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オレは今日もまた、ファンタジアーツの世界に来ていた。
それは当然だ。
このゲームをするために頑張って今の高校に入学し、部活にも入らないでいるのだから。
妹の分のゲームも買い、アカウント使用料だって自分のと合わせてふたり分払っている。
思う存分、楽しまなくちゃ意味がない。
オレはリアルなこの世界の空気を、肺がはち切れんばかりに吸い込んだ。
同時に接続できない以上、妹のアカウント使用料は無駄になっている気がしなくもない。
それだって、目的が達成できるのであれば、安い出費だと言える。
今後のオレの人生をバラ色にするための、先行投資。
もし達成できなかった場合には、本当に無駄だったことになってしまうけど……。
とにかく、行動あるのみだな。
オレは決意を胸に、町の中を歩いていった。
人はたくさんいる。でも、道行く人に適当に話しかけるのは、人見知りのオレにはなかなか難しい。
だいたい、ゲームとして遊んでいるのだから、目的地に向かっている人がほとんどだ。
オレみたいに、ただフラフラしているだけなんて人は、まず存在していないと思われる。
「う~ん……。まぁ、べつにいいか」
人の様子を観察するっていうのも、また結構面白かったりする。
急いで走っていったと思ったら、忘れ物でもしたのか戻ってきたり。
よく見かける人だと気づいたけど、一緒にいるメンバーに目を向けてみると毎回変わっていたり。
歩いている途中で突然立ち止まって、テレポッターの魔法を使ってテレポートしていったり。
町の中を忙しなく行ったり来たりしている姿を見ると、みんな、このゲームを楽しんでいるんだな、と思う。
たまに、なんだか疲れ切った表情の人が通ったりもするけど。
クエストの中には、非常にシビアなものも存在しているらしいから、そういった上級者向けコンテンツを遊ぶ場合、心身ともに疲弊してしまうこともあるのだろう。
ゲームは遊びなのに、疲れたりとか精神的に苦しかったりとか、そんなのおかしいとは思う。
それでも、難しいクエストを達成できたときの喜びは、今のオレには想像もつかないものなのかもしれない。
報酬だってすごくいい物になるはずだし。
「今日は、どこに行こうかな」
ひとり言をつぶやきながら、ぼーっと前方を眺める。
色とりどりの屋根が連なる建物群の中に、ひと際高く伸びる尖った建造物が目に飛び込んできた。
協会の逆円錐形の屋根から大空へと向かって伸びる、通称「太陽の針」だ。
ソレイユ協会。夜でも温かな光に包まれる場所。
一定の時間に鐘の音を響かせる、かなり大きな規模の建物だ。
建物のそばまで近づいて空を見上げ、「太陽の針」が太陽を突き刺しているように見える場所に立つと、素敵な出会いが訪れる。
そんな言い伝えもあるとかないとか。
「せかっくだし、行ってみるか。言い伝えなんて、眉唾ものだけど」
言い伝えやら、都市伝説やら。そういった話は好きではあるものの、べつに信じたりはしていない。
でも、これといってやることのなかったオレは、軽い気持ちでその協会へと足を向けることにした。
そこで本当に素敵な出会いが待っているとは、このときはまったく思ってもいなかった。
協会の周りには、ちらほらと人がいた。
ここでは、結婚式が執り行われたりもする。
もちろん、このゲームの中での結婚式だ。
結婚式の際には、様々な飾りつけがなされ、壮大なイベントとなるのだけど。
今はそういった雰囲気ではない。
結婚式にはクローズタイプとオープンタイプがある。
クローズタイプの場合、協会の周辺全体が貸し切り状態となり、招待された人しか入れなくなる。
一方、オープンタイプだと誰でも入ることができ、式の様子を見学できる。
騒がしい雰囲気に気づいてここまで来てみたら、結婚式をやっていたということが以前にあったのだ。
いつかオレも、あんな風に結婚できたらいいな。
そう思える、とても雰囲気のいいイベントだった。
ちなみに、結婚式によって中に入れなくなる可能性もあるため、協会はクエストなどで来る用事が一切ない場所となっている。
それなのに結構多くの人がいたりするのは、この温かな雰囲気と、言い伝えがあるためなのかもしれない。
「確かに、建物に近づいただけで温かいんだよな、ここ。心まで温まりそうだ」
それは錯覚ではないはずだ。
きっと気温も上がっている。
