首府にて2
世界にまだ多くの人間が存在していた頃。
南北にはそれぞれ独自の文明が栄えた。
見た目の異なる人種、話す言葉も違えば体格も異なり、そして根付いた文化が異なっていた。
彼らは互いに傷つき合う道を選び、そしてどこかで間違えた。
そしてまだ、間違え続け、そのツケを払っている。
かつて、南北の人間はお互いの領地を増やすため、いや未知の文明を求めて戦争を起こした。
大陸を分断する山脈を越えることは容易ではなかったが、度々睨み合いと争いを行った。
積み上げられた死体がどれだけだったかはわからない。ただ、一度の戦いでの被害は決して軽くはなかった上に、死因の三割は凍死や餓死などの過酷な登山から来ていた。
それは両陣営が同じであったようで、山のように積み上がった死体を、どうにかすることが考えられた。
結果から言えば、死体は兵器として作り変えられた。死体と言うと人間の尊厳に関わるが、『雪に閉じ込められた死にかけの肉体』と言えば分かりやすいかもしれない。
山脈は険しく、その中央にある山は万年雪を頂きに残しているような高さを誇っており、それを超えることは、当時の人間にはほとんど不可能だったのだ。
状態がいい死体は、持ち帰られるとその朽ちた肉体を最新鋭の技術と取り替えられることになった。
当時の帝国の技術を結集して作られた最新の戦闘兵器は、事実上『被害を兵力として変換できる最高の発明』であったのだ。
一世代、今ではそう呼ばれている最初の自動人形は贔屓目に見ても欠陥品だった。欠陥品、と言えば何か可愛らしいが、ガラクタ同然の、ホラー映画に登場するゾンビよりも質の低い、『死体が動いた』程度の性能しかなかった。
使い物にならないため廃棄された、なら良かったが、何故か自動人形は次の世代が排出された。
世代を重ねるうちに改善された性能は、四世代目において爆発的に向上する。
人間をはるかに超えた身体能力と戦闘技能、その他どうでもよい機能まで取り付けられた四世代は、戦場においてかなりの時間使用された。
そして、現在。
九世代目は製造された瞬間に使われなくなり、自動人形は徐々にその個体数を減らしている。
理由は簡単で、より優れた兵器が導入されたからだ。しかしその兵器の詳細を知る者はおらず、いつの間にか世界の主導権を握った竜の存在により、訳も分からないまま、自動人形たちは自分たちの役目を放棄させられることになった。
紅い瞳をキョロキョロと動かして、アスターは路地を眺める。
「“索敵開始”」
ー稼働率は?
「感じれないほど微弱」
色を感じさせない声と会話する。自動人形の中に取り付けられている、主に戦闘データを見返すための自己診断プログラムのようなものだった。
質問すれば何かと応えてくれるので、自動人形によっては好き勝手に、自分好みに変えることができる、らしい。
知り合いだった一人は昔の恋人に似せているのだと言った。恋人に無機質な声で受け答えされると、アスターとしては傷つく気がするが、あまりその辺りに触れない方がいいと思った。
片耳に手を当てて、プログラムに話しかける。本来はいらない動作だが、意識していないと引っ込んでしまうよくわからない性格をしているので仕方がない。
ー索敵範囲を周囲指定区域に設定しました。索敵対象を指定しますか?
「あぁ。外見的特徴と声紋データを参照して割り出してみてくれ」
自己診断プログラムは常にアスターの行動を記録している存在だ。脳が二つあると言えば聞こえはいいが、他人に自分の記憶を全て見られているとも言える。
戦闘には極めて便利だが、あまり普段の生活では使い所がなかった。
ー索敵範囲内において指定対象は感知できません。索敵範囲を広げるか、索敵能力を向上させる必要があります。
この程度の索敵では屋内にいる対象を探すことはできないらしい。
「わかった。少し索敵能力を向上させてくれ。範囲はそのまま。外見的特徴から、身長を第一にして」
ー索敵開始。完了。指定区域内において対象者は四名。いずれも屋内にいます。場所を地図にマッピングしますか?
「あぁ、頼む」
頭の中に広げた地図の中に赤い斑点が四つ浮かび上がる。正直なところもっと大勢いると思っていたので、やや驚きを隠せずにいる。なんにせよ、探す時間が減るのはありがたい。
「“接続解除”」
ー接続解除。
無機質な声が、マニュアル通りの受け答えをする。自動人形として生まれてから常につきまとう相棒であるため慣れているが、もう少し人間らしい性格にしても良かったかもしれないと、時々思う。
戦闘の際には、必要な情報だけ伝えてくれるとてもありがたい存在なのだが。
最も近い対象の家に向かう。マッピングされているのは平面なので、この積み上がった家の何階にいるのかはわからない。立体把握するには時間がかかるので、いつもは使っていなかったが、今は少し不便だった。
どうにかして屋根から降り、路地を歩いて問題の家の窓を除く。
「あれか…?」
ー建物の立体把握を開始しますか?
