18. 変わらない場所。
ユイさんと映画館に行って1週間経過した。
最近は外へ出る頻度が少し上がった。
先週の土曜にはレイカと原画展へ。
日曜日にはユイさんと映画館へ。
こんな感じで出かける事が多くなったから、なのかは定かではないが前よりも1回の集中力が持続している。
また、前は「仕事しなきゃ……」と自分の脳みそと体にムチ打って、ダラダラと作業に取り掛かる事が多かったのだが、今はPCの前に座ったらすぐに作業を行うことができている。
作業スピードも上がった。
でも、ユイさんと映画を見に行ってからは特に外出をする用事がないので、家に引きこもって作業をしている。
そのためか、そろそろ疲れが見え始めてきた。
それに月曜日に比べて集中力の持続時間が少し減った。
だが、出かける前に比べたら捗っている。
でも、外へ出たい気持ちもあったりするので、気分転換も兼ねて少し散歩へ外に出るのもアリな気はするが、用事がないのに外出はしたくない。
そんなことを思いながらマグカップに口をつけると空っぽだ。
僕は休憩がてらコーヒーを淹れに行こうと席を立ち、台所へ向かった。
リビングのドアを開けるとソファに座りながら靴下を履くレイカの姿があった。
「どこか行くの?」
「うん! 夜ご飯の買い物行くついでに本屋にも行こうかと」
「ふ〜ん」
僕は相槌を打ちながら思考を巡らせた。
さっき、外へ出たいって思ったけど出る理由がないからやめた。
けど、これは外へ出る立派な理由になるのでは?
「僕も一緒に行ってもいいかな?」
レイカは先週同様、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
けど、前とは違い、すぐに表情が優しい笑顔へ変わった。
「別にいいよ、一緒に行こ!」
僕はうなづいてコートを羽織いに自分の部屋へといった。
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今は11月下旬。15:00頃。
この季節の割には暖かい。
線路を横目に僕らは駅前へ向かう。
「けどお兄ちゃん。ユイちゃんと出会ってから外へ出るようになったね!」
「出るって言っても、先週の日曜日に映画に行って以来外に出てなから、もう6日間は外出てないよ」
「それでも、今までは打ち合わせがない限り、出ようとしなかったでしょ。私が出かける準備をしてても、『ふ〜ん』って言うだけで部屋に戻ったし。それに、何年か前までは引きこもりだったんだよ。だから進歩だとおもよ」
「そうかな?」
レイカと、そんな事を話しながら線路沿いを歩いてたら、いつのまにか駅前に着いた。
「とりあえず、先に本屋行こっか!」
「うん」
僕はレイカに着いていった。
本屋は駅と繋がっている大型量販店の4Fにある。
けど、レイカは量販店の入り口に差し掛かると、それをスルーして横断歩道を渡ってしまった。
「あれっ? 本屋はここの上じゃないの?」
「うん、そこにも本屋はあるけど私はこっちが好き!」
そう言って横断歩道を渡ると、右に曲がってすぐにある『街の本屋さん』という言葉がとても似合う小さい書店に入っていった。
「おじいちゃん、やっほー!」
「おっ、レイカちゃん。いつもありがとね…………。って一緒にいるのは彼氏さんかい?」
「もぉ〜、おじいちゃんったら〜♪ 違うよ。お兄ちゃんだよ」
レイカと親しげに話すのは、髪はもう抜け落ちていて、目尻が下がる、常に笑顔で優しそうな老人。右胸あたりに「岩崎書店」白字で書かれたエプロンを着ている。
店員さんのようだ。
「あぁ、レイカちゃんのお兄ちゃんか、えぇっと……なんだっけ………。えぇ………………あっ! シュウくんだね! いつ以来かな、小学3年生とか、それぐらい以来かね」
おじいさんは笑顔をこちらに向ける
「あはは〜、お兄ちゃんとくるのはすっごい久しぶりだもんね! 」
僕は2人の会話についていけず、頭に疑問符を浮かべた。
