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足りない二人の作品集  作者: みっちゃま
7/18

7. 妹の気持ち(22/12/12/改)

お兄ちゃんは引きこもりだ。


私がまだ幼稚園児だった頃になるだろうか。

お兄ちゃんは、いきなり学校へ行かなくなった。

本人から、直接理由を聞いたことはないが、いじめられたんだろうと、今になって思う。



そんなお兄ちゃんを久々に抱きしめた。



お兄ちゃんは他の人と比べるとメンタルが弱い。

それは、本人も理解しているし、私から見てもわかる。

そんなお兄ちゃんが辛そうにしている時、こうやって抱きしめた。


お兄ちゃんを最初に抱きしめたのはいつだったろう?

そんな事を思いながら、私はベッドに倒れこんだ。



======================================




私がまだ、幼稚園の年少や年中だった頃。

記憶は薄いがお兄ちゃんと遊んでいた記憶がある。


積み木で遊んだり、パズルをしたり、おままごとをしたり。

同級生と遊んでいる方が楽しいはずなのに、嫌な顔一つせず、笑顔で遊んでくれた。


でも、私が年長になって少し経ったある日。

その日も私は幼稚園から家に帰るやいな、お兄ちゃんに遊んでもらおうと、お兄ちゃんの部屋の扉を開けた。

そこには部屋の隅っこで丸く体育すわりをし、俯きながら虚ろな表情を浮かべるお兄ちゃんがいた。

今思えば、これが引きこもりの始まりだったと分かるが、当時の私はそんなこともつゆ知らず、いつも通り遊んでもらおうと近づいた。


だが、声をかけても無反応。

指でほっぺをつついても、手で払いのけるだけ。

近くにあったゴムボールを投げても、お兄ちゃんに当たって跳ね返るのみ。


他にもあの手この手でお兄ちゃんにアタックしたが、どれも効果はいまひとつ。

最終的にその日は諦め、リビングでテレビを見た。



翌日、また翌日と私は幼稚園から家に帰るとお兄ちゃんの部屋に直行し、同じ事を繰り返したがダメだった。





ある日を境に私はお兄ちゃんに近づかなくなった。

別に嫌いになったわけではないけど近づかず、家に帰ると一人で遊ぶか、テレビを見るかになった。







時は流れ、私は小学2年生。

友達もでき、家に帰ると、外へ遊びに行く事が増えた。


その日も外で遊び、ゆうやけこやけが聞こえると友達と別れて帰路に着く。

両親は共働きで、19:00を過ぎないと帰って来ないために、帰る家にはお兄ちゃんしかいない。

そんな家に帰り「ただいま」と言っても、返事がくることは皆無なので、無言で扉を開けて玄関に入った。

靴を脱ぎ、廊下を進み手を洗おうと脱衣所に進む途中、いつもは閉まっているお兄ちゃんの部屋が少し空いていた。

最後にお兄ちゃんの部屋に入ったのは、もう幼稚園の頃。

久々のお兄ちゃんの部屋がどうなっているか 、気になった私は、ドアの隙間からソッと覗いた。


そこには、机の前に座り、真剣に何かを書いている兄ちゃんがいた。

少し近づくと、小さめながら、鼻歌を歌いながら、机に向かっている。

ちょっと楽しそう。


お兄ちゃんと遊ばなくなってから、早二年。

遊ばなくなってからは、面と向かってお兄ちゃんと会うことはほとんどなかった。

たまにすれ違っても、虚ろな表情で俯いているか、目を赤く腫らしているかのどちらかだった。


だから、機嫌の良いお兄ちゃんは衝撃だった。


翌日、また翌日とお兄ちゃんの部屋のドアを少し開けて覗くと、やっぱり楽しそうにしている。



私はだんだんお兄ちゃんが何をしているのか気になった。

でも、近付いて、声をかける勇気もない。


私は、お母さんに「お兄ちゃんは何をしてるの?」と聞いてみた。

お母さんは「絵を描いてるのよ。楽しい事を見つけられたようで、良かったわ〜」と嬉しそうに答える。


部屋に戻った私は、そんな楽しそうにしているお兄ちゃんに話しかけたかった。

