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月下のアストラル  作者: カネミズ
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11.


11.

転移門を出ると、そこは見慣れない風景だったが、鮮明に今、どこにいるのかがハッキリと分かった。ミツネさんらしい学校の屋上だ。でもここの状況は俺たちにとって地の利を生かせている。屋上は立ち入り禁止、つまり誰もここへはこない。

屋上の無機質なコンクリート地面にはミツネさんによって気絶させられたカイトが倒れている。

俺達を屋上に送ってすぐに転移門は閉ざされてしまった。

辺りは陽がさんさんと照っていて、じりじりと皮膚が痛くなるくらいだ。周りは山に囲まれており、『戻ってきた』という感覚に陥った。

航士朗は東の山をじっと見ている。

この山のそのまた向こうの海も越えたところにヒビネさんやミツネさんがいるのかと思うと随分と今までの俺がほど遠い存在に見えてきた。

でもなぜヒビネさんは俺達を逃がしたのか、俺には分からなかった。生き残ってほしいからだろうか。

多分カイトも同じ気持ちだと思うが、俺も悔しかった。『逃がした』それはつまり戦うに値しないと判断されたということだ。それが死ぬほど悔しかった。一緒に戦ってほしいと言っていた人たちが俺達の気持ちや覚悟も知らずに逃がしたことが悔しかった。

確かにヒビネさんみたいに、霊に対しても人間相手でも、合気道のような動きが俺にはできるわけがない。でもせめて仲間として一緒にあの場で何かできることがあったはずだ。

その気持ちを胸にしまいながら、倒れているカイトを抱えて、日蔭へと横ならせた。カイトはバックがなかったので、俺の肩掛けバックを枕にして寝かせた。

それからずっと、辺りに転移門が出現せず、待ちぼうけしていると、日が少しずつ落ちてきていることに気が付いた。もう少しでこの街も夜に包まれる。

「んんん・・・・・」

ぴくぴくと何度か顔をしかめながらカイトがゆっくりと目を開けていく。

「よう・・・・」

航士朗は暢気にカイトにそう答えた。

カイトは身軽に体を立ち上がらせ、こちらを目をまん丸くして、凝視してくる。

「み、みんなは?」

「誰も来ない。ずっとだ。昼頃からずっとだ。誰も俺達をあっちに戻そうとしてくれない。」

「なんで?」

「なんでって言われてもなあ。」

「そうじゃなくてなんで、ここでじっとしてるの?」

「は?」

「せめてアストラル体になる修行くらいしてなさいよ!」

「は?そんなこと言われたって、ヒビネさんに教えてもらわないと分かんねえよ。」

すると、カイトは今までにないくらい鬼の形相をしている。

「あんたは人が一人死ぬのがどうでもいいことだと思ってるの?せっかく授かった命で自由に生きれるのに霊が生かそうとしていないのよ。それを守ろうとしているミツネさんやヒビネさんが戦っているって言うのにもしかしたら死・・・・・死んでるかもしれないのに!それを黙ってここで暢気に空でもみて待ってたっていうの!ばっかじゃない!」

こんなに怒り狂う理由は分からなくはない。しかし、俺には何にも出来やしない。というより自分から行動するのが嫌だっただけだ。ヒビネさんがいないという理由でただ何もしたくなかっただけだ。

「ごめん・・・」

と呟きながら、うつむいていた顔を上にあげて、カイトに謝るが、カイトはもうその場にはいなかった。

 黒髪の少女は屋上の中央で、必死になりながら体を力ませて力づくでアストラル体になるために必死こいている。

何度も何度も必死にアストラル体になりたくて必死に頑張っている。

「転移門さえ出せればっ!」

幾度かアストラル体になりながらも、カイトの体躯を膜が包んでは消え、包んでは消えを繰り返している。俺は座りながら何もできなかった。というよりはしたくなかった。

なんでだろう。人が頑張ってるなら俺はいいやって思ってしまう。そして人が頑張ってるならそれを邪魔したくなるのは俺だけだろうか。急に脱力感というかやる気や挑む気持ちが無くなってしまう。理由はずっと前から分かっている。自分ができなかった時がとてつもなく怖いからだ。『俺には無理なんじゃないか。』とか『あいつは簡単にできるのになんで俺だけはこんなに苦労しなくちゃダメなんだ。』ってなるのがただ怖いだけだ。挑みたくないだけなんだ。部活をしているときからそうだった。他の学校の連中のうまさをみてやる気をなくす。それは部活だけではない。何においてもだ。それが死ぬほど許せないだけれどやってしまう。でも俺だけは無いはずだ。と言っていつも逃げてしまう。

