09.
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転移門を抜けると辺りは、荒れていてそして植物すらも乾いている。しかし転移門はコンクリートの道路で道は遙彼方まで続いている。道路標識があるのだがどう見ても日本の標識ではない。スピードリミット55と書かれている。
人気はなく、反逆団が襲ってくる可能性はないと思う。
「なんで支部長、アメリカに来たんですか?」
ミツネさんがそう質問するので、今どこにいるかはよく分かった。カイトも理解したようだ。
「仲間になってくれそうな鬼人・・・というより親友がいるからな。あいつらならきっと力になってくれるはずだ。」
「もう、鬼人本部には戻れないんでしょうか?」
カイトが不安げな表情を浮かべながらあたりの鬼人に質問する。だがしばらくの沈黙が続く。
誰も答えることができないのだ。またはその真実を受け止めたくないのか。
「う~ん、いや戻れるには戻れるけど、多分さっきみたいに反逆団が襲ってくるんだろうね。危険だからあそこにはもう戻らない方がいい・・・」
コトネがそう言うと、カイトは物凄く顔を暗そうにする。
「いいや、今はまだ奪還することは難しいだろう。だがいずれ俺たちが再び力を集い反逆団を無くした時には再び本部を手に入れられる。それには俺達が反逆団を変えるのが必要だ。そのためには今を頑張るしかない・・・じゃあ、意識がない鬼人を安全なところに運ぶか・・・」
すると久々に笑いが起き、ヒビネさんやミツネさんの笑顔を久々に見た気がする。カイトも若干笑ってはいた。
「じゃあそれぞれ、近辺に町がないか、または安息できそうな場所を探してくれ。まず倒れた鬼人を休養させ、仲間を募ることが最善案だろう。」
そのイブネさんの一声にヒビネさんをはじめミツネさんやコトネさんが転移門を出す。コトネさんはせっかちなのか転移門を自身で出し。すぐさまどこかへ行ってしまった。
「ああ、ヒビネさん。」
「なに、ミツネ。」
「ちょっと、航士朗くん、借りてって良いですか?」
「もしかして、私の弟子をとる気じゃないでしょうね?そんなことはさせないよ~。」
いつものふざけた雰囲気のヒビネさんに戻っていた。その姿を見れて俺も周りもしばらくなかった落ち着きを得た。
「そんなことはしませんよ。ちょっと航士朗くんと話したいことがあって。」
そのミツネさんの一声にカイトは嫉妬の念を体からむんむんと出しながら、久しぶりの鋭い眼光が俺の視線とぶつかる。
「うっ・・・」
「いいよ、その代わりカイトを借りていくね。」
ヒビネさんはそう言うと、カイトの肩を後ろから押すように少し無理やりに自身の付くった転移門に押し入れていく。
「じゃあ行こうか。」
そう言うとミツネさんは俺を招くように、転移門へと入れていく。
転移門をくぐりその後からミツネさんが後をついてくる。
そこは先ほどまでいたコンクリート道路からほど近い場所だった。
「君には話しておかないといけないことがあるんだ。」
真剣なまなざしをこちらに向けてくる。
「カイトやヒビネさんのことを知ってもらいたくて。」
「ああ、カイトのことは知っています。両親が亡くなってしまって、今は父の弟さんの家族と一緒に暮らしているって。」
「それは、カイト自身から聞いたの?」
不意に唐突にそう聞いてくる。
「いや、自分の母から聞きました。しかも昨日ですけどね聞いたのは・・・・」
少し笑い混じりでそう答える。
「うん、それはそうなんだけど・・・確かにカイトの両親は事故で無くなった。でもカイトが今どんな境遇を味わっているかまでは聞いてないよね?」
「境遇って?他にも何かあるんですか?」
「ヒビネさんとカイトは結構境遇が似ているんだけど、僕とカイトの出会いのきっかけがカイトの境遇のせいでもあるんだ。」
「ええっと、つまり~。カイトも悩んでいたってことですよね?」
「そうなるね、人は悩んでいたり不安になっていたりすると霊体のエネルギーが出やすい。そんな時にカイトと会ったんだ公園で。」
