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―☆―

『ゲーム業界激震!』


 突然、テレビからそんな声が聞こえてきた。

 ゲームのCMだ。

 多く人の興味を引くため、大げさなあおり文句を使ったCMを放送するのは、ごくごくありふれたことだと言える。


 でも――。


『最高のリアルが今、キミのもとに! まったく新しい冒険が、両手を広げて待っている!』


 それは、大げさでもなんでもなかった。

 凄まじいほどにリアルで綺麗な映像が、テレビ画面いっぱいに映り込む。

 そよ風に木々や草花が揺れる草原の爽やかな展望が、一瞬にしてオレの視界を惹きつける。

 平面に過ぎないテレビ画面を見ているだけで、今まさにその大自然の中に立っているかのような錯覚に陥っていた。


『リアルなだけじゃない! 信じられないほどの現実離れした風景さえもが、キミの心をわしづかみにすべく待ち構えている!』


 次々と、映像が切り替わる。


 遥か天空へと向けて、激しいしぶきを上げながら逆流して昇っていく滝――。

 色とりどりの無数の花々が、茎から離れて風に乗り、縦横無尽に宙を舞っている光景――。

 ヤシの木が並ぶ海水浴場らしき場所に、しんしんと降り注いでくる真っ白な雪のカケラたち――。


 現実にはありえない自然の美しさが、オレを心を激しく揺さぶってくる。


『話題沸騰! これはゲームを超えたゲームだ! 壮大なスケールを誇る別世界に、実際に足を踏み入れることができるのだから!』


 映像は町の中の風景へと切り替わる。

 キャラクターも実に綺麗に描かれている。

 ファンタジー世界を舞台としているため、鎧やローブなどで身を包んでいる人がほとんどだけど、これまで見てきたどんなゲームよりもリアルに感じられた。


『過大広告? いやいや、そんなことはない。疑うのならば、一度試してみればいい。

 そうすればキミはもう、この世界から抜け出すことができなくなる!』


 一度入ったら抜けられなくなる。

 そんなはずはない。どんなにリアルな世界であっても、ゲームはゲームなのだから。

 とはいえ、嘘なんかではないはずだ。

 おそらく、それほどまでに夢中になる、ということを言葉を変えて表現しているのだろう。


『さあ、今こそ勇気を持って、果て無き冒険の旅へと一歩踏み出そう!

 キミの仲間となるべく、すでに多くの冒険者たちが旅立っている!