「はあ、はあ、はあはあ。」

カイトの吐いた息がだんだんと早くなっていくのはよく分かった。しかし俺はそれをただ見ているだけ。『どうせ、カイトは俺のことダメなやつなんて思っているだろうな』と変にいつも解釈してしまうのは俺の悪い癖だ。

そのまま辺りは深い夜の色に包まれていった。三百六十度あった山も黒に包まれる。

カイトがアストラル体になろうとして二時間ほどが経過しようとしている。流石にストイックなカイトの体力もいよいよ尽きたのか、屋上の柵に背中を預けながら足を延ばしぐったりさせている。

それでも俺は今だに何もできちゃいない。カイトとの沈黙はひたすらに続く。

そしてまた時間だけが過ぎていく。

「ねえ。」

唐突にカイトが話しかけてくる。

「・・・・・・・・」

俺はあえて返事をしなかった。返事する気にすらならないほど、航士朗は自分の弱さに押しつぶされそうになっている。

「学校の中に入っていいかな。」

「ダメだろ。」

流石に俺も意見を返す。

「なんで入りたいんだよ。」

「だって寒いし、喉とか乾いたし、それに・・・・」

「トイレか?」

「うん。」

こういうときだけはやけに恥ずかしそうにするカイト。

「霊体になっていけばいいだろ。」

「隠しカメラとかに写ったりしない?警報とかならないかな。」

「ならいかなきゃいいだろ。」

しかし俺の冷たい返事が癪だったのか、無言で屋上へ入る扉をすり抜けていく。

あいつもあれくらいのアストラル体ならなれるんだな。カイトの扉をすり抜ける姿を見てまたもや悔しさが湧き上がってくる。

「待てよ・・・お前だけ・・・俺もアストラル体になってやるよ・・・・」

航士朗はそう呟くと立ち上がりりきみ始める。

そして頭の中をフル回転させる。ヒビネさんたち一人前の鬼人たちがどんな方法でアストラル体になっていたか。カイトはどうやってアストラル体になっていたか。俺はこれだけは知っている。俺は考えるより動いた方が身に付きやすいことを。

「確か、イメージする。集中する。そして・・・・」

『案外思わぬことでなれたりする。』ヒビネさんのヒントのようなセリフが今になってフラッシュバックしてくる。

「思わぬこと・・・・」

しかし、それでも頭の中は必死に思わぬことを想像し始める。

「なんだよ・・・思わぬことって。」

航士朗は霊体になることは気軽にできる。

あれ?もしかして霊体でも扉をすり抜けられたりして?そんな安直な考えで屋上に入る扉に突撃したり、体を力ませたりいろんな方法で、アストラル体になる方法をがむしゃらにいろいろ試してみる。

くそっ!いかない。違う!

そんな言葉が頭の中に幾度も何度も連想しながらひたすら思わぬことを探し続けた。

しばらくそんなトライ&エラーを繰り返していると、カイトが扉から当然のようにスウ―ッとすり抜けてくる。先ほどの俺とカイトはまるで逆になったかのように立場が逆転してしまっていた。逆にカイトが今の俺からしたら暢気に見える。

「な、なにしてるの?」

「お前も探してくれ!ヒビネさんが言ってたんだ。『案外思わぬことでアストラル体になれる』って!だから必死に探してるんだよ!」

すると、カイトも真剣なまなざしにし、りきんで霊体からアストラル体になろうとしたり、精神統一してみたり試行錯誤し始める。

それをそれから一時間ほど暗闇の中必死にもがいている。俺は霊体のままアストラル体にはなれず、カイトはアストラル体を一瞬しか今だに使うことができていないようだ。

俺達ふたりは汗だくのまま吐息を吐きながら、冷たいコンクリートに寝そべる。いろいろ無茶しすぎたのか制服はすでに破れそうになってしまっている。

「なれねえな。全然・・・・」

「言われなくても、はぁはぁ分かってる。」

二人は汗だくのまま会話をし出すが、すでに辺りは暗さが少しずつ薄れてきているのが分かった。俺たち二人を俯瞰してみると屋上に遭難してしてしまったような二人にしか見えない。