「あら、覚えてないのかい? シュウくんはレイカちゃんとよく、レイカちゃんが毎月買っていた少女漫画雑誌を買いにきてたんだよ。そのうちの1回、買いにきたはいいけどお金が足りなくて『おじちゃん、すぐに残りのお金を取ってくるから誰にも買わせないでね!』って急いで残りのお金を取りに帰った時は笑っちゃったよ。いつも来てくれるからつけでも良かったのに」
レジに座るおじいちゃんは、ニッコリと思い出にふけりながら、そんな事を話した。
「な、なんとなく思い出してきたかもです」
「そうかい、それは良かった。ところで今日は何しにきたのかい?」
「えっとね〜、この間レイカが注文した漫画を取りに来たよ! 届いてる?」
「あぁ、この間のね。届いてるよ、ちょっと待ってな」
そういうとおじいちゃんは店の奥へと行き3冊ほど漫画を持ってきた。
「いつもありがとね、あと、これは対象商品買った人に付いてくる、おまけの栞だけど5種類ある。どれが欲しい?」
「全部‼︎ 」
レイカは笑顔で答えた。
「ほっほっほ。いいよ、全部入れとくね。シュウくんもいるかい?」
「えっ……。僕は何も買ってないんですけど……」
「いいよ、おまけ配布の期間が過ぎて余ったら、捨てることになっちゃうから」
「それでしたら、お言葉に甘えていただきますけど、本当に大丈夫ですか?」
「あぁ、今は本や漫画、雑誌を手に入れる方法が増えてしまって、うちに足を運んでくれるのはほとんどいないんだ。本当は1冊につき1枚なんだけど、それだと余ってしまい捨てることになる。ただ、それは勿体無いし、この栞も欲しい人の手に渡る方が嬉しいだろうからね」
「では、いただきます。絵を描く参考にもなりそうなので」
おじいさんは優しい笑顔をこちらに向けて、僕とレイカの分を2枚づつを漫画と一緒に袋へ入れてくれた。
「でも、来る人が少ないという事は色々と大変なのでは?」
「そうだね。だけどうちは近所の小学校などの学習機関、時には図書館の人に頼まれて教科書や本を取り寄せて配達しているから、そっちで賄えているよ。だから本当はこうやって店を構えて、毎日開ける必要も無いんだ。お客さんも少ないし」
「へぇ〜。じゃぁ何故、続けてるんですか?」
「それは、レイカちゃんみたいな本や漫画を好きでいてくれるお客さんがいまでも
、うちへと通ってくれる。そういった人と話したり、本を手に入れた時の笑顔を見るのが嬉しいからかな。あとは、お店が開いてるという事が街の活性化に繋がるんじゃよ」
おじいさんは、遠くの方を見ながら、思い出を語るかのように答えてくれた。
「そうだ、お兄ちゃん! お兄ちゃんも何か本を注文すれば? 本屋さんって置いてある本だけじゃなくて、置いていない本を出版社に注文できるんだよ!」
「へぇ〜。何かオススメある?」
「う〜ん…… オススメの本や漫画はほとんど私が買っちゃってるから、いつでも貸せるし…………。そうだ! 漫画の上手な描き方とか面白いストーリーの作り方とかが、載っている参考書とかどう? 時々、大きい本屋さんで見かけるよ」
「そんなのがあるんだ、それにしようかな。だけど、その本の名前は?」
「探せば色々な種類があるから、名前って言われてもわからないよ」
レイカと2人で頭を悩ませていると、おじいさんがこんな提案をしてくれた。
「なら、わしがいくつかその本を探して見繕ってやろうか?」
「いいんですか! けど、迷惑では……」
「そんな事はない。大きい本屋やネット通販、電子書籍だと無理かも知れんが、ここは街の本屋さん。そういった所では出来ないようなサービスをするのが大事なんじゃ。おまけの融通を利かすとかな」
「では、お言葉に甘えて頼んでもいいでしょうか?」
「あぁ、何冊ぐらい買うか? 値段にもよるが」
「とりあえず、3冊ぐらい買えればと。値段は常識の範囲内であれば、大丈夫です」
「そうか、ではいくつか候補を探しておくから、目星がついたら電話するよ」
「ありがとうございます」
この後、おじいさんに渡された紙に必要事項を書いて店を後にした。
「良いお店だったでしょ」
「そうだね」
「たまに、前の月に余った雑誌の付録とかもくれるんだよ! ちなみにこのエコバッグは、おじいちゃんに余ったからって貰った雑誌のおまけだよ! 」
「へぇ〜」
そんな事をレイカと話しながら夜ご飯の具材を買いにスーパーへ向かった。