振っている。

どうやら、俺は遠いところに来てしまったららしい。今頃になって実感が湧いてくる。

部屋を出ると、航士朗の手を放したその霊は振り向き軽くお辞儀をした後、言葉を発した。

『私はこの鬼人日本支部に使えております、キクと言います。どうぞお見知りおきよ』

その霊は口が動いているものの、口からは発せられておらず、頭の中で声が反芻している。

「あ、どうも。で、俺はどうすればいいんすかね」

『案内しながら説明いたしますので、付いてきてくれればいいです』

初老の霊―――キク。顔のしわは深く、白髪交じりの髪が支離滅裂に爆発している。

すると、円形広場の中央に歩を進めて、頭の中に言葉が入ってくる。

『では、なにから話したらいいでしょうか』

「え、そんなこと言われても、タダやってること見せられただけなんでわかんないです」

『ああそうでしたか、なら話少し長くなるかもしれませんがいいですかい?』

「ああ、はい」

仕方なく返事をしておく。こういう場合は案外、長い話を聞いていた方が最短ルートだということはなんとなく分かっている。

『鬼人。私が使えている先ほどのイブネ様のような方々の事をいいます。主に任務は、霊退治です。ときたま人助けもしております。』

近代ロボットのような語りように一瞬、ぞわっとする。

「ああ、そうなんすか。じゃあ質問で、ここはどこなんすか?」

一応人が少なくなっている円形広場に響くほどの音量で初老キクさんに質問する。

『そうですね、私たち鬼人という人々は世界各国に存在します、ちょっとついてきてもらえますか。』

そう言うと、航士朗が初めてこの部屋に入室した時の重たい扉の方角へ向かう。

その扉を開けて、外へと出ると、初めて転移してきたショッピングモールさながらの大広間へでた。そこは来た当初より、人混みは薄く、喧噪もすでになくなっていた。

誰もいないショッピングモールってこんな感じなんだろうなと思いながらも、キクさんについて行く。

すると、キクさんの歩く先に開けた広場がだんだん広がっていく。

その広場中央で歩を止めると、まるで凱旋門から延びている通路のように通路が五つ伸びていることが分かった。それぞれの通路の上には、サインのように何か書かれている。

すると、脳部に言葉が再び流れてくる。

『大きく分けると六大陸。大きいところで言うと、アメリカ本部、アフリカ本部、ヨーロッパ本部、アジア本部、オーストラリア本部、その中のアジアに属している日本支部が先ほどの大広間になります。』

そこまで言った後、今きた道の通路の上を指で示しながら見るように促してくる。

確かに頭上には、国名が頭文字が大きく、それ以外は繋げ字で国名が書かれている。

「じゃあ、あっちがアメリカの人々が働いているんすか?」

【Amerika】と書かれている文字を指差さす。

『はい、その通りです。ですが働いているというのは少しニュアンスが違いますかね。しいて言うなら救っているというほうがいいでしょう』

「へえー、そーなんすか」興味を持てない。

すると航士朗とキクさんの横に転移門が出現音とともに大きく出来上がる。するとそこから、

マタギのような容姿の山男が現れた。男は俺の姿を一瞥すると、すたすたと【Africa】と書かれている通路に足を運んでいった。その男の転移門は、しばらくずっと開き続けていたが、みるみる縮小していく。しかし、縮小し始めてすぐに、そこから小柄なリュックと首元には陰陽石が下げられている黒人の男の子が、足早に現れる。その男の子は航士朗を見ると二カッと微笑み、先を歩いているまたぎ男に何度か声をかけているが、またぎ男は振り向かなかった。そのままマタギ男を追う様について行く。

「じゃあ、今のはアフリカの鬼人すか」

『はい、鬼人は二人で行動する、子弟関係を築くことが定められております。おそらく先を歩いている勇ましい男性が師匠、そして後をついて行っている少年が弟子でしょう。師匠が弟子に教え、そしてその弟子が今度は師匠として新しい弟子につなげていく。ですが時々ですが、一人で活動している鬼人も存在しています。』