温度計なんて持っていないから、正確にはわからないのだけど。
いや、それ以前に、今いるこの世界そのものが、ヴァーチャル空間でしかないんだっけ。
あまりもリアルだから、ついついそのことを忘れてしまいがちだ。
現実には、自分の部屋でヘッドセットをかぶってベッドで横になっているというのに。
なお、ブレインインパルスのゲームを遊んでいる場合、睡眠中と似たような状態になっている。
だから、ベッドや布団で寝ながらプレイしている人が多い。
といっても、必ずしもそうする必要はなくて、椅子に座って居眠りをしているような格好で遊んでいる人もいるらしい。
なんか、遊び終わったあとに疲れていそうだし、オレはベッドに寝っ転がってからログインするようにしているのだけど。
「さて……と」
オレは周囲に視線を配ってみた。
もちろん、女の子を物色するためだ。
ここはクエストなどで訪れることのない協会ではあるものの、町の中央部に広めの敷地を持って存在している。
そのため、近道をする意図で通過していく人の姿はそれなりに見受けられる。
とはいえ、急いでいる人に声をかけるなんて、オレにできるわけがない。
相手が急いでいなかったとしても、なかなか話しかけられる勇気が持てないくらいなのだから。
とりあえず、なにかの用事があるのかは知らないけど、この教会に留まっている人をターゲットにするのがいい。
オレはそう考えていた。
あの言い伝えもあるわけだし、出会いを求めて来ている人なら利害は一致する。
まぁ、オレなんかが相手じゃ、素敵な出会いとは思われないだろうけど。
まずは、さりげなく観察してみよう。
ぱっと見、さっきから協会の片隅で立ち止まっているのは、ふたりの女性だけのようだ。
言い伝えを気にして、屋根の上にある「太陽の針」を見上げている様子はない。
昔はこの教会も大人気スポットだったと聞く。
だけど今では、言い伝えについては、やはり単なる伝承でしかなかった、という噂も流れている。
だとすると、出会い目的でここに来ている人なんて、今さらそうそういないと考えられる。
相手の目的がどうとかは、この際置いておこう。
要はオレが女の子とお近づきになれればいいのだ。
できればロマンチックな言葉でいい雰囲気に導ければ最高だけど。
オレは軽く伸びをする。
そして周囲を見回すふりをして、それとなくふたりの女性を確認してみた。
片方は和服っぽい衣装を身にまとう、おとなしそうな女の子だった。
見た感じ、オレよりいくつか年下だろう。
肩くらいの長さに切り揃えた黒髪で、人形のように可愛らしい顔立ちをしている。
もうひとりは白くて大きな帽子を深々と被った女性だった。
ウェーブのかかった茶色の髪は、かなりのボリュームと長さがある。背中……いや、腰まで伸びているだろうか。
こちらは顔がよく見えないけど、おそらく年上の人だろう。
どちらか選ぶとするなら……年下の子のほうかな?
もしかしたら、妹と接しているような感覚で話せるかもしれないし。
そもそも、年上っぽい女性は顔が帽子で隠れているから、綺麗な人かどうかもわからない。
実際には、ゲーム上のキャラクターなのだから、わざわざブサイクな顔にするはずもないのだけど。
オレはここでも、あまりにリアル過ぎる感覚から、ゲームの中だということを失念していたようだ。
ともかく、ターゲットは決定した。
オレは意を決し、ドキドキしながらも和装の少女に近寄っていった。
「あ……あの、すみません!」
「……はい……?」
若干上ずった声になってしまったけど。
オレが話しかけると、女の子は顔を上げてこちらに目を向けてくれた。
遠くから見ても可愛らしい顔だと思ってはいたけど、こうして近寄ってみると、思った以上に繊細で綺麗だった。
声もすごく澄んでいて、心地よい響きが聞いているオレの全身を優しく包み込んでくれるようにすら思えた。
はっ……!
たったひと言、会話とも言えないやり取りをしただけで、なにを満足感に浸っているんだ、オレは。
少女はそんなオレを微かに首をかしげる仕草で見つめている。
このままでは怪しい人だと思われて終わりだ。
なにか喋らないと!
……でも、どんな話をするか、まったく考えてもいなかった。
「えっと……つ……」
「……つ……?」
少女にじぃ~っと見つめ返されて、オレの脳みそは沸騰しそうだった。
だからなのか、オレの口から飛び出したのは、こんな素っ頓狂な言葉だった。
「月が綺麗な夜ですね!」
う……。
これでは完全に怪しい人だ!
