黒い闇の一部
胸糞悪いので注意です
「村までどうやって行くの? やっぱ歩き?」
「いや、村の近くまで通る商人が待っている馬車で行くよ。到着したら馬車から降りてから村までは徒歩だ」
巧と依頼者は商人の待つ屋根付き荷馬車まで行く。
「お待たせして申し訳ありません」
「いやいや、まだこちらにも準備があるので。それで冒険者は見つかりましたかな?」
「ええ、こちらの少年がそうです」
商人と依頼者は巧を見下す感じにジロジロ見ていた。
巧は周りを見ると、商人の他に何人かの冒険者が立っている事に気が付く。
冒険者達も商人と同じ様に巧を見下している感じだった。
(あんまり好かないかも)
「おい! 早くしろこの鈍間!」
商人は急に怒鳴りちらす。
その怒鳴り声の先に視線を向けると、雨なのにローブも着ていない一人の獣耳少女が荷物を運んでいた。
怒られたのか少女は恐縮している。
「え、ちょ、商人さん怒るとこの子が可哀想ですよ。こんなに怯えているじゃないですか」
「おい坊主、知らないのか? こいつは奴隷だよ、ど・れ・い。ほれ証拠にそいつには首輪が付いているだろ? それにこき使った所で誰も文句は言やしねえよ」
冒険者達はニヤニヤしながら馬鹿にするように笑っている。
巧は奴隷を初めて見たのだ。
勿論、日本でも奴隷は見た事ない。
異世界だから奴隷は存在するものだと理解はしていたが、実際目の当たりするとカルチャーショックを受けた。
(何で誰も助けようとしないんだ)
少女がよろけそうになったのを巧は急いで少女に近づき支えた。
少女はびっくりしたのか、巧の顔を見てから申し訳なさそうに離れる。
依頼人はそんな巧の行為に驚き近づく。
「タクミ君、その子は商人さんの物なんだよ。勝手に助けると迷惑じゃないか」
依頼者はそう言うと巧は驚きのあまり目を見開いた。
そして思わず大声をあげる。
「なんでだよ、おかしくないか? 普通少女が一人で荷物を運ぶとか大人なら手伝ってやれよ!」
「いいかいタクミ君、この子は商人さんの奴隷なんだよ? 僕達がどうこうしてその奴隷に傷がついたらどうするんだい。その傷付けたお金は誰が払うの? それに君が助けるとあの奴隷は余計怒られるだろ?」
依頼者はそんな事を言うので巧はショックを受ける。
そして気分が悪くなり顔を顰める。
(こんな糞みたいな奴の依頼、今すぐ断るか? いや折角擁護してくれたシファに迷惑かけてしまう)
そんな事を考えているとローブを引っ張る事に気が付き、視線を移すと少女がいた。少女は口を動かして小さい声で「ありがとう大丈夫」と言ったのだ。
巧はそんな少女の言葉で苛々した気持ちを落ち着かせた。
「すみませんでした、以後気を付けます」
巧は商人と依頼者に対して頭を下げた。
「全くこの子供の躾は誰がしているのやら」
「全く同感です」
商人と依頼者は巧をせせら笑う。
荷物を運び終えたのか少女を見る巧、少女は疲れた様子はなかったが俯いていた。あの後何度か商人がストレスを発散するかの如く、怒り罵倒するように少女を責めていたのだ。
巧はそんな少女を助けたい気持ちでいっぱいではあった。
だが助けると余計に少女が怒られる。そんな悪循環になるのがわかるのを、巧は手を握り締め、ただ作業が終わるのを見守っていた。
「では行きましょうか。おい!」
商人は少女を呼んだのか少女は馬車の中に入る。
「中でどうですか?」
顔をニヤ付かせる商人。
「悪いんだけどタクミ君は外で他の冒険者と一緒にこの馬車を護衛してね」
商人と一緒に馬車に入る依頼者、その二人の顔をニヤ付かせ、巧には何が起こるのかすぐ理解する。
助けに行動を移そうとしたが、少女のほうを見ると諦めた様に顔を横に振る。
巧は止まり荷物を入れる部分が閉まる。
「何だ坊主、お前も一緒に参加したかったのか?」
巧の肩に手を置く護衛冒険者の一人。
「ギャハハハ、おいおいまだそいつには早いって」
笑う他の冒険者達。巧は顔が濡れているのに気が付くと、水を払おうと手で触ったが水は目から涙が出ていると気づく。
巧は自分が何もできない無力さや悔しさで涙を流していたのだ。
暫くし進んで行くと、馬車の荷物入れの部分が開き、依頼者が降りた。
「それでは行きましょうかタクミ君」
そう言い歩く依頼者に、その後ろについて行く巧。
ふと馬車の中を覗き見ると、少女は淫らな姿になり、胸を手で隠して座っている。その頬は涙が零れ垂れていた。中で何が起きていたのか容易に想像できた。
(くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそ!)
