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狐の小噺(短編集)  作者: ゆうがお
5/8

樹海の社、大晦日

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

ずるずるずる、ずぞぞぞずぞ。


「いい曲だよね~これ」

「だよなぁ。ほんとに好き、独特の雰囲気っていうか」


ずるずるずる、ずぞぞぞずぞ。


「カラオケで歌いたいけど、歌詞覚えてないんだよねぇ」

「覚えりゃいいでしょうに」


ずるずるずる、ずぞぞぞずぞ。



先ほどからしつこく聞こえているのは二人が麺をすする音だ。炬燵に乗った二つの深いどんぶりには天ぷらそばが入っている。白狐が腕によりをかけてつくった一級品だ。

そんな二人は年末恒例の歌番組を眺めながら、ゆっくりと時間を過ごしていく。


外はの石畳は寒さで薄氷が張っていた。参拝客が来ればたちまち足を滑らせてしまうだろうが、この社に参拝客はいない。


簡単な話だ。この社は霧に守られ、神秘の奥深くにあるからである。人どころか、動物すら迷い込むことはほとんどない。

そんな場所にあるのがこの社。二人の、二匹の狐の社だ。



「ふふんふふふーんふふーんふふー」

「歌詞覚えてないなら歌わないの」


そんな二人の大晦日は、ただただ平穏だ。




「樹海の社」



番外 ”樹海の社、初日の出”







「あー、いよいよかぁ」


数時間前にさかのぼる。

お昼を簡単に済ませた二人は、年末恒例の行事、つまり、大掃除に取り掛からんとしていた。


「マスクよし、はたきよし。髪の毛を覆う三角巾もよし。エプロンよし、靴下もそろそろ捨てるやつ。雑巾、布巾、ティッシュ、スプレー。準備万端だね」


一通り確認してにっこにっこの笑顔の黒狐は、いざ、と台所周りの掃除に取り掛かった。


まずは水回りの掃除だ。一年ずっと掃除していなかったわけではないが、やはりそこそこに汚れてしまう場所だ。とくに油の飛びはねなど、いやな汚れも多い。黒狐はそれらを丁寧に掃除していく。重曹や洗剤などを駆使していくと、みるみるうちに汚れが落ちていく。

そんなこんなで、換気扇のファンやらシンク周りやら、コンロの如くやらの掃除をてきぱきとしていく。

実は黒狐はこういった掃除が得意なのだ。散らかっているのは彼の性に合わないし、なにより彼の”力”とも相性が良い。汚れも穢れも似たようなもので、払い祓っておかないと気が済まないたちなのだ。


次に洗面所、お風呂とお手洗いだ。少々くすんでしまった色を磨いてきれいにしていく。それが終わればいろんな家具をいったんどかして、そこに掃除機をかけたり、外に干した布団をはたいたり、東奔西走だ。家の中を行ったり来たりしながら、確実に掃除をしていく。



「ええっと、この本はこの本棚に置くべきものでしょ。この雑誌は多くなってきたからここから先は捨てて…でも、うーん、ちょっとこの号は捨てたくないなぁ」

一方でそのころ白狐はというと、片付けと整理を任されていた。というよりも、彼女の方がモノが多いのである。何かと読書家な彼女は雑誌も本もそこそこ買うので、いつも本棚は様々な本で埋まっていた。いくつかの種類の本─面白くない、という注釈付きだが─はもちろん古本屋や知人に譲ったり売ったりしているが、それでもなかなかの数である。特に物語、ファンタジーや動物モノが多く、それをそれぞれ吟味しながら奥にしまうべきか、捨てるべきか、それとも表に出しておくべきかを考えるのだ。


「あっ、そうだ」

白狐は思い立ったようにしまってあった大きめの白紙のスケッチブックを取り出し、そして鋏で雑誌のページを切り始めた。

スクラップブッキングである。確かにこれならば、ある程度物量を減らしたうえでとっておきたい記事を残せる。


しかし、それをやりだすと、時間はあっという間に過ぎてしまうことを彼女は知らなかったのである。


* * *


「申し訳、ありませんでしたぁーっ!」

見事な90度だ。白狐は見事な角度で黒狐に謝っていた。理由は前述の通り、結局スクラップブッキングにはまりすぎて、黒狐が夕方に見に来た時には美しい作品が出来上がっていた。大量の放置された段ボールを置いて。

「いや、いいアイデアだと思うよ?うん?だけどさぁ?掃除しよ?」

黒狐はにこにこと怖い笑顔で笑いながらそう告げた。

白狐がいつもの数倍の働きをしたのは言うまでもないことだ。



そしてやがて、夜がやってくる。


二人はなんとか掃除を終えて、冒頭に戻るわけだ。

ずるずる、ずぞぞぞとすする音と、有名な楽曲がテレビから流れ続ける、静かな大晦日。


ぽつり、と白狐は言った。

「クロはさ」

「何、姉ちゃん。かしこまっちゃって」

そう茶化す弟に、姉は苦笑いをしながらこう言った。


「きっと、来年よね」


そう言われて、弟もすぐに真顔へと戻る。

そして、ゆっくりと頷いて、「そうだな」と言った。


「来年、かぁ。早いわね」


「早いな」


二人は暫く黙る。鐘の音が、ゆっくりと鳴り響く。


「忙しくなるな」

「忙しくなるわね」


そして二人は同時にそういって、お互いを見合わせてくすりと笑った。


来年。始まるのだ。

すべての物語が、紡がれ、紡ぎ始める。


それを知っているふたりは、ただただ、静かに新しい年を待ち続ける。




─夢を、いつまでも見続けていられるのなら、あなたはどうしますか。


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