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月下のアストラル  作者: カネミズ
13/15

12.


12.

「ミツネ!学校!」

そう叫んだ私は、彼ら二人を助けるべく転移門を出現させ、新人鬼人二人を助けた。

理由?

理由はあの二人はまだ経験が浅いし、死に急ぐ必要もないかなって思って、それよりこの二人を助けなくちゃってなんだか感じたの。だから私はあの二人だけはなんとなくどこかに移さなきゃって思った。カイトは多分怒るんだろうな。もしかしたらあの子も怒るかもしれないけど。

というか私あの子のこと名前で呼んだことないな。今度はしっかり『航士朗』って呼んであげよ。つーかこの状況どうしたらいいんだろうか。あの二人を学校に転移門で送ったはいいけど、迎えに行く暇がない。

「ヒビネさん・・・はあ、はあ」

ミツネが衰弱しきった表情で話しかけてくる。肩からは血が少しにじんでいることがわかった。

すると辺りに転移門が現れ始める。

「ヒビネ!ミツネ!コトネ!戦闘準備!」

イブネさんの怒号のような声が鬼人本部に鳴り響く。

あの二人を学校に送ったあと、私たちはすぐ廃工場を逃げて転々とした。誰もいないショッピングモールの中で争ったり、神社や山に転移して戦った。途中でアメリカの鬼人たちとは逸れてしまい、今は元の日本支部のメンバーだけとなった。

「たくっ。そろそろいい加減、仲間になるかくたばるか選んでくれねえか?」

転移門から現れたザブネに対し、支部長イブネが説得の意をこめて発言する。

「サブネ、お前はどうしてそんな戦い方しかできんのだ。」

するとザブネは持ち前の三白眼でイブネさんを睨みつける。

「戦い方だぁ?そんなことを気にしている暇は俺にはないんだよ。俺は伝統ある鬼人一家に生まれ、そして生まれてからずっと鬼人として戦ってきた。家族や本部の人間としか話したことなかった、外に出ても俺のことを誰も見えちゃいない、そんな人生に俺はもう飽きたんだよ。俺たちを敬わないで、ずっと霊を出し続ける人間どもに俺は心底腹が立った。だったら、その人間ごと変わってもらうしか方法はないんだよ、わかるか?やつらはなんにも気付いちゃいない。自分たちが霊に囚われていることを。何にも知らない。知る価値もない!やつらなんぞこの世にいてもいなくても同じなんだよ!実際人間が霊に操られて自殺でもしても世の中は変わらない!あんたらには何も影響はないだろ?だったら俺の選択の方が合ってるんだよ!正解なんだよ!その空っぽの頭をフル回転させてよーく考えろ!」

今までのうっ憤を晴らすように饒舌になりながら、怒りを俺達へとぶつけてくるザブネ。

「ザブネさん・・・もうやめましょうよ。仲間同士で殺しあったり、争いあったりすることになんの意味があるんです?俺を一人前の鬼人にさせてくれたのはザブネさんじゃないですか。なのに、なんでです・・・ザブネさんもういい加減にやめましょうよ。」

「お前は、お前は何もわかっちゃいない。お前もいずれ俺と同じ状態になることだろう。」

そう言って、自らの弟子であるコトネさんの言葉をもろともしないような雰囲気で返答する。

「コトネより、イブネ、貴様だ。俺はお前に言ったはずだよな。このまま鬼人として純粋に霊を倒したところで鬼人だけが減ってジリ貧だとそう言った。そして今、俺たち反逆団が行っている計画も伝えたはずだ。こうしたほうがいいと。しかしお前は断った。なぜだ?どこに断る理由がある。お前は自らの命をも霊に操られた人間どもに差し出すつもりか?」

「そういうことではない。俺は自分の命も人類の命も大切だと思っている。しかし私は今までの先陣の鬼人たちの死を無駄にはしたくない。人々を助けるために一生を霊退治に費やし、そして人間が霊に操られない未来を想像しながら闘いそして朽ちていった。鬼人の支部長にはその重みがある。決して立ち止まってはならない。どれほど鬼人が犠牲になろうと、前に進まなくてはいけない。私は初めて鬼人になったときの初心を今でも忘れてはいない。人類やみんなやるときはやってくれると、そして人類にもいずれやるときが来ると思う。その時に霊になんかに邪魔されて何もできなくなって霊に操られて死んでいかせるわけにはいかない。それこそ一番な無駄な死だ。」

「ふっ。そんなきれいごとをほざくから!お前はいつまでたっても変われないのだ!人間が変わるのを待つぅ~?何を寝ぼけたことを言っている。そうやって俺たち鬼人はみんな何百年も必死に!必死に!霊退治ばかりを繰り返してきたんだろう?そんなのおかしいだろ!それこそ鬼人の命が無駄だとは思わないのか!」

「思わん!断じて思わん!無駄にするか無駄にしないかは俺達にかかっている!ザブネ!お前が今、反逆団としていることをこのまま続けると、それこそ今まで死んでいった鬼人の命が無駄になる!お前の両親も!今から反逆団と戦って死んでいく命も全て!それはお前が自己的、いや鬼人としての視点しか持っていないからだ!霊に操られている側の人間の視点を持っていないからだ。鬼人の行く末を良くしたいというザブネの気持ちは重々承知だ。しかし、私たちが昔から存在している意味は人間を助けることだ。それを捨てて人間を操ろうなんて、それだけはやっちゃいけない!」

ザブネはイブネ支部長に対し瞳孔が開ききった眼をただひたすらに向けていた。

「無駄だ・・・無駄だと・・・・俺はずっとお前に支持されるがままに霊を倒してきた。あんた言ったよな・・・自分の信じる道を行けって・・・。だから俺はこの道を信じた。あんたはそう言ったよなぁ。」