「…勝手に起きるんじゃない」
視線の先には家族と共に笑顔でパンケーキを食べる少女の姿が見える。あの生活ができるならば、スリをする必要はないように思う。あまり候補には入らない対象だろう。
「一応、この建物に対象者は?」
ー立体把握開始。完了。対象者は一階のリビングにいます。
なら自分が今見ている人がそれということだ。
「…違うな」
次の場所に向かうとしよう。ここにいても不審者になるだけだ。
二人目はボロボロの空き家で寝こけていた。少々悪いと思いながら部屋を探したり、荷物を探って見たが手紙は持っていないらしかった。
「次」
三人目の対象者はかなり高い場所に住んでいた。
訪ねるのは気が引けたが、部屋をノックするとそもそも女性ではなかった。
「次」
四人目。家の前には、『カティル工房』という看板が打ち付けられている。
「カティルって…手紙の中に書いてあったのもカティルだったはずだけど」
この路地でポピュラーな名字だった場合はあまり役に立たない情報だった。ただ、多い名字をそのまま看板に書くのかと言われると、少し疑問が浮かぶ。
家と家の間に挟まれている関係上、これまでのように窓から覗くことはできない。ドアを開けるしかなさそうだった。
ドアを開けると、入店用の小さなベルがドアに叩かれて小気味好い音を立てる。
「お邪魔します」
工房、店なのだろうか。視線の先には、工房持ちとは思えないほど若い青年が立っていた。
髪は金色、瞳はやや緑が混ざっているように見える。典型的な南部生まれだ。
「やぁ、お客さんかな?何か修理して欲しいのかい?」
青年は、見た目に反してやや高い声で答えた。アスターとそれほど見た目年齢は変わらないように思う。
「ということは、君がカティル卿?」
「あー…俺はそこまでじゃないね。多分君が言ってるのは俺の父親のことだな。首府の調整士をやってた」
確かに予想していたよりも随分と若い。しかし、若いだけで技術力を見ることはできない。アスターにとって努力した人間を容易く超えていく天才を見るのは珍しいことではなかったからだった。
しかし、青年はやや諦めたように言う。
「すまないけど、俺は父のように調整士ではないんだ。首府の中心に関係する書類が全部持っていかれてね。調整士の技術を、まだ父から学んではいないんだよ」
「…そうか。その、君の父親は今どこに?」
「二年前に、逝ってしまったよ。父のことを待っている自動人形達は、沢山いたんだけどね。今はもう首府の上層部の特権になってしまった。だからこの工房も、半分くらいは死んでいるよ」
首府の中心には、あまり行きたくないと言うのが本心だった。
田舎から、しかも北部からやって来たアスターにとって南部の貴族階級など敵の中の敵みたいなものだ。アスターにそんな気はなくても、存在するだけで無罪の罪を背負わされたとて不思議ではない。
「なら、道具も無くなったのか?」
「道具かい?…いや、それなら大体はあるよ。俺も修理には使うからね」
自動人形の調整はそれの技術に特化した調整士でなければ行えない。世代ごとに中身が変化する自動人形の詳細な中身まで知っているのは、調整士だけと言える。
九世代目などは、どこをどういじっても壊れるため変な改造をする人もいたと言われていたが。
「君も自動人形なら、個人的には首府の調整機関に行くことをお勧めするけどね。紹介状でも書こうか?」
「いや、いい。僕の村には調整士がいなかったから、個人で勝手に直してたんだ。だから大抵のことはわかっているつもりだ。指示を出すから、手伝って欲しい。道具はあるみたいだしな」
「俺はそれでも構わないけど、誰かにバレたら怒られそうだね」
「誰に?」
こんな路地の連中なら、バレたところで何も起こらないだろう。そも、工房に訪ねて来たからと言っても調整に来たとは、彼の話を聞く上では考えないような気がする。
「あら、お客さん?珍しいのね」
青年に言われて振り向いた先、アスターの背後に立っていた人物。
プログラムから指示されていた対象者が立っていた。
長い金髪に、快活そうな青い瞳。髪の毛は先の方だけがホワイトブロンドになっている。
年は、青年よりは低いように見える。
少女の背後に光る月が、まるで古い絵画のような幻想的な雰囲気を醸し出し、その下に光る燃えるシオンの星が、ちりちりと輝いていた。
カティルの家は多分千年後くらいには高級時計メーカーとかやってる。多分。