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神隠しによる放浪記  作者: レブラン
第六章
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終焉のシロ


 岩人形が地底束縛により鎖が絡まり動かなくなると、シロはすぐさま巧へと近寄る。

 巧の身体は弛緩しきっていたが、口や手など僅かに動き、瀕死の状態ではあるが奇跡的に一命を取り留めていた。身体だけで頭までもが貫かれてなかったという点で即死は免れていたのが不幸中の幸いともいえるだろう。


「タクミ! タクミ!」


 シロは巧の名前を叫び続ける。

 いつもの強気で人を小ばかにするような表情を崩し、今にも泣きだしそうなほどに狼狽うろたえていた。

 状況の判断からして呪い子であるルルシがしたのには間違いなかった。

 ルベスサは周囲を確認するよう岩人形のほうへと視線を向けると、その奥にいたのがルルシだと気づく。

 岩人形が動きを止めているとは言えまずい状況。

 このままでは三人はルルシによって嬲り殺される事は必至。

 ルベスサは巧を抱きかかえているシロの頬を叩く。


「……っ」


 叩かれた事で正気を取り戻す。

 視線がルベスサへと向くと、ルベスサはシロの両肩を掴んだ。


「いったいどうしてこうなったの」

「……わ、私は仮面の男と対峙し終えてここに戻ってきたとき、タクミは居なくてあの敵だけがいたの。山盛りの土があったから相手に取り込まれたと思って助けようとしたら、突然土が割れて中から巧が出てきたの」


 ルルシの近くに盛られていたであろう土を視認。

 範囲は十メートルを優に超え、範囲内の木々は全てなぎ倒されていた。

 盛られた土も相当巨大であろう事がわかる。

 シロは続けるように震える声でいう。


「タクミが無事で安心したの。それから私はあいつを攻撃しようとしたけど、頭に血が上っていたからか中々当たんなくて周りが見えなくなっていた所に、土の針に足に刺さって動かせなくなったの」