「確かに、そう言った。お前も人生は一回しかない一回きりのぶっつけ本番だ。だから間違いを犯すに決まっている。だからここから起動修正していけばいい。だから、俺達に力を貸してはくれないか・・・」

「間違いはできるだけ犯してはいけないことは知っている。確かに俺は間違えたのかもしれない。しかし俺はこの道を貫いてみせる。それだけは確かだ。一度決めたんだ。最後まで・・・」

「そうか・・・」

「父さん!」

ヒビネはイブネをまるで死んでほしくないような言い方をする。

「ヒビネさん!」

ミツネも同様に戦闘になる空気の中それでも争いを止めようとヒビネとイブネに言ってみるがそれはまるで聞いていないかのように、イブネとヒビネはザブネに立ち向かっていく。

ザブネも一瞬で霊体からアストラル体へと変化し、イブネとヒビネが至近距離までくるのを眼光を鋭く睨ませながら合気道の構えをして待ち構えている。

ヒビネが回し蹴りをし、それを軽くかわされ、次にイブネが拳を何度もザブネへと猛攻撃する。

筋肉質な体付きのザブネだが動きは忍者のようにしなやかでするすると交わしていく。

「やっぱり、あんたらとは俺はレベルが違うんだ・・・がっかりだ。そんなレベルで、俺に勝とうなんざ・・・」

「ザブネさん!私もこんなことはしたくはありません!でも!私も死にたくはありません!しかもこんな仲間内の争いなんかで死んだらそれこそ無駄です!」

ヒビネは蹴る殴るの連打をしているがそれすらも交わされていく。

「すまない。俺にも、従わなければいけない奴がいるんだ。じゃないと俺が殺される。」

避けながらも冷静に話を耳に入れ、しっかり交わしていくザブネ。

「そして、すまない。あんたを・・・あんたを殺して帰らなきゃ俺が殺される。」

至って冷静に話し出すザブネ。三人ともアストラル体熟練者のため、無駄な動きがない。

すると、腰に手を回し何かを取り出そうとしている。しかし取り出したいものに手を預けたまま片手で、防御しながらヒビネとイブネの攻撃を防いでいる。

すると、ザブネはくるっと回し蹴りをヒビネに食らわせあえて距離を置く。そのままイブネの腕を掴み自身に支部長の体を引き寄せていく。

ザクッ!

ザブネとイブネの間から鈍い音。液体の滴り落ちる音。ザブネの拳にはだんだんと赤い液体の熱がしみこんでくる。

「か、はぁ、か・・・・・・」

腹部にナイフが深くえぐるように刺さっているに、イブネは静かに微笑んでいた。

「何を笑っている・・・・」

そのまま無言で目を開いたまま、倒れていく支部長イブネ。

「う、うあーーーーー!」

ヒビネがザブネの頬に頭蓋骨が割れるくらい強い拳を通過させる。

ふたりは霊体にもどっており、肉弾戦で戦いを続ける。いや、ヒビネの一方的な攻撃と言った方がいいだろう。倒れたザブネは戦意喪失のまま、またがるヒビネにひたすら殴られている。

顔が自分の血で熱いのか、それとも殴られて熱くなって生きてるのかも分からない。

「あんたは!・・・・・・・」

ヒビネは言葉が見つからないのかその後ザブネの胸になくじゃくりながら、顔を押し付ける。

「すまない。こうしなければ俺が殺されていた。」

「誰に!」

「・・・・・反逆団にだ。」

すると目を覚ましたのか、目つきが豹変し、ヒビネのみぞおちに拳をぶつける。

「がはっ!」

そのまま、ヒビネを抱き上げ、地面に転がす。

腹を抱えながら地面でもがいている。そのまま立ち上がりひどく苦しんでいるヒビネと骸と化したイブネを一瞥し、転移門をだしどこかへ消えていった。 

「イブネさんっ!」

そう言いながら、アストラル体になり浮遊しながら加速し、イブネの元へと駆け付けるミツネ。

すぐそばには、ヒビネが腹を抱えてもだえながらも匍匐前進しながらゆっくりとミツネとイブネの元へ近づいていく。

「支部長!支部長!しっかりしてくださいよ!支部長!」

しかしもう意識が朦朧としているのか、半目のままヒビネとイブネの顔を確認する。

「安心、しろ・・・俺が死んでもおそらく霊はでない・・・・・ははっ。」

虫の息状態のまま、話を続けるイブネさん。腹部がだんだんと赤く染まっていく。口からも小さな咳と共に血が口端を伝っていく。

「ヒビネ、ミツネ、コトネ、ザブネを頼んだ。・・・・俺達が逃げない限り負けはしない・・・・」

そのまま少し微笑んでいた笑顔は消えてしまい、ぐったりとしたまま微動だにしなくなっていった。

すると、後ろから転移門が出てくる。

「うわあっ!」

どん!バン!ばだん!激しい音をたてながら、転移門からごろごろ二人の人間が絡まりながら出てくる。

「え?」ここはどこだ?俺はどこにきたんだ。というか今度はどこだ。

「いってて~。え!航士朗、ここは本部じゃない!なんでここなのよ!」

「え?でも、ヒビネさんやミツネさんをイメージしたらここに飛ばされたんだ・・・・つか・・・」

航士朗はこちらを振り向いているヒビネとミツネを見つめる。

「君・・・・・」

ヒビネさんは泣いていた。そのそばには仰向きのままぴくりとも動かないイブネさんの姿があった。しかしイブネさんはピクリとも動かない。体がぞわっと鳥肌が立つ。というより確実と言った方が良いだろう。イブネさんはすでに死んでいる。なんでだろうか。生気を感じない。体からもエネルギー、いや違う。アストラル体ですらない。霊体ですらない。気体ですらない。