「ごめんね、タクミ君。君も参加させてやろうと思って提案したんだけど商人さんに止められてね」
笑う依頼人、巧はそんな依頼者を汚物のように見ていた。
殺して、魔物にでも殺されたと言えば誰も責めはしないだろうが、これでも一応は仕事であり依頼なのだ、そのような事はしない。
巧は気持ちを切り替えるようにした。
「それで村はあとどれぐらいでつくんだよ!」
流石にイラついていたのか声が大きくなっていた。
「あ、ああ。少し歩けばすぐ村に着くよ」
少し歩くと村が見えてくる。
「あの村がトレン村だよ。今、奴はいないはずだから早く行こう」
村に到着すると村はどこか寂れていた。
「村長の所へ行くからついて来て」
依頼者の後ろについて行き、村長がいるであろう家の中に入る。
巧を冒険者だと依頼者は村長に紹介した。
「初めまして、巧です。今回レッドキャタピラーの討伐依頼を受けにきました」
フードを取り巧は村長に紹介の挨拶をした。
「お、おお君が冒険者か、私はこの村の村長をしているグリフィ・ウエリシアじゃ。早速とは言いたいがあの魔物が来るのは夜なんじゃよ。今はまだ時間じゃないから、この村で待っててくれるかな?」
「わかりました。では行く前にレッドキャタピラーの事を教えてもらえないでしょうか? わからないとなるといざって時に困るので」
「そうじゃったな、現れるレッドキャタピラーは全身赤色で、大きさは大人三、四人分ぐらい。粘着力の強い糸を吐き相手を絡めとり動かなくさせ、炎を吐いて相手を焼き殺す。炎や糸以外にも強力な牙を出して相手をかみ殺したりなど」
巧は特大サイズの赤い芋虫版を想像する。
それが人を襲うとなると口が裂けるエイリアンを重ねた。
「食べ物を与えていると大人しく、腹が満たせば帰っていくんじゃ。腹が満たないと再び襲い人を食らっていくから、村が全滅するのも時間の問題なんじゃよ。今はあいつが餌をやってるから村の者は心配ないのじゃが……」
「なるほど厄介そうですね。そう言えば討伐対象はどうなんですがどうしましょう?」
「討伐したのはそのまま置いてほしい。村の収入現にもなるわけだしそのままでいいかの」
「わかりました。そう言えばどこで待てばいいんでしょうか?」
「そうじゃな、ここからすぐ近くにある空き家はどうじゃろうか? クレンツ案内してあげてくれ」
村長は依頼者である青年を呼ぶ。依頼者の名前はクレンツとわかるが、巧は何も思わない。
クレンツは頷き、巧を空き家まで案内する。
「悪いんだが、この家の中で魔物が現れるまで待っててくれないか? 来たら呼ぶから」
「わかったが、一度外を見回ってもいいか? 地形を確認しないと、戦闘の時に足元をすくわれたら目も当てられない状態になるし。こちらも命をかけてるわけだ」
「……ああ、わかった。村の見回りを許可できるよう村長に伝えておくよ」
クレンツがいなくなったあと空き家を見回すが、何もなかった。
家具も布団もタンスも、人がいないからか、物を売ったのだろうと。
「さて、来るまでこの村を見回ってみるかな」
雨の中、村を散歩しているが相変わらず雨がひどいのか視界が悪い。
村の外れまで歩くと一つの小屋を発見する。
「こんな村から離れて何だろ? 物置?」
村の集合地は家が隣り合わせにあるのに、一つだけ離れに小屋が建っているのだ。物置にしては離れすぎ、いちいちここまで来るのがめんどうではある。
巧がその小屋を呆けて見ていると、扉が開かれていくと中から人が出てくる。
ローブを羽織り顔は見えにくいが、赤色の長髪の少女であった。
少女は空の桶を持っているようだが、どこか様子がおかしい。
(ふらふらだな)
川のほうへと行き、水で桶をすくい上げるのだろうが少女は足元が覚束なく、意識が朦朧としていた。