「え、じゃあもしかしてあの人たちについて行ったら、俺もアフリカにいけるってことかな」

『ええ、そうです。鬼人は活動場所が決まってはおりますが、救援や協力する場合も多数存在しております、アジア本部の中で一番救援は多いのが日本支部なんです。』

「そんなに日本は霊が多いのか・・・」

しみじみ思っていたことを、いつの間にか言葉として発してしまっていた。

『ええ。では航士朗さまは霊が出る原因を知っておりますか?』

「ええっと、確かこの世に未練があるとかないとか・・・そう!よくテレビとかでやってますもんね、オーブとか、心霊映像とか、変なオーラがあるとかないとかで発生するって聞いたことがあります。」

『確かに。そのような意味で発生するときもあります。ですが、霊が発生するのは人間なのです。』

当然の言葉が返ってきてしまったので、航士朗は再びおさらいも含め、口ずさんだ。

「人間が死んでしまったら魂が体から出る。そして、あの世に行く。そう言うことですよね」

『はい。正しい流れではそうなります。ですが日本の霊はなかなかその流れに乗れないまま現世に残ってからあの世に向かいます。』

「なんでですか?」

『後悔の念というのがあります。特に後悔して死んだ霊や自分の夢や苦しかった、自由じゃなかったという理由から生まれます。』

俺は何を言ってるのかが全く分からなかった。『自由』という言葉に深い意味が頭に刻まれていないからであろう。

「じゃあ、そいつらは倒さない限りその霊はあの世にもいけないってこと・・すか」

『はい、そうなります。もしかしたらあなたも死んだら、あの世に直接いけないで私たちに霊媒される運命だったのかもしれません』

そんな末恐ろしいことを当然のごとく言ってのけるキクさんをじろっと見つめる。

『ほかに聞きたいことはありませんか?』

架空NPCのような発言に俺は答えた。

「いや、特になにもないです。」

『そうですか分かりました。では、また・・・』

そう言うとキクさんはだんだんと薄れていき、その姿は見る影もなくなって言った。

この時の俺は全く、霊媒師的な事をするというよりは、大学までの暇つぶし感覚だと思っていたから、鬼人としての役割の存在をまったく意識していなかった。

 しいて思いつくのは、ツイッターに今の現状を上げれば人気になれる。とか世界的有名人になれるとかだった。

 キクさんが消えて、俺はひとり元きた通路をたどりながら、帰ることにした。

アジア本部の通路には、他にも、【China】【India】と、【Japan】と同じように書かれた扉が複数存在しており、それぞれ文化の違いがあるのか、扉にお国柄の加工が施されている。

 中央広場から少し歩くと、日本支部の扉が存在する。そこを開くと支部の広場が広がっており、その奥に先ほどイブネさんやヒビネさんたちがいる支部長室が存在している。そこへ向かって歩いていくと支部長室からヒビネ、ミツネ、カイトが出てくる。

