竜と人形
自動人形
スモークウォーカー。
千年程度前に開発され始めた戦闘兵器の総称。
一世代から九世代まで存在し、世代ごとに戦闘能力の変化がある。
戦闘を重ねると発熱し、それを排出する際には身体中から蒸気を噴射する。
人形に改造される前の記憶を持っているため、ひどく人間的な行動をとる。寿命自体はないが、基本的に五十年程度でガタが来る。
大陸の南側に生まれた人間は、金色の髪に青や緑の瞳を持つのが一般的で、反対に北部に生まれた人間は黒い髪に黒い瞳をしている。
見た目の違いや文化の違いは言語や態度にも現れたが、その全てを竜は破壊してしまった。
山を越えて領地を併合しようとしたいつかの野望は消え、現在では山向こうがどうなっているのかもわからない。首府最大の対竜装備が、それがあると言うだけで有名になるのだから相当である。
本来は違う目的で生まれた自動人形達は、竜に対抗し得る戦力として、度々戦いに赴いていた。
だが、それも時間の問題であろう。自動人形は同族殺し以外には向かず、また長期戦闘に対応しているのは流行らなかった七世代目だからである。
数百年の歳月が経とうとも、竜を安全に倒すだけの戦力や技術を、人間は持ち合わせていなかった。
「あなた、自動人形?なら首府の調整機関に行った方がいいと思うけど」
「それは彼にも言われたよ。それに、あまり僕はあそこには近づきたくない」
アスターは帽子を被ったままで、二人と会話している。山向こうの生まれがここにいると言う事実は、誰も言いふらさないにせよ告げ口されるにせよあまり知られていいものではない。
少女の髪の毛は、毛先の方が銀色になっていて、奇妙に光って見える。
「そう…まぁ、いいけれど」
「レディ、俺はあんまり良くない。というか、今日は来ないはずじゃなかったのか?」
「緊急よ。本当に来ないつもりだったんだから。一月前の竜撃戦は覚えてる?」
アスターの知らない話を二人はしている。居心地の悪さを感じて、部屋の壁際にある椅子に座って二人を眺めていた。
北部生まれであるアスターには南部の人間が皆同じように見える。似たような身長なら、その辺りにいてもこの二人だとはわからないだろう。
「あぁ。あの偉い小太りの貴族が進言してたやつだろう?あんまり皆乗り気じゃなかった」
「ま、そういうことよ。被害が大きくて、今直してるんだけど、部品がないかなと思って」
この言い草からするとこの少女は首府の調整機関とやらに関わっているらしい。先ほどの発言は少し軽率だったかもしれないと、心の中で反省する。
「残念だけど、そっち方面の部品はないね。父さんの遺物を持っていったのは君だろ?」
青年はぶっきらぼうに言った。肉親の形見を奪われたのならば、それは納得もできるが。
「そう、なら…」
少女が諦めたように振り返った瞬間、大地が強く揺れる。
ガタガタとなる金属音。工房中の道具がぶつかりあって喚き出す。
低い鐘の音が響く。
轟音に似た音がいくつもぶつかりあい、洪水のように耳を震わせた。
「これは…!?」
「竜が来たのよ!!」
少女は言うなり走り出そうとする。その手を、アスターは掴んで止めた。
一瞬の迷い。少女は慌てたように振り返る。
「何!?私急がないといけないから!」
「どうしてそんなに急いでるんだ?ここには対竜砲があるじゃないか」
聞きなれない言葉ではない。
対竜砲は、南部ではこの首府だけがもつ明確に竜に対する戦闘兵器として配備されたもので、首府を有名にしている原因でもある。
確かにそれがあるならば、竜への警戒心もあまりなくて当然かもしれない。
「対竜砲は起こすまでに時間がかかるのよ…それまでの時間稼ぎを自動人形にしてもらっていたけど」
「今はいないのか」
先の竜撃戦で戦力が失われている、と少女は言っていた。ならば、今戦力として出れる自動人形はあまり多くないのだろう。
鐘の音が響く空間では、大声でしか会話できないらしい。いい加減止んでくれないかと、アスターは思った。あまり大声で話すことは好きではないのだ。
「竜に対抗する装置は起動までどれくらいかかるんだ?」
「え?…は、半刻もあればできると思うけど」
半刻。
竜が今どの辺りにいるのかはわからないが、あまりその時間は短くない。
超遠距離攻撃を持つならば、この首府が焼き払われる可能性も十分にあり得る話だ。
「わかった。僕が時間を稼ごう。他の自動人形は何機いるかわかるか?」
「今は…いない」
「は?」
それないだろう。
竜撃戦が全滅だったなら、どうやってこの首府を守るつもりだったのだ。
「いないの!仕方ないでしょう、私には反対できる権力がないのだもの!」
少女は涙を浮かべている。
その当時の悔しさをまだ持っているからだろう。
その感情は、アスターにはわからないものだった。
「…そうか」
青年の方を見やる。
この鐘の音には聞きなれているのだろう、あまり動揺したようには見えない。
「調整は帰って来てからでもいいか?」
「あぁ。ま、俺も調整機関に行くことをお勧めしたいけどね」
「多分行かないよ、そこには」
振り返った時、すでに少女の姿はなかった。
中心へ走っていったのだろう。