「そんなっ・・・」

カイトが口元を手で隠しながらも、悲鳴のような高い声を小さくあげる。

ヒビネさんとミツネさんもこちらをじっと見つめている。その視線を辿るように俺とカイト、倒れているイブネさんの元へと近づいていく。そばによると、ミツネさんで見えなかったがコトネさんもそばにいた。

「航士朗くん、もしかしてアストラル体に?ヒビネさん!僕たちが企んでいたことをやり遂げましたよこのふたり!」

やはり俺とカイトを逃がしたのは、『死んでほしくない。』のほかに『進化してほしい』という願いもあったのだ。凄く不思議だが最初からいつでもアストラル体になれるチャンスはあったはずだ。それは最初に手に取った陰陽石がアストラル体になれる鍵だったのだから。

「それで、よく気が付いたね、アストラル体になれるのが陰陽石なんて。というかごめんね。陰陽石でアストラル体を使いこなせるようになるってことは師匠が教えてはいけないという鬼人の決まりなんだ。一人前の鬼人になるにはこの壁は不可欠だから。というか、もしかして誰かに教えてもらったりした?」

「いえ、そんなこと誰からもされてませんよ。ヒビネさんがヒントをくれていて、陰陽石を二人で調べたんです。そしたら陰陽石の中にエネルギーが流れていることに気が付いて・・・・・」

話すテンションを間違えたのか、辺りはどんよりしていく。中でもヒビネさんに関してはどんよりどころか絶望に似ている。じっとイブネさんの顔を見ているヒビネさん、それを見るのが苦しかったことを覚えている。

「なんで・・・・」

カイトが状況説明をミツネさんに促す。

「ヒビネさん、ちょっと離れますね。」

ミツネさんがそう言うと、ヒビネさんはコクコクと頭を頷かせる。

「ちょっと来て。」ミツネさんの優しさなのかヒビネさんに聞こえないくらいに離れ、俺とカイトに今まで起きた説明をしてくれた。

「僕たちは航士朗くんとカイトを転移させてから反逆団とずっと抗争していたんだ。世界各地を転移しては争い、そして逃げ、それをひたすら繰り返していた。そしてほんの十分前くらいだった。ここ、本部に逃げ込んだ。」

冷静に話しているニュアンスだったがミツネさんの顔は相当引きつっている。

「それでイブネさんが・・・」

「ザブネさんに殺されたんだ。」

ミツネさんが口を詰まらせていたところにコトネさんが助けるように説明を続けてくれた。

「でも・・・許してほしい。あの人は・・・あの人はイブネさんを殺されなきゃ自分が殺されるって・・・・そう言ってたんだ。師匠もなにかと戦ってるんだ。だから許してほしい。」

「僕たちに謝らなくていいですよ。あやまるなら・・・・」

謝るなら?謝るなら誰に謝ればいい。この状況を誰に謝らせようとしていたんだ俺は。

ヒビネさんか?それとも鬼人みんな?ということは今まで戦ってきた先代の鬼人にか?でもなんだこの怒りは。誰にぶつければいい。誰に謝らせればいいんだ。

ここでザブネさんを倒して謝らせてもなんの解決にもならない。反逆団を滅ぼしたところでなんの解決にもならない。それこそ反逆団と同じ考え方になってしまう。それだけは避けたい。

「どうすればいいんですか・・・・」

今になってやっとヒビネさんやミツネさんのやり場のない思いを感じることができた。誰かにやり返すとかやり返されるとかそういう問題ではないのだ。でも争いは避けることはできない。

じゃあどうすればいいのか。それが本当に分からない。

「どうすればって?」

カイトが珍しく俺の言葉の意図を理解できずにいた。

「どうすればって、ここで俺たちが反逆団と争ったってなにも意味はないんだよ。これこそ本当に無駄死にじゃないか。」

「どういうこと?アストラル体になったからって急に正義感が増してきたの?」

「違う!そうじゃない!今、イブネさんが死んだ!」

その『死んだ!』という言葉だけがやけに鬼人本部に鳴り響いた。その響いた声にヒビネさんも反応し、俺をイブネさんの近くから見つめている。

「だからって俺たちがここで反逆団に立ち向かったってなんの解決にもならないじゃないですか。あっち側の鬼人も死んで、こっち側の鬼人も死ぬ。それになんの意味があるんです。もともと意味なんて必要ない争いなのかもしれないです!でも鬼人は人間を救うために存在しているんですよね?その人たちが真逆なことしてどうするんですか!おかしいですよこんなのって。くるってますよこんなのって!」

分からない。俺が鬼人になってようやく気が付いた。今までは弟子としてまだ本番じゃない、まだ本番じゃないって気持ちでひたすら頑張っている自分に酔っていた。まだ足りないまだ足りないってひたすらアストラル体になるのはまだまだだって勝手に決めつけてひたすら逃げてきた。でもようやく気が付いた。逃げてる暇なんてなかったことに。一刻も早く助けなきゃいけないことに。でもどうすればいい。このまま反逆団から逃げていてもジリ貧になるのは確実だ。だから・・・・どうすればいい・・・・。

「変えるしかない。」

そと空気を破る唐突な言葉を発したのはヒビネさんだった。

変える?

