騎士道〜一歩目〜
私は百姓の出身であった。貧民と呼ばれ蔑まれ、資産と呼べるものは持っていない、そして何より学がなかった。だから私は剣の道は必死に鍛錬し、私が七つの年より十年間、毎日河原での剣の稽古だけは欠かすことはなかった。ある日のことだった。鍛錬から帰るととある道場から手紙が届いた。手紙は近くの町の大きな道場の師範から、話したいことがあるから是非きて欲しいという内容だった。これはきっと神が下さった最大のチャンスだと私はすぐに道場に向かった。
道場につくなり、
「頼もう!!」
と私は大きな声で怒鳴った。すると年は私と同じかそれより下の身なりの綺麗な若者達がなんだなんだとこちらを見やる。その視線は私がこれまで経験したことのないような畏れを感じさせるものであったが、私は負けじとドンと
「こちらの道場より手紙がありました!話とはなんでしょうか!」
しかしその声は震えていたような気がする。するとその若者達の一人が
「まずは名を名乗るべきではないか!」
成る程これは一本取られた。
「これは失礼しました。私は川向うのアーサーと申すもの!こちらの師範殿に是非に道場に顔を見せて欲しいと手紙が来たので来た次第です。私は貧民の出なので無作法があったらご容赦願いたい」
「川向うだと?貴様のような貧民を先生が呼ぶはずがないだろう!無作法どころか私達に対する侮辱であるぞ!」
門下生達がそうだそうだと声を上げる。どこかで行き違いがあったのかこの若者達は手紙のことを聞いていない様子であった。
「しかし!こうして手紙があったのは事実!どうか師範殿に取り次いで頂くわけにはいきませんか!」
このチャンスを逃すまいと私は食い下がる。
「お前のようなみすぼらしい人間を先生に会わすことなど出来るか!さっさと川向うに帰れ!」
この若者、どうやらかなりの頑固者であり貧民への差別が激しい。どうしたものかと考えていると道場の奥から三十代くらいの男が顔を出した。
「カレン下がれ!」
先程の若者はカレンと言うらしい。
「しかし…」
「良いから下がれと言っている!」
この男の一言でカレンとやらは完全に消沈してしまった様子。
「弟子が失礼しました。貴方のことは先生より聞いております。」
やっと事情を知るものが出て来たようだ。
「いえ、こちらこそ騒ぎ立てて申し訳ない。」
するとカレンがこちらをキッと睨む。
「私の名はヒック。この道場で一番弟子として先生をお助けしています。何でも将来有望な若者が近日中にここに来るだろうと先生より聞いていました。すぐに先生をお呼びするのでしばしお待ちを」
私はそれを聞いてほっと胸をなでおろすと、ヒックはそれを見て安心したように道場の奥へと入っていった。
「おい貧民。貴様のような者が将来有望だと?何かの間違いではないのか?」
ヒックが奥へ消えるや否やカレンが私を侮辱する。
「それ以上の侮辱は私へ喧嘩をうっている、ということでよろしいか?」
正直カレンには腹がたっていた。人の話を聞かず、証拠もあらためず、ただ貧民の出であるからといって他人を侮辱するなど最低の類の人間である。
「なに?貴様が私と喧嘩だと?フッフッフッ、面白い。貴様と私では喧嘩などにならぬわ!」
「お前…黙って聞いていれば!」
私は腰に差していた木刀を抜く。
「貴様!私に木刀ではあれ刀を向けるか!ならば斬り捨てるまで!」
カレンは腰に差していた真剣を抜き刀を立て右側に寄せて、左足が前に来るように構えた、この世界では木の構えと呼ばれている構えである。対して私は木刀の鞘を腰のあたりで持ち、剣先を相手の頭部の辺りに来るように構えた。
「貴様…何だその構えは!巫山戯るの大概にしろ!」
「これは私が十年の歳月をかけて編み出した必殺の構え、舐めていると痛い目を見るぞ。」
「なんだと?そのような構えは見たことがない!刀ができて十数年だがどの様な書物にも書いていなかった!」
「お前は書物で力を比べるのか?良いからかかってこい」
そうしてお互いの間合いをはかっているとどこかでししおどしの音がカコーンと鳴った。先に仕掛けたのはカレンだった。ヤーッと声を上げながら左足を大きく前に踏み出し刀を振り下ろす。私はそれを下がって躱すとカレンの右手に向かって木刀を小さく振り下ろした。ガッと思わずカレンが声を出す。さらに続けてカレンに対して右側に抜けるように腹を斬りつけた。すると悲鳴ともつかぬようなこえでカレンが呻いた。私は振り向きながら、
「これが実戦であればお前は左の手首の先を失い腹から臓物を撒き散らしながら果てているぞ!」
「グッ…しかしお前は木刀!貧民であるがゆえに私を殺すことはできないだろう!命ある限り戦ってこそ騎士よ!」
成る程…一理あるな、そう思っているとカレンが私の喉元に向けて刀を突き出して来る。私は木刀でそれを軽くいなし、そのまま脳天に木刀を振り下ろそうとしたその時!