少女がどういう人間なのかはわからない。ただ、対竜砲というのは首府最大の防御兵器のはずだ。階級の低い人間が操作できるほど、簡単ではないだろう。
「今考えても仕方ないか」
今は竜に向かう方が大切だ。
「“索敵開始、目標は竜”」
ー地形読み込みを開始。完了。目標は現在地より北に三千の地点に存在。マップにマークしました。
予想より速い。
この速さなら多足型の可能性もある。そうなれば足を奪って止める戦術は使えない。
「ルートの構築を頼む。防衛ラインの設定と戦術データも」
ー了解。ルートをマップに出しました。防衛ラインは目標の現在位置から南に二千三百の地点。戦術データを割り出します。
ブラックボックスの異常発熱は無し。
排熱機関、正常。
「…行ける。“戦闘システム起動”」
今出せる限界まで引きずり出す。
地図に描かれた最短ルートを通って竜のいる地点に向かう。
大柄の男性よりも軽く思い体は、全速力で駆け抜けるだけで石畳を踏み抜いて行く。これだけで役所に訴えられそうだが、勘弁してもらうしかない。
竜よりもまだこちらの方が早い。
首府を守る外壁を飛び越え、上空で排熱。
体の中に溜まった熱が、蒸気となって排出される。
下には何人かの人間がまばらに見える。
その誰もが、あまり戦意を持っていない。
当然だ、自分たちでは勝てないとわかっているのだ。
人間がどうして道端の石に気を使うのだろう。竜は人間などに構ってくれなどしない。
邪魔になれば蹴散らし、敵になれば屠る。それが竜だ。
それ以外の存在は、放って置かれるが、今のところそれをしてくれる状況にはない。
ただ、竜は自発的に人間を襲わないことも知られている。理由は今考えても仕方がないが、原因の追求は必要になってくるだろう。
「マッピング演算をカットして戦術システムに移行。不必要な部分はパージして部品の修復に使ってくれ」
ー了解。パージします。
左手の薬指と、足の指の何本か、それに尻周りの部品が取り外される。
灰のように崩れ落ちたそれを、ヒビの入った部品の修復に回していく。
ー修復完了。身長が三ミリ縮みました。
「…そうか」
その情報はいらなかった。
目の前には土煙を上げて突進してくる巨大な影が見える。
煙に隠れてほとんど見えないが、脊椎、四脚種、非飛行種、非多目種であることはわかる。
飛ばないのならば外壁を超えて逃げられことはない。
アスターは一番近くにいた人間に、まぶたを開いたまま尋ねた。
「すまない。剣を一振り貰えないだろうか」
「あ、あんた自動人形か…!あぁこれを持っていってくれ。どうせ俺にはいらないものだ」
このご時世、戦闘訓練をしている人間などほとんどいない。竜にはそれらは意味がないことだし、対人戦闘などこの数百年起こっていないのだ。
それくらいには、人間の価値は下がっていると言える。いや、それでも生きているから価値はあるのかもしれないが。
「助かる」
この剣はよく南部で見かけるものだ。
あまり耐久には期待できないので、ここにいる全員分を使い切ることになるだろう。
「ここにいる全員の剣をまとめて置いてくれ。僕が対竜砲までの時間を稼ぐ」
「…わかった」
いつのまにか鐘の音は止んでいる。
アスターは指示を出して、邪魔だからと人間たちを下がらせた。
いてもいなくても変わらないなら、生きている方がマシだ。
きっと誰も死にたくない。だからもう既に死んだ存在を使い回すのだ。
ー目標までの距離、千。
「…“断ち、斬る”!!」
人間の編み出した、誰から習ったのかもわからない、戦闘技術の最奥。
その剣撃を浴びせかける。
叩きつけられた衝撃が岩石を跳ねさせ、飛び散った砂が溶けてガラスになる。
太陽光に反射したカケラが光り、場違いな幻想を生み出す。
「う、うおおおぉぉ!!」
後ろの人間たちが騒いでいる。
それもそうだろう、数百年前の人間なら可能だったものなのだ。それを捨てたのも、人間だが。
地面に吸収された衝撃は、波のように跳ね返って、そして巨大な土煙の柱をあげる。
射程圏内にいる全てを切り裂くとさえ言われた対人の奥義。
だが、対人であるがゆえに。
竜に対しては、ただの時間稼ぎにしかならない。
ーブラックボックスに異常発熱を感知。戦闘可能時間は残り六分程度と予想します。
あまりにも短い。
少女が言っていた半刻まで、最短でもまだ十分以上残っている。
「全てのリソースを状態維持に回せ!リミッターも解除する!」
ー了解。その場合ならば八分半の戦闘を可能にします。代わりに四肢は全壊するでしょう。
最悪コアさえ残っていれば構わない。四肢ならばどうにかなる。そう、そういうふうにできているのだ。
土煙の柱から、竜が再び突進してくる。
流石に無傷ではないようだが、あの威力の剣撃を直撃して先ほどと変わらない速さで走られると、少し心が痛む。
この調子で残り八分半というのは無理だろう。その時間を全て使っても、まだ対竜砲には間に合わない。
防衛ラインは自分のすぐ後ろにある。
「あまり、良くないな…」
勝てない。
そんな分かりきった事実が、アスターの背中に重く寄りかかってきていた。
多脚種の竜はそんなに多くないです。
あと飛行種も多くない。
でも多目種は多いです。