「いや、変わるしかない。反逆団には変わってもらうしかない。」

それだ。ヒビネさんの『変える』という言葉がぴったりだ。

頭にぽっかり空いていたパズルのピースがちょうどはまるような感覚に陥る。確かにそれしかない。鬼人を減らさないで、人間も救う方法はこれしか見つからない。でも、もし『変わらない』と反逆団が言ったらどうなるか。おそらくこの戦いはまた続くことになるだろう。

「でも、鬼人本部にいてもただ反逆団を避けることはできないんじゃないですか?」

そんな思考が回ったのか、ミツネさんがそう問う。

「いいや、逃げない方が良いですよ。ここでザブネさんを迎えましょう。それで一度話し合ってそれで聞いてくれないら、仕方ありません。争いましょう。」

コトネがそう言いだす。

すると無言で明らかに自身より重いであろう支部長を抱え、支部長室へと運んでいくヒビネ。

それを俺たちは黙って見るしかなかった。

しばらくしてヒビネさんはゆっくりと自らの足ですたすたと歩いてくる。

「私達が逃げない限り絶対に救われる人はいる。その人たちの為に頑張ろっか、みんな。」

そういいながらしばらく反逆団が来るのを待つこととなった。

襲いに来るのを待つ。というのは生きている中でどれほどの人が体験したのだろう。俺は初めてだ。しかしそれでも恐怖という感情、不安という気持ちは無い。

そんなことを考えているとヒビネさんが辺りにいないことに気が付く。

ミツネさんとカイトはなにやら話し合っていた。カイトの手にはがっしりと陰陽石が握られている。おそらくアストラル体になるつもりなのだろう。コトネさんは荒れた本部のでかいがれきに座っている。自身の師匠であるザブネを倒す覚悟を決めているのだろうか。

俺はその足でヒビネさんがいると思われる支部長室へと足を運んだ。

支部長室はすでに死臭が臭って来ているのが分かった。イブネさんのハンサムな顔には焦げた白い布がかぶされている。耳はすでに青黒くなっている。これが現実だ。一人前の鬼人でも立派な一人の人間なのだ。いずれ死ぬのは当たり前で、ただそれが今日突然来ただけにすぎない。

ヒビネは下唇を噛みしめ、三日月の形を下唇につくっている。航士朗は立ち尽くしているヒビネさんがどんな表情をしているかはこんな俺でも分かる。

「・・・・このまま」

と話を綴りだすヒビネさんに俺は何も返答ができなかった。

「死んじゃうんだ・・・ね?こうやって戦う人ばかりが死んでいく、私はこれが許せない、私たちはただ、みんなを助けようとしているだけなのに。」

俺には本当に何も言うことができなかった。彼女は本当の父親同然で、そして師匠としていた人間が目の前で死んでいるのだ。どんな気持ちなんて俺がはかれるはずがないのだ。

その時だった。

「ヒビネさん!」

部屋の外からミツネさんの呼び声が聞こえてきた。

 いい加減にしてほしい。人を思う時間すらも与えてくれないのか。せめてずっと戦ってきた鬼人に対して敬う時間くらいヒビネさんに与えてやれよ。心の中ではそう思った。

しかしヒビネさんはすぐさまにその声に反応し、アストラル体になりだす。それに続いて、俺も使えるようになってほやほやのアストラル体を使用しヒビネさんのあとを追う。

そこには、アストラル体になっているカイトに、戦闘態勢のミツネさんとコトネさんが。

その視線の向こうには、服がボロボロのザブネさんがこちらにだんだんと近づいてきている。

「お前らにはすまないが、やっぱり選択肢はふたつだ。反逆団に加わるか、それともここで死ぬかだ。レベルの差は分かるだろう。お前らが一斉にかかってこようと俺には勝てっこない。支部長のようにお前らも殺したくはない。・・・・そして気付け。もう人間は変わってくれないんだよ。霊ばかりが生まれていく。だから鬼人だけでも生き残ろうじゃないか。生物ヒエラルキーの頂点に君臨する人間。その中でも俺達鬼人がさらに上へと立とうじゃないか。どうだ?ヒビネ、ミツネ、いい加減気付け。後悔するぞ。いっただろ努力して霊をひたすら倒しても無駄なんだよ。奇跡なんてのは起きないんだよ。」

「ごめんなさい。ザブネさんその意見には賛成することができないんです・・・」

コトネさんが静かに呟く。おちゃらけ姿もすでにボロボロに黒ずんでいた。

「そうか・・・なら、死んでもらう。」

その発言と共に、ヒビネさんとミツネさん、そしてカイトまでもが一斉にザブネさんに襲い掛かっていく。しかしザブネさんも本気なのか避けもせずに攻防を続けている。

幾度かザブネさんも頬に衝撃がはしったり、腹部を殴打されているがそれ以上に一人前の鬼人たちは攻撃を受けている。

戦っている姿を見てふつふつと怒りが湧いてくる。

だからおかしいって言ってんだろ。俺たちだけがそう思っても意味がない。反逆団の考え方を変えなくてはいけない。というよりは気付いてもらうしかないのだ。

「人は変化してくれない?でも俺たちは信じ続けるしかないんだろう。いつか一人ひとりが本当のしあわせを手に入れて、みんなが夢を語り合える世界にならなくちゃいけないんだ!それなのに、希望や夢を守る俺たち側があきらめてどうするんだ!」

俺は怒りを込めてそう言ってはみるもののそれでもヒビネさんたちの耳にはと届かなかったようだ。

でも、カイトだけが俺の叫びが心まで届いていたようだ。しっかりアストラル体になっているカイトは続いて叫びだす。

「いつかきっと幸せな世界がやってきます!そのために一人一人が動かなきゃいけないんだ!その期待を鬼人が忘れてどうするんですか!」

その叫び声がミツネさんに届いたのか、ミツネさんが攻防を時がとまったかのように止める。

今だにヒビネとコトネはザブネに攻撃を続けている。二人はアストラル体ではない。霊体の肉弾戦を行っている。

ミツネさんがこちらを見ながら軽く頷いたのが見て取れた。

「ヒビネさん!コトネ!やめましょう!話し合いましょうよ!僕たちが争っても本当に何の意味があるんです?同じ鬼人じゃないですか?同じ人間じゃないですか!」

その言葉にコトネが『ピクッ』と動きが一瞬止まり、眼球だけをこちらに向けていることがよくわかった。それでも攻防をやめようとしない。

しかし、コトネはヒビネとアイコンタクトをしだす。そしてヒビネは軽く小さく頷いた。

捨て身の覚悟なのかコトネは腕をフックまさりに大きくザブネに向けて横にふった。その技をザブネは間一髪、頭すれすれによける。その代わりコトネにはとてつもない大きな隙ができ、腹のみぞおちを蹴りあげられる。

