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吹き過ぎてゆく爽やかな風を全身に浴びながら、行き交う人々をなにげなく眺めている。
オレが今いるのは、常風の公園。いつでも心地よい風が吹き続けている、憩いの公園だ。
いつでも必ず風が吹いている場所なんて、あるわけない。そう思われるかもしれない。
だけど、現にここにはある。
正確に表現すれば、この世界には、ある。
オレはソラ。
赤嶺晴天であって、赤嶺晴天ではない。
このゲーム――「ファンタジアーツ」内でオレが使っているキャラクターだ。
カタカナになってはいるものの、名前がそのままなのは、深く考えるのが面倒だったから……というのもあるけど。
あわよくばゲーム内で彼女を作りたい、という目的のためでもある。
やっぱり、本名……とくに、下の名前で呼んでもらいたいし。
キャラクター名が自分の下の名前だったら、きっと抵抗なく呼んでもらえることだろう。
まぁ、まずは相手を見つけなければ、どうにもならないわけだけど。
「それにしても、ほんとにリアルだよな~」
風を受けると、その涼しさをしっかりと肌に感じることができる。
日差しが当たっている部分には、太陽の温かさが広がる。
揺れる木々の葉擦れの音が、耳に優しく響いてくる。
現実にはありえない風景をも再現できる。
それはこのゲームの売りのひとつでもある。
いつでもオーロラが広がる空、下から上に重力を無視して昇っていく滝、七色に輝く海――。
風が吹き続けるこの公園だってそうだ。
偏西風とか貿易風とかがあるのでは? と思われるかもしれないけど。
地上付近の地形の影響も受けやすい場所で、常に風が吹いているというのは、基本的にはありえない。
リアルなのはもちろん、自然描写だけじゃない。
オレは公園内を歩いている人々に視線を移す。
その見た目も動作も、現実の人間とほとんど変わらない。
世界観としては、中世ヨーロッパをイメージしたような、よくあるRPG風の雰囲気になっているため、服装だけを考えれば現実とは思えないけど。
大規模なコスプレ大会の会場とでも考えれば、現実と思えなくもない光景に見えてくる。
女性と話すことすら苦手なオレではある。
それでも、ここまでリアルな世界であれば、現実世界での訓練くらいにはなる。
そもそも、この世界の中で彼女を作ってしまえば、ゲーム内でイチャイチャすることだって可能だ。
五感のうち、視覚と聴覚に関しては、ほぼ完ぺきな再現度を誇る。
ヘルメットタイプのヘッドセットから与えられる電気信号によって、脳に直接、映像や音声を感じさせている。
逆に再現度が微妙なのは味覚と嗅覚で、とくに味覚についてはまだまだ精度が足りないという評価となっている。
そんな中、ある程度の制限こそあれ、触覚に関してはかなりリアルに再現されていると言われている。
現実とまったく同じではないらしいけど、例えば、女性の胸に触ったりした場合、その柔らかさを感じることができる。
ただ同時に、触られた方もその感触を受け取る。もし相手が嫌がっていれば、セクハラ行為として運営側に通知され、触った方はアカウント停止処分になってしまうだろう。
そのあたりのリアルすぎる感覚は、話題になる一方、次第に問題視されることになる。
ゲーム内で女性に触ったり襲ったりといった行為が横行してしまったのだ。
無論、運営側はすぐに対策を講じ、そういった人たちのアカウントは当然ながら停止されたのだけど。
新たなアカウントを取り直して再度同じような行為に及ぶ者も少なくなかった。
そういった問題点が大々的にニュースでも取り上げられた結果、プレイヤーの数は減少を続けている。
とくに女性がこのゲームをプレイすることは危険視されている。
装備や服装を変えると、見た目にも反映されるシステムだからか、行き交う人々の姿を見る限り、女性キャラクターが圧倒的に多い。
でも、プレイヤーの女性比率は、全体の一割程度だという話だ。
問題視された影響は、アカウント作成時にも出ている。
アカウントを登録する際に、証明が必要となったのだ。
それにより、スタートするまでに少し時間を要する上、ひとりで複数のアカウントを取ることはできなくなった。
ゲーム自体が運営停止に陥ってしまうのを防ぐための、苦肉の策だったと聞いている。
そんな状態では、このゲームの中で彼女を作る、という目的を達成するのも困難と言わざるを得ない。
女性だと思って仲良くなったら、プレイヤーは男性だった。そんな結果になる可能性の方が高い環境なのだ。
