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狐の小噺(短編集)  作者: ゆうがお
7/8

[Ma]淡雪



雪が降っている。

白い淡雪が静かに、灰色の世界に美しく積もっている。ほぅっと空中にはなったと息は白く染まり、ひらりと雪の花を押しのけ溶かした。灰の雲、灰の町、灰の地面に降り積もる白雪はそれに対比して一層白く、穢れなく見えた。それが大気中に巻き上げられた塵や埃がもとだったとしても、それは確かに白く、またそれをここで追及するのは無粋というものであった。ただ、瓦礫となった街にしんしんと降る雪は無機質で静かで、それでいて幻想的であった。


「こんな風景、見られるとは思わなかったな」


呆けていた原田に声がかかった。背にしていた三階建てのビルだったものの奥から、同僚の広瀬が出てくる。そして軽く体についた塵をぱんぱんと手で払うと、ざくざくと足元の砂利を鳴らしながら原田の横に並んだ。そして胸ポケットに手を突っ込むと、「あ」とその手を所在なさげに体の横に戻した。

原田はそんな静寂を乱す存在を横目でちらりと見た後、ひとつため息をして再び景色に視線を戻した。相変わらず空も世界も灰色のままで、どれだけ待っても色が戻ることはなかった。ただただ雪がしっとりと降り続けるばかりであった。


「これも戦争のおかげかねぇ」


広瀬はぼそっとそうつぶやくと、「へっ」と悪態をついた。そしてコートの襟を正しつつ、「先戻ってるぞ」と残して瓦礫をまたいでいく。原田はその様子を見送って、三度目を戻した。



 三か月間続いた戦争はすべてを奪っていった。もとから独り身であった原田は家族こそ喪わなかったものの、父母の墓が更地となった時は虚無を感じたし、自分の住んでいたアパートが骨組みだけになった時はさすがに堪えた。そして「新型の爆弾」を爆風だけながら食らったときは死を覚悟したし、そのあとがれきの中から出られたときは自分の生存にか、はたまたその生み出された惨状にかはわからないが絶句したものだ。

 五十キロメートル四方を塵に返し、さらにその先五十メートルを吹き飛ばしたそれはどうやら最近よく言われる「クリーンなエネルギー」によるものらしく、馬鹿げた威力と一切の後遺症のない破滅を各国に齎し回っている。而して原田はほろんだ国で生きる権利を得、そして今はわずかに残った生き残りと共に灰色の世界で這いずり回っていた。

 今現在は広瀬と共に比較的安全な地区を食料を求め探している。シェルター内には男女合わせて二十数名がいたが、そのうちの動ける男手はほとんど食料探しをし、残された女性は子供たちの面倒を見ていた。皆が皆、生きるのに必死であった。



 しばらく眺めて感傷に浸った原田はふぅとため息をついて、そして自分たちの拠点であるシェルターがある向こう三つ目の通りまで移動を始めた。ここらは爆風と熱線によって大規模な崩壊が起きた地区で、鉄筋コンクリートすら大きな瓦礫となって道をふさぎ、人々の命を絶った。道路の真ん中にいれば熱線と爆風で息つく間もなく消し去られ、生き残っても巨大な瓦礫の下敷きとなって助けを求めながら息絶える、そういった地獄がそこにあったのだ。その上に史上何千度目かの異常気象による雪が降り積もり、世界はしんと静まり返っていく。

 その中を原田はひたすらざく、ざくと進んでいく。瓦礫の上を渡る行為は非常に危険で、しかし一週間それを続けてきた原田には造作もない、とまではいかないが難しいことではなかった。しかし雪で覆われた瓦礫はまるで南極のクレパスのように合間合間の穴が命を奪う凶悪な罠となり、地雷原を渡るがごとくの慎重さが要求される世界となっていた。既に数名がそれに足を奪われ酷い怪我をし、二人は亡くなっていた。雪はこの二日が降り始めであったが故の悲劇だった。

 それだけではない。瓦礫の下になお残る暖気や日中の日の光が一度積もった雪を溶かし、そしてそれが深夜に凍ることで滑らかな氷となっていた。足の運び方を間違えればつるりと滑ってしまうのだ。一つの踏み外しさえ命につながるこの状況ではもはや即死の領域であった。

 原田たちはその中で、必死の精神力で瓦礫を渡り、瓦礫の中の缶詰などを拾うことによって命をつないできた。現代の缶詰は凄いもので、シェルターで生活する人々が何とか食いつないでいく程度は十分に見つかるし、食べることができた。さすがに栄養失調の心配は否めないが、それでも今は食にありつける喜びは堪らないものであった。


その晩も、薄暗いシェルターで電球を灯し夕餉が行われた。今日の戦果はトマトの缶詰二ケース、いくつかの豆の缶詰と、そして念願の白飯である。なんと白飯は一ケースもあり、二人は見つけたときは思わず子供のようにはしゃいだ。原田は内心相当焦がれていた白米に対して堪らない思いをし、そして広瀬も同じであった。

 

 二ケース見つかったトマトの缶詰と一ケースもあった白米のパックをガスコンロと水のペットボトル、そして鍋を使って調理していく。まず湯を沸かして白米のパックを温め、いい具合になったところでそれを引き上げる。残された湯の中にトマトと豆の缶詰を開けて即席のミネストローネに仕立て上げる。和と洋という組み合わせだが、しかしそれは何よりのごちそうに見えた。

 御飯のパックを開けて皿に盛り、そしてミネストローネを椀に盛り付ける。そして二人は「いただきます」と手を合わせ、ゆっくりとその雪のようにまっさらな御飯を一口食べた。咀嚼している間しばしの間が空くと、原田が


「ああ、うまい」


と一言つぶやいた。その一言だけであったが、それがすべてであった。そして広瀬も、


「ああ。久しぶりだ」


と返した。


 その後二人は喋ることなく、ただただ静かな夕食の時間を過ごしていった。芯まで冷えた体にはその温かみが染み渡るようであった。


ふと原田がシェルターの天井の空いたハッチから空を見上げると、そこには真ん丸に太った、いつも通りの月と、そしてきらめくいつも通りの星々が輝いていた。


 淡雪は降り続けていた。灰色の世界に、ただただ静かに、しんしんと。


ほぼ一年前に書いた古い短編です。

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