「かはっ!」みぞおちを抱えながら、しゃがみこむコトネ。しかし表情はかなりにやけている。

「これをねらっていたんだ!」

ヒビネの素早い速足がザブネの腰にめり込むようにヒットする。

「ぐっ!」

そのままザブネは滑るように転がっていき、大きながれきにぶつかり動きが止まった。それだけでは終わらない。そのまま全力で走り出したヒビネは馬乗りになり、ザブネの顔をひどく殴打する。しかしザブネは抵抗しようとせずに、受けるがままの状態で激しく顔をヒビネさんが一発一発強くうらみを晴らすかのごとく殴り続けている。ザブネさんの顔は血だらけになり、確実に頭蓋骨にはヒビが入っていることだろう。イブネさんを殺し、放心状態になっているのか、はたまた、もう希望も捨て死のうとしているのかは定かではない。

そのままヒビネさんはザブネさんの胸倉をつかみ、何度か揺らす。

「あんたは、何がしたいんだ!急に冷静なったり、いじけたり、ふざけんじゃねえよ!子供か!」

「ああ・・・・ああ、ああ!子供だよ!全然こどもで結構だ!殺してしまったものはしょうがない!いくら俺が悔もうが、悲しもうが返ってこないものは返ってこないんだよ!」

そう言い終わると、ヒビネの頬に強い衝撃がはしり、一段と遠い所に吹き飛ばされる。

「はあ、はあ、はあ、はあ。」

ひどく荒い息継ぎをし、顔からは大量の血を流血させ地面に滴らせたまま立ち上がるザブネ。

「悪いが・・・・やっと心が決まった。俺はお前らを殺さねばならない。いや、そうするのが正しいと思う。お前たちには死んでもらう。それだけがすべてだ。反逆団として霊を使って人間を牛耳ってしまえば霊を出さない世界へと変えることができる。」

「何を言ってるんですか!あんたは!俺達と反逆団どっちが正しいと思っているんだ!」

俺は思わずそう叫んだまま、ザブネに向かって走り出した。

「新人か。鬼人になったばかりなのにすまないな。俺はもう決めたんだ小僧。どっちにしろ地獄なのは知っている。お前らに協力したところで、また同じことの繰り返し、ジリ貧地獄だ。そして反逆団も、鬼人以外はまるでゾンビのようだから生きた心地はあまりしないかもしれないな。でもだとしたら、変わらない人間には奴隷になってもらった方が良いだろう。俺達鬼人の為に、汗水流して働いてもらう。ん?」

すると、急に語り始めた道化のようになってしまったザブネさんはカイトの存在に気が付く。

「そこの女、お前はまるで孤児だな~。よーくわかる。俺と同じ臭いがするからな。お前良かったら反逆団に入らないか?お前とならうまくやっていけそうだ。どうだ?」

「やりたくないです。やるくらいならここで死んだ方がマシです。」

そのまま「はあ~」とため息をつき間をあけてから

「残念だ。なら死んでもらおう。」

航士朗は素人ながらもザブネに近づき殴り掛かる。しかし避けられるどころか、足を掛けられ転ばされる。「くっそ・・・・くっそーー!」そう言いながら幾度か殴り掛かるが今度は殴られ、そして回し蹴りをくらう。すると、後ろから地面を駆ける音が近づいてくる。その正体はミツネとカイトだ。二人は息の合うコンビネーションでザブネさんに闘いを挑むがことごとく打ちのめされる。それでも一人前のミツネさんは、幾度かザブネさんに攻撃を浴びせたがそれでもまだ、頭から血を流しているだけで、先ほどとはあまり変わり映えしない。しかし瀕死になっていることだけは確かだ。

「はあ、はあ、はあ、はあ。お前らは嫌気がさしてこないのか?いつまでたっても人間どもは変わらないことに。俺達が霊を倒していることにも気づかずただひたすら、希望や夢や勇気を忘れて生きているだけじゃないか!そして最後は、野ざらしにされた便のように霊だけをだしてくたばっていく!それに俺は心底腹がたったんだよ!霊を出すような人間を使って俺達鬼人が幸せになれればいいじゃないか。あいつらを利用しよう。お願いだ。ヒビネ、ミツネ、コトネ、そして新人二人、お前らを殺したくはない。」

人間が変わらない。なんて、

「・・・・・なんて・・・・」

「なんだ、どうした新人。」

「あんたに新人とは言われたくない・・・・・」

「そうか。なら言わん。」

「人間が変わらないなんて誰が決めたんだよ。どこの誰が決めたんだ!変われるに決まっているじゃないか!」

俺は再び、殴りかかった。しかし軽くするりと避けられた後思い切り頬を殴られ衝撃が頬にはしった。だが、隙をついてザブネに向かって素早く走り出す。そのままザブネに突撃し馬乗りになりながら前腕でザブネの首あたりをしっかりと押さえつける。

「ぐっぐぐ・・・・・」

これでも力には自信がある。『押さえつける』『譲らない』『動かせないようにする』というのはバスケの時からの得意技だ。まさかこういうことになるとはバスケをしていた時には思わなかっただろう。しかし、今になってバスケをやっていて良かったと思う。無駄なことなんてない。ということを身思って感じた。こんなポジティブな思考になるのはいつぶりだろうか。ずっとネガティブな思考しか働いていなかったらしい。それも今になって気付く。こんな危機的状況の中で。

