初めての異星種
男は腕時計を確認すると、秒針が丁度真上に指し時刻は二十三時四十分を回る。
夜になると気温が急激に下がり底冷えが続く季節。
そんな夜に一人寂しく男は住宅街を歩いていた。
「もうすぐ誕生日か…………、はぁー」
両手を温めるために息を吐きかけるが、息が跳ね返り眼鏡は曇る。
曇ったレンズは前を見えなくするが、気にする事もなくポケットの中に手を突っ込む。
そんな彼の名前は山内 巧現在二十九歳。残り二十分経てば二十代は終わり、三十歳と言う新たな節目を迎える。
巧はこれまでの人生で特別な事もなく、人生を平凡に生きていた。
顔もこれと言って特徴はなく、身長も平均的な中肉中背。
学生時代でも社会人として働いていた時でも、印象と言う印象は与えていない。
そんな彼が何故外で歩いているのか?
それは趣味の一つである散歩をしていたからだ。
数ヶ月前に仕事を辞め、解放されてからは貯金をくいつぶし生活している無職。
次の仕事を探す気がない世間で言われるニートと言われる存在である。
もうじき三十歳になる、そんな日々の不安を感じていた。だからか夜中になると、外に散歩して行くことで気持ちを紛らわせ、精神的にも安心させていたのだろう。
「さむ……、温かい物でも買うかな」
ジーンズに肌着含め上着数着、その上に茶色のジャンパーなどを着こみ防寒対策をしていたが、それでもまだ寒さが身に染みるのだ。
近くのコンビニに入りコーヒーを買い、公園へと移る。
その公園は敷地が広く、歩く道は整備されていたがそこ以外は木々や茂みが覆われ、その雰囲気からは林や森と言ったほうがいいだろう。
しかし住民からも利用され慕われていたのだ。
ただ一点を除いては……。
腕時計の時刻を確認しながらコーヒーを飲む。
「あと五分か……。それにしても、やっぱうめえなコーヒーは」
空になったコーヒーはゴミ箱へ捨て公園を散歩し辺りを見回す。
「そういや、この公園って神隠しの噂あるんだっけか」
時間があり暇を持て余していた巧は、地元に何かあるのかとネットで調べていると、この公園は神隠しの存在が噂が真しやかに囁かれていた。
「まあネット上の噂だけで、実際に神隠しあったとは聴いた事ないっけか、ニュースにもないし」
公園は蛍光灯が一定間隔置かれている為か、道は明るく照らされていた。
所々蛍光灯が切れているのか暗い場所も存在し、奥は茂みで見えない。
そんな暗くなっている場所の近くの草木の葉が擦れ、遠くからガサガサと音を鳴らしだす。
「ん?」
葉が擦れる音が次第に大きくなると、巧は足を止めた。
振り返り、暗いが完全に真っ暗ではなく、他の蛍光灯の光で薄明りなのと音のなっている場所がどこかわかる。
なんだろと思いつつ、近づこうとした瞬間、茂みから道に何かが飛び出してきた。
巧は飛び出してきた生物に対し目を見開く。
頭からつま先まで全身緑色の生物。背は小さな子供ほど、人間みたいな手足、耳は尖がっており鼻も長い。槍を持ち警戒しているようだった。
「えっ…………、うおっ!」
「ギギ!」
その生物と目が合うと、巧に向かって駆け出してきた。
巧は混乱恐怖し、その生物から遠ざかるため逃げ出す。
「ハァハァハァハァ……、くっそなんなんだ」
巧は本気で走っていたのだが、緑の生物との距離は一向に離れない。
このままでは追いつかれ殺される予感がした巧は、次の角を曲がった瞬間に茂みに身を隠す。
角を曲がる時に丁度、木と重なったからか、緑の生物は巧が隠れた場所に気づかず通りすぎる。
巧の心臓の鼓動は激しく動き、口と胸を手で押さえ声を出さないようにした。
緑の生物が通り過ぎたのを目で確認したのちに息を整え落ち着かせる。暫くして巧は緑の生物が近くにいないことを確認し茂みから茂みから出た。
「あれ絶対捕まれば殺されるだろ……。警察に電話をしたほうがいいのか? けど説明どうすればいいんだよ……」
仮に警察に言ったとしても可哀想な目で見られるのは明らか。
下手したら精神病棟行きだろう。
化物に会わないためにも公園から離れたほうがいい、そんな焦る気持ちがして手を握ろうとした瞬間――――左手に何かが突き刺さる感覚や痛みが全身に走る。
「――――――――――――――――ッ!」
左手を見ると、緑の生物が持っていたであろう槍が突き刺さり、血が噴き出す。
「ぎ、ぎゃああああああああああぁぁぁ!!」
巧は自分の手に何故、槍が刺さったのかわからず混乱した。
だがすぐにその答えがわかる。
「ギギギギ!」
そう緑の生物が遠くにいたからだ。
巧は刺さった衝撃からか思わず足が絡まり倒れ、左手の痛みに悶える。そんな緑の生物は痛みに悶え苦しんでいる巧に、止めをさそうとするかの如く勢いで近づく。
一歩、また一歩と緑の生物は巧にどんどん近づくが、巧は痛みのせいで一切気づいていない。
残り数メートルまで近づいた緑の生物に対し、巧はようやく存在に初めて気づく。
掴まれたらこのままでは嬲り殺される。そんな思いが脳裏に過り、巧は右手で地面の土を掴むと緑の生物目掛け投げつけた。
「ギ!」
投げた土は緑の生物の目に入ったのか目をこすっている。
その様子を見た巧は左手を庇い、緑の生物目掛け体当たりをした。
緑の生物はよろけて倒れ、巧はすぐさま離れるように駆け出す。
どれだけ走っただろうか、巧は息を切らし疲れたのか立ち止まる。
瞼は涙をながしていたからか赤く腫れあがり、頭痛のせいか頭を押さえ、吐き気を催していた。
後ろを確認すると、緑の生物はついてきておらず安心する。
巧は近くの木にもたれかけると、左手に痛みを感じた。
走ってるときは、痛みを忘れていたのだ。
左手を確認すると、槍がまだ刺さって血が溢れ出ている。
ゆっくり抜こうしても痛み増すばかり、巧は槍を勢いよく抜く事を決意。
「ぐぅ……ぁ……いってぇぇぇえええええ!」
運が良かったのは、槍が細く短かったのですぐに抜けた。
これが利き手の右手なら、生活するのに不都合が生じ、他ヶ所に刺さらなかったのが不幸中の幸いともいえる。
「しかし、あれは何だったんだろ? それよりも早く帰りてえし、目がぼやけて見えにくいし、何か周りがでかいし、もう嫌だ…………」
眼鏡を外し目をこすって見開くと――――
「……あれ? 視力が」
視力が良くなっていたのだ。