[Mo]骨董屋
えっ、お客さん?
びっくりだ。
まぁとりあえず、いらっしゃい。つまんないとこだけど、ゆっくりしていってね。
えーっとなんだろう。うん、そうだなぁ、せっかくだから一つ、お話を聞かせてあげようか。
いやまぁ、つまらない創作なんだけど。
聞いてくれるの?やったね。
まぁそういうことで、よいしょっと…うん、これが良いかな。
それでは、このノートから一つ、お話を。
骨董屋
[Mo]
「道に迷った」
町を行き交う人々の喧騒の中、少女はそうこぼした。
この街に引っ越して早三日が経とうとしていた。春の日差しはさんさんと薄手のローブを温め、長く日向にいれば汗ばむほどである。時折強い春風が煉瓦の道から砂埃を軽く巻き上げながら町を通り抜ける。道行く人はみなせかせかと歩いており、日常に勤しんでいる。東の通りのベーカリーがちょうど焼きあがったパンの香りを風に乗せ、西の通りの八百屋ははきはきとした声で客を呼び込む。土色になった煉瓦の道は春の日差しを受けて熱を帯び、逆に日陰の煉瓦は今朝の露を含み湿り冷えている。
少女はその喧騒を澄んだ緑の目に映しながら、しかし軽い恐怖と困惑を同時に浮かべ、辺りを見回す。
―そして。
視界の端の、裏路地に目がとまった。
近づいてみると、その路地は行き止まりになっていた。他の路地であればならず者が徘徊するであろうその場所に、店があった。
ステンドガラスがはめ込まれた木のドア。薄灰色の格子の入った窓。
看板はなかった。
そこから中をのぞくと、木彫りの熊から綿のような何かまで、雑多なものが並んでいた。
少女は、それらに吸い寄せられた。少女は、この店が何かが違うような気がした。何かが間違っているようにも感じた。軽い恐怖が足をすくませた。しかし、目は品々から離れなかった。まるで誘蛾灯に寄り付く虫のように。まるで魅了のついた小童鬼のように。
少女は意を決してその店に入った。
「こんにちは、誰か居ますか」
少女は勇気を出してそう声を出した。しかし、その声は決して大きいとは言えなかった。少女の心の中でよくわからない期待と得体のしれない恐怖がせめぎあっていたからである。
それは様々な品々から感じるかすかな魔力のせいだろうか。ここにある全てが魔法の品なのだろうか。しかしその考えは裏路地の怪しさと、陽の光がかすかなステンドガラスからしか入ってこないせいの先入観からなのだろうか。
一秒一秒が、とても長く感じる。
「あれ」
時間にして三分満たず、奥から一人の少年が出てきた。
(ひっ)
少女は内心ドキッとしたが、それが人間であることをきちんと確かめられると安堵の息をついた。
背丈は165センチぐらいだろうか。
髪の毛は黒。なんの変哲もない黒の髪に、蒼の眼をその東洋風な顔立ちに収めている。あまり好みではないな、と少女は思った。
黒を基調としたローブを着ている。
「えーと、どうしたのかな?あまりじろじろ見られても困るんだけど」
「あっ、す、すみません」
少女はその無遠慮ともいえる視線をただした。
「で、まぁ、ようこそ、いらっしゃいませ、骨董屋、『アルカイズム』へ」
アルカイズム。
それが、この店の名前らしい。
アルカイズムとは、何だったか。確か、古典的なものへの回帰的な主義だったか、と少女は思い出す。
骨董屋が、懐古的な名前。安直だな、とも思った。
「本日は何をお探しに?『身軽』な羽?『貫く』鉛筆?それとも、もっと色物で『とろける』チ...いや、あれはちょっと色物過ぎるかな?まぁ、『変なもの』は大体あると思いますがね」
商売である。こんな骨董屋、普通の人間は入ってこないだろう。こんなにもわかりにくい場所にあるのだ。きっと、裏の世界に通じていたりするのではないだろうか?