だけどどう話しかけて良いのかわからない。

自分の部屋で頭を抱えると、先日お母さんに買ってもらったと少女漫画が目に入った。



私は少女漫画を手に取ると、急いでお兄ちゃんの部屋の前行き、ドアを開けた。

お兄ちゃんは絵を描くことに集中しているのか、こちらに気づいていない。


私はお兄ちゃんに近付くと背中をトントンと軽く叩く。

ビクッとしたお兄ちゃんはこちらに振り向いた。



私の鼓動は早くなる。

口の中も一気に干からび、水分がなくなった。


私はかすれた声で


「これ描いて」


と、少女漫画の表紙に載っている女の子を指差して言った。


一瞬、お兄ちゃんの眉間にシワが寄った気がしたが、コクンと頷き私の手から少女漫画を取ると、スケッチブックをめくり絵を描き始めた。


私はお兄ちゃんの隣に行き、机に顎を置くと、スケッチブックの上を鉛筆が滑る所をジッと見る。

大体、1時間くらいだろうか? 鉛筆の動きが止まり手から離れると、スケッチブックを両手で持ち、私の前に掲げた。

今考えると、バランスが崩れていた気がするが、小学二年生の私にとっては世界で一番上手な絵に見えた。


私が「欲しい! 」と言うと、お兄ちゃんはスケッチブックからその絵を切り離し、私にくれた。

そこから私は漫画を持ってお兄ちゃんの部屋へ行き、キャラクターを指差して「描いて」とリクエストする日が増えた。


最初は眉間にシワを寄せることが多かったが、だんだんと受け入れてくれるようになった。

気づいたら放課後に友達と遊ぶことが減り、学校が終わると急いで家に帰り、お兄ちゃんの部屋へ直行してリクエストするのが日課になった。




そんな日々を過ごしていたある日。

いつも通り、お兄ちゃんに描いて欲しいキャラクターをリクエストした。

1時間くらいして、出来上がったイラストをスケッチブックから切り離し、私に渡した。



確かにいつも通りの上手な絵だったが、何かが違った。

説明はできないけど、何か違った。




「いつものお兄ちゃんの絵と違う」




とお兄ちゃんに言ったが、お兄ちゃんは変わらないとしか言わない。

私は泣いた。


翌日、また翌日もお兄ちゃんの絵は何かが違かった。




そこから私はお兄ちゃんの部屋に行かなくなった。

放課後、家へ帰ってもアニメを見たり、漫画を読んだりした。






お兄ちゃんの部屋に行かなくなって1週間。

アニメを見たり漫画を読むのは楽しかったけど、何か心にぽっかりと穴が空いていた。




何をするわけでも、何を話すわけでもなかったが、お兄ちゃんといるのが楽しかった。


そんなことに気づいた私は、読みかけの漫画を閉じると部屋を出た。

そして、お兄ちゃんの部屋の扉を開けるとお兄ちゃんは部屋の角で丸くなっていた。





年長の時に見た、あの、部屋で疼くまるお兄ちゃんと同じポーズをしていた。

当時は、「遊んでほしい」と言う気持ちで近寄っていったが、今は何をすれば良いのかが、なんとなく分かる。





私はゆっくりとお兄ちゃんに近づき、ソッと抱きしめた。

最初は何を言うでもなくするでもなく、お互い固まったままだったが、いきなり胸のあたりが湿った。


お兄ちゃんが泣いた。


声を出すことなく、静かに泣いていた。

胸がどんどん湿っていく。


私は何か言えるわけでもなく、ただただ抱きしめながら、頭を撫でることしかできなかった。





そんな事があった翌日の晩。

お兄ちゃんの部屋にパソコンが置かれた。

私はお兄ちゃんの部屋に行こうとしたが、両親に止められて、入らせてもらえなかった。




次の日、学校から帰宅してお兄ちゃんの部屋に行くと、私の大好きなキャラクターが画面に写っていた。

今見ると線はガタガタで色はバケツで染めただけのお粗末なイラストだけど、いつものお兄ちゃんの絵だった。

その絵をプリントしてもらった時、私はいつものお兄ちゃんが戻ってきた気がして嬉しかった。