前にカイトと行った公園のことを思い出す。
「ああ、あのベンチで泣いてたって公園すか。」
「え?カイトから聞いたんだ。」
「まあ、泣いてたってことだけですけど・・・」
「そっか。やっぱりそこまでしか教えてくれなかったか。カイトが公園で泣いていたのは実は両親が死んだっていうのもあるのかもしれないけど、それだけではないんだ。カイトは両親が亡くなってから会社の社長を務めている父型の弟さんの家に住んでいる。でも家は裕福でカイトだって幸せになれたはずだ。でもそうはいかなかった。弟さんは大好きだった兄の娘として可愛がってくれた、でも弟の奥さんからすれば、本当の息子、いわいる弟さんの息子のほうを可愛がってカイトを邪魔者扱いしたらしいんだ。相当辛かったと思う。別に奥さんが悪いと言っているわけではないんだ。悪いのは全て霊なんだから。霊のレベルによっては憑りついた人の『憎しみ』や『嫉妬』などによって、それを一段と強化して人間にやってはいけないことをさせたりする。それがきっと奥さんにも表れている。そしてカイトは奥さんに嫌な事をされ、ひどいことも言われたらしい。」
「そんなの弟の奥さんの方が悪いじゃないですか。カイトは何も悪いことしてないのに!」
「うん。一見そう思う。でもそうじゃないんだ。霊は人間が出している。でも霊を出すか出さないかも選べるのも人間なんだ。だから弟の奥さんがこれから気付くか気付かないかはその人自身なんだ。でも霊を僕たちが倒し続けなければいずれみんな気付く前に、霊に乗っ取られてしまう。」
「じゃあ、わかりました!みんな鬼人にしてしまえばいいんですよ!」
「あはは。みんながみんなアストラル体になったらそれこそ悪用してしまうんじゃないかな。でもやっぱり航士朗くんはいい発想しているよ。皆を幸せにしたい。僕たち鬼人がやりたいことはつまりそれなんだ。みんなを笑顔にしたい、それだけなのかもしれない。」
「確かに・・・そうですね。」
笑われたあとに褒められると訳が分からない感情に陥ってしまう。
「でも、航士朗くんみたいに昔、陰陽石をたくさんばらまいたって聞いたことがあるな。でもその時は、気味悪がって石を捨てるもの、悪用する人がたくさん出たらしい。だから無理矢理やらせるのはいけない。とにかく人は変わらなくちゃいけない。後悔の念を残さないようにさせなければいけない。」
「でもザブネさんが言った通り、それをいくら待っても人間は気付いてくれないんですよね?」
「うん・・・まあね。でも支部長が言っていた通り、逃げたら反逆団どころか霊にもいいように使われるだけだ。だから待つのも仕事なのかもね。みんなが霊に希望や勇気を奪われないよう一人でも多くの人を救って霊を生み出さない人になってくれるまでは僕たち鬼人は戦わなくちゃいけない。」
「分かりました。俺も、早く一人前になれるよう頑張ってみます!」
「ん?というか航士朗くんはもし鬼人になっても後悔しないの。別に鬼人じゃなくても後悔しない生き方はいっぱいあるんじゃない?鬼人の一人前になると気体のエネルギーを捨てることになるから二度と人間には認識されなくなるんだよ?それでもいいの?」
俺は答えに何度も迷った。だからこう答えた。
「まだわかりません。でもせっかくなら人を一人でも霊から救ってから諦めたいです。で、もし諦めるときは記憶を消されるのがなんですよね?ならその時は俺を認識できる悩んでいる人間に陰陽石を渡そうと思っています。だから記憶をもし消すとしたら陰陽石を渡す相手が決まってからにしてください。」
すると、ミツネさんは目を大きく見開き、涙目を浮かべる。
「ど、どうしたんですか・・・・」
「航士朗くんは、いいこと言うな~。本当にいい子だ!」
そう言いながら、ミツネさんは軽く頭を撫でてくる。
「うん、鬼人の問題はやりがいを見つけることなんだよね。その一つが自分という鬼人が認識できる人間に鬼人になってもらうことなのかもしれない。一緒に世界を救ってもらいたいから。僕もそう思ってカイトに石を渡したんだ。」