「あ、君~~!」

ヒビネさんが気付いて、手を大きく振ってくる。航士朗も、早歩きで近づいていく。

「あの、君じゃなくてそろそろ名前で・・・・」

「いろいろ聞いたかい?」

と優しい声で聴いてくるミツネさん。

「まあ、いろいろと」

なにをしているかは理解できたが、根本的な部分はまだ少ししか聞いてない気がするので、

曖昧な返事を返してしまう。

「ごめんね、私が説明ができなくて~」

ヒビネは航士朗の首に腕を回し、首をしめるように、頭をわしゃわしゃしてくる。

「や、やめてくださいよ」

なぜかヒビネさんには敬語を使ってしまう。敬語はあまり好き好んで使う訳でもないのだが

五感や雰囲気で人を見極めて敬語を使うのは悪い癖だと思う。

「じゃあ、明日から見習いとして使って行くからよろしくね!」

閉めていた首を開放して、腕を腰に置きそう言い放つ。

「あ、よろしくお願いします!じゃあ、俺はヒビネさんの弟子という形になるんですか」

キクさんから聞いた鬼人の情報によればそういうことになる。

「確かに。そうなるのね。そこまで考えてなかった!」

「ヒビネさん、しっかりしてくださいよ」

ミツネのため息交じりの声に反発するヒビネさん。

「だって、私弟子なんて今までとったことないし、取ろうとしても、みんな『やめたい』って言い出す根性なしばかりだから。」

弟子をとるセンスを恨んでいるのか、それとも若年層の根性のなさに怒り心頭しているのか分からない。

「まあ、今日は遅いし・・カイト、航士朗くんを送っていきなよ」

「え・・・あ、はい・・・」

百パーセント行きたくないような声を上げている。なのでしぶしぶ俺は、

「いや、大丈夫です。俺一人で帰れますよ」

と、遠慮がちに試みるものの、

「いいや、次の世代を築いていく二人はいずれ協力していかなくてはならなくなるのよ。だからしっかりお互いの事を知っておきなさい」

ヒビネさんがそう諭すように言うので、素直な気持ちになる。

「「・・・・・わ、わかりました」」

同一感情だったのか、カイトと異口同音で答える。

睨まれたあと、ひどく睨んでくるが、俺も軽く睨み返す。

「お前、いちいち睨むんじゃねえよ」

「・・・・・・・・・・・んんっ!」

カイトは沈黙した後咳払いをし、俺に話を続けなくする。

「ほらカイト、そんなことしてたら、いつまでも一人前の鬼人になれないぞ」

ミツネが師匠としてカイトを諭す。

「すみません・・・・気を付けます」

下にうつむきながら、悔しそうに下唇に歯型をつくるカイト。

「じゃあ転移するぞ~、ちょっと記憶見せて~」

ヒビネさんは記憶を消す要領で、俺の額に白い手を額に当ててくる。

航士朗の体は冷えていたのか、ヒビネさんの手はとてつもなく暖かく感じられた。そのままヒビネさんは、目をつむり考えるように眉間にしわを寄せている。

「あーー、ここでいっか」

そう言うと、額から離れた手はヒビネさんの頭部に移動し、髪をつまむ動作に入った。

 『ぶちっ』と聞こえてきそうに長い髪の毛を抜き、辺りに撒くと転移門が発生し出す。

「じゃあ、今日はここまで。明日からよろしくね!」

そう言うと、転移門に『トンッ』と背中を押され、体制を崩すように転移門に入る。

転移門を抜け一歩踏み出すと、そこは転移門の出現光により照らしだされていた。

靴の下はふかふかのベットの上。シーツが若干靴で汚れてしまっている。

 俺はここがどこなのかすぐに分かったが、その後に続いてきたカイトは目を大きく開きパチパチしている。

「あのヒビネさん!明日って、俺はどうしたらいいんですか!」

「ああ、ごめん!とりあえずカイトと一緒にいてくれればいいから!」

ヒビネさんに聞いたのに、なぜかミツネさんの返事が返ってきた。すると、ゆっくりと転移門の形が見えなくなってきた。転移門の光がなくなり部屋―――これは完全に俺の部屋だ。

つまり、ヒビネさんは記憶を読み取り、転移座標をここにしたのだ。

「・・・・・・・・・・・・」

しばらく暗い部屋でカイトとの沈黙が続いた。

すると家の玄関の重たい扉が『バタン』と閉まる音が耳に届いた。それに続いて、

「ただいま~」という、母の通る声が聞こえてきたのだ。

部屋の引き戸式ドアの隙間から、光が差し込み、なぜかまずい予感しかしなかった。

母は、カイトの存在を知っている。

それはそうだ。母は学校のPTAや学級会には必ず出ていたし、親付き合いも人の二倍は尽力を注いでいるような母なのだから、俺の同級生の顔など、忘れようとしても決して忘れないだろう。

 シャカシャカとナイロン袋の音と、車のカギの金属音が家の廊下に鳴り響いている。

「まずい・・・・」

航士朗がぼやく。焦って何故か、首から下げていた陰陽石を首から肩掛けカバンのサイドに詰め込むように入れた。

「航士朗。絶対に言っちゃダメよ」

カイトは、この状況より鬼人の件についての方が断然大切らしい。

「分かってるよ、つか、お前隠れてろ、隙を見つけて逃がしてやるから」

「逃がしてやる?」

どうやら失言してしまったらしい。カイトは眉根にしわを寄せて、またしても睨みをきかせる。

そうすると陰陽石を首から下げていれば見つからないものの、おもむろに陰陽石をくびから取り外す。

「命令しないで。そういの嫌いなの」

つくづくこういう女子は苦手だ。せめて素直に言うことくらいは聞いてくれよ。

「せめて素直に言うことくらいは聞いてくれ」

頭の中の言葉が実際にでてしまう。

 部屋をでると、そこは廊下に通じている。その為なんとかして母をトイレかベランダに行かせるしか安全な方法はない。と考えていたが、カイトの行動でその考えはなくなってしまう。