次の日からは毎日お兄ちゃんの部屋行き、リクエストした絵をパソコンに描いてもらい、印刷してもらった











そして時は経ち、私は13歳。お兄ちゃん17歳。


父が死んだ。

私を生んだ時点でいい年だったからしょうがないかもしれないが、ガンと診断され、3ヶ月もしないうちに亡くなった。



1年後には後を追うように母が脳卒中で亡くなった。



父が亡くなった時は、葬儀の準備を母がほとんどやったため良かったが、母が亡くなった時は未成年が二人だけ。

だから、親戚のおじさんが指揮をとって、色々とやってくれた。


私もできる限りの事は手伝った。


そして、通夜の日。親戚、両親の知り合いが集まる中、私はもちろん、お兄ちゃんも出席した。







集まった人たちの、お兄ちゃんに対する反応は冷たかった。







「妹のレイカちゃんはしっかりしているの、お兄ちゃんは引きこもりですって」

「高校すら卒業してないんだろ。将来、ロクな大人になれないな」

「もう、18歳だってのに、人とうまく話せないんだって。この先が心配ね」



私はもちろん、お兄ちゃんにも聞こえるような声で、そんな言葉が飛んでいた。




そして、通夜も終わり、葬儀、告別式と、とりあえずの供養で行う礼儀はほとんど終わった。



すると、

「あとの、細かい手続きは、君たちの考えに則って、おじさんがやるから二人は帰っていいよ。疲れてだろう?」


と言ってもらえたので、ご厚意に甘えて、お兄ちゃんと家に帰った。

ドアを開き玄関で、お兄ちゃんの顔を見た。




年長の時に見た顔と、同じ表情をしていた。





私はドアを閉め、お兄ちゃんをソッと抱きしめた。

お兄ちゃんは泣くでもなく、私の肩に頭を預けるだけだった。



そのあと、おじさんの家で暮らす案も出たが両親の遺産が結構あり、家も持ち家だったので丁寧にお断りした。

おじさんは「何かあったら、いつでも頼ってくれていいから。シュウくんにも、そう伝えてくれ」と笑顔で言った。

親戚の中での味方は、このおじさんだけらしい。





そして、四十九日も終わり、ひと段落ついた。

お兄ちゃんは葬儀が終わってからというもの、笑う事がなくなった。

絵を描いても途中で思い悩んだように頭を搔きむしり、下書きが書かれた紙くしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱へ。

部屋のゴミ箱は山積みになる事が増えた。

そして、スケッチブックやパソコンに向かう日も少なくなり、ベットで丸くなっている時間が長くなっていた。


心配になった私は、声をかけるけど「………大丈夫…」としか返事をしない。

ご飯も食べる量が日に日に減り、やつれていった。



私の力では、どうする事もできないと悟ったので、おじさんにこの事を話してみた。

するとおじさんは「シュウくんの絵を見せて欲しい」と言った。

私は、今までにお兄ちゃんからもらった絵を、全てファイリングしていたので、おじさんに見せた。





おじさんは、そんな絵を見ると、真剣にファイルをめくっていく。

そして何か考え事を始め


「シュウくんとお話しできないか?」


と言った。


私はおじさんを連れて家に帰ると、おじさんはお兄ちゃんの部屋に入り、色々と話し始めた。





おじさんはフリーのwebデザイナー。

お兄ちゃんの絵を見たおじさんは「この絵ならイケる」と思い、おじさん経由でイラストの仕事をやらないか? と打診したらしい。


最初は遠慮をしていたお兄ちゃんだが、最終的にはおじさんに押し切られ、提案に乗ることとなった。



それから、おじさん経由で回ってきた仕事をやるようになったお兄ちゃん。

最初は修正も多かったからか、おじさんの仕事を請け負うのが辛そうだったが、半年もすれば慣れていき、絵を描くことに対しての自身も取り戻し、ご飯も今まで通りの量を食べるようになった。



