17. 役割は人それぞれ(22/12/20/改)
ユイさんと映画を見に行った翌日。
カーテンの隙間から差し込む光が僕の瞼を攻撃する。
僕は布団から腕を出すと、手探りでスマホを掴み、引っ込めた。
電源を入れると時刻は10:11
少し寝すぎてしまったようだ。
自己嫌悪に苛まれる。
だが、打ち合わせで外へ出て人と話した翌日は、気疲れをしているからか、大半起きる時間は遅い。
いつものことだ。
僕は自己嫌悪を屁理屈で包み込み、グッと飲み込んだ。
飲み込んだ直後は胸焼けをしたかのように、少しモヤモヤするが、これが原因で時間を潰してしまったら、また、それが自己嫌悪となって、飲み込んだ意味がなくなってしまう。
なので、布団を持ち上げ、冬のひんやりした空気を体全身で浴び、思考回路を断ち切る。
そして、ベッドから立ち上がりリビングへ向かう。
ドアを開け、食卓に視線を向けると僕の席に水色の付箋が貼られていた。
「お兄ちゃん、おはよう! レイカはもう学校に行くね。昨日の夜の残りや朝作った卵焼きが冷蔵庫に入っているから、それを食べていいよ!
PS.昨日は顔が疲れていたから遠慮したけど、デートの様子は今日の夜に聞くからね❤︎」
僕の顔は一瞬強張ったが、お腹が唸りを上げたので、冷蔵庫から肉じゃがの入ったタッパーを取り出し、小鉢に盛ってレンジで温める。
そして、鍋に水を入れ火をつけ、味噌汁茶碗にインスタント味噌汁の素を入れる。
その後、ご飯を茶碗によそっていると、レンジが終了の合図をしたので、温めた肉じゃがを取り出すと、次は冷蔵庫から出した卵焼きをチンした。
そうしてるうちに、水もボコボコ音を上げて、沸騰している事を伝えてくる。
急いで火を止め、味噌汁茶碗に注ぐと温めた卵焼きと一緒に食卓へ。
「いただきます」
僕はテレビをつけ、芸能人のくだらない離婚情報を垂れ流すワイドショーをBGMにお腹を満たし、使った食器を洗った。
そして日課の掃除・洗濯を済ませ、コーヒーをマグカップに注ぎ、ワークデスクに着く。
時計はもう、12時手前。
土曜日はレイカと、日曜日はユイさんと出かけているため、仕事は予定より遅れている。
僕は遅れを取り戻すために、ほっぺを「パチンッ」と叩き、気合を入れてからPCの電源を入れる。
そして、イラスト制作ソフトをを立ち上げ、土曜日の続きを進めていった。
ふとPC画面右上の時間表示に目をやる。
時刻はもう14:42。
思った以上に作業に没頭していたらしい。
朝ご飯を食べたのが遅かったため、あまりお腹が空いていない。だが、マグカップの中身が空で喉が水分を欲している。
僕はデータを保存すると台所へ向かった。
鍋に水を入れお湯を沸かし、再びインスタントコーヒーを入れる。
ついでに、冷蔵庫の右ポケットに入っている小袋包装で一口サイズのチョコレートを2つほど手に取り、ワークデスクに戻った。
そして再び画面とにらめっこ。
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「たっだいま〜」
ドアの開く音がし、レイカが帰ってきた。
「おかえり」
僕はそう口に出しながら、再び右上の時間表示に目をやる。
17:32
今日は作業にすごく集中できる日だ。
土曜日にやり途中で終わらせていた仕事を完成させ、おじさんへ送り、別の仕事を三分の一ほど進められている。
そんな事を頭によぎらせていると、僕の部屋のドアが開いた。
「お兄ちゃんただいま! 今からご飯作るから、お風呂入れるなら、入っちゃって」
「うん、もうすぐ、キリがよい所だから、そしたら入る」
「よろしくー!」
レイカがそう言うと、元気に出ていった。
そして、5分もしないうちに、ひと段落ついたので、データを保存しPCの電源を落とすと、タンスから寝巻きとパンツを取り出し、脱衣所へ急いだ。
バスルームへ入り、頭、体を石鹸で清めた僕は湯船に浸かり、ぼーっと天井を眺め、思考を巡らせる。
今日は、週末に外へ出たから、疲れてあまり進まないと思っていたけど、いつも以上に仕事が捗った
そういえば、土曜日にレイカと出かけた夜も、少ない時間しか作業してないけど、その限られた時間にしては進んだ気がする。