 カイトは、隙間から出ている光を頼りに扉の方へ足を進めた。

「おい!」

カイトの手を掴んで、ドアから出ていこうとしているカイトをいかせまいとした。しかし、

「これから今みたいに、あなたの家に転移することも何度もあるかもしれない。だから内緒をつくると後々、厄介になるわ。」

俺の顔を一瞥もしないで再びドアの方角に歩を進め始める。まるでロボットだ。

「だから、いくなって!」

今度は腕を掴もうと試みるが、掴むことができず、航士朗の体のバランスが崩れていく。

ただでさえベットの上なので、よく揺れてしまい、カイトの『きゃっ』という意外な声と共に、部屋のドアの前にベットから落ちてしまう。

 落ちた衝撃音がアパートの床を大きく揺らし、その揺れは母の「どうしたの?大丈夫!」という声に変わりかえってきた。

まずい・・・・

台所の水が流れる音が止まり、廊下を歩く音がだんだんと近づいてくる。俺とカイトは立ち上がったが、もう逃げられないと思い、立ち尽くすしかなかった。

ドアがだんだんと開かれていく。

「そろそろ、ご飯だから・・・・って暗闇じゃない、電気くらいつけなさい」

そう言うと、ドアの横にあるボタンで部屋の電気をつける。

「ほら、部屋も片付けなさい。」

始めに部屋の散らかりを一瞥したのか意外な回答が返ってくる。

「よ、よう」

「なにしてるのよ、コウ」

小柄のカイトを体の後ろに左右に揺れながら隠す。

「ごめんね~今日、朝早いの忘れてて、ちゃんと二千円おいてたの気付いたでしょ?」

と朝脱ぎ終わった寝間着を片付け始める。

「ああ、気付いた気付いた。」

はぁ~、背後から、カイトのため息が聞こえてくる。嫌な予感がじわじわ忍び寄って来た。

「ねえ、そう言えば今日、学校から電話きたんだけど・・・・」

母の視線は俺の横をずっと、凝視している。

「あら、航士朗。その子は・・・」

「あの、私カイトです。覚えてます?」

あえて名前で呼んだ母の顔が不思議な顔からニヤニヤした顔に豹変する。

「小学校から航士朗くんとは一緒なんですけど、覚えてないですか?」

再びカイトは母に聞き直す。しかし母は、ニヤニヤしながら俺の顔を下から伺うように眺めてくる。

「な、なんだよ」そうは言ってみたが、母は視線を俺からカイトに変える。

「あら~カイトちゃん久しぶりね~覚えてるわよ~」

世間話するような口調で会話をし始める二人。

「そうでしたか、覚えているなんてありがとうございます」

カイトも母に偽りの対応を見せる。睨むためにある目も今は仏様のように閉じている。

「コウ・・もしかして・・・・彼女さん?」耳打ちをしてくる母。

「バカっ、ちげーよ!」

すぐさま親の誤解を解こうとしたが、斜め後ろに隠れている彼女がゆっくりと息を吸う音が耳に届いた。その音はなにやら嫌な予感しか感じさせない。

「はい。私たち去年から付き合っているんです。今日で一周年なんでよろしくお願いします。」

「はぁ?お前何言って・・・痛い!」

斜め後ろの腰を横突きされ、口封じされる。

「あら~、航士朗。よかったじゃない、あなたに彼女ができるなんて思ってもなかったわ」

「いや、だからその・・・痛い!」

今度はさらに強めに横突きをされ、体がくの字に折れ曲がった。それを見て、横突きされていることに気が付いていないのか首を少し傾げて、俺の顔を眺めている。

「どうしたのよ航士朗、そんな顔して」

航士朗は顔を歪めながらも誤解を解くのを諦めて、肯定の台詞を述べる。

「いや、その・・・うん、交際してる・・・・」

これほど親に言う恥ずかしい台詞はあるだろうか。せめて、『交際』ではなく『付き合ってる』にしておけばよかったと後悔してしまう。いつもそうだ。何かをやった後に後悔する。だから俺は部活でも、どんな物事にも挑戦するより、まず見切りをつけて何もしないように心がけてきた。