誰の目から見ても、いつ倒れてもおかしくない状態。
巧は鑑定をしてみた。
名前:リウス・トラルスト
年齢:15歳
性別:女
種族:人族
状態:熱
レベル:1
桶を放すとリウスは倒れた。
「おい!」
巧はリウスに近寄り、声をかけ揺するが反応がない。
リウスを担ぎ上げ出てきた小屋へと連れて帰る。
小屋の中にはベッドに机、椅子、食糧庫であろう箱だけが置いてあった。
他に人はいない。そんな疑問に持ちつつも少女のローブを脱がすと、服装は膝まで長く腕は半袖のワンピースのような服を着ていた。
ベッドの上に寝かせると、インベントリからタオルを二つ取り出す。
一つを少女の濡れた顔を拭きとり、もう一つを水の絞ったタオルを少女の額の上に置く。
服もローブから染みた水に濡れていたため、巧は乾燥魔法をかけ乾かした。
「ふう、これでいいな。家族いないっぽいが流石にこの状態じゃ、あとは村人に言って少女を介抱してもらわないとな。しかしこの子……酷い状態だ」
少女はの髪は赤色で全体的に髪の毛が長く、火傷を除けば顔は整っており、可愛らしい少女の顔をしていた。将来は美人ともとれるであろう顔立ち。
だが、首にかけて火傷の跡が目立ち、腕にも火傷跡がある。
年齢相応の健康的な身体ではあるだろうが、少しばかり細身といった印象を受けた。
巧は少女の状態に顔を顰めたが、少女は風邪で苦しそうにしていたので、巧は村長に薬を調達するよう頼みに行くと決め向かう。
「村長、あの離れ小屋に住んでいる少女が風邪なんですが、早く薬を出してもらえないでしょうか?」
「あの離れと言うと呪い子の事かな? まさか君はあの子に近づいたと?」
「え、ええそうですよ。ふらふらだったので流石に介抱しましたが」
「あの子には近づかないでもらえるかのぉ」
「何でですか? 年端もいかない少女ですよ? 見た所両親はいなかったようですので村長のほうへと駆けつけましたが」
「あの子は幼い頃両親が殺されていないのじゃ、数年前に”呪い子”だと判明し。それからわしも含めて村人全員が近付くのも恐れ多いのじゃよ」
村長からリウスは両親がいない事を聞かされ巧はショックを受ける。
しかも村人全員から嫌われてるとの事実。
「今は殺さないように食料を与えてやっているんじゃが、魔物が現れてからあの子以外にも魔物の分も分け与えないといけないのじゃ。あの子は自ら魔物に餌やりを志願しているが、正直いつ食われ死んでもおかしくない。そうなったらそうなったで村人達は安心する。だから申し訳ないが薬はやれん」
巧は村長の言葉を聞いて頭に血か上り怒りを覚え、机の上を叩く。
「ふざけんな! あの子は幼い頃から必死に生きていたんだろ? 村人と共に。それなのに何であの子だけ辛い思いさせないといけないんだよ」
巧が怒っても子供が駄駄をこねてるようにしか見えなかったのか、村長は鼻で笑う。
「何言ってるのかのう。呪い子じゃよ? 不幸を招く、そして災いをもたらす存在じゃ。そんなのは世間の常識。それにわしらの食料をわざわざ分けているんじゃ」
巧は頭に血が上ったおかげか村長の言葉を逆に冷静に聞くことができた。
この世界のご時世、こんな村で人っ子一人生き延びさせようとするのは大変苦労するだろう。寧ろ食べ物を与える事自体、稀なのかもしれないのだ。
「わかりました、それなら今回の依頼を達成できたらあの子を連れて行きます。いいですか?」
「ふむ……呪い子を連れて行ってくれるならこちらとしても助かるし、依頼も成功してもらえるなら大助かりじゃ。まあ恰好も汚らしいし奴隷としてもあの火傷じゃ売れないだろうから、連れて行っても良いぞ」
「わかりました、あの子の所へ戻ります」
巧はそう言い残し出て行き、リウスの所へと戻った。