 スタートするなら、今しかない!』


 テレビの前にいるオレたちに語りかけてくるナレーション。

 直後、画面が輝きに満ち溢れる。

 美しい女神のような女性が映し出され、微笑みながらそっと手を差し伸べてきたのだ。


『心よりお待ちしております。あなたの勇気ある決断が下される日を――』


 全身を包み込むような優しげな声を残し、女性は光の泡となって消えた。

 そして大きく、ゲームのタイトルロゴが表示される。


『ファンタジアーツ』


 音声としてはゲームタイトルだけだったものの、『大ヒット中!』の文字も併記されていた。

 タイトルロゴの背後には、画面を四分割する形で、ゲーム内の様々な映像が表示されているようだ。


『時代を変える創造主、アンチテーゼ』


 最後にゲームメーカーの名前が控えめなサイズの文字で示される。

 ここまでずっと色彩豊かな映像だったにもかかわらず、このラストカットだけは真っ黒い背景に白い文字だけというシンプルさ。

 逆にそれが、心地よい余韻を与えてくれているようにも思えた。


 少し長めだったのは、30秒のCMだったからだろう。

 されど、たった30秒だ。

 1分の半分。1時間の120分の1。1日の2880分の1。


 その短い時間で、オレの心は本当にわしづかみにされていた。

 CMの中で語られていたとおりに。


「すごい……。いいな……」


 思わず、感嘆の言葉が漏れる。

 うっとりとしたオレの声に、真っ先に反応を示したのは妹だった。


「確かに綺麗だけどさ~、でもそれくらいのゲームなんて、これまでにもあったんじゃない?」


 妹――羽美(うみ)の指摘は正しい。

 さっきのCMの映像は、かなり綺麗な部類に入るものではあったけど、他に類を見ないほどのレベルとまでは言えなかった。

 3Dポリゴン技術の進歩によって、リアルさを追求したようなゲームは爆発的に増えている。

 そういった数々の作品と比較してみても、飛び抜けて美しい映像を実現しているわけではなかった。


 ならばどうして、感嘆の声を漏らすほどに心を惹かれたのか。

 それはひとえに、あのゲームの根幹となるシステムに要因がある。


『ブレイン・インパルス』


 その名が示すとおり、脳に衝撃を与えるシステムだと言える。

 もちろん、物理的に打撃を与えるという意味ではない。

 ヘルメットタイプのヘッドセットをかぶることにより、頭部に微弱な電気信号を流し、ゲーム内で起きる出来事を現実のように感じられる、という画期的なシステムだ。


 ゲームをインストールしたPCにヘッドセットをつなぎ、それをかぶった状態でゲームをスタートさせれば、一瞬にしてその世界へと転送される。

 正確に言えば「転送したように脳が錯覚する」と表現すべきだけど、実際に体験した人の感覚では「現実世界から異世界へと転送された」としか思えないらしい。


 もともとゲームが大好きなオレ。

 革新的な技術のもとに開発されたゲーム――『ファンタジアーツ』の噂はかねてより聞いていた。

 発売前から一部で話題になっていたからだ。


 ともあれ、少々高めのパッケージ価格設定となっており、さらには月額利用料も必要となってくることから、学生の身分では残念ながら諦めざるを得なかった。

 そもそもオレは今、中学3年生。高校受験が控えている状況なのだ。

 ゲームなんかにかまけている暇はない。

 そのため、このゲームについての情報を得るのは極力控えていた。


 でも、実際に発売された今、前評判どおりに話題となっているのだろう。

 より多くのユーザーを募ろうと、何度も繰り返しCMが流されている。

 なるべく情報を得ないようにしていたオレも、家族での食事中についに目にしてしまったというわけだ。


 オレは羽美に、ブレイン・インパルスについて事細かに説明してやった。

 若干熱が入りすぎたからだろうか、羽似は半分も理解できていないらしく、首をかしげるばかりだったけど。


「なによ、それ? ゲームの中に入れるの?」


「そうなのか。今はもう、そんな時代なんだな。技術の進歩というのは凄まじいものだ」


 妹の羽似とは違い、お母さんとお父さんは、かなり興味を持ったようだ。

 なお、今は日曜日の夕食どき。会社が休みだったお父さんも含め、家族四人で食卓を囲んでいる。


「画面を見る限りでも綺麗なのに、その上リアルに体験できるなんて、面白そうね」


「ああ。僕たちの頃にそんなゲームがあったら、確実にハマっていただろうな」


「というか、あなたは普通のゲームでもハマってたじゃないの。

 オンラインゲームが始まった頃なんて、会社を休んで遊んでなかった?」


「そ……そんなことも、あったっけな……」


 オレのゲーム好きは、どうやら父親譲りのようだ。


「ま、私だって似たようなものだったけど。

 オンラインゲームはやらなかったけど、あなたとはよく一緒にゲームをしてたわよね?」


「そうだな。当時は同じ場所に集まらなければ一緒に遊べなかったが、それでキミとも仲よくなれた。

 ゲームがこの世に存在してくれたことには、本当に感謝しているよ。

 こんなにも素敵な女性と巡り合わせてくれたんだからね」


「まぁ、あなたったら……」


 両親は、なんだかとてもいい雰囲気だった。

 子供が見ている前だというのに。

 ふたりの仲がいいのは喜ばしいことだけど、こっちのほうが恥ずかしくなってしまう。


「ねぇ。あのゲーム、買ってもらえないかな?」


 気分のよさそうな両親に、オレはここぞとばかりにお願いしてみた。


「ダメよ!」「ダメだ!」


 即答だった。

 むぅ……。

 予想できていたとはいえ、ちょっと残念だ。


「受験生なんだから、ゲームをやってる時間なんてないでしょ?」


「そうだぞ? 今頑張っておかないと、将来的に痛い目を見るのは自分なんだからな?」


 言われていることはよくわかる。

 ただ、この流れだと、こういった作戦ならば通用するのでは?

 オレはすかさず、思いついた提案を口にしていた。


「じゃあさ、高校に入学したあとなら、いいってことだよね?

 入試に合格できたら、買ってくれる? 合格祝いとして!」


「う……それは……」


 合格祝い。

 そう言われてしまっては、さすがに拒絶しにくいのだろう。

 さらにオレはたたみかける。


「今の成績だとちょっと難しいかもしれないけど、春牧高校を目指して頑張るから!」


 春牧高校。

 それは、家からもほど近い県立高校だ。歩いて通える距離にある。

 といっても、レベルはかなり高い。そう簡単に入ることのできない進学校となっている。


 これが効果的なのは、春牧高校はお父さんの母校でもある、ということだ。

 母校であるレベルの高い進学校に、息子のオレも通う。

 それはお父さんにとって、とても嬉しいことに違いない。

 お母さんだって、学校のテストでいい点数を取るだけで喜んでくれるのだから、望まない結果のはずがない。


「お願いっ!」


 両手を合わせ、拝み倒す。

 オレはこれまで、ワガママを言って両親を困らせたことなどほとんどない。

 だからこそ、初めてとも言えるオレからの懇願に、わずかに呆れたような表情を見せながらも、お母さんもお父さんも頷いてくれたに違いない。


「よし、買ってやる! だから、頑張れ! 言っておくが、春牧高校以外だったら、この話はナシだからな?」


「うん、わかった! オレ、頑張るよ!」


 こぶしを握りしめ、瞳を燃やす。

 こうしてオレは条件つきながら、『ファンタジアーツ』を買ってもらう約束を結ぶことに成功した。


 ゲームを買ってもらうために、レベルの高い高校を目指す。

 なんて現金な……。

 そう思われるかもしれない。

 でも、理由はどうであれ、モチベーションを高めるのは大切なことなのだ。


 そして翌年の春――。

 オレは無事、春牧高校の生徒となっていた。


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