いつまでたってもヒビネさんやミツネさんは迎えに来ない。

当然湧いてくるのは、一つの信じがたいこと。

『死んでしまったのではないだろうか。』

しかし、今ここでそんなこと発言したら、本当にカイトには呆れられ、下手したら二度と口をきいてくれなくなってしまう。

今のこの状況は、希望を保つためにひたすら頑張っていると言っても過言ではない。

しかし、カイトの口から、

「ミツネさんも、ヒビネさんもみんな・・・・みんな、もしかしたら、負けたのかな・・・」

カイトの言葉に思わず上半身だけ起き上がらせる。

その俊敏な動きに流石にカイトも反応したのか、「な、なによ。」と驚愕している。

「いや、お前にしては希望のないことを言うんだなって思って。」

少々むっとした顔をした後、真剣な表情に変える。

「じゃあ、もしミツネさんたちがみんな死んでいたら、あんたはなにをするの?」

「そ、それは戦うしかないだろ。俺達二人で。いや、仲間を再び集めて・・・」

と言いかけたところでカイトが口を挟んでくる。

「私達は実際、仲間を募っていた。なのに反逆団に襲われた。また同じ間違いを犯すことになるわよ。」

その性格の悪い発言に流石の俺も癪で反論する。

「じゃあ、どうすればいいんだよ。お前のその言い分だと、鬼人をやめて霊によって洗脳されるか、それとも間違って同じ過ちを犯して無駄死にするしか方法はないように聞こえるぞ。つーかまだヒビネさんやミツネさんが死んでしまったなんて希望のないこと言うなよ・・」

「ごめん・・・あんたが私をおいて逃げるんじゃないかと思って・・・」

「・・・・あのなあ。アストラル体になれる人間がいないのにどうやって記憶消してもらうんだよ。こんな中途半端で最悪な記憶を持ってこれから霊に洗脳されて生きていることを分かっていながら生きていくなんて死んでるのより最悪だぞ。それこそ本当に生きた屍だ」

「今だから言えるんだけど、あんたがいてくれて良かった。」

え?

「あなたがあのとき陰陽石を拾わなかったら、今頃私はひとりでこの場所にいたことになっていたと思う。もしそうなってたら、今みたいに冷静な判断ができずにいた。まあそうは言ってもこのままじゃアストラル体にはいつまでたってもなれないんだけどね。」

陰陽石?その言葉が頭のどこかへなぜか引っかかった。なにか大事なワードを忘れているような気がする。なんだ?何を忘れている。

 そんなことを考えながら、せっかくのカイトの奇跡のような褒め言葉を記憶のどこかへとなくしてしまった。しかし俺は二度とカイトの「あんたがいてくれて良かった」という言葉を思い出すことはないだろう。

そのまま、カイトの表情を伺いながら眉間をしかめて記憶の中を捜索する。

「ど、どうしたの、そんな顔して・・・・」

「いや、なんか大事な事を忘れている。陰陽石だっけ?なんか大事な・・・」

カイトは俺に不自然な視線を送りながらも一緒に眉間を寄せている。

「陰陽石?」今までにないくらい疑問符を強調してくるカイト。

「陰陽石。陰陽石。陰陽石。陰陽石・・・・」

『陰陽石はいつでも持っておいてね』ヒビネさんの台詞だ。なぜこれを思い出したのか。でも思い出したかったものに百%というほどヒットした。

なんでこれを思い出したかったのだろうか。不思議だ。

ん?でも待てよ。なぜヒビネさんは『いつでも』を強調したのか。そこだけが時に謎を増幅させる。

「ヒビネさんは、俺にこう言ったんだ。『陰陽石をいつでも持っておいてね』って。なんでいつでも?別に陰陽石を持っていなくても霊体にはなれるだろう?」

そう言うと、カイトは何かを思い出したのか。上半身だけあげている俺を見下ろすように立ち上がる。

「あ!ミツネさんにも、それと一緒のことを言われた!『霊体になれたからって陰陽石はいつでも持っておきなさい』って!」

ふたりの頭の中では同じ思考回路が繰り広げられる。アストラル体になるのに必要なこと。

それは陰陽石!