「何で協力しない!何で競い合う!誰かが上とか関係ない!一緒に協力しましょうよ、消し合う必要なんて全くないんだから!」

「黙れ、新人ごときが、お前になにが分かる、俺はずっと戦って来たんだよ、それでも変わらない人間ごときに制裁を下す、俺が支配すればいいだけの話じゃないか!最近までただの人間だった奴が調子に乗るな!」

「ただの人間で何が悪いんだ!何も悪いことなんて誰も、誰一人としていないだろう!そんな人たちを無許可で、自分たちの都合で、自分たちで勝手に人間の運命を決めるな!みんな自由なんだ!」

俺の拘束から逃れようとしているのか、体を何度も起き上がらせようとしてくる。時には膝や足を大きく振り回してくる。

「大丈夫です!きっと俺も操られていました。だから、いろんな夢をあきらめて・・・はぁ、はぁ、人をけなして・・・はぁはぁ、自分だけが楽ができればって・・・はぁはぁ。・・・自分だけが幸せになれればって・・・・操られてきたよ・・・・でも!そんな俺でも変わることができた!こんな俺でも変わることができたんです!だから信じてください!俺達を。俺にできたならみんなもできるはずです!そうしてだんだんみんなが変わって、周りの人も変わってその周りの人も変わって、そしたら今度は世界のみんなが変わって・・・・。霊なんて一生出ることのない世界がきっと、きっとくるはずですから!」

「・・・・っく・・・・そんな、きれいごと・・・・・」

「綺麗事なんかじゃないですよ。どれも夢でもなんでもない。現実だ。」

俺はそう今、確信できた。『夢のような世界は必ずいつか実現すると』そう感じた。

「でも、あんたらも人間だろ・・・はぁはぁ・・・なら、あんたたちも救いたい。世界が笑い合って、争い会うその日まで。確かに時々人間の弱い部分が出てきます。たとえば、金持ちになって、人を利用して楽をして生きようとかって思いますよね。だったらその人たちの考え方を変えましょうよ。それしか方法はないでしょう。そのためにはまずあんたに変わってもらう。強制はしない。でもそれでも変わってほしい。」

すると、ザブネさんは目を動揺するように目を泳がせて、辺りをチロチロ見ている。

「俺も、昔はそう思っていた。霊がいない世界を実現させてやると・・・・。もしかしたらそれは俺が死んでからも実現しないのかもしれないと。でも俺が生きている間でも少しは良くなるんじゃないかと、そう思っていた。しかし現実はそううまいこと事は進まなかった。冷徹だったんだよ。霊は倒せば減るはずが、逆にだんだんと増えていった。そして鬼人ばかりが次々に寿命や霊によって、中にはイブネさんのように反逆団に反発し殺される鬼人もいた・・・。

お前はまだ若くてそういう考えになるのかもしれないが、いずれお前も俺と同じ考えになるだろう。だってお前は、昔の俺にそっくりだからな・・・」

俺とザブネさんが似ている。じゃあ俺もいずれは、『人間を助けよう』から『利用しよう』になってしまうのか?死ぬほど怖かった。目の前で押さえつけている人物が未来の俺なんじゃないかと思うだけで死ぬほど恐ろしくなってしまった。

「いいや、俺は間違えるかもしれない。けども、それでもヒビネさんやミツネさんのように諦めない人がいる。だから俺も戦える。みんなを助けるためにずっと戦い続けられる。なあ、あんたも今は苦しんじゃないのか?自分の心に正直になって考えてみろよ。常識や人の意見なんてどうでもいい。あんたも心に素直に実直に考えてみろよ。自分だけ笑ってて、自分だけ楽しんて楽しいか。スポーツは相手がいないと設立しない。自分だけ笑っていてそれ以外のみんなは苦しそうにしている。それが本当に楽しいのか?そして相手があんたの為にわざとまけてくれているとしたら?そんなの誰のためでもない。」

感銘を受けているのかザブネさんは目を大きく見開き、じっと俺の目を見つめている。

いや、違う。俺の後ろをみつめていた。俺は後ろを確認することができなかった。ザブネさんが俺を騙そうとしている可能性があるからだ。

「イブネさん・・・・・」

ザブネさんの呟きに俺は耳を疑った。そして思わず流されるがままに後ろを振り向く。

しかしそこには誰もいなかった。と思った同時に腹部に強い衝撃を感じた。

航士朗の伝えたいことはどうやらザブネには伝わらなかったらしい。

俺はそのまま上空、百メートルを急加速で上昇していく。

体が軽い・・・!俺はおもわず、目をまんまるく開き鳥肌がたった。

「これがアストラル体・・・・っ!」

航士朗もこれほど、体が軽くなっていたことなどなかった。こんな状態で今までイブネさんもヒビネさんも戦っていることを知り、霊を倒す戦いの重さを知った。どうやら意識を使うことによって体を動かすことができるみたいだ。

「鬼人も半端な覚悟じゃ、なれないみたいだな・・・・」

アストラル体になると相当体が身軽になるらしく、軽く蹴りあげられるだけでこんな上空に飛ぶとは思わなかった。

「しかしここで、俺もお前らを逃がすわけにはいかない。」

下から仰ぎ見ながらそう呟いてくるザブネさんに俺も覗き見るように上から姿を確認する。

意識を集中する。意識を集中する。そう自分へと問いかけながらアストラル体を操る。

空中で集中していると、下でヒビネさんが一人でザブネさんに全力疾走している。

得意の回し蹴りを繰り出してから、今度はその遠心力を利用し腕を半分回転させ、手の甲で殴りを繰り出す。流石にこの二階連続攻撃には対応できなかったのか、ザブネさんは避けることができなかった。思い切り顔に炸裂しの山へと突っ込んでいく。