なにかロマンチックなことでも言わないと、なんて考えていたのがあだとなった形だろうか。
だいたい、今は昼間で月なんて出ていない。
しかも、「月が綺麗ですね」は、アイラブユーの意訳としても使われるような言葉だ。
これはもう、怪しい以外の何物でもない。
だけど、意外と反応は悪くなかった。
「……ふふっ。あなたの心の中では、いつでも綺麗な月が輝いているんですね」
「あ……あははは……」
笑ってくれているのだから、気味悪がられているってことはない……と思いたい。
気を遣ってくれているだけだろうとは思うけど、それでも逃げられなかったのだから、会話を続けても問題はないはずだ。
「んっと、オレはソラ。君は……?」
「……ふふっ。クズキリです。でも、あなたの名前、わたしはわかっていましたよ?」
「え?」
それは、以前からオレのことを気にしていたということか?
……なんてことが、あるはずもなかった。
「……ふふっ。だって、頭上に出てますから」
「ああっ、そうだった!」
この世界では、相手を見つめれば名前が頭上に浮かび上がる。
そういうシステムになっているのは、前にも言及したとおり。
こんな初歩的なことにすら気づかないなんて、どれだけ焦っているんだオレは。
ここは気分を落ち着かせるためにも、状況を変えてみよう。
まだ早いかもしれないけど、オレはいつもの作戦を決行することにした。
「あ、クズキリちゃん、ごめん! もう交代の時間だった!」
どさくさに紛れて、ちゃんづけで呼んだりもしつつ、オレは要件を伝える。
「……え? 交代?」
「うん。妹もこのゲームを遊んでるんだけど、パソコンを持ってないから、オレのを貸すことにしているんだよね」
「……へぇ~、そうなんですか。仲がいいんですね」
「まぁ、悪くはないと思うけどね。
それで、せっかくだし、もしよかったら妹と遊んであげてくれないかな?」
「……ええ、いいですよ」
「ありがとう! 妹をここに来させるから、ちょっとだけ待っててね。
あ……名前はマリンだから」
「……はい、わかりました。お待ちしております」
ここまでかなりの早口で言って、オレはログアウトする。
そしてすぐにもうひとつのヘッドセットを装着して、マリンとしてログインした。
クズキリちゃんを待たせるのは悪いな、と思ったからだ。
協会まで向かう途中は、少し不安があった。
クズキリちゃんは笑顔で話を聞いてくれていた。
それでも、オレは初対面の相手で、いきなり怪しいことを言った人間だったのだ。
内心では「キモい」と思われていた可能性だってある。
妹が口癖のように「お兄ちゃん、キモい」と言い放つ様子が脳裏に浮かんでくる。
本気でそう思っているわけではないだろうけど、妹の羽美には、よく「キモい」と言われている。
家族だからこそ、軽口だと思って受け流せているけど、他人から同じように言われたら……。
考えただけで気が重くなる。
というか、待っていると言っていたけど、やっぱり気持ち悪いと思い直して、いなくなっているかもしれない。
オレは早めに到着できるよう、なるべく必死に走った。
妹のキャラ――マリンは、女の子だから、スカートをはいている。
しかも、かなり長めのスカートだ。全速力で走るのは向かない格好と言えよう。
だいたい、速く走りすぎたらスカートがめくれ上がってしまう。それはさすがに、はしたない。
足に絡みついてくる布地の感触が、とても鬱陶しく感じられる。
オレは結局、キャラを変えても焦る気持ちは変えることができないまま、再び協会の中へと足を踏み入れた。
「……あ、マリンさん。初めまして」
オレが到着すると、クズキリちゃんのほうから声をかけてくれた。
「あ、どうも! 初めまして! マリンです! はぁ、はぁ……!」
「……ふふっ。そんなに急がなくてもよかったのに。でも、ありがとうございます」
走ると息が切れる。
こんなところまで、リアルに再現されているんだよな、このゲーム。
単純に、オレが持久力なさすぎなだけなのかもしれないけど。
ある程度、呼吸が落ち着いたあと、オレはマリンとして、クズキリちゃんとの会話を始める。
「クズキリちゃんってさ……。あ、ちゃんづけしちゃって、大丈夫かな?」
「……ええ。おそらくですが……わたしのほうが、年下だと思いますから」
「そうなの? ん~っと、いくつ?」
オンラインゲーム上では、相手の年齢を聞くのは、あまりよくないと考えられている。
もちろん、同い年なら親近感が湧いたり、といったこともあるから、ダメってことはないのだけど。
中には気にする人もいるし、不要なトラブルに発展する場合もあるし、公言しないのが普通だ。
どんな年齢の人とでも気にせず仲よくなれる。それがオンラインゲームの醍醐味でもあるらしい。
とはいえ、ここは確認しておきたかった。
もし言いたくないようだったら、すぐに話題を変えよう。
そう考えていたのだけど、クズキリちゃんはとくに躊躇することもなく答えてくれた。
「……ふふっ。小5です」
「え? しょうご、って……小学校5年生!?」
「……はい」
小学生の子まで、このゲームを遊んでいるのか。
パッケージ価格も高めで、月額利用料もかかることを考えると、お金持ちの家なのだろうか。
う~ん。すごい世の中になったものだ。
それにしても、これはちょっと困ったな。
年下の子と出会えたと考えると悪くはないものの、小学生が相手じゃ、色々と問題がありそうだし……。
五歳差でしかないのだから、数年後を見越して仲よくなっておく、というのも手ではあるのか……?