多分、ヒビネさんもそう思って俺に石を渡したんだろうな。だからコンビニで初めて会ったときあんなにも嬉しがっていたんだと思う。
「あ、それで、ヒビネさんとカイトが境遇が似てるってどういう・・・・」
「ああそっか、その話もしなきゃいけないね。ヒビネさんとカイトが似ているというのはその点にあるんだ。ヒビネさんは幼い頃から霊が見えていたらしいんだ。つまり常に霊体だったってことだね。そういう人間はまれにいる。それがつまり霊感の強い人とかって言われる人たちなんだけど。ヒビネさんは幼いながらも霊に立ち向かっていたらしいんだ。」
「幼い頃から霊に!でも霊はアストラル体じゃないと成仏できないですよね。」
「そう、でもヒビネさんは幼い頃から自力でアストラル体を出せることができたんだ。」
つまりヒビネさんは先天的な鬼人体性だったというわけだ。アストラル体になるのがどれだけ難しいのか分からないけど、とりあえず転移門を出すことが出来たり、物体をすり抜けることができたらしい。
「でも、重要なのはこれからだ。ヒビネさんは昔から霊体になることができたから姿を消すことはかなりあって、それのせいでヒビネさんの両親は気味悪がって虐待を繰り返したらしい。」
「え、さっきヒビネさん支部長のことを父さんって言って・・・・」
「そうだね。実はイブネさんはヒビネさんの仮親なんだ。でもヒビネさんは普通の人間出身として扱われる。あんなに強いのに。」
「普通の人間出身?」
「それも教えてなかったね。僕や支部長は、鬼人の家に生まれてきたんだ。だから生まれた時から鬼人になるのは決まっていたし、幼少期から鬼人本部に足を運ぶなんてことは当然あった。でも、航士朗くんやカイトはそうじゃない。そういうひとを普通の人間出身っていうんだ。」
「あの、普通の人間以外に呼び方ないんですか。」
なんだか普通の人間普通の人間と言われていると、嫌気がさしてくる。
「ああごめんね。でも幼い頃から周りの鬼人がそう言っていたから・・・・」
「それで、その後ヒビネさんはどうやってイブネさんの子供として?」
「うん。それでイブネさんがまだ現役鬼人として戦っていた時期にすごく霊が集中して現れている地域があったんだ。それがヒビネさんの本当の家だったんだ。その理由はヒビネさんがアストラル体を使うことができたから。霊はアストラル体をとことん嫌い、好戦的な霊はアストラル体を無くそうと襲うため霊から近寄ってくる。それで終わればよかったが、霊が集まってきたことによりヒビネさんの両親は霊によって愛を吸い取られ、ますますヒビネさんに暴力を振るうようになった。それを見かねてイブネさんがこのままではこの子の命はいずれ絶える、霊に殺されるのではなく人間によって殺される。そう判断してヒビネさんを普通の人間として引き取り修行させ、今のような鬼人の中でも有名人になった。というわけなんだ。」
「有名人って。」
笑い混じりにそう言うと、ミツネさんもケラケラと笑いだす。
「そうだね、有名人は言い過ぎた。でもあの人の強さは異常だよ。霊を倒すために生まれてきたと言っても過言ではないんじゃないかな。」
「じゃあ、イブネさんの弟子がヒビネさんでその弟子が俺ってことすか。でも、どうしてそれを俺に教えてくれたんですか。」
「それは、今までは本部に戻ってでも、暇なときに鬼人の知識を教えたり修行させることはできた。でも今は追われる身、下手したら殺される身なんだ。だから今のうちに教えておこうと思ってね。それと支部長の言った通り、これから僕たちは仲間を募って反逆団に立ち向かわなければいけない。だから今までとは違ってだんだんと弟子に教えるという時間も少なくなってくる。だから、今のうちに・・・・・」
その後は言い惜しむように口を閉じるミツネ。
「今のうちに?」
航士朗は続きを聞きたくミツネの次の言葉を仰ぐ。
「今のうちに記憶を消して、世の中に戻った方がいい。」
え?