航士朗とカイトは顔を目をまんまるく大きく開けながら見合う。

初めてだ。こんなに同じことを考えていることが分かるのは。

「でも、私今陰陽石ない。」

確かにカイトは今、バックを所持していない。でもなぜ俺にはバックがあるのか。

あの廃工場から転移門でこちらに来る時ヒビネさんにバックを投げられたことを思い出す。

つまり、それほどアストラル体になるのに陰陽石は不可欠という訳だ。

ヒビネさんは多分、俺達を迎えに行くことができないと悟ったのか、俺達がこの状況になることをまるで知っていたみたいに思えてくる。

「陰陽石を早く貸して!」

カイトがせかしてくるように地団駄を踏みながら手を差し伸べてくる。俺もせかされ急ぎながらもバックのサイドから陰陽石をつるすように持ち上げる。

すると、いつのまにか俺の手元からは陰陽石はなくなってしまっていた。

目の前にはすでに首から緑色に輝く勾玉をぶら下げているカイトの姿が。

「お、おい!」俺はカイトを止めようと試みるが、俺の言葉は集中しているのか聞こえないらしい。または無視しているのかは分からなかった。

そのままカイトは力み始めたが特に何も変化は起こらなかった。

「え?ええ?なんでなんで!アストラル体になれない!」困惑しているカイトから今度は無理に陰陽石を首から外させ航士朗が首に石をぶら下げる。

航士朗も力んだり、集中したり、イメージしたり、と試みるが何も変化は起こらない。

「くっそ!なんでだ!」

絶対、陰陽石がアストラル体になる鍵を握っているはずなのにどうして!

ますます焦る気持ちが増してくる。このままだと何もできっこない。諦めることだけはしたくない。

 そしてまた陰陽石をカイトに取られてしまう。それを何度か繰り返し行った。それでもいくらやっても何も起こらなかった。

しばらくすると、カイトは落ち込むように屋上の鉄格子に背中を預け下に顔をうつむけながら荒い呼吸を繰り返している。

「おい、諦めんなよ。」

「諦めてない・・・・」

今までにないくらい暗い声が薄闇の屋上に響く。

「絶対、陰陽石になにかあるはずなんだ。ヒビネさんは確かに言ったんだ。いつでも持っておきなさいって。多分いつでもアストラル体になる準備をしておくようにって事なんだと思う。」

「・・・・・・・・・」

俺の夢物語だと思っているのか、あるいはただの勘違いだと思っているのか、カイトからの返答はなかった。

航士朗は首に下げている陰陽石を掴み、調べるように眺め見る。

ん?

陰陽石にかすかにヒビが、いや亀裂が入っている。しかもそこからは異常に陰陽石の深緑色とは違い、かすかに黄緑色が発光している。

陰陽石がどこかにぶつかって割れたのだろう。中のエネルギーが漏れ出しているのか、はたまた見えているだけなのか、それは分からないが、これはなにかヒントなのではないか?

再び、思考をめぐらす。

隙間から光が出ている。つまり陰陽石のエネルギーは本当はこの中身にあるということなのだろうか。航士朗は陰陽石をぎゅっと握った。しかし何も起こらない。次は発光している部分に人差し指を合わせてみる。合わせたと同時に一瞬だが体が、ふわっと浮いた感覚に陥った。

え?今確かに、アストラル体みたいな膜が体を覆った気がしたのだが気のせいだろうか。

再び発光部分に指を添える。

今度は確かに体が違う感覚に陥っていることが分かった。

きた!アストラル体だ!やっぱり俺の予測は間違ってなんかいなかった。一人よがりでもなんでもなかった。やっぱり信じて続けていてよかった。次々と頭の中で言葉が出てくる。

「なあ、カイト!」

しかしカイトからの返事はない。おそらくカイトは霊体すらも解除している。そして俺は今アストラル体になっているのだから、確認することは無理だろう。

「これがアストラル体か・・・・」

でもどうやってこの中にあるエネルギーを外に出せばいい?ずっと指で触りながら移動するわけにもいかない。

つまりエネルギーを外へと出すには外部の深緑の石の部分を破壊しなければならない。

そういうことか!

陰陽石を割る!それがアストラル体になるための方法なんだ!

カイトは頑張って数分アストラル体を保つことができるが、それ以上は持続することができない。つまりヒビネさんやミツネさん、一人前の鬼人がアストラル体を持続できるのは、陰陽石の力を借りているから。この中にあるエネルギーを自分の物としたから。

そして俺は、石を思いの限りを尽くし地面にたたきつけた。まばゆい閃光が辺りを包み、その光はみるみると俺の体に入ってくる。そのまま意識は遠ざかっていった。





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