裏切りの排除
賑わいをもたらすその夜、貴族達による顕彰会という宴は無事終わりを告げる。
貴族達はそれぞれの屋敷へと戻り事後処理を行う。
残ったのはリウスを除く巧達とベランジェとその側近達であった。
「それでタクミよ。其方は本当に呪い子なのだな?」
「ええ、証拠をお見せいたしましょう」
無詠唱無魔法宣言を発動させてベランジェ達を驚かせる。
「陛下、まさしく呪い子です」
「ああ……しかし、其方はなぜ今まで隠し通してきた?」
「シュワルの件もありますし、まずそんな相手がいるのに信用できますか?」
痛い所をつかれたのか、ベランジェは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「確かに、シュワルの事に関してはこちらに落ち度があった。だが、それでもこの国の為に力を貸す事を考えなかったのだろうか?」
「考え? しないでしょ」
「……何故か聞かせてもらってもよいだろうか?」
「そもそも私達は冒険者ですので、冒険するのが主体です」
冒険者、その言葉でベランジェの口はつぐむ。
事実、巧にとって元々の目的は旅路の資金集めのみで国の行く末はどうでも良かったのだ。
「まあ、それも当時はですけどね。今は無駄に関わりすぎましたし」
「そ、それはすまなかったな」
思わず巧は苦笑する。
立場は変わっていないはずなのだが、巧が呪い子だと知るや否や畏怖の念を込めるように話すからだ。
フェスやアルベルト、ホルズでさえ警戒している。
特にベランジェにとっては初めてであった。
敵対勢力で切れ者が存在はしていたが、それは組織の中に組み込まれた者。
目の前に現れた存在はまた違う。知恵が回り国を貶める事ができる存在である以上、ベランジェは慎重にならざるを得なかった。
「ハウリック卿に聞きたい事がある。タクミやリウスが呪い子と知って囲っていたのか?」
「いえ、王都へと来る前に聞かされ非常に驚きました。しかし私は呪い子としてではなく、いち冒険者として巧達を受け入れただけです。けどこれは知らない人からすればそう思われても致し方ありませんね」
ヘルデウスがベランジェへと向けるその瞳はまっすぐで、嘘をついてない様子もない。
「そうか……」
「それで見つかりましたか? 敵との内通者を」
「ああ、今フィティア達が押さえている。それにしてもタクミ、其方はよく間者の存在に気付いたものだ」
「勘もありますが、そもそも数日前に王都内でテルヌス兵士であるルーイとルーウを見つけ対峙しました。王都が強化されてるにもかかわらず」
「確かに以上に強化はした。だが、内部防衛は完璧ではないのは否定しない」
「更に言えば、彼女等はどこに寝床を確保し、シュワルが捕まったという情報経路は?」
「……なるほど、敵国の者を匿かくまい、そこでシュワルの情報を流したのか」
「そもそも、何故シュワルを助けたと思いますか?」
「シュワルはあれでも、国を熟知していた男だ。その知識を活用するためでは?」
「本当にそう思いますか? 他の皆様はどうでしょう」
思い浮かばないのか誰もが首を傾げ、理解できずにいた。
「陛下、そもそもシュワルはこの国の裏切者。だけどそんな敵国の者が来られても信用できますか?」
「……難しいだろうな」
「そうですね、それにこんな貴族が多くいて最大限強固されている場所何て攻めません。国を崩壊させるには効率いいのですが、国の崩壊よりも呪い子の確保が最優先です」
「つまりは全て、呪い子を誘き出す為の陽動……」
「ええ、付け加えるなら国を崩壊させるよりも呪い子を確保するためだけに、シュワルは利用されたかと。もしもリウスを出さなければまた違っていたでしょうね」
ベランジェは顔を手で押さえた。
選択肢の失敗、最善の策と思われた行為が最悪の策へと変貌していたのだから。
「私が其方達に下した命令は、相手の作戦を成功させたのか……?」
「相手の戦力の把握ができていなかったとはいえ、結果的にそうなりましたね。逆に大事な事を知らせてる以上、今回の事を予測できてないのも王国側の怠慢かと思うのですが」
追い打ちをかけるように巧は追撃する。
「貴様、呪い子とはいえ陛下に対する物言いは、不敬であるぞ!」
「アルベルト、今はタクミが間違いを言ってるわけではない。それ以上は陛下を侮辱するに値する」
「くっ……!」
アルベルトが巧に噛みつこうとするが、自分の行いが信頼する上司に影響を与えるかを理解すると引き下がる。
「タクミよ、貴公の苛立ちはもっともだ。しかし陛下を責めないでいただきたい。あの時の最善の策があれしかなかったのだ。それに私が先に助言をした身、今回の不祥事にはこのフェス・ミラベルトに責任がある」