「げほげほっ。」

そう吐血しながらも瓦礫の山から出てくるその姿を俺は見逃さなかった。そのままアストラル体を勘で動かし、ザブネさんへと体を水平にし直進していく。およそ十メートルと言ったところでザブネが霊体になっていることに気が付いた。それに合わせ俺も体を霊体にした途端、突然と体が重くなりザブネののど元を腕で押さえながらダイブする形に飛び込んでいく。

うぅっ!という両者、むごい音を口から発声しながら、航士朗はザブネを再び瓦礫に押し付けるように喉元に腕を当て、動きを固定する。

「はあ、はあ、はあ。こうされてもまだ戦いますか?」

航士朗はザブネに対して、再戦するか否かを問いた。

「俺には、はあはあはあ。二つしか道が残されていない。お前らを殺して反逆団に報告し、生きながらえるか。それとも、あんたらを逃がして俺が死ぬかだ・・・・。言っておくが反逆団の眼球に映っている物は全て幹部のやつらに筒抜けだ・・・。だから俺が裏切ればすぐにバレて俺を殺しに来ることだろう。・・・そしたらどっちにしろここは再び戦場と化す。」

突如に腕の痛覚が非常に反応する。

「いって!」

思わず抑えていた腕をザブネの首から離してしまう。痛みの正体はザブネの肉を噛みちぎらんとするほどの口だった。腕には痛々しく歯型から血が出ている。その隙を狙って航士朗の腹部目がけて蹴りをお見舞いしようとしてくるザブネ。しかし間一髪でアストラル体になった俺の体をすり抜ける。

「あぶねっ!」

それを先に見通していた一人前鬼人はすぐさま体をアストラル体にし、今度は横蹴りをしてくる、流石に俺もこれは避けることができないと感じ、受け身を取る。ん?

確かにアストラル体の体にザブネの足はヒットしている。しかし痛みを感じない。そのままアストラル体の俺に衝撃がはしったのか、空中を横にスライドするだけだった。

「ぜんぜん痛くねえ・・・痛くねえ!」

その調子でザブネさんに攻撃を仕掛けようと試みるが、ザブネはアストラル体から霊体へと変化していた。これではいくらアストラル体の状態で攻撃しても体をすり抜けるだけだ。それに習い反射的に自身のアストラル体を解除する。

「ぐっ!!」

俺は思わず力が抜けてしまい、横腹を抑えたまま、空中から瓦礫に落下する。

どうした?どうしたんだ?痛い。激痛だ。息ができない。体の表面というよりは体の芯から外側に駆けて痛みを伴っている。そう言った感覚だ。

「それが、アストラル体の代償だ。痛いだろう?アストラル状態の時は夢中という空間に自身を漂わせている状態に過ぎん。この世界の三層目だ。そこから霊体になるということはつまり、三層目の『夢中』から体を二層目の『霊中』に戻すということ・・・・。霊中には霊体でしかとどまることはできない。そして霊中から気体にでも戻してみろ、お前の体は骨は折れ、内臓へと突き刺さりそのままあの世行きだっただろうに。」

「二度と俺は気体には・・・・なれない・・・・はずだ・・・・」

「ああ、そうだったな。それを忘れていた。じゃあ気体の痛みを味あわなくて済むじゃないか。」

俺は再びアストラル体に体を戻し、痛みを和らげた。

「そんなことしても、霊体の俺には触れることは出来んだろう。」

「ああ・・・でもあんたこの状況を計っていましたね・・・・」

「おお、よく分かっているじゃないか。」

ケラケラと笑い混じりにそう余裕に呟いた。強いなこの人は。伊達に一人前の鬼人じゃない。

俺が顔をゆっくりと上げ、ザブネさんの顔を見やると頭の後ろからスッと伸びた長い足が横からザブネの後ろから迫って来ていた。それと同時にザブネの目も横にキョロっと動くのがよく分かった。『気付かれてる』しかし間に合わなかったのかそのまま頭ごと吹き飛ばされる。

倒れたザブネに再び馬乗りになろうとヒビネさんは試みるが見好かれたように、アストラル体になり瓦礫の中へとすぅーと消えていく。それを追うようにヒビネさんも瓦礫にアストラル体になり潜っていく。幾度か山積みになった瓦礫がゴトゴトと小さな音をたてて揺れるのを感じた。その後瓦礫の中でアストラル体を解除し、肉体が瓦礫の中で身動きができなくなったのか、一瞬盛り上がり、そして再び盛り下がった。なんて静かな殴り合いをしているんだろうか。

すると、「ぐはっ!」と音を立てて、瓦礫から吹っ飛んできたのはヒビネさんだった。そのまま瓦礫の一番高い部分から、アストラル状態のまま、空中に浮くようにザブネさんが現れる。

「ったく、中途半端に強くなりやがって。言っとくが俺はもう割り切ったぞ。お前らを殺すか仲間にするかをだ。どうする。決めるのはお前らだ。」

俺たちは無言を貫いた。とことん無言を貫いた。その後、「ふん」と鼻を鳴らすと瓦礫の山から下りおもむろに歩き出す航士朗のいる方角へ歩いてくる。それに応じて自ら、あやふやな戦闘態勢をとる。しかし俺はアストラル体を解除しなかった。してしまうと横腹の激痛が襲ってくるからだ。ザブネはそれを見かねて自らもアストラル体へと変化し、空中を浮きながら近づいてくる。するといきなり速度を上げて、一気に近づいてくる。

