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エリーゼのために5

久しぶりに書きました。

こちらまだ朝に肌寒いです。

そちらはどうでしょうか。

朝に起きてるならあなたはすごい人だと思います。

自動人形は、機能の中枢であるコアさえ残っていれば外装やケーブルなどのパーツを合わせることで直すことができる。

自動人形の寿命が五十年というのは、コアの劣化年月のことではない。戦闘に一切参加せず、下働きのように動き続けた場合、外装が崩れコアだけになるまでの年月が、大体五十年なのだ。

戦闘に参加すれば、その分だけ動ける時間は短くなっていく。壊れるたびに直し、継ぎ足していけばそれなりに長く動くことができる。それでも、人間より長生きすることは、普通はできないはずだった。

竜が大陸に現れてから二百年が経った。

九世代目が作られたのもまた二百年前であり、その九世代は欠陥品だった。

今首府で、いや大陸に存在している自動人形は、作られた当時の技術から革新が加えられた、言わば改造機体なのである。

コアを新しい機体に差し替えればそれはもう世代という概念は通用しなくなる。しかし、自動人形たちは皆自分の世代を把握していた。

それは恐らく同郷の友を思うような感覚であり、あるいは兄弟の中で通された秘密の合言葉のようなものだった。

『俺は七世代のXXXって言うんだ』

そういう風に名乗るのが普通だった。

名前よりも大切な、名字と似ても似つかない価値のあるものだ。

しかしそれを、アスターはしなかった。

名前は生前の名前をそのまま使うはずで、そうなるとアスターという名前もおかしい。

山向こうにおいて、そんな名前をつけることは考えられない。アスターがどこからやって来たのか、それを知ることは恐らく大切だった。

自動人形に人格形成などない。自己診断プログラムによって元の性格に書き換えられていくからだ。何か機体に影響があると、常に別の人格がそれを直していく。

戦闘においてこの上なく有効だが、たとえどれだけ親密になろうと、自動人形がこちらに傾くことはない。

親しくしてくれるならば、それは元の人格がそういう風にできているというだけの話だ。

大抵の自動人形は、自分の死を知っている。

そのため、自己保身がとても強い。自分のコアを守るという意識を常に持っている。アスターのように、コアだけが無事で他の全てが崩壊することを厭わないというのは、少し変なことだった。

コアが残るためには、それをどうにかして運ばなければならない。自分だけではそれができない。だからほとんどは、自動人形は二人以上で戦ったりする。撤退し、戦闘ログを次に受け継ぐためだ。

戦闘ログを全く持っていない世代は、ただ一つ。

初戦闘で全ての機体が破壊された、九世代目だけだ。

その次など、ありはしない。

はず、なのだが。

『十世代目だ』

彼はそう言った。

嘘を言われている可能性もある。

どちらかと言えばそちらの方が高いような気がする。

ただ、嘘をつくにはややおかしい言い方だったのも事実だ。

存在しないはずの機体を名乗ることは、あまりメリットにはならない。調整士は分解のしがいがあると喜ぶかもしれないが、実際エリーゼが分解したところを感想を言うと、かなり面倒な構造をしていたのだ。

世界に一つしかないはずの貴重な未知の機体を興味本位で分解するほど、調整士は無鉄砲ではない。

意味のないことをわざわざやるほど、自動人形は破綻していないと思うのだが。


「十世代目…?自動人形は九世代で終わったって聞いてるけど」


心なしか、声が震える。振り向きざまに声を出すと、視界の向こうに白い空間にぽっかりと立っている黒がいる。


「まぁ、随分時間が空いてしまったからな。自分でこう名乗るのもおかしい気がして、中々いう機会がない。自動人形というのは対人兵器として作られたが、僕は随分と後になって変な組織によって作られた」