「……どうかなさいましたか?」
小首をかしげて、顔をのぞき込んでくるクズキリちゃん。
やっぱり、人形のように可愛らしい。
ああ、もう! 細かいことなんて、どうでもいい!
べつに、友達として仲よくなる分には、年齢なんて考える必要はないじゃないか!
そもそも、今のオレはマリンなんだ。
女の子同士の友達ってことなら、なにも問題はない。
そこで気づく。小5だとは聞いたけど、本当に女の子だとはまだ聞いていないと。
「と……ところで、クズキリちゃんって、中身も女の子なの~?」
妹のキャラ、マリンとして、なるべく女の子っぽく、言ってみたつもりだった。
しっかりりと女の子を演じられているかは、自分ではわからないけど。
こういう質問をされると、普通は警戒する。
こっちは妹に代わると伝えてから来たし、女の子だと思われているはずだ。
それでも、今現在のこのゲームの状況を考えれば、慎重な対応になるのも当たり前だと言える。
クズキリちゃんは、しばらく考え込んだのち、笑顔を見せて答えてくれた。
「……ごめんなさい。わたしは……プレイヤーは男です」
クズキリちゃんとは、そのあともしばらく話を続けた。
男だったら用はないからサヨナラなんて、さすがにそういうわけにもいかない。
それに、オレとしては逆に話しやすくなったくらいだった。
クズキリちゃんの家は、やっぱり結構なお金持ちらしい。
自分からそう言ったりはしなかったけど、話を聞いた限りではそう判断できた。
また、クズキリちゃんには、ひとつ年下の妹がいるらしい。
このゲームはやっていないものの、できればそのうち、一緒にブレインインパルスのゲームを遊びたいと思っているのだとか。
女性が遊ぶには危険がある。
そんな環境に妹の身をさらすのは不安だから、ファンタジアーツを一緒にプレイすることはできないと語るクズキリちゃん。
でもきっと、もっと安全に遊べるゲームが出てくるに違いない。クズキリちゃんは、そう信じているのだとか。
女性といえば、クズキリちゃんの他にもうひとり、白い帽子を被った人がいたけど。
あの人はいつの間にかいなくなっていた。
確か、マリンとして再び協会に入ってきたときには、まだいたような気がする。
そのあと、どこかに行ってしまったのだろう。
NPCじゃあるまいし、そりゃあ、用事があったらどこかに行ってしまうのも当然だよな。
あの女の人にも声をかけておけばよかった、なんて思いがあったりもしたけど。
今さらそんなことを言っても仕方がない。
オレはマリンとしてクズキリちゃんとフレンドになり、さらにソラに戻って、そちらともフレンド登録することにした。
目的達成とは関係ないにしても、クズキリちゃんはファンタジアーツ内でできた初めての友達ということになる。
まぁ、5歳ほど年下にはなるけど、べつに年齢なんて気にする必要はないだろう。
オレはいつになくいい気分で、ファンタジアーツの世界からログアウトすることができた。
女性との出会いは、また次の機会に期待しよう。
この世界では女性プレイヤー自体が少ないわけだし、オレは気長に考えることにした。