引きこもり生活が長く、打ち合わせで人と喋った日の夜や翌日は、想像以上に疲れが溜まっているのか、集中力が散漫だったけど、レイカとのお出かけや、ユイさんとのお出かけみたいに、仕事ではない事で出かけた次の日は仕事が捗るのかもしれない。
僕はそんな事を思った。
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「あれっ!? 待っててくれたの? 先に食べてても良かったのに」
薄黄色のパジャマを着たレイカがバスタオルで髪の毛を拭きながらリビングに入ってきて食卓に座る。
「うん」
僕もテレビの前のソファから腰を上げ、食卓へ着く。
「えへへ〜♪ ありがとう! それじゃぁ」
「「いただきます」」
今日の夜ご飯はオムライスとオニオンスープ。あとは、ちょっとしたサラダだ。
僕は、早速ケチャップをオムライスにかけていると、レイカが
「で、昨日のデートはどうだったの?????」
と、いきなり聞いてきた。
突然だったため、せっかくよい感じに描けていたケチャップのウサギが血飛沫を浴びてしまった。
「だ、だからデートじゃないってば」
「そんな、出来事の名前についてはどうでもいいよ。どんな事をしたのか教えて! で、手は繋いだの?」
「繋いでないよ。てか、可もなく不可もなかったよ」
「え〜〜〜〜〜」
レイカは唇を尖らせる。
別に怒っているわけでもなさそうなので、ただただ可愛いだけだ。
僕はスプーンで、ウサギを塗りつぶし、絵を無かったことにしながら、昨日の出来事を一から順に、たどたどしくはありながらも説明した。
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「ちょっと、お兄ちゃん!! ユイちゃんに任せっぱなしじゃん! 」
「映画に行くって事は僕が決めたよ?」
「そこじゃないよ!! お兄ちゃんは『映画へ行く』って事だけを決めただけじゃん。話聞いてると映画館の場所もユイちゃんに案内されて、見る映画もユイちゃんが内容を教えるということでバックアップしてくれてる。それにお昼ご飯もユイちゃんが決めてんじゃんっ。 そこっ! そこが任せっぱなしでダメなところだよ!」
「そう? 」
「そうなの!! お兄ちゃんはずっと引きこもってたから分からないかもしれないけど、そこは直した方がいい。いや、直すべきところだよ!!」
「はぁ……」
「『はぁ』じゃない!!!!!! いい、お兄ちゃん。確かに話を聞いている限りだと、自分で決める前に見たい映画をユイちゃんに聞いたり、ご飯も食べたい物を聞いたりと『優しい』ではあるけど、言い方を変えれば、全部人任せだからね!! 男は優しいだけじゃダメなの!! 時には強引にリードして欲しいの!! それが乙女心ってやつなの!! 」
「それはレイカの理想じゃないの?」
「レイカの理想というか、一般的な女性はだいたいそうなの!! 優しさの中に強引さも求めているの!! いわばギャップが必要なの!! これは世の女性、9割以上が求めていることなの!!!!!!!」
「ふ〜ん」
「それに、優しいだけの男は大半『良い人』で終わるからっ!! 『Like』はいくけど「Love」までいかないの!! もっと言ってしまえば、恋愛には発展しないの!!!!! これは、どんな少女漫画でも必ず言えることだから!!!!!!!!!!」
「いや、ユイさんとは恋愛がしたいのではなく、漫画を描きたいだけなんだけど……」
「全く恋愛感情がないの?」
「なっ!! ま、全くないと言えば……………う、嘘になるかもしれないけど…………魅力的な人だとは思うし…………。でも、ユイさんは高校生だよ…………それにユイさんが漫画を一緒に描きたいと言ってきてくれたから、そんな感情を持つのはお門違いな気が…………」
「お兄ちゃんは考えすぎだよ。もっと気楽に、そして素直になりなよ。それに女性が全く接点のない、初めましての人に話しかけるとき、多少は選んでるからね」
「そ、そうなの?」
「そうだよ!! まっ、あとはユイさんから、色々と教わりな! 私が教えるよりも成長できるから!!」
レイカはそんな事を言うとスプーンを動かしオムライスを食べ始めた。