8. 待てば甘露の日和あり(22/12/13/改)
先日、人生で初めて漫画の持ち込みへ行った。
少し前のこと、私は出版社のHPへ行き、好きな漫画雑誌のwebサイトへアクセスした。
この時点で鼓動が、闘牛の如く荒れていた。
そんな、興奮状態の心臓に、深呼吸をして酸素を送り、クールダウンさせたら、サイトのスクロールバーをグイッと下げ、持ち込みの案内が書かれているページにアクセスできるバナーをクリックし、電話番号を確認。
その番号を目で追いながらスマホのキーパッドで数字を一文字ずつ入力。
真冬の外でもないのに、指が震る。
打ち込んだ番号に間違えがないか入念にチェックしていざコール。
スマホから流れてくる呼び出し音は、私の心臓の収縮運動をさらに加速させる。
4コールぐらい経っただろうか?
呼び出し音が切れ、女性の声が聞こえた。
私が持ち込みをしたい旨を伝えると、持ち込み予定日や時間だけが決まり、電話は終わった。
とても簡素的だった。
私はメモした持ち込み予定日をドキドキワクワクしながら予定帳に書き記す。
11月の1週目の水曜日に、赤いペンで時間と出版社名を書き記した。
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時は過ぎて当日。
前日は緊張であまり寝付けず、起きてもまだ、瞼が重い。
今は朝の9:00過ぎ。
両親は仕事へ行ったのか、もういない。
私は台所へ行き、鍋に水を入れお湯を沸かしながら、袋からバッグ・クロージャーを外し、5枚切りの食パンを1枚取り出すと、魚焼きグリルに突っ込んだ。
魚焼きグリルを中火ぐらいに設定し、焼きあがるのを待っている間に、冷蔵庫からマーガリンを取ると蓋を開け、バターナイフを突き刺す。
食器棚から黒いウサギがワンポイント付いたマグカップを取り出し、コーンスープの粉末を入れる。
するとちょうどよく、お湯も沸騰し、パンもきつね色。
急いで火を止めマグカップに、お湯を注ぎ、パンは手に持ったままシンクの上でマーガリンを塗る。
余計に皿を洗うのも嫌だし、テーブルを拭くのも面倒だったので、私は立ったまま、シンクの上で食パンにかぶりつき、時折マグカップに口をつけた。
程よく、お腹の唸りも静まったので、マグカップとバターナイフだけをささっと洗い、洗面所へ移動後は歯を磨いた。
自分の部屋に戻ると、昨日準備していた下着をつけ変え、藍色のガウチョジーンズを履いた。
上はレースがあしらわれた襟が付いたシャツを着て、その上から、ベージュ色のニットローゲージを見にまとう。
黒い靴下を履いて、鏡の前で決めポーズ。
今日の私もおしゃれ!!
最後に、カーキのショルダーバッグの上を開き、昨晩にコンビニへ行き印刷した、B4サイズの原稿を入れた封筒、財布、携帯、メモや筆記用具などが入っているか指差し確認。
そして玄関へ行き、茶色いローファーを履いた私は、早めではあるが最寄駅へ向かった。
電車は特に遅れることもなく、40分ぐらいで出版社の最寄駅に到着。
とりあえず、出版社の前まで来てみたが、持ち込みを予定している時間は14:00。
現在スマホが示す時間は11:30と、まだまだだった。
けど私の鼓動は、すでにアップテンポ。
まだ時間があるので早めのお昼をとるのもありかと思ったが、口臭が気になったし、そもそも緊張で、食べ物が胃を通らない感じが実感できたので、我慢した。
しょうがないので、時間が来るまで周りを探索する事にした。
道中、神社があったので今日がうまくいくようお参りしたり、敷地内で座っているおばぁちゃんに話しかけられたので談笑したり、トマトラーメンとPOPが貼られた謎のラーメン屋があって驚いたり、住宅街で大きな石の窪みを優雅に泳ぐ金魚を見たりとそれなりに楽しかった。
気づけば時間はもう13:40。
再び出版社の前に立った私は、さらに加速する鼓動を感じながら硬直していた。
斜め右を見ても、斜め左を見ても、斜め上を見ても、ずっと出版社の建物が続くだけ。
齢17歳の私が入っていいのか、すごく悩んだ。
すると隣を同い年ぐらいに見える男の子が通り過ぎ、立ち止まることもなくすんなり自動ドアを過ぎていった。
先ほどまで出入りしている、大人たちとは明らかに雰囲気が違う。
両手はリュックの肩下げ部分をギュッと掴みつつ、目線は地面。
なんか、おどおどしている感じで、緊張が伝わる。
だけど、出版社に来るの慣れているのか、早足でエントランスを通り過ぎていった。
なんとなく、同じ持ち込み仲間だと思った私は後についていった。
