エリーゼのために
「室長!残機三です!」
ドタドタと忙しい足音が部屋に響く。
簡素なベッドが部屋には並び、そこには傷だらけの人形が動かないまま寝かせられている。
首府の調整機関は、急造で作られた。
名工と知られたカティル卿が亡くなってから、急いで残された書籍を集め、技術を真似し、そして人形を直している。
自動人形の複雑怪奇な仕組みを完全に作ることなどできず、直すしかないため、この調整機関はそれなりに首府の中央でも贔屓されている。
それでも人員に比べて仕事量はずっと多い。
「わかったわ!あと、例のも回収したら持ってきて!」
自動人形は壊れても壊れても、コアさえ破壊されていなければ部品を継ぎ足すことで直すことができる。
兵器としての持続性はいいが、いかんせん今の技術では直すまでに時間がかかってしまっていた。
「室長!届きました!」
部下の一人が部屋に担架で運び込んでくる。
真っ黒な人形。外装が剥がれてしまっているのだろう。
「酷いですねこれは…」
「えぇ。それに…」
頭には、何かを被っていたらしい布がこびりついていて、その布に守られていたように、真っ黒な髪の毛が生えている。
「山向こうの人形、ですか」
帽子で隠していたのだ。
この季節に帽子をかぶるのは不自然ではない。だから気にも留めなかった。
自動人形が帽子をかぶる必要などないのだ、本来は。
このために中央に行くことを警戒し、そして拒んでいたのだろう。
「どうしますか、室長」
「直しましょう」
「…しかし、」
言いたいことはわかる。
敵だった兵器を直すのは危険だ。暴れたら、止めることができるのは人形だけ。それも、この部屋にはいない。
「彼、こっちの言葉を喋ってたの。…それに守ってもらったんだもの。お礼くらいは、ね」
「わかりました」
言葉では引き下がっても、納得はしていないだろう。
それほどまでに南北の敵視は強い。だがそれも、拡大解釈のようなものだ。本来憎むべきではなかったものを、ただはけ口として憎んでいるだけ。
それがわかっているから、恐らくこれは守ってくれたのだ。
「起きれたら、また会いましょう」
順序を守り、先に残っている自動人形を直す。
これ、アスターを直すのは、個人的な趣味みたいなものだ。
「…室長?室長ってば、そろそろ寝ましょうよ、ね?」
「もう少し、もう少しなのよ…」
「それ言い始めてから何時間経ったんですか…」
「うー、この場所だけだから…」
「それもなんども聞きましたから…」
急ピッチで仕事を終わらせた後、いそいそと体を開いたのは良かった。
外装の剥がれた肌を切るのは容易かったし、多少焦げた肉の匂いもそこまで気にはしていなかった。
しかし。
『こ、これは…』
『室長、これ、改造機体ですよ…』
ありとあらゆる場所がこちらの自動人形とは異なるそれに、笑顔を引きつらせた。
まず、コアがどこにあるのかわからない。
自動人形の修理は、コアをまず確認するところから始まる。そこに傷をつけたら、もう直すという話ではなくなるからだ。
だから最も慎重になってコアを探す。
だが、それを探すだけでかなりの時間を要した。
加えて相当無理をしていたらしい肢体はあちこちが崩壊しており、というよりも壊れていない場所がないくらいぐちゃぐちゃになっていた。
回路はほぼ全断されており、肉は焦げて固まり、肝心のコアは肉に張り付かれてよくわからない塊になっていたのだ。
しかも幾度となく改造を加えられており、資料に載っているような世代ごとの修理術がまるで通用しない。
困難に困難を極めた修理は、深夜遅くなり、部下たちが帰ってもまだ続いていた。
「室長、もうほんとにそれが終わったら部屋に連れて行きますからね」
これを言っているのもすでに三回目である。
なんだかんだと言って、あれとってこれとってと命令されると従ってしまう辺り、相当部下として体に馴染んでしまっているのだ。
「う、あれとこれをつないで…」
「しーつちょうー!もうダメです。今日は終わりです。寝ますよ、帰りますよ」
「あぁー!まだ終わってないのにー!」
泣き声をあげて手を伸ばす。
子供みたいな真似はやめて欲しい。
「人形は逃げませんから!あと貴女二徹目でしょう!」
室長が過労で倒れるのはやめていただきたい。
ただでさえ金食い虫と言われているのだ、過労の入院費を入れるわけにはいかない。
「うえぇーばかぁー」
キメ顔で直したいと言っていた時の若干の感動を返して欲しい。
未知の機体をいじりたいだけなのだ、恐らくは。
「僕も手伝いますから、ね」
それは、自分も同じなのだけれど。
室長を室長室のベッドに放り込み、寝たことを確認して自室に戻る。
室長は、眠くないのだと意地を張りながら、しかしすぐに睡魔に負けて寝息を立て始めた。
室長の眠りは浅い。
子供の頃からそれは変わらない。少しの物音でも起きてしまう。
ただ、今日は無音だった。
その無音の空間は、五時間程度経った後に、突然破られる。
「あぁっ!あそこをああすれば多分いける!」
夢の中で何を考えていたのだろう。
ワーカホリックの室長にとって、寝ていることと悩んでいることはあまり大きな差はないのかもしれない。
布団を足で蹴り上げ、ほど近い作業室にこそこそと戻る。面倒な部下を起こしてしまわないためだ。
「ふっふっふ。今思いついた必殺の修理法を喰らいなさーい」
不気味に光る道具を両手に、それよりも一層不気味な笑顔を浮かべて修理に取り掛かる。
厄介な相手ではあったが、それでも天才には勝てないのだ。
不規則に巻きついた回路を直し、新しいものを組み込む。
外装は、動くまではそのままにしておいた。
あとは動力が確保されるまで待っていればいい。