「君には戦う理由はないはずだ。昨日から新人として頑張ろうとしていたのかもしれないが、それでも・・・・僕は君には戦う意味がないと思う。たまたまヒビネさんと出会ってたまたま鬼人という存在を知った。だから君が僕たちに合わせて戦う必要もないと思う。君を死なせたくないんだ、君はわざわざ鬼人にならなくても後悔しない生き方があるんじゃない?鬼人になって後悔して霊を出したらそれこそ本末転倒だよ。僕もヒビネさんも君に鬼人になりたいと言ってもらってとてつもなくうれしい。」
なんでだろう。俺は今、物凄く腹が立っている。今までは母や先生にこうしなさいと言われてきたことをやってきた。友達に変に見られないように慎ましく偽って生きてきた。でも今ほど反発したいと思ったことはない。『ただつき従ってきた』でも今回は何か違う。今までの「なりたい」という憧れや夢とはまるで違う。使命感。そう言う感じでもない。
つまり初めて「変わりたい」そう感じた。
「俺は・・・俺は、後悔なんてしませんよ・・・・」
「でも、航士朗くん・・・・」
「ミツネさんはいい人ですね。本当に。世の中の人を助ける前に俺を助けようとしてくれているんですから。それでも、すみません。俺は戦いますよ。みんなの笑顔を見たいから。後悔して死んでいく。そんなのダメに決まってますよね。ヒビネさんやカイトのように生まれてきたことに恨んでしまう人もたくさんいる。自分を責める人もたくさんいる。自分なんかできっこないなんて言う人もたくさんいる。そんな自信をなくしている人がいる。そんなことないよって。でも鬼人になるとそれを伝えることはできなくなってしまう。それでも助けること、救うことは俺にもできるんです。だから、だから僕は戦います。いや戦いたい・・・少しでもみんなが救われるのなら!」
その時だった。ふと脳裏に何もかもがつながった。俺は人を助けるために生まれてきたのかもしれないと。
すると、ミツネさんの足元にポタポタと雫が流れていることが確認できた。
「え!なんで泣いてるんですか・・・・」
「あれ・・・・分からない。あれ、あれ、止まらない・・・止まらないよ・・・・なんで泣いてるんだろう・・・」
本当にこの人はいい人だ。心底思う。
「なんか・・・・なんか、悪いって言うのかな・・・君に鬼人を辞めてくれって言った自分が罪深くなってきて・・・でもそれでも君は強かった。ごめん・・・ごめんね・・・」
その姿を見てミツネさんが今までどれだけ苦しんできたかが分かった。
多分だけど、自分が頑張ったところで霊をいくら倒したところで人間は変わらない。けど、一人ひとりが変わってくれる日までそれをずっと希望を持ちながら我慢していたんだと思う。
「泣かなくていいです。誰も苦しまなくていい世の中にしましょうよ。まあアストラル体になってない俺が言うなって感じなんですけど・・・・」
「そんな、そんなことはないよ。君はもう十分立派だ。立派な鬼人だ。」
「はい。僕はもう大丈夫です。」
「でも、本当にいいのかい?カイトもだけど航士朗くんも社会から隔絶されることになるんだけど・・・・」
「はい、母にはアストラル体になって転移門を出せるようになったら家に置き手紙でも置いておこうと思ってます。多分警察に捜索願が出されて、学校もいずれ退学になるんだと思います。
でもそんなことより俺は鬼人になって世界を救いたいなって。」
なんだろ。いつの間にこんなに俺は変わってしまったのだろうか。いつの間にこんな前向きでポジティブな事を言えるようになったんだろうか。考えても思いつかない。たった二日しかたってないのに人はこんなにも変わることができるんだろうか。
もしかしたらこれが鬼人になるってことなのかもしれない。
「あ、見て。みんな戻って来たね。町でも見つけたのかもしれないよ。」
先ほどまでいたコンクリートの道路のあたりには転移門の光が幾度かまばゆく光っている。
ミツネさんの声はすっかり鳴き声ではなくいつもの落ち着くような笑い声にもどっていた。
「じゃあそろそろ僕たちも戻ろっか。町を探していなかったってことは誰にも言わないでね。」