おじさんから貰う仕事をこなす日々が続いたある日。

お兄ちゃんは私に紙束を渡した。


「漫画を描いた。読んで感想を言って欲しい」

「漫画? なんでいきなり? 」

「引きこもって数年。絵を描く事しかできなかったどうしようない僕に『漫画のキャラを描いて欲しい』と話しかけてくれたレイカ。それが嬉しかった。今度はレイカの好きな漫画を描けるようになりたい」


お兄ちゃんはそう言った。

私のために漫画を描いてくれた。

漫画の内容は正直、面白くなかったけど、私のために描いてくれたのが嬉しかった。


そこからお兄ちゃんは、おじさんから来る仕事をこなしつつ、漫画を描くようになり、いつのまにか出版社に持ち込みへと行くようになった。




そして今日、お兄ちゃんにあんな出来事があった。

私のお兄ちゃんに近寄った、ユイちゃんという娘。

こんなお兄ちゃんだから、何かあったら、もっと傷ついてしまうかもしれない。

今度は立ち直れないかもしれない。


けど、話を聞く限りは悪い子とは感じなかったし、私とおじさん以外の人間とも、プライベートで触れ合うのは良いことだ。






お兄ちゃんは私に依存している。

お兄ちゃんは私がいないと生きていけないぐらい弱いから、高校生になった今でも私は部活もしないし、学校が終わるとすぐに家へと帰宅する。

だけどこれは、私のエゴだということくらいわかっている。


お兄ちゃんはおじさんから仕事をもらって、最近では一人暮らしできるぐらいに稼いでいる。

それに、ご飯を作る以外の家事は基本、お兄ちゃんがやっている。

人間関係の構築の仕方や、メンタル面、感情表現はまだ幼いかもしれないが、生きようと思えば一人で生きていける。


そう、私がお兄ちゃんと離れたくないだけだ。



私は基本、大抵の事はそつなく出来る。

ただ、突起して何かができるというわけでもない。

要は、平均点を取れるだけだ。

だから、絵が上手いお兄ちゃんが、私を頼ってくれるというのが、私にとっての、何よりもステータスだ。


そう、私も、そんなお兄ちゃんに依存している。




私自身もそろそろ、お兄ちゃん離れをしたほうがいい。

お兄ちゃんのためにも。私のためにも

そんなことを考えながら、私は夢の世界へ行った。






======================================






お兄ちゃんがユイちゃんと会ってから、一週間が経過した朝。

お兄ちゃんはまだ、ユイちゃんに返事をしていなそうだった。


だから、朝ごはんを食べている時、


「お兄ちゃん。ユイちゃんにお返事した?」

「うっ…………うぅん………………」

「その反応……まだ、できてないんでしょ」

「……………はい……」

「早く返事してあげないと、ユイちゃんが可哀想だよ。もしする勇気がないのなら、私がお兄ちゃんの携帯を使ってお返事を書いてあげよっか? 」

「そ、それは大丈夫だから!! 自分でちゃんと書くから」

「そう? それならいいけど。それとお兄ちゃん。お返事は文章でするんじゃないよ。ちゃんと会って話しなよ。トークアプリは『話したいことがある』って、会う約束をするために使ってよ」

「な、なんで? 」

「いいから、そうしな! それが女心だから」



踏ん切りのつかないお兄ちゃんの背中を、私はもう一押ししてあげた。

私も変わるために。

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