 足の甲には針はないが、代わりに刺されたと思われる穴の跡があった。

 普通なら苦痛が伴うはずなのだが、シロにとっては巧のほうを優先していたのだろう。

 そんなシロは悔しそうな表情を向け、巧を強く抱きしめる。


「そして、私の周囲の土が盛り上がりを見せたと思ったら針の形に変わって私を襲い掛かってきたの」

「君ならそれぐらい避けれるよね」

「ええ普段なら。だけどあの時は周囲が見えてなかった所為もあって、反応が一歩遅れてもう駄目だと思ったの。そしたら巧に体を押されて、私の身代わりに……」


 巧が何故全身が穴だらけなのかの真相を把握する。

 それでも状況は最悪には変わらない。

 ルベスサは意を決するように問いかけた。


「巧を連れてこの場から離れてほしい」

「えっ……?」

「まともに動けそうなのは僕だけだ」

「貴方じゃあれを倒すのは無理よ」


 同意するように、ルベスサは首を縦に振る。


「ああ、分かってる。だけど、君だってその足だと激しく動くのは難しいはずだろ」

「……ええ。油断していたとはいえ、今の私だと逆にやられるわね」

「僕自身も難しいだろうね。だけど、あの敵を倒せるのはタクミしかいないんだよ。彼を失わせるわけにはいかない。この場から離れて回復に努めてほしい」

「……分かったわ。だけどタクミを抱えて逃げるので精いっぱい。貴方を連れて行くのは到底不可能よ?」

「僕は……あれの足止めをするよ。幸い止めるだけなら僕の方が君達より優秀だから。それにハリトラスにもそうしないと怒られるしね」


 ルベスサの表情は決死の覚悟。

 ハリトラスがいないのを察すると、シロは無言で巧を抱きかかえ立ち上がる。

 すれ違うように離れ、走り出そうとした瞬間、目の前に巨大な壁が生え出るように現れた。


「逃がさない」


 ルルシが地面の土の壁を創ったのだ。

 逃がす気はないらしく、シロと巧をたち塞ぐ。

 普通なら諦めざるを得ないような状況だが、シロにとっては好機と見て取れた。

 なにせ、すぐに攻撃するわけでもなくただ足止めをするのみであったのだから。

 シロは片手で巧を抱きかかえつつ、もう片方の手には文字が掘られた跡のような長剣を持つ。

 そしてエルフの姿から獣人の姿となり地面を飛び跳ねた。

 壁の一部は盛り上がりを見せたと思いきや、収まりをみせる。

 シロは躊躇する様子もなく壁に剣を突き刺すと剣の柄を足場にし更に飛び跳ね、壁の向こう側へと消えた。


「行ったようだね」

「対象が範囲外へと逃亡を確認。よって手助けをした貴様を排除する」


 ルルシの四肢や胴体にはルベスサが放った束縛魔法の鎖が巻きついていた。

 対象はシロから変わったがそれで良い。遅れれば遅れるほど巧達は遠のき、見つけるのも困難になる。全身全霊をかけ化物(ルルシ)を足止めするとルベスサは考えた。

 ルベスサは己の非力さを知っている。

 手足は震え、絶対強者の前で逃げ出したい気持ちに駆られていた。だが、過去にルーイから助けて貰った恩返しをすべき時が今きていると感じている。

 ルベスサは恐怖を払拭、また相手を威嚇するように大声で叫ぶ。


 大きな地鳴りと振動の響きがシロの耳に届く。

 ルベスサとルルシとの戦闘の合図であった。

 シロは振り向く事なく、街道沿いから離れ少しでも見つかりにくい入り組んだ森林を走っていた。

 心臓の鼓動が高鳴り激しく動く、息をするのも苦しい。

 手には冷たい雨とは別に生ぬるい感触が伝わってくる。巧の血であった。

 失血の量が多く、いつ死んでもおかしくない。

 瞳に涙を浮かべ、シロは今にも泣きだしたい気持ちを抑え込む。

 痛みからか足元がふらつき、木の根っこに足をとられ近くの木に背中を強打する。

 肺の空気が無理やり外に噴き出るように咳き込むが、強く抱きしめていたおかげか巧が無事な事に安心する。

 再び立ち上がろうとするが、足に力が入らない事に気づく。

 無我夢中に走っていたせいか周囲を見回しても変わらない景色。

 現在地もわからず、味方の王国軍の所にも戻れない。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 絶望的な状況。もう謝る事しかシロには残っていない。

