プロローグ
久しぶりに書きました。
続きものです。
よろしくお願いします。
白い石がどこまでも上に続く。
顔を上げることはなく、視界にはずっと同じ色の石、階段だけが見えていた。
自分が抱えているものがまだ暖かいことに安心して、そして焦ってもいた。
自分の足が遅い。
上に登る時間がもったいなくて、上まで投げることができればいいとさえ思う。でもそんなことをする力をない。
「ね…シオ、ン」
「喋らなくていい。傷が開く」
あとその名前は使わないで欲しかった。
抱えている体は細く、軽く、もうすぐ崩れそうなほどボロボロで、掴んでいるこの手のひらからこぼれ落ちてしまいそうだった。
白い階段に、カーペットのように紅い跡をつけていく。
その紅色がどちらのものなのか、二人ともわかってはいない。
「私、嬉しかったのよ」
「黙っててくれ…。祭壇までもうすぐなんだ」
本当はまだまだ上にある。
祭壇に連れていくことができれば助かるかもしれないと、そう言ったのはそちらの方なのだ。
力のない自分には抱えている体がとても軽いと分かっていても支え続ける体力がなくて、階段につまづく度に落としそうになる。
息が荒れている。
気味が悪いくらい静かな階段には、自分の吐息がやけに大きく聞こえた。
「あなたを見た時、とっても嬉しかったの」
「だから…」
口から言葉を漏らす度に、命が減っていくのがわかる。
命の紅が体から出ていく。
イラつきそうになった頭を、力の弱い手のひらが無理やり下を向かせた。
下を向いた先には今にも無くなっていく、少女の顔がある。
美しいホワイトブロンドの髪の毛は血に汚れ、燃えるシオンの星に似た紅い瞳はその光を少しずつ薄くしていく。
「私を、見て」
「あぁ、見てる」
胸に開いた穴も、抉り取られた左目も、切り取られた右足も。
その全てが失われて、原型が無くなるくらいぐちゃぐちゃになっていても、きっと美しい。現にまだ、その輝きを残しているのだから。
「このまま…いいかな」
「君は、残らなくちゃ。生き残らなくちゃ」
嫌だ、と少女は少し頭を横に振った。
そのわがままは聞いてやれない。上まで、祭壇まで連れていく。それが最期の使命なのだ。
何もできなかったから、それだけは必ず成し遂げる。
そうでなければ、誰も報われない。
「シオン…シオン」
「もう少しだ、だから黙ってて」
励ましているのは、少女なのか、自分なのか。
両方だろうけど、きっと割合は自分の方が大きいだろう。
もうこれ以上少女から命が流れていくのを見ているわけにはいかない。
助けると誓った。
幸せにしたいと願った。
見届けると、約束した。
「ここだよな…」
言われていた祭壇は思っていたよりずっと簡素で、ずっと使われていなかったような雰囲気を出している。
本当にこれで助かるのか、信じることはできなかった。
祭壇に寝かせた少女の体からは、まだ紅が流れている。
ずっと力を入れていた腕は強張って動かず、行き場を失ったようにだらりと下に垂らしていた。
「シオン…手を握って」
少女はこちらを見ずに、上の空で言う。
「あぁ」
そんな名前ではないけれど、できるだけ優しく応えた。
手を握ると、あまりの冷たさに焦りを感じてしまう。強く握れば壊れてしまいそうなほど、ひび割れた陶器のような手だった。
地響きと共に、地面から巨大な影が飛び出してくる。
人間の何十倍もある肉体から、叩きつけるような殺意が辺りを満たす。
「僕は行かなくちゃ」
「ダメ…シオン」
少女から手を離す。
きっとこれで最後になる。だから意地汚く少女を少し長く見つめて、そして巨大な影に向き直った。
視界の端で祭壇から光が出ているのが見えた。
これで助かるのだろう。
どちらにせよ、これで守らなくては意味がない。
「約束、だからな」
守る力などない。
戦う力などない。
剣は失われ、肉体は崩壊寸前で。
ただ心だけがそれら全てを置き去りにして熱く滾っている。
だからまだ動ける。
もう少しだけでいいから。
約束を守らなくては。
駆け出したその時に、全てを捨てた。
全てを捨てた時に、覚悟を決めた。
覚悟を決めた時に、一つを願った。
一つを願った時に、全てを捨てた。
空に、光の輪が浮かぶ。
命が一つ、消えて無くなった。
終わりのプロローグ。
物語の終わりから、全てが始まる。
きっとその先の、幸せを求めて。
シオンを探して。