「そうなの~。」

母は頬を赤に染める。息子に彼女ができるとこういう顔をするらしい。

「でも、もうこんな時間よ。そろそろ帰った方がいいんじゃない?」

確かに時間はすでに八時を過ぎている。母の至極真っ当な意見に俺はカイトの顔を伺った。

一瞬目が合い、気まずくなるがカイトはすぐさま母親の顔を見て答える。

「そうですね、今日は楽しかったは航士朗。じゃあそろそろ帰ります。」

「どうか、航士朗のことよろしくお願いします」

母はペコっっと頭を下げる。もし本当に付き合っていたら、とてつもなく気まずいことだろう。

「ちょ、母さん」

あまりの恥ずかしさに、母と同じように俺も顔を朱色に染める。

「じゃあ、失礼します」

カイトが斜め後ろでそう言うと、散らかった部屋をするすると抜け、ドアから玄関の方角へ歩いて行く。

その姿を立ち尽くしてみていると、玄関の鉄状の扉がガタンッという音が聞こえた。母は立ち尽くしている俺の姿をじっと見つめた後、口を開く。

「なにやってんの。こんな夜遅くに女の子一人で帰らせる気?送っていきなさい」

『女の子』というワードに多少違和感を覚えたが『うん』と返事だけして後を追った。

玄関で靴を履いている途中、母の「ごゆっくり~」という声が聞こえ、顔を歪めたが後ろを振り返らず後を鉄状の扉を開いてカイトのあとを追った。




 カイトの背中は、アパートからほど近い所を肩掛けバックを揺らしながら歩いていた。

追いつき、隣を無言で歩く。そのまま一分ほど沈黙が続き、俺の方から話を始めることにした。

「どこまで行くんだ?」

「家。」

「・・・・・・・・・・」

話はそこで止まる。しかし今度はカイトの方から話が始まる。

「遊び半分なんでしょ?」

「いや、あれはあの場のノリ的な感じだから・・・悪い・・・」

確かに若干図星だったが、そこはまた偽りの言葉でしのぐ。

再び沈黙が開始され、そのままつぼつぼ歩く二人。しかし突然とカイトが口を開ける。

「これであんたがヒビネさんの喜びを奪ったら、私はあなたを許さない」

「なんでそんなに怒るんだよ、前にも石を拾わされたやつがいたらしいけど、そんなすぐ『やめる』なんて言い出すような根性なしじゃない俺は」

「大也もそう言って辞めた」

大也?俺も聞き間違いか?今、大也って聞こえたぞ。

「陰陽石を前に拾ったのは大也なの。」

「はぁ?」

頭の中で盛大なパニックが起こり始めているが、思考を読み直す。

「え、待てよ、じゃあ大也も前に俺と同じ状況になったって事か?」

前方道路からきた車の光によってカイトの顔がはっきりと見え、深く頷いたのがよく分かった。

「大也は、あなたとは違って最初から奇妙がっていた。というよりは怖がっていたに近い」

「『怖い』って今考えると確かに怖いな」

「大也はそれでも、二週間はあなたにも内緒でやっていたの」

「ヒビネさんの弟子としてか?」

カイトは首を縦に首肯する。

「記憶は消され、今の通り大也は普通の生活を送ってる。私はそんなのごめんだけどね」

「ごめんか・・・」

カイトが普通の生活を嫌っているというのは小学校から見ていてよく分かる。物心ついた頃には誰にも属さず一人で学校生活を過ごすようになっていた。

「そういえばお前はいつから、これ・・・鬼人をやってるんだよ」

「私は・・・・」

言うのを拒むカイト。そういう姿を見ると聞きたくなるのは人間の性ではないだろうか。

「いつからだよ」

「高校一年生から・・・・」

恥ずかしそうにカイトは言ってるが、キャリアなんて気にする必要はない気がする。

「二年前からか。結構やってんな。ああ、そういえばカイトはミツネさんの弟子ってことか?」

「そう」

「俺みたいに陰陽石を拾ったのか?」

と聞いてみるが、カイトは道を外れてそばの公園に足を運びだす。公衆トイレにでも行きたいのかと思ったが、ブランコの近くにあるベンチの前で足を止めた。そのくたびれているベンチを立ち尽くしながらじっと見つめている。俺もカイトの斜め後ろに立ちつくして、同じくベンチを凝視する。