とはいえ、オレは諦めてはいない。
作戦だって考えてある。
「あ、キミ。最近よくここにいるよね?」
「よかったら僕たちと一緒に、クエストにでも行かない?」
不意に声をかけられた。
男性ふたりと女性ひとり。公園で眺めていて、何度か見かけたことのある人たちだった。
「あ……どうも……」
元来、口下手なオレ。見かけたことがある程度の相手と、スムーズに会話できるわけもない。
こんなんじゃ、彼女を作るなんて夢のまた夢だな……。
「うふ。緊張してるの? 大丈夫よ、お姉さんたちに任せておけば。
あなたはヒーラーだから、適当に回復だけしてくれればクリアできる。
それくらいの難易度のクエストにするから。
まずはこのゲームの雰囲気に慣れて、楽しめるようにならないとね!」
女性がウィンクをしてオレの手を引っ張る。
「は……はい。お願いします」
オレはその人たちの厚意に甘え、一緒にクエストに出かけることにした。
ファイターのアドルンさんと、ナイトのロトトさん。男性ふたりが前衛だった。
そして唯一の女性が、メイジのカラーさん。
カラーって名前なのに、モノクロのローブに身を包んでいるのが印象的と言えるだろうか。
オレはそんな三人とともに、簡単なクエストをこなしていった。
といっても、本当にほとんどついていくだけ。
レベルが低めの敵を倒しつつ、ダンジョン内を進んでいく。
前衛のふたりが攻撃を受けた場合に、すかさず回復するのがオレの役目だ。
カラーさんが言っていたとおり、とくに苦労することなく、ダンジョンの最深部へ到達。
ボスと思われる敵も一体だけで、四人で集中攻撃することで難なく撃破できた。
初挑戦の人がいると報酬にボーナスを得られる。それを目的に、初心者の手助けをする人も少なくない。
本当に善意で面倒を見てくれるような人も、中にはいるとは思うけど。
クエストが終わったオレは、カラーさんたち3人とともに、最初にいた公園へと戻ってきた。
ひと仕事終えたあとに受ける風は、心なしか温かく感じられた。
「お疲れ様でした♪ よく頑張ってたね、ソラくん!」
「あ……ありがとうございました」
女性に下の名前を呼んでもらえただけで、ちょっとむずがゆいような気持ちになる。
……中身は男かもしれないのに。
と、そこで作戦のことを思い出す。
「あ、そうだ。妹と代わる時間だから、オレはこれで落ちますね」
オレがそう言うと、真っ先にアドルンさんが食いついてきた。
「へ~、妹さんがいるんだ。同じアカウントでプレイしてるの?」
「いえ、アカウントは別ですけど、パソコンが1台しかないから、交代で遊んでるんですよ」
「そうなんだ。妹さんも、まだ始めたばかり?」
「はい」
妹と言ってすぐに食いついてきたことからすると、男性キャラのふたりはプレイヤーも男性なのだろう。
女性だと危険という考えから、男性キャラを使っている女性プレイヤーもいると聞くけど……。
ともかく、オレにとって一番のターゲットはカラーさんになる。作戦、続行だ。
「よかったら、妹とも遊んであげてもらえますか?」
「もちろんだよ。じゃあ、この公園に来てもらうってことで、いいかな?」
カラーさんの方を向いてお願いしたのに、答えたのはトロロさんだった。
「わかりました。……でも今、シャワーを浴びてるみたいなので、もう少し時間がかかるかも……」
「ふふ。待ってるから、大丈夫よ」
今度はカラーさんが答えてくれた。
「すみません。では、オレはこれで」
「うん、またね♪」
笑顔で手を振ってくれているカラーさんたちをその場に残し、オレはファンタジアーツの世界からログアウトした。
「ふぅ……」
頭を覆っていたヘルメットタイプのヘッドセットを外す。
さすがにちょっと疲れた。
クエストをこなしたことに対してじゃない。人と話すことに対してだ。
もっと気楽に構えないとダメなんだろうな、とは思うけど……。
気分を変えるため、オレは部屋から出てキッチンへと向かう。
冷蔵庫からお茶を取り出してノドを潤す。
そして、
「よしっ、ファイトだ!」
ぐっとコブシを握りしめ、気合いを入れる。
なんといっても、ここからが本番なのだから。
「お兄ちゃん、なにやってるの? キモいよ?」
自分しかいないと思っていたら、妹の羽美に見られていた。
なお、『キモい』は羽美の口癖だ。
本当にオレのことを気持ち悪がっているわけではない……と思いたい。
「なんでもないよ。羽美、部活の方は順調なのか?」
「うん。練習頑張ってるよ~!
