招集
真っ白い空間の中、巧は知らない道を歩いていた。
隣を向くと、リウス、シロ、ハリトラス、ルベスサの四人が楽しそうに話している。
すると巧達の目の前に全身真っ黒く得体の知れない、一言で言えばそれは“暗闇”――――のような物体が現れた。
巧の闇目でもその暗闇の正体が見えず、その暗闇はどこからか狂気が沸き出ていた。
巧の直感が働いた、危険だと。
「気を付けろ、こいつは危険な魔物だ」
巧は振り返ると、リウスが跡形も消え去っていた。
敵側に視線を戻すと敵をもいなくなっていた。
「敵がいない……? いやそんなことよりもリウス。リウスはどこだ」
三人にリウスや敵の事を聞くが、誰もが首を横に振り知らないと答える。
周囲を探索した。
手がかりかないか、必死に探す。
巧以外は誰も探していない事に疑問を感じ、振り返ると目を疑った。
「皆何で探し……て……」
全員の全身に体に穴が空き、血の涙を流し朽ち果てる様に潰れたからだ。
三人の亡骸を抱えると、崩れ去る様に砂に変わる。
巧は叫ぼうとするが、悲しみが押し寄せるのに涙がいっこうに出ない事に気づく。
一人近づく気配を察知した巧は、警戒するように振り返ると、リウスがいた。
巧は急いでリウスに近づこうとするが、リウスは杖魔祖を取り出し、憎しみの表情を浮かべる。
リウスから出てくるもの、それは軽蔑、嫌悪、嫌厭、拒絶。
そして睨み付ける様に言い放つ。
「こうなったのも全て貴方の所為! 貴方はいつも心のどこかで見下し私達を貶めたの! 貴方が無理やり連れて行くから、私達は仕方がなくついて行かざるをえなかった!」
悲痛な叫びともとれる、苦言。
巧は一瞬何を言っているのか理解できずにいた。
リウスは罵倒、痛罵、罵詈雑言を浴びせ、杖魔祖を巧に向けると炎を出し始めた。
抵抗する気力が起きないのか、巧は膝をつきリウスを見上げるのみ。
「死んじゃえ」
杖魔祖から放たれた炎、巨大で人ひとりなど軽く飲み込まれるほどの炎。
確実に飲み込まれる。
巧は諦め、目を瞑り、抵抗せずにいると突如押し倒された。
「……タ…………ミ……クミ! タクミ! タクミ!」
聞き覚えのある声がし、巧は目を開けるとそこにいたのはシロであった。
心配するような、どこか安心したようなそんな表情で巧を見下ろしていた。
「シ……ロ?」
「もう、心配したのよ? 突然叫び声を上げるんだもの」
「夢……だったのか?」
「そうね、うなされるほどとても怖い夢のようね。けど何事もなくてよかっ……」
シロへと抱き着く巧に対してシロは優しく抱きしめる。
嬉しそうに、獣人化となっているシロの尻尾は布団のなかでも振るっていた。
暫くし、シロから離れると、巧は周囲を見回した。
そこは先程までの白い空間ではなく、ヘルデウスが貸し与えている一部屋。
巧とシロがベッドの上に一緒にいた。
「……それで……どうしてシロが俺の部屋のベッドに一緒に寝てるんだ?」
「えっとね、タクミの事が心配になって部屋を覗いたの」
「ふむふむ」
「そうしたらね。タクミが気持ち良さそうに眠っていたから、私は見惚れちゃったのよ」
「まあ、俺は眠ってるもんな。どうして見惚れるのは分からんが」
「それでついつい私も一緒にベッドの中へ」
「いやいや、おかしいだろ? 心配してくれたのはあり難いが、それでもどうして一緒に寝るって発想になるんだよっ!」
「ふふ、困ってるタクミも素敵よ」
「困らして何が素敵だよ……まあいいや」
諦めたようにベッドから立ち上がり、背伸びをすると窓の外を一瞥した。
陽が昇っているのか、窓から明かりが差し込み部屋を照らす。
「そういやあれからもう五日経ってんだな」
「そうね。今の所、王国からも音沙汰ないようだしどうしたのかしらね?」
テルヌス帝国からの襲撃者があったその後、城下町は復興作業に入り未だ壊れている家は多数あるものの、それでも活気づいていた。
呪い子であるリウスと言う希望に続き、テルヌス帝国に対抗するため新たな呪い子がベルチェスティア王国に味方として現れたからだ。
だが、それは表向きの公表。
リウスは敵国に攫われ、新たな呪い子が巧だと知らされているのは、王国でも極少数と限られている。
ベランジェと約束で情報が入り次第動く事になるが、暇を持て余していた。
「リウスは無事かしら」
「まあ、呪い子って貴重な人材だし手荒なまねをする馬鹿ではないと思うが。普通ならリウスだって無宣言魔法を駆使して逃げれていると思う。だけどそれができない状況に陥ってるならば……」
「捕まって、とうに相手の災厄の魔女と会ってるわけね」
「可能性はあり得るだろうな。そこで洗脳されていると考えるのが妥当か……」