「言いませんよ。言ったらカイトになんて言われるか分かりませんし・・・」
自分で言った言葉にふと気が付く。カイトはもしかして・・・・。俺は視線をミツネさんへと向けていると、「ん?」という顔をミツネさんは向けてくる。
「どうかした?」
「いや何でもありません。行きましょう!」
「う、うん・・・」
そう言うとミツネさんは髪の毛を抜き転移門を目の前にだす。
ミツネさんに転移門に入るよう促され先にくぐっていく。
くぐるとそこには、なにやら笑っている支部長をはじめ、ヒビネさんやコトネさんもおおいに笑っている。
「何を笑っているんですか?」
ミツネさんが腹を抱えながら笑っているヒビネさんに聞く。
「はぁっはぁ、私達が街を見つけて休める場所を探したんだ。そしたらカイトがトイレに行きたいって行き出してガソリンスタンドのトイレを借りにいったんだ。そしたら、プッ!あははははは。」
再び大笑いを始めるヒビネさん。「ちょっと教えてくださいよ!どうしたんですか」ミツネさんも少し笑い混じりになりながらもみんなに聞き返す。
「ミツネさん!やめてください!聞かないでください!ミツネさんだけは!」
そのカイトの必死さに俺もなんだかおかしくなり笑いだす。
「あのなあ、カイトなあ~」
「やめてくださいコトネさーん!」
カイトの必死さに、暗い表情をしていたイブネさんでさえも笑い出す。
「間違って男子トイレに入って用を足したんだ!あっははははは。」
ハハハハハハハハハハ!爆笑が舞い起こる。
「いや、違うんです!ミツネさん!私は本当は女子トイレだと思って!そう女子トイレ!中には誰もいなかったんです!だから私は怪しくもなんともなくて、だからその~。」
「あははは。」
「笑わないでくださいよミツネさん・・・・」
落ち込みながらも顔を真っ赤に赤面して、どれだけ今恥ずかしい思いをしているかも知っていたし、そしてどれだけミツネさんのことを思っているのかも知ることができた。
こういう笑いが起こるのはおかしいことだろうか?みんなが笑うことがそんなにいけないことなのだろうか。こんなに幸せそうなみんなを毎日見ていたい。そう思ったことを覚えている。
その後は、パブに泊まることにした。と言っても俺とカイト以外はすでに気体になることはできないので、部屋は無断で借りることにした。つまり誰からも認識されないし、パブはいかにも田舎風で、どの部屋も鍵は開いており時々掃除の人が中を整理しにくるくらいで俺達がいたことには気づくことはできなかっただろう。
そのまま誰も俺たちの存在を気付かないまま勝手にベットを使用してくつろがせてもらった。
早朝早く、陰陽石を付けている俺の頬がばたばたと叩かれる。
「ん、んん~。」
朝は本当に苦手だ。目覚まし時計を携帯で鳴らさないかぎり起床することはできない。それより、頬を叩いた人物が良く確認することができない。
「ほら、起きて。修行するよ。」
ヒビネさんは長い髪をぼさぼさにしたまま、ベットの横で俺をじっと凝視している。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫です。えっと~どこへ行くんですか?」
すると、髪を抜いて転移門は出現しだす。
「う~ん、ここでいいかな。」
行き先はどこかも言わずにヒビネさんは、先に転移門へ入っていく。
俺たち御一行は部屋を何室も無断で借り、それぞれが適当にベットで熟睡した。部屋にはそれぞれ二つずつベットがあり、俺のとなりにはヒビネさんが寝ることになったのだ。
そして、ヒビネさんのあとを急いで追うように転移門に駆けて行った。
出たところは小高い丘の上だった。付近には先ほどまでいた宿がある街が四、五キロ離れたところにあった。
「よ~し、こういう空いた時間に教えることしかできないからさ。真剣にやるよ。」
「あ~、はい。」
眠たい目をこすりながらもヒビネさんの話に軽く頷く。
「えっと、じゃあ陰陽石を外しても霊体になれるようにしよっか。せめてカイトと同じくらいのレベルにはなってもらうから。」