「このベンチがどうかしたのかよ、もしかして霊でも見えてるのか!?」

「見えてる訳ないでしょ、陰陽石つけてないんだし・・・」

確かに。しかも俺に関しては陰陽石を家の肩掛けバックに入れっぱなしだ。

軽く深呼吸し出すとカイトは口を開口する。

「私は入学してすぐ訳合って、ここで悩んでいたの。それでちょっと泣いてて・・・・」

顔を恥ずかしそうに赤めながらエピソードを語り出すカイトを後ろから眺めながら俺もなんとなく同情してしまう。

「そっか・・・・」

『お前も苦労してるんだな』と付け加えたがったがカイトは同情されるのを嫌悪するのは今日の関わりで気付いている。

「それで、ベンチに座って泣いてたら、ミツネさんが目の前にいたの」

「不審者みたいで怖いな」

と、笑いを起こすためにジョークを言ってみるが、口角を上げすらもしない。

「怖い分けないじゃない。ミツネさんはあった時から優しかったわ。怖いと思ってたの?」

俺のジョークを真剣に捉えたみたいで、不思議そうな顔をする。

「いや、別そういう訳じゃないんだけど。じゃあ、そこで石を渡されたのか」

「その時は渡されなかった。そのまま本部に連れていかれたわ」

そこで俺は疑問に気が付いた。陰陽石を持っていないのになんで、人の姿が見えるのだろうと。

「え?つかなんで初対面でミツネさんのこと見えたんだよ、石がなきゃ普通見ることができないだろ。ていうか転移門にすら入ることできないだろ?」

確かにヒビネさんを陰陽石を所持していない状態で見ることができた。しかし、今は石の存在を知っているからこその疑問ではあるが、なぜあの時に見えたのかその疑問が頭の中に浮上したのだ。

「それは・・・・」

と、こちらに振り向き珍しく悩んでいる表情を見せてくるカイト。

「多分だけど、『悩んでいる時』なのかもしれないと私は思ってる。私もあの時ここで悩んでいて、ミツネさんを見ることができたし、大也もそんな感じだった。「どうやって生きていけばいいかわからない」って大也は言ってたわ」

その発言に昼休みの大也の台詞がフラッシュバックする。

『んなこと、大学に行ってからいくらでも考えられんだろ』

大也は鬼人の道を諦めて記憶を消され、大学進学という理由を付けて逃げている・・・そんな気がした。その虚無感という違和感が残る。

『諦める』

その言葉を思うたびに心に引っかかるのは俺だけなのだろうか。ふとそんなことを考えてしまった。

「じゃあつまり石を持っていない人間が悩んでいるときに、ヒビネさんやミツネさんを確認できるのか」

「いや、これは持論だから。本当のところはわからないけど」

こういう話になるとカイトは熱くなり、かつ真剣になっていることに気が付く。

もし見えた理由が『悩み』だとすれば、俺にもなにか悩みがあると言うこと。でも何を悩んでいるのか考えてもキリがなかった。

「そういえば、これは大也にも言ったんだけどー」

妙に軽そうな口調で話を切り出してくる。

「なんだよ」

「あなた鬼人になったら、行方不明扱いにされるわよ」

「はあ?」

素っ頓狂な声を上げる。頭の中で今日何回目かのフル回転が始まる。

「二度と社会には戻れない。誰からも認識されなくなるからね。こっちの人間として生きていくことになるんだけど本当にいいの?」

その今までの俺に対しての嫌味に、少々癇に障ったが返答することができなかった。

「じゃあ、大学にも就職もできないってことか」

「そんなもんじゃない。家族にも、友達にも会えなくなる。あんたはもしかして、いい家庭を作って社会でいい顔して生きていくのが当たり前だったのかもしれない。でも鬼人になるにはそれを全て捨てると言うことよ。その覚悟があんたにあるの?ということよ」