そのまま回し蹴りをお見舞いされてしまう。アストラル体で攻撃を受けると、痛みは感じず、体を吹っ飛ばされることもない。しかしアストラル体から霊体に戻った時に代償として一気に痛みが解放される。痛みが感じない分、まだまだ余裕だ。という錯覚に陥ってしまうがそれはアストラル体の欠点だろう。霊体になった時の激痛と言ったら声が出なくなるほどの痛みが襲ってくる。それを常に考えながら戦わなければならない。

その後もお互いアストラル状態のまま闘いは続く。痛みは感じていないがそれでも相当なダメージを肉体に与えてしまっただろう。

「お前いい加減、アストラル体解いた方いいぞ。一気にダメージがきてお前の体はぼろぼろになるぞ・・・・だから言っただろう。黙って俺についてこい。それだけで全てが済むんだ。お前が言っていた通り俺たちだけが笑いあっていても楽しくないかもしれない。でも俺たちが死んでしまったら元もこうもない。そこで終わりなのだ『救う』『救わない』の問題ではないのだ。懐古主義もいいがそれでもジリ貧だ。人間たちも霊に運命を決められるくらいなら、無意識で操られた方がいいに決まっているだろう。」

そのまま素早くみぞおちにパンチをくらった後、首を鷲掴みされ中に持ち上げられる。しかし何も苦しくない。普通なら気道を締め付けられ息ができなくなりもがくはずだが痛みを全く感じないのだ。するとだんだんと体の周りの白い膜が薄れてくるのが分かった。

「当たり前だろう。お前の体は今、意識が遠のいているのだから。」

だんだんと体に痛みが伝わってくる。まずい、このままじゃ体中に激痛が走って動けなくなる。

すると首から手を放されすっかり霊体になっていた俺は瓦礫の上に落とされる。

「痛いだろう。それがお前が作りだした痛みだ。」

「い、痛くねえぇ・・・・」

「やせ我慢はよせ。俺がその痛みを分からないわけがないだろう。」

確かに彼は鬼人の一人前だ。しかしこれだけは言える。痛みに対しての対処の仕方は雲泥の差だ。俺はこの痛みは屁でもない。だって人間を助けるためだから。でもザブネさんの痛みは自分に対しての痛み。だから痛いんだ。俺は一人じゃない。でもあんたは一人だ。それだけは確実に言える。

瓦礫の上で寝そべりながら、声も出ないのにそんなことだけが頭の中でよぎっていく。するとザブネさんは冷徹なほど冷たい顔をしながら近づいてくる。

おそらく俺はこれから殺されてしまうかもしれない。くっそ。でもなんだろう。後悔はないな。俺は生きたぞ。しっかり生き抜いたぞ。言いたいことは言った。限界なんてないってことを知った。それだけでももう十分良かったのではないだろうか。

腹部に激痛を感じながら仰向けに倒れている俺の耳元でしゃがんで目線を俺と合わせてくる。

「・・・・・お前の言うとおりだ。俺が間違っていた。新人は鬼人の本質が見えていると、昔イブネさんから聞いていた。今頃になってそれを思い出す俺もなんて愚か者なんだろうな。鬼人の本質から逸脱した俺はなんて人間だ。後はまかせた。」

え?

『まかせた』聞き間違いか?と思った時だった。俺の顔に暖かい液体が散らばる。散らばった瞬間頭上から、ザスッ!という鈍い音がした。上をゆっくり目だけを動かし見やると、ザブネさんの胸から鋭いなにかが突き刺さっている。刺さっている物は赤く染まっており、先端からはどろっとした血がポタポタと滴り落ちている。

「そんな、そんな、そんな・・・・」口で話そうとするが声がでない。

突起物は背中から綺麗に刺さっていたが、背中付近には誰もいない。航士朗は後方を必死に見た。そこにはグレーのパーカーを着ている男がなにか投げ終わったかのような構えをしながら静止している。そしてその男のすぐ後ろには転移門が出現しており、そのまま男は足をするように後方へと下がって行った。

「当たり前だ。いつまでもお前らを殺さないから、代わりに俺が殺されたんだ・・・・」

口から吐血しながらも必死に話し続けるザブネの恨みが含まれた台詞。声も体も激痛に襲われてはいたが、それでも体は勝手に動き出していた。

すぐさま航士朗はその突起物、槍のように尖ったものをすぐさま抜き、ザブネさんを仰向けにする。しかしすでに尋常じゃないほどの血液が外部へと流れている。

激痛そっちのけで、なんとかザブネさんを起き上がらせる。その反動で再び口から大量の吐血をする。

「死ぬ間際になってようやく分かった・・・・俺はバカをやっていた。無理だ無理だって言いながら・・・ゲホッ!・・・ただ逃げていただけだった。戦うのが怖くて恐ろしくて逃げていただけだったんだ。ただの大ばか者だった。・・・なんだ答えは簡単だったんだな。・・・・信じていれば良かったんだ。それだけで十分だったんだ・・・・」                                         

そう苦しいそうに言いながら彼は目をまん丸く開きながら息を引き取った。

グレーのパーカーを着ていた男はすでに転移門で逃げてしまった。おそらく反逆団ではあるだろう。しかし追っている暇も体力も俺たちには微塵もない。そのままゆっくりザブネのがっしりとした体を瓦礫が散らばっている床にそっと寝かした。

ヒビネさんやミツネさん、コトネさんとカイトもそっと足をこちらに運んでくる。その姿を見てほっとしてしまったのか、興奮状態でアドレナリンがビンビンだった俺はそれが解除され一気に激痛が体をめぐり始めた。恐ろしく痛かったのは一瞬で、それ以降瞼が落ち、駆け寄ってくる仲間の姿を見て意識がなくなった。



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