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エリーゼのために3

数日空きましたね。

続きをどうぞ。

まだ読んでる人は世界一凄い。いやほんと。

首府は大陸の南部に築かれた、南部においてはほぼ最後の人間の国と言える、大きな国家である。

北側には見上げるほど大きな壁を持ち、南側には生物の住めない凍土が広がっている。

半円状に広がった地形をしており、壁の近く、中心から最も遠いところがいわゆる貧民層の住むごちゃごちゃとした路地だ。この路地には首府中央での法律は機能していない。ただそこに住む住人のルールが守られていたりいなかったりするのみである。ただ、殺人などの行き過ぎた犯罪行為には自警団が動くようになっている。

路地から中央まではなだらかな坂道になっており、中央からは国の様子が一望できる。

この混ざり合った集合住宅街から坂を登り、それを抜けると鉄柵がある。それを跨げば、富裕層の人間が住んでいる。

この地域には、金で土地と家を買えば誰でも住むことができる。

貧民層で一儲けしたり、不意にまとまった金を得た人間は、時折この地域に居を構えることがあるが、あまり多くはなかった。

それでも、路地の次には人間が多く住んでいる。

富裕層の住んでいる地域を抜けると、突然家がなくなり、森になる。もちろん人口的に作られた森であるが、その奥に何があるか、直接は見えないようになっていた。

その森を抜けると、中央にたどり着く。

中央は上流階級の人間が住んでいる地域と、首府を動かすための建物が建っている、街というよりは機関である。

中央は上流階級が住んでいるということは知られているが、何をしているのかはあまり知らされていないため、ここに住んでいる人間を除いて、富裕層や貧民層の人間は首府の実態をほぼ把握していないと言っていい。

上流階級はその家の血はほとんどが絶え、無くなっている。

未だに続いている家は、家の者同士で結婚し、血を濃くしているか、親戚の家から養子をとったりして名前だけでもと弱々しく生きている。

そのため、上流階級は大抵の場合上品な性格をしておらず、とりわけ長く続く名家は破綻した性格の者が多かった。

その、中央。

中央において最も目立つ、いや首府のどこにいても見えるほど、シンボル的な建物である中央塔。

白い石で作られた建物に、およそ人が働く場所とは思えない敷地に、アスターはいた。

着慣れない正装を着て、中央からの呼び出しに応えるためだ。

コツコツと踵の音が木霊する。視界には人の影さえも見えず、何をどうしたのか自分の影も床にはついていない。

壁のみならず床も天井も、ドアも家具も花瓶すらも埃一つない純白の空間は、本当はここが天国なのではないかと錯覚させる。


「…“索敵開始”」


ー出力は?


「微弱でいい。側にいても気づかれないくらいに」


ー了解。索敵開始。設定レンジ内に生物反応はありません。索敵阻害されているようです。


「…なんだって?」


意味がわからない。

首府の頂点に位置する人間が、わざわざ自動人形の索敵を阻害する意味があるのだろうか。

索敵阻害はそもそも自動人形の標準装備ではない。五世代と七世代だけに搭載された、ひどくマイナーな機能だ。そんなものに対策をしていても、苦労ばかりするだけで得がない。


「…考えてもわからないな」


この塔には窓がない。

乱反射した天井からの光は、先の様子までをはっきりと映し出しているが、どこを見ても真っ白であるため代わり映えがない。

人間がここで働いていたなら、三日と経たずして気を狂わすだろう。

塔の中は円形になっており、外周を歩けば徐々に上の階層に上がっていく。窓が付いていないため外の様子は見えないが、内部の構造は入り口から全く変わらず、同じドアと同じ花瓶と同じ花が同じ大きさと同じ向きで設置されている。

天井からの光はいかなる構造かどこにいても同じ強さで当たり、そしてどこを歩いていても自分の下に影はなく、傷や汚れのない潔白な空間だけがある。

その上まっすぐ歩いていけば気づかない程度に道幅が狭くなっており、いずれは壁にぶつかるようになっている。

同じところを歩いているはずなのに壁にぶつかるため、頭の中は疑問符だらけだ。


ー認識の自動補正を開始。地形の立体読み込みを開始しますか?