「・・・・・・・・・・・・」

多分今俺の表情は、驚愕のまま硬直している。その状況下の中、沈黙が公園のライトと共に体に襲ってくる。

「あら、腰が引けたの?」

と言いながら、バカにするような笑みを浮かべられた。流石にこの俺も反論にでる。

「じゃあ、お前にはあるのかよ!」

キレぎみに言ってみるが間髪おかずに「あるわ」と即答されてしまい、呆気に取られ口が開口したままに。

「私は絶対に一人前になってみせる。二度と霊なんかに・・・・」

それ以上はまるで言いたくないみたいに口をつぐんだ。すると一度眼前のベンチを一瞥してから、公園の入り口に歩を運ぶ。

「おい、どこいくんだよ」

いきなり歩きだすため、声をかけてカイトを振り向かせる。

「私の家、この公園の近くなの。だから一応教えておくわ。緊急事態の時に来てくれればいいから」

公園の近くってことは俺のアパートと近いじゃねえか。でも確か小学校の時は、もう少しカイトとは地域が離れていたような気がするんだけどな。

公園の入り口を出て、しばらく歩くと朝にヒビネさんと出会ったコンビニのある通路に入っていく。通路は薄暗く、ここにこそ霊がいてもおかしくないのだが、今俺は見ることができない。陰陽石を首から下げているカイトは見えているのだろうか。

通路の途中から道の左右が住宅街になっていることに気が付く。それぞれ家に明かりがついていてなんだか暖かく感じ、安心感が身に染みて感じた。

この中のどれかがカイトの家なのだろうか。どの家も立派な一軒家だ。

「ここが私の家よ。覚えておいて」

カイトが足を止めたのは、門扉のある和洋折衷とした一軒家だった。門から玄関まで交差するように階段が設計されており、サイドには眠くなりそうなライトがいくつも点灯している。

「うわあ。お前って意外と令嬢生まれなんだな・・・」

思わず本音が口からこぼれる。恥ずかしそうな顔をするのかと思いきや、少しうつむきかげんで、表情は暗かった。

 秋山カイト。こいつは本当に感情の起伏が分からない。というよりは、気分を害する基準値が他の人とはずれているのかもしれない。カイトを見つめながらそんな事を考えていると、それに気が付いたのか、じっとこちらを睨んでいる。

 しかし、睨んでいるのはではないとその時気が付く。コイツは睨んでいるのではない。元々目が鋭いのだ。睨むとさらにその視線は鋭さを増すのだが普通にしていても十分怖い。

「それで、明日からちゃんと陰陽石は持ち歩いている方が良いわよ」

「ああ、わかった」

軽く頷く。

「首にかけるか、ポケットに入れるか。半径一メーター付近にないと誰にでも視覚されるわ」

「そうなのか、つかその説明、キクさんに聞いとけばよかった」

「あの人はこっちから聞かない限りは決して回答してはくれない」

「冷たいな、キクさん。幽霊だから仕方ないか」

航士朗がぼやいているうちに、まるで聞いてないかのようにカイトは豪邸のような家に入っていく。

「じゃあ私は家に戻るわ・・・」

カイトは軽く俺の顔を見てから、家の階段を登り出した。その時カイトの髪が後ろにふわっと舞い上がる。その髪が若干ヒビネさんの長い髪に似ていたため、ヒビネさんに重ねてしまう。

もしかして、ヒビネさんを意識している所があるのかもしれない。

時刻はもう九時にはなっているだろう。カイトが家の中に入るのを確認すると俺も足早にアパートへ帰路をたどった。



 家に帰宅すると、母は遅い夕飯を自分で準備して食べていた。

テレビをみながら、コンビニのスパゲッティをすすっている母。

母は、テレビに夢中になっている。俺もごそごそとビニール袋の中をあさり、似たようなスパゲッティを食べ始める。

遅い食卓にはテレビのガヤ笑い声が響いている。母はテレビを何度かチロチロと見ながらも、器用にフォークをくるっと回し、ちょうどいい大きさにすると一口で食べる。

 俺も一口食べようとした時だった。

「カイトちゃんいい娘ね・・・」

「プッ!」

おいおい、まだその話を続けるのか。演技するのはきついのだが・・・

しかし、その後に続いた言葉は意表をつかれてしまう。

「カイトちゃんも苦労人だね~、ご両親亡くなられて」

え?今なんつった?