タイムがなかなか伸びないから、今日は早めに切り上げてきたけど」
「それでいいのかよ」
「ダメなときはダメなんだから。気持ちの切り替えも大切なのよ~!」
羽美は中学二年生。オレの母校でもある緑川中学校に通っている。
陸上部所属で、短距離走を得意としているようだ。
「そっか。ま、頑張れよ。オレも応援してるからな」
「うん! でも、そんなお兄ちゃんは帰宅部なわけですが」
「うるさいっての」
ちなみに。
羽美は今、別にシャワー上がりとかってことは全然ない。
シャワーを浴びているなんて言ったのはオレの嘘だ。
なぜそんなことを言ったのかといえば、それはこのあとの作戦のためである。
「お兄ちゃんは、やっぱりあのゲーム?」
「もちろん」
「よくやるね。ゲームのために部活に入らないとか、あたしには考えられないよ」
「他にやりたいこともなかったからな。……さてと、それじゃあ、ゲームを始めるから」
「うん。でも、いろいろと変な噂もあるわけだし、ほどほどにね?」
「はいはい」
オレは妹を適当にあしらい、自室へと戻った。
パソコンの前に座ると、再びヘッドセットを手に取る。
いや、正確に言おう。
さきほどかぶっていたヘッドセットとは別の、もうひとつのヘッドセットを手に取る。
これがオレの作戦だ。
オレは今、妹のアカウントも使える状況にある。
それを利用して、相手が女性かどうか探ろう、と考えているのだ。
オレは入学祝いとして、「ファンタジアーツ」を親から買ってもらったけど。
お年玉やお小遣いを必死に貯めたお金で、もうひとつ分の「ファンタジアーツ」を購入してあった。
そちらを妹に渡し、一緒に遊ぼうと誘ってゲームをスタートさせたのだ。
羽美はパソコンを持っていないから、遊ぶ時にはオレのパソコンを貸した。
同時にログインできないため、操作などを教えるのは困難だった。
また、羽美は部活で遅くなることも多く、あまり頻繁には遊べなかった。
そんなわけで、飽きっぽい性格でもある羽美は、早々にゲームをやめることを決めた。
せっかくお兄ちゃんが買ってくれたのに、ごめんね。
妹は申し訳なさそうにしていたけど。
それこそオレの思惑通りだった。
アカウントを消す場合、誤消去を防ぐため、若干複雑な操作が必要となる。
だから、パソコンの操作にも慣れていない妹の代わりに、オレが消しておく。
そんな風に言って、アカウント用のパスワードを教えてもらい、現在に至る。
アカウントは消してなどいない。オレが活用しているというわけだ。
当然ながら、規約違反ということになるだろう。
とはいえ、同じパソコンからログインしている以上、簡単にはわからないはずだ。
もしヘッドセットの脳波から個人を特定できるような技術があったらすぐにバレてしまうけど。
わざわざ身分証のコピーなどを送って本人確認するくらいだから、そんな技術はないと考えられる。
こうしてオレは、妹に成り代わって「ファンタジアーツ」の世界にログインした。
妹のキャラクター、マリンとして。
「ちょっと遅くなりすぎちゃったかな……?」
ポツリと漏れたつぶやきは、完全に女の子の声だった。
プレイヤーが男性だったとしても、キャラクターが女性であれば、声も女性のものとなる。
マリンとして喋ったときの声は、現実の羽美の声にかなり近い感じで、びっくりするくらいだ。
ログインした際に出現する場所は、基本的に前回ログアウトした場所となる。
まだ駆け出しの冒険者である妹のキャラクターは、最初の町の中にいる状態だった。
それでも、この町はそれなりの広さがある。
オレは急いで常風の公園を目指した。
「あ……あの……お兄ちゃんから話を聞いて、来てみたんですけど……」
おずおずと、といった様子を演じつつ、先ほど別れたばかりの三人に話しかける。
「あら。ソラくんの妹さんね? 初めまして」
カラーさんが握手を求めてくる。
とりあえず、素直に応じておく。
「どうも。マリンです。よろしくお願いします」
「ふふっ。名前は見つめれば頭上に出るから、名乗らなくてもわかるわよ?」
「あっ、そうでした。あたし、まだ慣れてなくて……」
これも演技だ。
相手を見つめれば名前が頭上に表示される。いくらまだ初心者のオレでも、それくらいは把握している。
だけど、今はオレよりさらに不慣れな設定の妹のキャラに成り代わっているのだから、必要な演技ということになる。
また、少々あざといけど、庇護欲を刺激する意図もあったりする。
「マリンちゃん、可愛いね!」
「ソラくんともども、これからもよろしくね!」
必要以上に近づいてくるアドルンさんとロトトさん。
嗅覚の再現度は完全とは言い難いのは確かだけど、女性キャラに近づくとふわっといい匂いが漂ってきたりはする。
こいつら、オレの妹のキャラの匂いを嗅いで、興奮してたりするのか……?