その組織のことは知らないけどね、と呆れたように呟いた。

九世代目は二百年前の機体だ。全滅したため、この首府でも見ることはできない。

首府にいるのは大概が七世代目だ。ついで四世代目となる。一と二は、存在しているのかさえ怪しい。


「起動年月は五年。これは再起動からの時間じゃない。僕は自動人形として生まれてから五年しか経っていない。自動人形では、対竜兵器と記録されている」


人間は、約一千年も前から自動人形を兵器として戦場に投入した。

人間の死体を兵器として変換することはとても効率的で、自動人形達は戦場に常に出続けている。

どれだけ熟練の戦士でも、素人でも、若くても年老いていても、自分の死を知っているわけではない。

自動人形達はそれを知っている。それを知った上で、人間を遥かに超えた身体能力を持って戦う。

自動人形の戦いは、ひどく歪だ。

敵を殲滅することにためらいはない。たとえそれが味方だったものであろうと、命令があれば戦った。

その死体はまた戦力として投入されることになる。

つまるところ、自動人形とは戦争を長続きさせるための兵器なのだ。

停滞していた。

七世代目に突入した時には、戦場は九割以上が自動人形になっていたという。

破壊されても、コアされ残っていれば回収し、再び戦場に投入される。

死んだ人間は、より強くなって帰ってくる。

それが、この世界の戦争だった。

それを、竜が破壊した。

竜を殺すことはできなかった。

竜は人間を殺す時、捕食という形で跡形を残さない。その死体は、もう動かない。

そんな当たり前のことが、とても衝撃だった。死体はまだ使えるはずの素材だったのだ。

死んだ人間はもう動かないという、酷い常識が、すっかりと抜け落ちていた。

戦力は削られるばかりで、回復せず、人間は撤退を繰り返した。

その中で、二百年という年月をかけて人間は対竜兵器を完成させた。

それが、首府にある対竜砲である。

それだけが、唯一の対竜兵器であるはずだった。


「実際のところ、対竜兵器というのは机上の空論にすぎない。僕は戦闘能力でこそ高く設定されているが、前の時のように大型の竜を殺すことはできないのだから」


それは、どうなのだろう。

小型の竜でさえ、専用の武具を持っていなければ傷つけることはできず、さらに首府の自動人形は集団戦闘で竜を倒すことが決められている。

アスターのように、何の変哲も無いただの剣で、単騎戦闘で竜を足止めするのもかなりおかしい。そうでなれけば、首府の頂点に位置する人間が山向こうの改造機体を呼び出したりはしない。

そんなことは、言ったところで理解できないのだろうけれど。


「…あなたの対竜性能は知っているから、あんまり反論できないわね…。嘘だって、ほんとは言いたいけど。でも十世代なんて…一から作る技術がまだあるとは思ってなかったわ」


「自動人形の壊れた残骸はそこら中に落ちているし、考え方によってはなんとかあるのかもしれないな。僕の研究にも、何年もかかっていたから」


少なくとも、十六年。その間に無数の子供達が死亡している。

成功例は、一人だけだ。

死体からでは竜に対応できないなら、死にかけギリギリの、まだ生きているうちから兵器として加工する。

その曲がった考えを正す人はいなかった。罪と考える人間は存在しなかった。

だから、こうして立っている。

研究に関わっている人間に会ったことはない。しかし、自分がそういうものに使われていたことは知っている。

成功してしまったから、後に残る仲間が放棄されたことも知っている。

何もない大地で干からびた死体を見た。

記憶の中でつい先日まで動いていた、何度も会話した誰かも、灰のように崩れていた。

後悔はない。そんなものは知らなかった。

悲しみもない。そこまで、感情は動かない。

同情もしない。それまでに、死んでしまったから。

その時に、アスターは自動人形として確立したのだ。人間ではなく、与えられた役割を遂行する機械として動くことを決めたのだ。


「あなたは、何故ここに?」


その質問はすでにした。その答えもある。

ただ、今求めているのはそれではない。

何のため、ではない。

誰のため、でもない。

何をしに来たのか。それを聞かなければならない。その質問は酷く人間的だから、答えてくれないかもしれない。

けれど、このままでは上部だけの話で終わってしまう。エリーゼにとってはその質問にとても意味がある。

頭の中の違和感を、取り除かなければならないからだ。


「言わなかったか?人を待っているんだよ」


「答えて。私が聞いてることがそれとは違うって、わかってるんでしょう?」


「…そこまで僕の洞察力を買い被られると困るんだが。まぁ、逃げようとした僕も悪いけど」


「なら、」


「…それは、また後に話すよ」


アスターが赤い瞳を光らせる。

数秒の間。

重い鐘の音が、首府に鳴り響いた。


「竜!?」


「"全兵装接続開始"」


アスターの全身に刻まれた排熱機構が赤くにじむ。到底人間とは思えない準備運動を経て、アスターの体は戦闘状態に移っていく。


「なぁ、君」


走り出す寸前で、エリーゼを追い抜いたアスターは振り向いた。


「何かしら」


「XXXXXXX。XXXX、XXXXXXX?」


聞こえない単語。早口で言われると何を言っているのかわからない。恐らく、山向こうの言葉で話しているのだ。

言い終わってから少しだけ頬を緩ませて、アスターは微笑んだ。

自動人形に生殖器はありません。

竜にもありません。

また、髪の毛を染めるという概念は存在しません。

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