「亡くなって?今ちゃんと家に送り届けたぞ」

「え!あなた彼氏なのにそんなのも知らなかったの!カイトちゃん高校入試直前に両親をなくしているの。確か今は、父型の弟さんに引き取られたって聞いたかな。でも弟さんは会社を経営しているから、確かとってもリッチな家に住んでるって聞いたけど?もしかして今見てきた家ってその家なんじゃない?」

「多分・・・・」

カイトに家族はいない。そんな事を考えるだけで胸が締め付けられそうだ。高校前期合格の俺が遊びほうけているときにカイトは、死にたくなるほどに苦しんでいたということになる。

「じゃあ、公園で悩んでたって・・・・」

ベンチで泣いているカイトを頭の中で連想する。多分カイトはその事情を俺が知っていると思っているのかもしれない。さっき『令嬢』と思わず口走ったがもしかしたら相当傷をつけてしまったかもしれない。

すると暗い表情をしてうつむいていると、おもむろにテーブルにのっかかり、勢いよく肩を叩かれる。意外と母の手の平は大きくしなるように肩に強打した。

「あんた、それでも彼氏なんでしょ?カイトちゃんをちゃんと守ってあげなさいよ!」

元ヤンキーの母親に言われるのはかなり重たい。

「あ、ああ」

気のない返事を気に入らなかったのか、再度肩を思いっきり叩かれる。

「ほぉら、しっかりしないさいよ。コウは普通にしてればイケメンなんだから」

もしかしたら、このまま鬼人を極めると、カイトの言っていた通り、二度と家族とも関わることができないと思うと、今目の前にいる母親が幻影のように見えてしまう。

「母さん・・・もし、俺がいなかったらどうする?」

おもわず聞いてしまった。

 母は俺が幼い時に父と離婚して、シングルマザーとして俺を育ててくれた。そんな母さんを俺はひとりおいてこの道に携わることができるのだろうか。

そんなことできたもんじゃない。

「あー、大学に行ったらってことね~、そうね~、別に大丈夫じゃない?大きく変わることなんて特にないだろうし」

「ああ~、まあな。大学に行ったらって話・・・」

今まで母に嘘をついてきた中で一番、嫌なうそをついたような気がする。

「なあに?大学行かないなんて言い出すんじゃないでしょうね。勉強したくないんでしょもしかして。」

まあ、確かに勉強はしたくはない。しいてしたいものと言えばバスケくらいだがそれすらももう引退してしまって、やる気の欠片すら湧いてこない。

「いや、そうじゃないんだけど・・・」

また嘘をついてしまった。

「心配しなくていいのよ。私はコウが頑張っていてくれさえいれば全然いいの。勉強でもスポーツでも、なんでも。とりあえず頑張ってみなさいよ。それでダメだったらまた切り替えてなにか他の事を頑張ればいいのよ」

元気がでるようなことを諭すように言ってくる。

「できるだけ頑張ってみるよ・・・」

俺は大学受験を頑張ると受け止めないで、鬼人を頑張ってみるという決断をした。

「そうよ、頑張りなさいよ。頑張ってるあんたを見るのが楽しみ」

うふふと笑ってみせると、またスパゲッティをすすり出す。

「頑張ってる姿って、部活で県大会までいったろ。」

「・・・・・そうね」

今度は先ほどとは大幅に微笑みながらも、テレビを見ている母。

その後は早めに風呂に入りすぐに、部屋のベットにダイブした。そして天井をみながら思考する。

しかし、鬼人という活動は夢ではなかろうか。まどろみに落ちながらも机の上に置いた陰陽石を眺め見る。カーテンから入ってきている月光が石に当たり、深緑色に輝いている。

 俺はそれでも少し、ワクワクしているのだ。鬼人という活動はとてつもなく怖いことなのかもしれない。しかしアトラクションには恐怖という感情は付き物だと考える。




「うふふ、寝た寝た・・・・」

航士朗の部屋窓からスゥーっとすり抜け入ってくるヒビネ。

ヒビネは航士朗のアパートをまるで浮遊霊のようにふわふわと浮かびながら散策する。

ヒビネは航士朗の家庭環境を調べているらしい。

「そっか、二人暮らしか・・・・」

母親の寝室に入り、家族関係を調べている。

そのまま部屋で髪を抜き転移門をだし、どこかへ消え去っていく。



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