「いや、いい。どうせ読み込み関係は阻害されているだろうから」


ブレかけた思考回路を無理やり元に戻す。自己診断プログラムは、こういった精神に関係する事象に強い。

本来は会話などの攻撃に対する防御なのだが、自動的に動いているあたり、これは相当だ。

塔の最上層に登るまで、かかった時間はおよそ三十分程度だったが、それにかかった時間の全てが虚無だったと言えた。


「あら、遅かったわね」


最上層、大きな扉の前でエリーゼはアスターを待っていた。

もちろん、この大きな扉も真っ白である。

エリーゼはいつものように白衣を着ている。どこにいても白だらけなのは気分が悪い。


「よく平気で登ってこれたな」


「私は慣れてるからね」


そんな問題ではない気がするが。

アスターは突っ込むのを諦めた。

最上層に登ってくるまで、自動補正が五回かかった。思考回路を麻痺させる毒ガスを撒かれた時とほぼ同じくらいである。

それを慣れているからと平気で言われてしまったら、人間なのかどうかさえ怪しい。


「さ、入って入って。偉い人が待ってるから」


「君は?」


「側で見てる。流石にこの場所にずっといたら暇だからね」


「…さいで」


この中央にいる人間の感性は自分とは違うのだ、そういうことにして納得する。

白い扉は天井に無造作に繋がっており、扉と扉のつなぎ目は見えないようになっている。言われなければ一枚の壁に見えるだろう。

扉は何の音も立てずに開いていく。

扉を開けている人間は、いないらしい。


「ようこそ。お待ちしておりました」


霧の向こうから聞こえてくるような、色のない声がする。

扉の先の空間は閑散としていて、これまでと同じように白だけでできていた。

白いレースの幕の向こう側に、人影が見える。

装飾で姿が曖昧になっており、男なのか女なのかは定かではない。先ほどの声も、くぐもっていてわかりにくいものだった。


「……」


アスターは無言でその場に膝をつく。

北部の礼儀しか知らないアスターにとっては、こういった場面はなんとも居心地が悪いものだった。


「顔を上げてください。わたしは貴方に礼を言いたいのです」


「…は」


顔を上げろと言われても、上げたところで相手の顔は見えない。

こちらの顔は相手から見えるが、相手の顔はこちらからは見えない。位の高い人間との話は、苦手だ。

これは会話ではない。ただの問答だ。

システムから問われたことを、間違えなければ気に入られる。そういう類の決められた儀式なのだ。


「この度はこの首府を守っていただき、心よりお礼を。ありがとうございます。これが気まぐれでないのなら、この首府のために、また力を貸してくれると嬉しいのですけれど」


言葉は優しく、そして喜びを紡いでいる。

しかし、何の抑揚もなく、そしてただ無機質な声はとても冷徹なものを感じさせた。

いや、これは受け取り手であるアスターの主観なのだろう。アスターが南部の人間を心の底で嫌っているから、そういう風に取っているだけだ。

この声はただの無なのだ。

システムとはそういうものなのだ。

そういう意味では、アスターの方がずっと人間らしい。


「勿体ないお言葉です。あの戦いはただ利己的な理由で行ったものでしたから、そのように言われることはとてもお恥ずかしい。これからの予定はわかりませんが、縁があればまた力になると誓いましょう」


「…貴方のような方が首府に来てくだはったことを、天に感謝しなくてはなりませんね」


アスターは今帽子をかぶっていない。

相手から見れば、山向こうの人形であることはわかっているはずだ。

それでも、相手は全くそのことに触れてこない。意図的に避けているわけでもない。

そのことは、重要ではないのだろうか。

山向こうでは竜は北部で生まれたものだと伝わっているはずだ。そのことで敵視するから、南部の上流階級は竜を特別憎んでいるのだ。

そういう話を、聞いてきたのだが。


「時間を取らせましたね。首府に住むのでしたら、住処を用意しましょうか?」


「いいえ。申し訳ありませんが、埃にまみれている方が好きなものですから」


酷い答えだ。

全く美しくない。

埃を被るなら、あの調整室で寝転がっている方がまだマシだろう。

それでも、中央にいたくはない。

相手が悪いのではない。

ただ、自分が嫌っている存在がずっと周りにいるという事実が自分に何か良くないことをさせるのではないかと、勝手に不安になっているだけだ。


「わかりました。では、また会いましょう」


不釣り合いな別れの言葉と共に、幕の奥にいる何かは姿を消した。

あれが首府の頂点に位置する人間、南部首府特別地域大統領なのだ。

最後の人間を管理する、最高のシステム。恐らくは、あれも普通の人間ではない。

人間を守り続けるためには、人間は不必要なのだ。だからあれはそういう風にできている。


「まぁ、標本にしないだけマシか」


「妥当な表現ね」


ずっと黙っていた、いつの間にか側にいていたエリーゼが声をかける。

エリーゼの声は、なぜか随分と久しぶりに聞いたように、暖かく耳に届いた。

南部は年中寒いです。

アスターは北部、温暖な環境に適応した機体であるため排熱機構が強く、ついでにケーブルの耐久性が低い。

南部では珍しい、全身に排熱機関を持っています。

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