俺は言われるがままに首から下がっていた陰陽石を取り外す。すると目の前にいたヒビネさんの姿がなくなっている。
「あれ、ヒビネさんどこですか?」
あたりを三百六十度キョロキョロしていると、肩をポンポンと叩かれる。おそらくヒビネさんだろうが、その姿を確認することはできない。しかし何かしらの声を出したりするはずなのだが声すらも聞こえない。俺は再び陰陽石を首からぶら下げることにした。
「君~、あの時は一時的に霊体になれただけだったのか~。だから私のことを確認できたんだね~。それとも何か悩んでいたとか?」
俺は悩んでいたのか?そう聞かれると答えを返せなくなる。
「多分、悩んでいないと鬼人を視覚することはできないのでやっぱり悩んでいたんだと思います。あはは。」
半分ごまかし笑いを浮かべてみたが、ヒビネさんはなぜ笑ったのか不思議そうに見ていた。
「分かった、じゃあ一回初めて出会った時をイメージして。」
そう言われるがままに俺は目を閉じてヒビネさんと初めてあったコンビニをイメージする。
ある程度イメージできるようになったあとに陰陽石を外してみる。
そして瞼を閉じて再びイメージをする。
あの時どう悩んでいたのか、自分でも思い出せない。まず悩んでいたのかあの時。すると、
「・・・・の念・・・・」
え?思わず声をあげ瞼を開けてしまう。
目の前に擦れかかったヒビネさんの姿がかすかにだが確認することができた。
「見えてきました!」
「・・・・の調子!」
ヒビネさんのぼやけかかった声を幾度か耳にしながら、再び瞼を閉じあの時のことをイメージする。悩み・・・悩み・・・・悩み・・・・悩み・・・・。
分かった!感覚をつかんだぞ。やっぱり俺は頭で考えるより実際やってみた方ができる!
そのままイメージを忘れないままゆっくりと目をあける。
「見えてるかな?」
そこには目の前にくるりとした目が二つあり、少しでも前に出ていたと考えると、きっと鼻キッスはできただろうと思うくらいそばにヒビネさんの顔はあった。
「うわぁっ!」
「あれっ!見えてる!ああー、まってまってそのまま霊体を維持して維持して。」
一瞬、ヒビネさんがぼやけ始めることが分かった。航士朗は再びイメージし悩みを思いおこすようにする。
「見えてる?見えてる?」
「見えてます!見えてます!はっきり見えてますよ!」
ヒビネさんは先ほど同様に顔前に接近して来たので、やめることを促すように訴える。
「いった・・・・できた・・・・これが霊体・・・・」
「おお~、早いね~。史上初じゃないかな~、こんなにも早く霊体を習得したのは。カイトだって一、二週間はかかったんじゃない。それともずっと陰陽石をつけて無理やり体から霊体をだしていたから体が慣れていたのかもね。でも気体のイメージも忘れてはいけないわよ。気体になれるのは今だけだから。本当の一人前の鬼人になってしまうと気体エネルギーを捨てて全てアストラル体へと力を与えることになる。つまり人間や他の生物以外からは認識されることがなくなる。」
「じゃあずっと修行していけば、いずれ俺も気体を出すことができなくなるってことですか・・・」
おそらく二度と母にも、大也や貴衣に確認されることは無くなってしまうのだろう。
でもそれは仕方がない。もし俺が鬼人にならなければみんな、本当の笑顔で笑いあう世の中にできなくなる。
「うん、まあー、修行・・・というかぁ・・なんというか~。まあ修行ね・・・・」
表情をすっぱいものを食べたかのようにプルプルと震えさせるヒビネさん。本当に七変化できる人だな。そのまま何か言いたげにぶつぶつと言っていたがそこを問い詰めてしまうと、もっと顔をすっぱくしそうだったので、それ以上言うことはやめにした。
「俺このまま維持できますよ。見てください!」
自信ありげにそう言ってみると、気が抜けてしまったのか再びヒビネさんの姿がぼんやりと薄れてくるのがハッキリわかった。ヒビネさんもそれに気が付いたのか
「ダメダメダメ~!」