「けど、洗脳って持続させるには大量の魔力維持が必要なのでしょ? あれだけの人数をかからせるってわけにはいかないでしょうし」
「ああ、そう言ってたな。まあ実際に洗脳魔法はやってるんだろう一部だけ。それ以外だと、向こうではやり方が違うのかもな」
「やり方?」
「簡単に言えば今まで出会ったのは、信仰してる奴等ばっかだったよな」
「そうね、あの方って言われる災厄の魔女を口ずさんでいたかしらね」
「あれは一種の宗教で信者みたいなもんだ。それで信者は洗脳を受けやすいともとれる」
「どういう事なの?」
「そもそも物や神様を崇め奉られる事から信者ができる事になるんだよ。それが一人の人間に代わりとしてなる」
「生き神様としてねえ。人間は面白い考え方をするわね」
「そうだな。だけどそれが無害や有益になればいいけど、逆に害悪にもなり得るんだよ」
「害悪って?」
「例えるなら、その頂点となる一人の人間の言う事は絶対であり間違いないと思わせる。それが集団になればなるほど洗脳しやすい集団心理。仮にそれで命を投げ出し敵国を葬り去れ命じれば信者は疑いを持たず、絶対成功しなくちゃいけないと言う強迫概念」
事実、自分達の信仰している宗教以外での宗教争いなど起こっていたりする。
だが、巧の話をシロは信じられない様子で聞いていた。
「なら、シロ。幸せにしてやる事ができるがそれが弊害となる奴がいるから殺せ。成功するためにはシロが必要不可欠なんだ、そうしないと不幸になると言えば?」
「私は勿論タクミの為になんでもするわよ? あの時、私は誓ったんですもの」
迷いの無い即答。
胸に手を当て微笑み、その薄い目から見られるシロの眼差しは真剣そのもの。
巧は恥ずかしさのあまりに視線を逸らす。
「まあ……これも一種の心理を掌握して応用したものだからさ」
「そうね……私も貴方に心理的に掌握されてるかもね」
ベッドから立ち上がると、シロは巧へと抱き着くと押し倒す。
「ちょっ、何で抱き着くんだよ」
「だって、貴方に身も心も掌握されてるんだもの。今だって貴方の事を思うと……」
その時、ノックが響くと部屋の扉が開いた。
そこに立っていたのはルフラであった。
「失礼いたしま……す」
「あー、ルフラおはよう」
「おはようございます。朝食の用意ができましたので来てみれば、お二人は相変わらず朝からお盛んなご様子で」
「ちょっ! 違う、違うからな!」
構図的に、少年が美女に押し倒されている所をメイドが一部始終。
普通ならそのままの意味にとらえられるはずなのだが、ルフラはすぐに状況を理解して口に手を当て笑う。
「ふふふ、お気に召さらずに。ヘルデウス様にはタクミ様とシロ様には来られない用事が出来たとお伝えいたしますので」
「待て待て、すぐに行くからヘルデウスや他の奴等に余計な事言わなくていいからな」
聞き届けられなかったからか扉は虚しくも閉められた。
「おはようシロにタク……ミ? 何だか疲れた様子でどうしたの?」
「おはよう、いやまああれだ。寝起きから色々邪魔した奴がいてな」
シロは両手を頬に当て、恥ずかしそうにクネクネとし、ルフラはあえて巧達にそっぽを向いていた。
ヘルデウスは理解したのか苦笑いであった。
「全く、今日ものん気だな二人は」
「いや、先に席に座って食事してるハリトラスに言われてもなあ」
ハリトラスは食べ物を頬張るようにかきこみ食べていた。
タクミとシロは席に着つくと、テーブルの上に置いてある食事に手をつけ始める。
パン、一切れに切り分けられていたハム、オニオンスープ、ウィンナーにスクランブルエッグと比較的現代風な食べ物がテーブルの上に並べられていた。
「そういえば、今朝王国からタクミ宛に手紙が届いてね」
「俺宛て?」
ルイスは巧に手紙を渡すと、手紙を確認する。
封筒だけでも上質そうな紙、裏を返せば封蝋にはベルチェスティア王国の刻印が刻まれ、その下に巧と思われる名前が書かれていた。
封を開け中を確認すると、そこには簡易的であるがじきにテルヌス帝国が戦争の開戦の旨。そしてベランジェから巧に引見を要する書状であった。
「どうしたの?」
「ああ、どうやらこの国はもうすぐテルヌス帝国が戦争が始めるらしい」
「戦争……」
ヘルデウスだけではなく、その場にいた全員の表情は深刻になり静まり返る。
「まあ、とりあえずはベランジェと会って話してみるよ」
「わかった。馬車はこちらから出しておくよ」
「ありがとう」
手紙を収容空間へとしまうと、皿の上に乗っているパンを千切り一口食べた。
叙爵式をどうするかと考えていたんですが、なかったことになりそうです