「タクミ、僕からもお願いだ。このままだと国は破滅の道に辿る、だから力を貸してほしい」
巧は頭を掻き毟り、大きく溜息をつく。
「……わかりました。まあ私も現場に出た以上は責められてもしょうがないです。今回は相手の戦略が一枚上手って事ですし、どの道リウスがここで残っていようと奪われていたと考えるのもまた一つでしょう」
「すまない。必ず我々の総力をかけてリウス・トラルストを助けると誓おう」
「いえ、無理でしょう」
「確かに、其方の言う通り厳しいかもしれないがそれでも」
「何のために私達がいると思っているのですか?」
「あ、ああ、そうだったな」
ベランジェは玉座から立ち上がると、巧の前に近づき手を差し伸ばす。
王と冒険者ではなく、一人の対等な人間の立場として。
そんな行為に誰もが固唾を飲んだ。
「タクミとその仲間達よ其方等の力が頼りだ。手伝ってほしい」
「お受けいたします」
差し出された手を巧は握った。
巧がベランジェに和解していた時、とある邸宅では太りこけっている男の貴族ヴァールヘル・ヴァ・ルウシュベが、手足にはロープが縛られ身動きをとれずにいた。
床には雇われと思われる使用人数人が死んでいた。
「貴様、私は貴族だぞ! こんなことして許されると思ってるのか!」
縛られてる男は表情から焦りが見え、目の前で起こった事に怯え虚勢を張る。
だが貴族の目の前にはイデルが立って貴族を見下ししていた。
「さて、悪いが貴様はどういう事か理解しているな?」
「なんのことだ!」
「確か……検討会? ああ違った、顕彰会と言うやつか? あれに参加したよな」
「そ、それがどうした。貴様らとは違いわしは貴族なのだから参加して当然。それにわしは陛下に忠誠を誓った身」
「それはどうでもいいが……まあ、俺達の依頼人がその王様なんだけどな」
「う、嘘だ陛下が陛下がそんな事を……我々を信用していると……」
焦点があっておらず、信じられないような思いがルウシュベを襲う。
「まあ、あれだ。お前の知ってる事を早めに白状したほうがいいぞ?」
「だから知らんと言って……ユーリ!」
イデルは後ろを振り返ると、黒装束が現れその手には少年と思わしき人物が捕まっていた。
気絶しているのか、身動き一つしていない。
「貴様、わしの息子のユーリに何をした!」
「気絶させただけでまだ殺してはいない。だがお前の返答次第で即座に殺す」
「わ、分かった。何でも答える、答えるから息子を、息子を放してくれ!」
黒装束は短剣をユーリへと首に当てた。
「ではまず、貴様は何故陛下を裏切った」
「お、脅されてたんだ! わしは悪くない……がああ!」
ルウシュベの足に釘が刺さる。
苦痛の悲鳴が部屋を響き渡らせる。
「早く答えないと、この子供を殺す」
「わ、悪かった……悪かったから止めてくれ……」
「ではまず、貴様は何故陛下を裏切った」
「……他貴族から話を持ちかけられたんだ。この国の伝達役としてやらないかと」
一気に老け込むように、ルウシュベは諦め答え始めた。
「その貴族達は誰だ?」
「ルーペ卿、クィンル卿、フェブラ卿の三人」
「間違いないんだな?」
「ああ、間違いない。だから息子を! 息子を返してくれ!」
黒装束はユーリをルウシュベの近くへと放り投げ、二人の頭に釘を投げ突き刺した。
イデルは終始見守っていると、黒装束から金の詰まった袋が渡された。
「今回の残りの報酬分だ」
「もういいのか?」
「ああ、今回の依頼は終わりだ」
「わかった。その前に一つ質問いいか?」
黒装束の男は部屋を出て行こうとするが、イデルの問いかけに答えるように立ち止まる。
「あーなんだ。お前達の王様は何をしたいんだ?」
「裏切者の排除。この国に害する者の駆除だ。貴様ももし裏切りなど行えばわかっているだろうな?」
「ああ、分かってるさ。流石にどうなるか何てよく見てる」
「ならば、後始末は頼んだぞ」
「へいへい、任せなすって」
黒装束は部屋を出て行くと気配が消え去る。
残ったイデルは一人煙草を咥えふかす。
「ふぅー……そろそろこの国ともおさばらしなくちゃならんな。不穏な空気が漂いすぎてる」
持っていた煙草を放り投げると、死体となったルウシュベ親子に燃え移り、次第に部屋全体へと火が広がりを見せた。
この夜、いくつかの貴族の邸宅が突如燃え上がると言う事件が勃発した。
ある者はこういう「国に災いをふりかからせるとその人物は恐ろしい事が起こる」と。
それがどういう経緯で意図して誰が噂を流したかを知る者は少ない。
しかしそれでも、国民全員が分かっている事が一つあった。
テルヌス帝国との戦争の時が近づいてきている事だと…………
本来なら前回で終了する予定だったのですが、長くなったので別けました。
今回でこの章は終了となり、次の話から次章へと移ります。