 雨とともにシロの目から涙が零れ落ちた。

 ふと頬を触られる感触がシロに伝わる。

 巧が力を振り絞り、涙を拭きとろうと触っていた。


「タクミ!」

「シロ……もういいんだ……俺はもうだめだ……」

「そんな事は言わないで! もう少し、もう少し移動すれば味方がきっといるわ。そこでタクミが治療を受ければ。そうだ、回復薬もあるはずだからそれで」


 巧は弱々しく首を横に振った。


「知ってる……だろ? 俺は……お前と一緒だって」

「……っ!」


 呪い子である巧は回復薬や魔法などの治療では中々回復はしない。

 代わり、常人とは思えぬスピードで自然治癒する能力を備わっていた。

 だがそれは軽傷やそこまで深くない傷ぐらいなだけ。勿論、深い傷でも時間を置けば回復する事もあり得るだろう。

 奇跡的に生き延びられているのも、その回復速度のおかげともいえた。

 致命傷と思われる箇所が複数ある状況でだと、立ち上がるまで回復すのは難しく、長くは持たないのをシロも理解していた。

 シロの顔を触っていた巧の手は離れるように地面に落ちた。

 慌てて巧の手をとるが、もう余力さえ残っていないのか弛緩しきっていた。

 息をするのも弱々しく、巧はいつ息を引き取ってもおかしくない。

 そんな中、シロは脳が焼き切る思いで思考を巡らせた。


「他に手はあるはず。何か他に………………あっ!」


 何かを思い浮かんだように、獣人の姿から悪魔の姿へと変身する。

 シロは巧の耳元に近づき囁いた。


「ねえ、タクミ。貴方はまだ生きたい? 助かりたい?」

「生き……たい……死にたく……ない」


 意識が朦朧とする中、生への執着か、はっきりと答えた。


「これなら方法はまだ残ってる。ヤマウチ・タクミ、これは私フェイリア・マルベールと貴方との願いによる“契約”をし同時に“呪い”をかけます」

「なにを言って」


 シロは口元を噛み切ると血が滲み出た。

 そして巧へ口づけをする。

 口の中に舌が絡み唾液が交換されるように、互いの血が混じり喉を通った。

 すると、身体が焼けるように熱く次第に軽くなるような感覚が巧を襲う。

 傷はみるみるうちに塞がり治っていく。

 朦朧もうろうとしていた意識が覚醒し、身体を起こした。


「回復した? すげえ、すげえぞシロ」

「良かった。成功して……」


 もたれるようにシロは巧に体を預ける。

 巧はシロの顔を覗くと、シロの顔はヒビが入り、その箇所が砂のように崩れ落ち始めた。

 突如の事で巧は驚く。


「えっ……どうして」

「悪魔から得た知識の中に禁呪封きんじゅほうというのがあってね。相手が強く想う望みを叶える代わりに、罪人として永遠に生き続ける呪いをかけるの……」

「だけどシロ、お前は何で……」

「多分貴方が“生きたい”と望んだことを叶えた反動が私に返ってきたのかもね」

「え?」

「本来悪魔が望みを叶える代わり命を貰うんだけど、命を奪わずって事は私が死の代償を払うって事なの」


 巧は絶句した。

 自分の命を引き換えに巧を助けたのだから。

 唇が震え、喉が乾く。

 胸の奥に悲しさが湧き上がり、いつの間にか目頭に浮きあがった涙を流していた。

 そんな巧に、シロは頭を優しく撫でる。

 欠けているのか指の数本は見当たらない。

 今尚ボロボロと欠け崩れ落ちるシロの身体の崩壊は止まらない。

 いつ全体が崩れ落ちてもおかしくない状態。

 もう回復薬や治療魔法などで治す事は不可能なぐらいになっていた。

 そんな中、苦痛や辛さが伴うのにシロは優しく微笑みかける。


「私はそれで良かったと思ってるのよ? だってタクミを助けられたし」

「けど、だけど、こんな事になるなら俺は……俺は……」

「ふふ、やっぱりタクミは優しいね。ねえタクミ、覚えてる? ルベスサに捕まって貴方が私を助けたあとに言ってくれた事」

「あ、ああ。確か俺と一緒にいろ。だっけか」

「そう。あの時、私は貴方のその言葉に救われたのよ? こんな猟奇的な殺人鬼で危険人物。いつ殺されてもおかしくない、世間からすれば恐怖の対象。一緒に居たいと思う人なんて皆無だと思っていたの。それが違った。こんな私でも必要として、一緒に居てくれる人がいるんだもの」

「そうだな。あの時の約束は今でも続いてるし、これからもずっと一緒だ。だからこんな所で休んでる暇はないぞ。だから早く治療を」


 首元も崩れ始めているせいか、うまく振る事もできずにいた。

 シロは少なくなった指で巧の肩を掴む。


「タクミわかってるでしょ? もう時間が残されていないの」

「そんな事は……まだ何か手があるはず」

「ねえタクミ。私ね、これまで貴方と一緒にいて後悔はないの。こうなることもね。だけどもう、貴方との思い出も作れないのが気掛かりかしら」

「そんな事を言うな。そうだ、これが終わったらデートしよう。前に店で買ったシロが気に入った服あるよな。それを着て、俺と色んな場所に行って風景を見たり、色んな街の中を巡って散歩したり、まだ食べたことない物を食べたりとかさ」

「きっと楽しいでしょうね。けどそうなるとリウスは除け者にされて怒っちゃうかもね」

「むう」


 シロは今尚崩れている部分に視線を向けようとするが、目線を動かす事さえ困難になっていた。

 自分のおかれた状況がもう限界近くだと悟る。


「最後のお願い聞いてもらってもいいかな?」


 最後。そう言うシロに対して巧は一度目を瞑り、少しして目を開く。


「………………ああ」


 わかっていたが巧自身シロの置かれた状況を認めたくなかった。否定し続けたかった。

 だが、シロの言葉を聞き遂に折れるように返事をした。

 どうにもならない現実。直視するように巧はシロを見つめた。


「何でも言ってくれ。俺ができることなら全てを捧げる」

「なら子供作ろう」

「ちょっ……うーん」

「ふふ、うそうそ。そうね……」


 シロは腕を上げようとするが壊れるように割れ、地面に砕け落ちた。

 砂のようになり、水に溶けるように腕は消えた。

 シロの体を壊れないよう巧は抱きしめると、シロは巧の耳元に囁く。


「貴方から熱い抱擁がほしいな」

「ああ、わかった」


 巧はシロを撫でた。

 触れられたからか顔が少し頬を染めていくのにつられ、巧も顔が火照るのを感じていた。

 巧の口はシロの唇へと近づき口づけをする。

 触れた瞬間互いの時間が止まる感覚を味わった。

 互いの唇が離れるまではそう長くはかからない。だが互いが長いと思えるほどの感覚。

 シロは嬉しそうに微笑む。


「うふふ、嬉しい。初めてタクミからされちゃった」

「確かに今までシロからだったからな」

「そうね。ねえタクミ。私と居て楽しかった?」

「ああ、とても楽しかった。わがままで身勝手で俺を困らせる奴。だけどそれでも最高の女性」

「私も人生の中で一番最高の男性。一緒にいれて楽しかった……」


 急激にシロの体が軽くなるのを巧は感じ取る。

 砂時計の砂が下に落ちるように、シロの体も砂状と化して崩れ落ち、地面に溶け消える。

 生命の終焉、シロは口を動かし何かを喋ろうとするが声は出ず伝えられない。

 だが巧にははっきりと聞こえた。


「ああ、俺も愛してるよ。シロ、いやフェイリア・マルベール」


 そう聞いたシロは微笑みながら崩れ去る。

 巧は慌てて砂になったシロをかき集めようとするが完全に溶けて消えた。

 残されたシロの衣服や剣を抱きしめ暫し呆けていたが、シロが死んだ事実を頭で理解しだすと一人とり残された空虚からか悲しみが押し寄せ、いつの間にか嗚咽を漏らしていた。

 涙は雨により流され、声は雨音や雷鳴によりかき消された。

 雨は止むこともなく孤独となった巧を体を濡らす。

 

他に思い浮かばず、タイトルからしてネタバレになってしまったのには申し訳ないです。

シロが巧に対しての心情が薄いかなと思いシロの過去の回想を出そうか迷ったんですが、それだと更にグダグダになりそうなのでこうなってしまいました。


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