少女はそんなことを想像した。
「いえ、私は...」
「おや、違うんです?」
間髪入れずに会話を入れてくる。やり手の商売人だ。裏の世界を生きるのはそう簡単ではない。だが、やはり、当たり前だが、とても話しにくい。
「ちょっと、メル!」
と、その後ろから声が聞こえてきた。
その声の主は銀に近い白髪を短めに流し、ローブを上半分だけ切り取ったような変な白い服と青いズボンをはいていた。
「お客さんをからかっちゃダメでしょ!」
顔立ちは黒い方とよく似ていた。兄妹だろうか。どことなく異国風な感じである。
「あはは、申し訳ない」
そういって黒い方は謝った。緊張がすっと緩む。力の入っていた肩がストンと降りるような感じである。
「で」
そして、黒い方は続けた。
「どうしたんだい?こんなところまで来て」
* * *
「あらま、迷子かぁ。確かにこの町はちょっと迷いやすいよね」
黒い方が頭に手を当てながらそう言った。どことなく演技をしているような雰囲気である。深い蒼の瞳がどこへともなく投げかけられた。きれいな目だな、と少女はふたたび思った。
「それも、お引越しした後じゃぁねぇ...いい街だけど、ごちゃっとしているのよね」
そう白い方が上の方の棚の埃を軽く払いながら続ける。白い木の棒の先に綿の塊みたいなものがついた棒をくの字に折り曲げたような形をした変な道具を使って、器用に道具と道具の間を掃除している。毎日掃除しているようで、そこまで汚れてはいないようだった。
「ごちゃっとしているのは雰囲気ではいいのだけどね、歩くとなると二週間は地図がいるよねぇ」
「確かになー...人通りも多いし」
この町はずいぶん古くから存在しているようで、ここラクレン公国が成立してから三番目に作られた街なのだそうだ。交通の要衝ということもあって、絶えず人が出入りし、街並みは無秩序に肥大化した。観光するにはとてもいい立地だが、地図をなくすと途端にどこにいるのかわからなくなると人々はよく言う。知る人ぞ知る穴場スポットを探すにも、危険の少ない裏道を正確に通らないとならず者に出会う危険性も低くはない。とはいえ、ほかの町よりは圧倒的に治安はいいのだが。
「まぁ、そういうことなら」
そういうと黒い方はカウンターの中を覗き込むと、ガサゴソと物を取り出した。それは地図だった。つい最近の「版木革命」とも呼ばれている技術で、地図や本は一斉に価格が下落した。しかし、少女は慌てた。
「あっ、...大丈夫です」
「いやいや、そんなこと言わずに、持ってきなよ」
いえ、そうではなくて、と少女は続けた。「お金がないので...」
そう、革命によって下落したとはいえ、それでも一枚で高めの魔法具が買えるような値段である。少女はそんな量の金を持ち歩いているはずもなく、また足元を見られたらどれだけの金額を吹っ掛けられるかもわからない。少女は知っていた、商人である父の知り合いが似たような話で有り金をほぼほぼ失ったということを。警戒するには十分だった。
しかし、白い方はその予想をいともたやすくひっくり返した。
「持っていきなさい。お代は結構、持っているところはあまり見られないようにね」
少女は目を見開いた。何を言っているのこの人?少女はそう思った。地図の価値を理解していないのか?いや、と少女は思った。きっと、お金持ちのボンボンか何かなのだろう。だから、地図一枚の値段をそう高く思っていないのだ。そう考えると少しかちんときたが、それをおくびにも出さずに少女はぱぁっと喜んだ。
「ほ、本当ですか!ありがとうございます!大事にします!」
「うんうん。それでいい」
少年も満足げにうなずいた。少女はしてやったりとも思ったが、すぐに罪悪感にさいなまれた。もしかしてただの「いいひと」なのではないか。というよりも、もしここで地図をもらえなかったらどうなっていただろう。やろうと思えばこの人たちは自分をさらって人売りに出しても何ら問題はないのだ。生殺与奪の権利は向こうにあるのだ。そうかんがえると、自分の考えの愚かさにふらりと少女はたじろいだ。
そして、少女は決心した。
「えっと、それじゃぁ、あれ、二つください」
少女が指さしたのはお守りのようなものだった。ただそれはきれいな布の袋に包まれた何かだった。中に入っているのは見えない。
「おっ、買ってくれるの?嬉しいな。二十エーだね」
白い方が棚から袋を取り、黒い方がお勘定といってトレイを差し出した。少女は銅色の硬貨二枚をトレイに置くと、白い方から包みを受け取った。とても軽かった。中には黒い種のようなものが入っていた。
「それは幸運のお守りだよ。ピンチの時、どうしようもないときに神様が少しだけ味方してくれる、ってやつさ。胡散臭いけど、僕らの土地ではよく信じられたゲン担ぎなんだ。保証するよ」
黒い方がそういった。適当に選んだものだったので、そういうものとは思っていなかった。せっかくだからもう一つをあの人にあげようか、と少女は思った。
* * *
「ありがとうございます、このご恩は忘れません。また来ます!」
「ありがとね、気を付けて」
「じゃあな、今度は迷うなよ」
二人に見送られながら、少女は裏路地を後にした。
真上にあった太陽はいつの間にか少し傾いていた。親が心配していると考えた少女は少し足を速めた。
向かいの通りのベーカリーからやさしい甘いにおいが漂ってくるが、それも我慢した。
時折地図を覗き込んでは、少女は喧騒の中をすいすいと走っていく。
少女はいつしかスキップになっていた。優しい春風の中、少女はスキップしていた。足音がたたんたたんと響いた。
少女はなんだか幸せだった。ただただ、幸せだった。果たしてこのお守りをあの人に渡したらどんな顔をしてくれるだろうか。いつものように、少し無精ひげの生えた顔をくしゃっとして笑って撫でてくれるだろうか。
喧騒の中、たたんたたんという靴音がやけに大きく響いていた。
[Mo]骨董屋 了
※5/5 Mo表記と前書きを追加。誤字を訂正。