「二人ともやめい!!!」
道場中に怒号が鳴り響いた。それを聞くや否やカレンは私からとびのき刀を鞘にしまってその場に正座した。私も木刀を腰に戻し声の方を見やる。
「カレン、なぜ客人と死合いをしている?さらにお前は真剣、客人は木の刀ではないか!これはどういうことだ!」
年の頃は四十かという男がカレンに怒鳴る。
「それは…!この貧民が…」
「貴様!まだ貧民などと階級を気にしているのか!騎士道のもとには身分の差などないとまだわからんか!」
「くっ…」
この武骨ないかにも戦いの中で生きてきたような男に怒鳴られてはたじろぐしかないだろう。
「師範殿よろしいですか?」
私は武骨な男に問う。
「いや!これは失礼しました!いかがなされた?」
「いえ、ヒック殿が師範殿を呼びに行き少し手を余らせていたものですから、騎士の皆様に手合わせして頂いたところなのです。」
「しかし…真剣というのは手合わせというには少々…」
「私は貧民の家の出、礼儀を知らず己の腕を過信し真剣で良いとカレン殿に無理を言ったのです」
「なっ…」
カレンが声を漏らす。
「成る程…アーサー殿がそういうのでしたら…」
「私の無礼な行いお詫びします」
ここは波風立てず終わらせるのが吉だろう。
「それより師範殿、手紙にあった話とはなんでしょう?」
「話とは簡単です。アーサー殿、私の道場でより力をつける気はないですか?」
やはり!願ってもいない話だ!神は私のような貧しい者も見捨てていなかった!
「よろしいのですか?私は見ての通り貧しい身分、稼ぎもないので月賦など払えませんが…」
「いやいや!金のことなど!元々この道場は腕の立つものを鍛え、騎士として送り出し、戦で活躍させようという我等の王の御考えによって作られたもの。ここにいる門下のものからも月賦のようなものは頂いていないのですよ。」
「そういうことであれば喜んで!是非に門下に加えて下さい!」
「ありがたい!さてアーサー殿?こちらからもひとつ聞きたいのですが…」
「なんでしょう?」
「先程の死合いでの構え、あれは一体?」
「ご覧になっていたのですか!?」
カレンが驚いて割って入る。
「当たり前であろう!貴様の出来損ないの木の構えも見ていたわ!」
カレンの顔がみるみる青ざめていく。私は気にせず、
「あれは攻撃にも防御にもすぐさま転じることができる万能の構え、私はその臨機応変さに水の構えと呼んでおります」
「成る程…水の構えか…我等は刀の持ち易さを活かし攻めることしか考えて居ませんでした。素晴らしい構えだと思います。しかし全身を鎧で固めて居てはあの構えは難しいのでは?」
「いえ、最低限の動きで攻撃も防御も出来るので複数対一ともかく一対一の戦いではかなりの効力を発揮するかと思います。」
「ふむ…素晴らしいですな!まだ他にも様々な構えを編み出したのですか?」
「それはまた明日ということで、もう日も暮れかかっています。今日はこの辺でお暇します」
「いや、これは失礼しました。では今日はおひらきにしましょう」
こうして私は騎士道を歩むその一歩目を踏み出した。