しばらくした後に、ヴヴと重い音がなる。起動したのだ。この瞬間だけは、この仕事をしていて良かったと思える。
「…起動確認。貴女が直されたのですか?」
無機質な声。どちらかというの女性のそれに近い。記憶の中のアスターは、少なくともこんな話し方ではなかったはずだ。
「えぇ。私は首府の調整機関、修理室の室長をしているの。エリーゼ・ティ・ガペルトアよ。あなたは…自己診断プログラムかしら」
「ガペルトア…なるほど。寝たままで話すこと、及び昨日の無礼をお許しください、故郷の意思を継ぐ人。えぇ、私はこの本体の自己診断プログラムです。今は本体の人格構成に時間がかかっているため、私が表に出ています」
「自己診断プログラムが表に出るなんて、あんまり聞いたことないけど」
エリーゼは首を横に振った。
寝不足で頭が重い。少し話したらまた眠ったほうがいいだろう。
「そうですね。しかし、必要になればそうすることもできるというだけの話です。私だけができるわけではありません」
「そうなんだ。それは初めて知ったかも。…あ、調子はどう?勝手に直したから、不具合とかは」
「調べましょう」
そう言って、静かに目を閉じる。排熱部が少しだけ開き、赤い線が体に入る。
「問題ありません。直していただき、感謝します。直しにくかったでしょう」
「…そうね。ちなみに、何回くらい改造したの?」
「参考データを。…起動から五年四ヶ月十三日。改造回数は一三二八回、その内成功は二二七回、失敗が一一〇一回です」
「…道理で原型とどめてないわけだわ。山向こうの人形ってだけじゃなかったのね。変なものが入ってたもの。木の棒とか石ころとか」
「戦闘中に補強材として使用したものですね。性能が低下していたことは自覚しています」
エリーゼは椅子に腰掛けて、寝たきりになっているアスターを見る。
「ごめんなさい、まだ外装をつけてないの」
顔の肌まで完全に黒くなっているのは、少し不気味だった。そこに紅く光る瞳も、より一層雰囲気を作っている。
「構いません。内部構造だけでも直してくださったことに感謝します。失礼ですが、私を直して良かったのですか?」
「…なぜ?」
恩人を助けることは当たり前だと、エリーゼは思っていた。
それを問われることなど、部下ならまだしも本人が言うとは考えていなかったのだ。
いや、わかっているから、聞いたのかもしれないけれど。
「私は山向こうの人形です。貴女が直したのなら、理由があるのではないかと」
「あなたに助けてもらったから。私も疑問だったの。なぜあなたが守ってくれたのか。ここを守る義務なんて、あなたには無いはずでしょう?」
少し考えたように、黙り込む。
自己診断プログラムの演算速度は人間のそれとは異なる。言いにくいとか、そう言う理由で躊躇ったりはしない。
だから、考え込むということは普通はあり得ない。
自己診断プログラムのそれよりも低い声で、アスターは答えた。
「待ってる人が、いるんだ」
「…起きたのね」
アスターは体を起こして、エリーゼの方を見る。エリーゼの青い瞳に、アスターの黒が映っている。
「ここに来る前は、小さな村の護衛のようなことをしていた。そこには小型の竜しかいなかったから、僕一人でも守れたんだ。…でもある時、大きな竜がやってきた。その村には調整士がいなかったから、自力で直していたんだけど性能は徐々に落ちていた。村の人を逃がすことができたはずなのに、僕は途中で動けなくなってしまった。そして、その村は無くなってしまった」
アスターの言葉は、自己診断プログラムとは異なり熱と色を持っている。それでも、アスターはできるだけそれらを無いようにして話しているようだった。
「村の外れで動けなくなっていた僕に、人形が話しかけてきた。その人形はシオンと言って、僕を少しだけ直した後、僕に色々な話を聞かせてくれた。最後に、彼はこの世界を変えるのだと言っていた。僕にそれが嘘や虚言には聞こえなくて、ここまでやって来た。…ここを守ったのは、彼が金髪だったことと、彼が待っていてくれと言ったからだ。首府では最近人形が集められていると聞いたから、ここにいるのではないかと思ったんだよ」
それは事実だった。
竜撃戦以降、戦力を首府に集中させようとする動きが起こっている。
南部の他の村の住人を受け入れたり、少しではあるが開拓をしている。
その中に、アスターの待ち人がいるかどうかはわからないのだけれど。
「…そう。でも、守ってくれてありがとう。あなたがいなかったら対竜砲は間に合わなかったから」
「そうだ、あの後はどうなったんだ」
「あなたがあの時どうしていたのかはわからないけど、竜が来るギリギリで対竜砲が間に合ったの。近くの路地は吹き飛んじゃったけどね…。その後外に出ていた人からあなたの話を聞いて、ここまで運んで来たのよ」
対竜砲は首府の、いや人間にとっては竜に対する明確で最大の反抗だった。それの存在は、南部の人間にとって自動人形のそれよりもはるかに大きい。
自動人形は所詮対竜砲までの時間稼ぎ程度でしかない。少なくとも、この首府では。
「…そうか」
無駄にならなくてよかったと、アスターは呟いた。
アスターの顔に光が当たる。
朝日が昇って来たのだ。
「あなたが守った今日ね」
「…そんな大層なものじゃない」
「ふふ、おかしい人。じゃあ、私はまた寝るわ。あなたも、嫌じゃなければまたここで会いましょう」
エリーゼは眠そうに欠伸をすると、白衣を少し引きずって部屋に戻っていった。
「やれやれ」
アスターも倣ってベットに寝転ぶ。
また起きるまでに、もう一度システムチェックでもしておく方がいいだろう。
どちらにせよ、アスターにできることは少ないのだから。