とこちらに薄くなりながらも近づいてきていることがよく分かった。再び集中してあの時、つまりコンビニでヒビネさんと初めてあったときの自分を思い出す。するとヒビネさんの通る声が再び聞こえてくる。
「慣れるまでは慢心はダメ。しっかり集中して。これを繰り返す。それだけ~それだけ~。」
「んんんん・・・・・」
と言いながら体とエネルギーと記憶を掘り起こす。これほど人間の記憶はすごいと思ったことはあっただろうか。記憶を思い出すだけでその時の感覚を思い出すことができるのだから。
「はぁ・・・はぁ・・・・はぁ。このまま維持だ。維持・・・」
集中し続けた。霊体はマスターしなければ、霊や反逆団とは戦うことができない。
すると足元にトカゲがぺとぺと歩いていることに気が付く。俺はそっとつまみ上げようとした。
しかし普通なら気配に気が付き、逃げようとするのが動物の本能だが、俺はそれを凌駕してしまったようだ。逃げる気配なくつまみあげることができた。
「ほおら、霊体はすごいでしょ?このトカゲは今なんで宙に浮いているのか分かっていないはずだよ。」
その驚きの光景に体がおぼつき、後方へ後ずさる。
「これが自分の・・というか人間のパワーなんですか?あっははは。」
今まで霊体には陰陽石を使って無理やりなっていたが、今度は自分の力だけでなれるようになったのだ。
「でも君は当分、陰陽石を付けて活動を続けて。確実に霊体を持続できると私たちが認めないかぎりはずっと練習。じゃないと人間や生物に私達の存在がばれるから。」
「あ!でもそれのおかげで人間と俺を通して意思疎通ができますよ。それをうまくつかえば・・・」
「君もいつかはアストラル体を極める。そのときは誰からも二度と認識されることはなくなってしまうの。だから・・・そこはしっかり慣れておかないと・・・。」
その落ち込んだような表情に、あのヒビネさんでも人間に視覚されたいという気持ちはあるんだ。ということを知った。
「そ、そうですよね!いずれそうなるんですもんね。気をつけます。気を付けます・・・」
その後、朝日を見ながら短い沈黙が続く。
「昨日まで実は、君の記憶を消すべきだって思ってた。」
「記憶をっ!そんな!」
「あなたにはできるだけ、戦ってほしくないかも。君はもし鬼人じゃなくても後悔しないで人間を救えると思う。とても良い霊体をだせるから。わざわざ鬼人なんてこと忘れて他にも助ける方法はあるのよ。本当に私達と戦ってくれるの?」
「なんでそんなに弱気なんです?昨日もミツネさんに言いましたけど俺がもし諦めるとしてもその時は霊を倒して一人でも人間を救ってからだと思うんです。そしてもし鬼人をやめるってなったら、この陰陽石を俺のことを見える誰かに渡してから記憶を消してください。そしたらヒビネさんの弟子は消えませんよね?」
ヒビネさんは俺をじっと凝視している。
「だから俺戦います。みんなを救いたいんです。まだ救ったことがない俺が言えたもんじゃないんですけどね。だから早くアストラル体を使いこなせるようになって霊を倒します。反逆団にも屈したくはない。でもまあ、カイトがアストラル体にまだなることが完全にはできていないから俺になれる可能性はとてつもなく低いですよね・・・」
「できない理由を考えないで。できる理由を考えて。私も最初はアストラル体をうまく持続することができなくて、それで師匠であるイブネさんに聞いてみた。でもそれでも何も教えてくれなかったから自力で頑張るしかなかった。でもしいて言えるとすれば・・・案外思わぬことでなれたりする。それだけは頭の片隅に置いておいて。」
とてつもなく何か重大なヒントのようにも聞こえたがピンとはこなかった。
「よ、よくわかんないんですけど・・・・・」
「それはそうよね。誰も最初は何もわからないよ。だから心配になって不安になっている。でもその不安や心配が霊が原因だとしたら?そんなのただの偽りだとしたら?もう怖い物なんて何もないはずよね?あなたはもう鬼人になるって決めたんだからもう二度と霊に操られるなんてことは絶対にないはずよ。それより霊を退治して心配や不安や絶望を消すのよ」
