くらやみとあけぼの
気づけば私は、何も見えない暗闇の中に寝転がっていた。
いつここに現れたのか、いつからここに存在したのか、わからない。
その中で、私は、私の意志を持って自由に自分の部分を動かすことができない。
自分の脳が身体に信号を送っても、ただただ手足をじたばたさせるだけである。
そして時間が過ぎた。身体が徐々に動くようになってくる。わずかだが身体に自由がきくようになった。
そして深淵の中に一筋の、強く私の目に焼き付く光が差し込んでいることに気づく。
それは意識すれば、なおとても強く暖かく輝いているように見えた。
私はその光に、何とも言えぬ親しみを抱く。その光の中に何かがあるような気がして、うまく言えないが、その光は私が追わなければならない。
理由などない、感じることもない、ただ、本能的にそれを追わなければならないような気がするのだ。
私はゆっくり這い出す。そこから這いずって光の源を目指す。ずるずる這っている。それはとても遅い。
しかし遅くても良い、光がそう語りかけているような気がするのだ。
這いずりまわっていくうちに身体が前より軽く、強く動くようになる。そう感じて自分は、自分の身体をもっとうまく動かすことを企図する。そして、ますます軽快でしかし力強さを増していく。
そのうち自力で立つことができるようになった。立てるようになり、探ることができる範囲が拡張されたため、暗闇をいろいろ、あちこちを触ってみる。
闇には何か温かいものがある、冷たいものがある。温かいものに触れたとき、心に安堵感のような、幸福感のようなものがめぐってくる。
冷たいものを触ったとき、心には恐怖心や不安感が支配する。そのうち温かいものの場所を覚え、冷たいものの場所を覚え、温かいものだけを触ろうとする。私の心は幸せで充足された。
そして手さぐりをしていくうちに身体は完全に設計された機能を発揮できるようになった。温かいものを探りながら、私は光を追う。
光を追い続けるうちに、光の向こうをなぜ追い求めるのか?私は疑問を抱くようになる。
その疑心、欺きに対しての根拠などありはしない。しかしあふれ出る疑念を止められないのだ。
猜疑心は増幅し、疑念は妄想を呼び、妄想は見えている光を邪にゆがめてしまう。しかし、その邪悪こそが私にとっては現実なのだ。
光を追わなければならないという気持ちと、なぜ追うのかという気持ちが交錯する。何度も光の道から逸れ、闇に溶けてしまいそうになる。
光の道は、とてもか細い、安定を持たない道である。その不安定は私の心の振動が引き起こしているのだ。しかし、一縷の光を追い続ける。
ただそれを信じて追い続ける。揺らぎをこらえながら追うしかないのだ。闇に溶ければ、絶望しか待っていない。そんな気がする。
光を追い続けるうちに、大きな段差に突き当たる、光はその何段も連なる段差の上に存在する。しかしそれを追うには段差をよじのぼっていかなければならない。
何度も挑戦するが段差は私の身を弾き返すように下に落とす。その段差は、徐々に闇に飲み込まれていく。一段、一段、飲み込まれた段差がどうなるのか、飲み込まれた段差にいた者、すなわち私はどうなるのか、それはよくわからない、わからないからこそ私は不安と焦燥に駆られる。
どうにか必死で、必死で、一段、そしてまた一段とよじ登っていく。息を切らしながら、体を傷つけながらよじ登るのだ。
ふと周りを見渡してみると、暗闇の中に段差が並んでいる、そして多くの人が、知らない人がよじ登っている。途中で闇にのまれる人間もいる。軽々よじ登って光の栄冠を手にするものもいる。そして後ろを見返すと、そこには闇ではなく、温かく楽しいものが待っている、あそこに飛び込めば良いのではないか、飛び込めばこの苦痛を伴う作業も終わる、そんな誘惑に駆られる。
周りには諦めて闇に飛び込むものもいた。しかし温かいものに包み込まれ、ぬかるみにはまってしまったようにそのものは闇に溶けていく。その様に私は恐怖を感じた。二度と戻ってこれない、光のかなたにはたどり着けないかもしれない。
私は自分の段差に差し込む光を見る。光は徐々に遠くなっていく。しかし遠くなって、か細くなっていく光は、私の心に呼びかけている。ゴールは近い、と。冷え切った心に火が灯る。そして、最後の段差をよじ登り私は、ついに頂上へたどり着いた。
光は微笑んだように見えた。私も微笑み返し光のもとへ走る。しかし光はそこで消えてしまった。続いていたのは暗闇である。光は役目を終えたのだろうか。
光を失ったさみしさ、徒労感、虚無感は不思議とわかなかった。私は強くなったのか?光の導きに頼らずとも生きていける。そんな気がするのだ。
気づけばそこは暗闇ではなく、真っ白な世界であった。その真っ白な世界は、どう塗り替えていくのか、何を築いていくのか、すべて私の自由である。そこではすべてが可能になる。光の向こうにはそんな希望の世界があった。