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「私は死んだことがないから」
はじめは正直、何を言ってるんだろうこの人は?と思った。
今になって、意味がようやく分かったような気がする。意味はきっと、言葉では表せないんだと思う、それは人によって捉え方が違うことに起因しているからだ。
「七十億人いたら、七十億通りの正解がある」なんかの自己啓発本で読んだことがあるのだけど、それと似たようなことをこの人は言いたいんじゃないかな。と大阪屋航士朗は思う。
何ていうか彼女はーーー美しかった。
容姿ももちろん良くて、僕が女だったらこんな人になりたいなと思うくらいだ。
彼女の腰に手を回していた俺は、バイクのエンジン音に負けないくらいの大きな声でヘルメットごしにでも聞こえるくらいに叫んだ。
『そろそろこの辺で大丈夫です!』
『そう?でもちょっと待って、お気に入りの所にもう少しで付くから!』
彼女はそう言うので、俺はもう一度『分かりました!』と叫んだ。
バイクで通る道は、生まれ育った街のはずなのに彼はなんだか新しく新鮮に感じている。
ここ数か月で、いろいろあったからだろうか、とてもいい場所に思え、自分が変わっていたことに俺は気が付いた。
『なんだ、いい場所だったんだ』
素直になっていた俺は、自分が自分じゃないみたいでなんだかおかしくなり、くすっとヘルメットの中で笑ってしまった。
バイクは国道だというのに、白線の外で止まっている。別に今となっては、信号なんてあってもなくても変わらない気もするんだが、そういうところはヒビネさんは恐ろしく真面目になる。
この街には、大きな川が流れていて、通学時にはいいBGMにしながら聞いている。というよりは、聞いていた、が正しい表記だろう。
川に架かっている小さな橋をバイクに揺られながら渡ると、すぐ横に車がギリギリ二台通れるような土手が続いている。土手の方にウインカーを付けて曲がり、(つけなくていいのに)またスピードを上げて直進していく。
『あの、いつ・・・』
と言いかけたところで彼女に言葉を塞がれた。
『ついたよ、ここ』
そう言いながら、彼女はバイクをゆっくりと道路わきにバイクを止める。
そこはいつも通学で通っていた土手の途中だった。内心、へえーこんなところ好きになる人なんだ、確かに川の流れる音がきれいだけど僕にとってはやっぱり見慣れてしまってる通学路。
彼女がヘルメットをとって、長い髪を左右に揺らし、髪を整える。
「ああ、いいところですね」
一応建前として、いかにも僕が初めて来た場所みたいな雰囲気を出しておく。
「あはは、なにそれ絶対、来たことあるんでしょ」
見抜かれた。
「すいません、実はここ通学路なんですよ、まあ、もう通うことはないでしょうけど。」
「そうね・・・もしかして、悪いことしたかしら私。」
「いや、そんなことないですよ、俺今すっごく気持ちいいです!」
言葉にするなら、そう-------生きてる。この言葉がお似合いだろう。ま、半分は死んでいるようなものなんだが。
へえー、と言いながら、人差し指を立てて、くいくいと上を見るように示唆してくる。
そこには、桜の木があった。
つぼみが芽吹きかかっていて、少しの間無意識にになり、ぼーっと見とれてしまった。
「これ、この町に来たときに見つけてさ、いつ咲くのかな~って、ずっと待ってるんだけど、
なかなか咲かないんだよね、ま、咲くまで見守りますか」
その時、風がちょうど僕と彼女の間に通り過ぎてヒビネさんの艶のある長い黒髪が、辺り一面にふわっと踊るように流れる。風を嫌がる彼女にも見とれてしまった、思春期だからだろうか。
「は、はい・・・・」
顔を朱色に染めながら、僕は硬直する。
「よし、じゃあ私もそろそろ走り出しますか」と伸びをした後、
降りないの?と言われたので、急いでバイクから降りて、ヘルメットを脱ぎ優しく手渡す。
「はい、確かに受け取りました」うふふ、と微笑むヒビネさん。
「それで、ヒビネさんは、僕の街を散策するんですか?」
「え?次のコンビニがあったら、転移しようと思う。」
艶のある髪を整えながら、ハンドルをぎゅっと握り直す。
そして青空を見上げて、あ、と小さめに言った後思いつくように答えてくれた。
「でも、もう少しで花火大会あるからそれまではここらへんぶらぶらしてよっかな」
「そうですか、分かりました。では、また後で。」
「じゃあ、本当にここでいい?」
「はい」
ふふ、黒髪ロングのヒビネさんは少し微笑んでいるようにも見えた。そして、ヘルメットを何度か付け心地を確かめながらつけて、クラクションを一度鳴らし、片手をあげて勢いよくエンジン音を鳴らしながら、去っていく。