男の子は受付のお姉さんと何かを話していたので、私も隣のお姉さんに事情を説明。
紙に必要事項を書き、入構証を受け取ると、エレベーターで指定の階に行くよう指示された。
私は、指示されたエレベーターホールの方に視線をやると、先ほどの男の子はすでに受付を済ませ、エレベーターに乗り込む瞬間だった。
急いで、エレベーターホールへ向かい、男の子が乗ったであろうエレベーターの電子版を見ると、私が指示された階と同じ数字で表示が止まっている。
私は、同じ階に行ったと同志だと思い、安心しつつ、ちょうど開いたエレベーターに乗り込み、同じ階へと向かった。
指定階へ到着し降りると、先ほどの男の子はエレベーターホールを過ぎた、広めのフロアに設置されているソファに座っている。
最初は、そんな男の子の隣に座って話しかけようかと思ったけど、緊張で、そんな余裕はない。
私は一つスペースを開けて、同じソファに腰を下ろした。
そして、編集の方がやってくるまで、キョロキョロと周りの見ながら待っていると、小柄でふんわりとしたパーマがかかった女性に話しかけられた。
電話で話した編集者だったらしく、早速奥の席へ行くよう促された。
席へ向かう途中、編集者はソファに座る男の子に笑顔で会釈していた。
男の子も、軽く会釈を返す。
「知り合いなのかな?」と思いながら、案内されるがままに、席へ着くと早速、編集の女性は私が渡した原稿に目を落とす。
女性はペラペラと原稿をめくっていくが、漫画を読んでいるとは思えない速度で、最終ページまで目を通す。
そして、最後のページをめくり終わり、机に原稿を置くと一言。
「まだ若いんだし、別の道もあると思うよ」
女性はそう言って、原稿を返してきた。
一応、絵を上手く描けるようになる方法や、漫画を描く際の基礎的な内容は論述してくれたが、10分もかからず話し終え、気づいたら出版社の外へ追いやられた。
エレベーターホールへ向かう道中、私は、先ほどの男の子が気になったので、編集さんと男の子が座っているテーブルの方に視線を移す。
男の子の表情に大きな変化はなかったが、瞳孔が広がり、何か憂な空気を発しているのが伝わった。
彼からは、私と同じ匂いがした。
私は出版社を出て、近くの花壇の縁に腰をかけ30分ほど待った。
すると、彼は出版社のドアから出てきて門扉を過ぎ、曲がって駅へ向かおうとしていたので、急いで追いかけて彼を呼び止めた。
そして、喫茶店であんなことを口にした。
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私は家に帰り、シャワーを浴びてパジャマに着替えると、自分の部屋のクッションに顔を埋めた。
また、やってしまった。
最初から最後まで、私の独断であの人を振り回した。
私の悪い癖だ。
ちょっとでも、妙案が浮かんだり、「楽しそう」と思うと、周りの気持ちなんか気にせず行動してしまう。
行動をしている最中は良いのだが、終わった後にものすごい自己嫌悪が襲ってくる。
今日もそうだ。
最初から最後まであの人の言葉、あの人の気持ちなんて気にせず動いてしまった。
そんなことを考えながら、私はトークアプリを開く。
友達の欄に「菊乃シュウ」という文字があった。
シュウさんは、いきなりグイグイいってしまった私を引かなかっただろうか?
こんな身勝手な私に嫌悪感をいだかなかっただろうか?
お返事はくれるだろうか?
そんなことを頭に浮かべていたら、ウトウトしてきて、知らないうちに日にちを跨いでいた。
そして、朝の4:30。辺りはまだ真っ暗。
朝の冷え込みで少々寒い。
そんな寒さに気づいて目が覚めた私は、スマホの画面を明るくする。
画面には、好きなアーティストの黒い兎をモチーフにしたキャラクターが写るだけで、何も通知はきていない。
翌日、また翌日と通知は何もない。
ただ、スマホを付けても黒い兎が微笑むだけ。
私は嫌われたのだ。
それもそうだ、初対面であんな醜態を晒した。
連絡が来なくて当然だ。
それにそもそも、シュウさんは、あの日のうちに、断ろうとしていた。
そんな人間に返事をする必要がない。
そこから数日、私は何もやる気が起きず、ベッドで寝返りを打つ日々が続いた。
気づくと、シュウさんと会って1週間が過ぎた。
そろそろ、「シュウさんとの出来事は忘れて、何か別の行動を起こさないと」なんて考えていた、お昼頃、不意にスマホが音を上げる。
ベッドから起き上がった私は、それを手に取ると、黒い兎の顔が「菊乃シュウ」という通知で隠れていたのだった。