そう考えると、嫌悪感が湧き上がってくる。
「ちょっと、あんたたち。初対面の子に対して、近寄り過ぎよ。失礼でしょ?」
カラーさんが男性陣ふたりをたしなめる。
おっ。この感じからすると、カラーさんって、プレイヤーは女性なのかも?
一瞬はそう考えたのだけど。
「それより、シャワー浴びてたんだって?」
「え……? は……はい」
「気持ちよかった?」
「ええ……まぁ……」
「まだ夕方だけど、もう寝間着? それとも、バスタオルを巻いただけだったりして?」
「…………」
完全にセクハラ発言じゃないか。
結論。この人も、おそらくプレイヤーは男性だ。
男性よりも女性が好きな女性、という可能性も、まったくないとは言えないけど……。
シャワーに食いついてくるとか、男性だとしか思えない。
こういう場合、この世界では簡単に逃げる手段がある。
「あっ! 友達からの呼び出しが来ちゃいました! すみません、これで失礼しますね!」
素早くテレポッターの魔法を唱える。
この魔法は冒険者ギルドで最初に教えてもらう魔法という設定で、「ファンタジアーツ」をプレイしている人なら誰でも使用可能な、テレポート効果のある魔法だ。
今までに立ち寄った町や拠点などに瞬時に移動できる。ただし、少額ではあるものの、ゲーム内のお金が消費される。
オレはカラーさんたち3人とのフレンド申請などをすることもなく、その場から立ち去った。
通常であれば、勝手にいなくなってしまうのは、マナーに反する行為だけど。
向こうの方からセクハラまがいの発言があったのだから、これは許されるだろう。
さて……。
友達からの呼び出しなんて、言うまでもなくなかったオレは、テレポート先で立ち尽くす。
ま、今日はこれくらいにしておこうかな。
さすがに疲れてきた。
『あの……ごめんなさいね。不快な思いをさせちゃったかな?』
突然、頭の中に声が響く。カラーさんの声だ。
このゲームでは、特定の個人相手に直接声を届かせる機能もある。
無視した方がいいかな? とも思ったけど……。
『いえ。気にしてませんから』
ひと言だけ答えておいた。
カラーさんも、それ以上なにも言ってはこなかった。
「ふぅ……」
ひと息つくと、オレは適当な物陰まで移動してログアウトした。
マリンとしてログインしている際には、恥ずかしがりや設定を意識しているため、毎度毎度、こんな風にしている。
自分以外を演じる感覚というのも、なかなか大変ではあるけど、ちょっと楽しかったりして。
意識が自分の部屋へと戻ってくる。
ゲームにログインしている際には、現実の自分の体は眠っているのと同じ状態となる。
こうしてログアウトしてくると、ちょうど夢から覚めたような感覚となる。
「ん……っ!」
オレは小さく伸びをする。
妹のアカウントまで使っているってのに、目的達成への道のりはまだまだ長そうだな。
というか、まだ一歩たりとも前に進めていない気がする。
まずは自分自身が変わっていく努力が必要なのかもしれない。
うん。頑張ろう。
とりあえず、明日から。
オレは力強く立ち上がり、そろそろ出来上がるであろう夕飯を食べにダイニングキッチンへと向かった。
なお、夕食後にはなかなかゲームの時間が取れない。
無理してレベルの高い学校に合格してしまったため、しっかりと勉強する必要があるからだ。
あまりに悪い成績だと、ゲーム禁止令が出てしまう可能性が高い。
目的達成のため、それだけは絶対に避けなければならないのだ!