それでも何故かしっくりとこない。というよりはよく分からない。
「君が鬼人になるって決めて行動しただけでも霊は一体生まれなくなった。それだけで私は満足。でも今度はあなたが救う番なの。私はこれ以上、人が夢を諦める姿をみたくない。人が霊を生み出す瞬間をみたくない。人が希望を捨てて自殺したり、カイトみたいに嫌なことされるなんてこと起きない世の中になってくれればいいと思ってるの、だから私は陰陽石を落として回ってたの、少しでも、みんなを救ってほしいから、戦ってほしいから!戦う鬼人ばかりが減っていく・・・・争いや戦争ばかりが起こる、そんな世の中に私はしたくないの。」
どんどん声に熱が入っていくヒビネさんを見て、俺はじんわり涙が溢れそうになった。ヒビネさんの陰陽石を落とした理由を知った。ヒビネさんは一緒に誰かに戦ってほしくてそれで必死に陰陽石を落していた。大也の他にもいろんな人と弟子として組んできたんだと思う。でも、それでも石を拾った人はなかなか鬼人としては戦ってくれなかった。ミツネさんもカイトに対して同様な気持ちだったのだろう。なんだか、鬼人を目指すようになってから、涙もろくなってきた、そう感じた。こういう話を聞くと救わなきゃってなる自分がいた。俺は随分と変わってしまった。
「戦争も・・・・霊が原因なんですか?」
「うん、アフリカ支部によると夢を叶えようと思ってる子供も霊によって夢や希望、自信や勇気を無くすから、日本の子供は手にゲームやお菓子やおもちゃを握って夢を見ている間にもあっちの国の子供は銃や剣をもって、人からものを奪おうとするの。霊が夢をなくし、諦めさせるから、なにかしようと思っていても奪うことしかできない。でもその霊がいなくなれば、この世は一変する。みんながみんな夢を語り合い、それいいね、それいいねって言い合える世界になれば、喧嘩も自殺もなくなる、奪い合ったり競い合ったりなんて人はもともと持っていないのに、この霊のせいで、自信を失い、少しでも自信を見せるために人を下に見下したり、お金で人をおとしめたりなんかしないのに・・・・・」
「じゃあ・・・・じゃあ俺がみんなが笑いあえる世界に変えて見せます!絶対強くなって、霊なんて、消してやる!」
「でも、消えることはないの、人間が年々この霊を生み出す量が増えてるの、それによって、また夢や希望を消される人が増えていく、そしてまた、霊を生み出して、死んでいく。後悔しながら死んでいく。だから人間が変わってくれるしかないんだ、一人ひとりが変わって、もう二度と霊を生み出さない世の中にしなくちゃいけないんだよね、そして戦う人ばかりが減っていく。」
ヒビネさんらしくないその言いぶりに、あのヒビネさんでもこんなに落ち込んで悲しむことがあるんだなと考えると『鬼人』とはなんて孤独で寂しんだろうと思った。
「じゃあ、どうしたら、気づいてもらえるんですか、だってヒビネさんやミツネさんは人から認識されないんですよ、どうやっても伝えることなんてできないじゃないですか!」
「・・・・・だから、戦ってほしいの、戦い続けるしかないの。認識はされないけど、戦いをあきらめない限り、世界は救われるわ。これ以上無駄な死は避けなくていけない・・・」
支部長イブネさんと似たような台詞を言うヒビネさん。
すると朝日が昇り切り、まだ薄暗かった周りが輝かしい太陽によってだんだんと露わになる。
それと同時に丘の後ろから転移門が現れ出す。そこから出てきたのは、ミツネ師弟コンビだった。
「あれ?修行つけてたんですか?ヒビネさん。」
ミツネさんの声は早朝にはとてつもなく良い癒しになる。しかしカイトの表情はまるで違う。俺の修行姿に嫉妬したのか、それとも昨日のミツネさんとの行動に今だに腹を立てているのかは分からないがいつも通りの睨みをひたすら俺に送ってきている。
「行きますよ。ヒビネさん。」
「行くよ。航士朗。」
二人は似たようなセリフを異口同音で返してくる。
それに俺とヒビネさんはクスッと笑ってしまうのであった。