躊躇いの一撃
「終演じゃと? どこかで聞いたことあるような……まあいくら姿が変わろうが、お主一人でワシ等を相手に……な!?」
「ど、どこ!」
突如シロ姿が消えた……。
いや、シロが消えたというのは誤認である。
巧の目の前にいたシロはただの超高速で移動しただけなのだから。
巧においては速さに目を凝らすことで何とか追える程度。
「あれぐらいで避けられない何て遅いわね。さようなら」
「!?」
シロはシュワルの近くに立ち、剣には赤い血糊が付着していた。
シュワルの胴体が二つに離れ、音を立て地面に伏していた。
シュワル自身なにが起きたか理解できず、自身の離れた部分を触り始める。
「な、な、な、ななななんああああああぁぁぁ………………」
ひたすら暴れると次第に力が抜けていき、声は枯れ葉て息絶えた。
シロは気にする様子もなく、剣に付いた血糊を振り払う。
人を斬る一片の躊躇いもなく、人を斬る一片の躊躇せず、人を斬り伏せてしまったのだ。
シュワルをゴミを見るような目で見ていたが、次第に口角が吊り上がる。
「ああぁぁぁぁぁああ……剣から伝わる久しい肉と骨の感触、飛び散る血の匂い、命を絶つ感覚。少し物足りなさもあるけど、やっぱり気持ちが良いわぁ……」
その表情は陶酔し高揚感からか興奮し、シロにとってそれは恍惚の境地とも言えた。
シュワルが死んだことにより、リウスを囲っていた炎は魔力で創られた火だからか、跡形残らず消え去る。
「タクミ! シロさん!」
顔に怪我もなく火傷もない様子に巧は安堵した。
巧はルーウと仮面の男に注意を向けると、仮面の男は戦闘態勢に入る。
「ここはこの化物を食い止める! 早くその呪い子を連れて行け!」
「わ、分かった!」
リウスを捕まえようとルーウが動く。
「あら? それができると思ってるのかしら」
「先ほどよりかは幾分素早くなっているがおいつけない速さではない」
「そうね……あの時は私の油断が招いたものだし、今度こそ終わらせてあげる」
シロは先回りをしようと動くが、仮面の男は腕を広げ進路を邪魔をする。
いつでも斬れるはずなのだが、シロは警戒していた。
「リウス、そいつらが敵だ!」
「う、うん!」
リウスは手に持っている杖魔祖をルーウに向けると、炎の塊が現れた。
「炎硬弾!」
杖の先から放たれた丸い炎の塊がルーウを襲う。
だがルーウはそれを斬ろうと短剣を振りおろす。
その炎の塊がどれほど超高温であり、金属をも溶かすほどかをルーウは知らずに。
「熱っ!」
炎硬弾に当てた瞬間、蒸気が上がりルーウは熱さからか短剣を思わず手放した。
地面に落ちた短剣の剣身部分は熱で赤くなり、当てた部分は溶けていた。
ルーウの顔面に近づく炎硬弾、しかしルーウは己の運動や反射神経には自信を持ち、髪の毛がかする程度で避けた。
「何なのよ今の……え?」
背後に向かった炎硬弾は突如膨れ上がり、ルーウを囲うように炎が包み込こもうとした。
リウスは炎硬弾を炎のドームへと変質させようとしたのだ。
「くっこの!」
炎が完全に包み込む直前に、ルーウは地面を飛び跳ね回避した。
それはあと一歩遅ければ包み込まれていただろう。
空中に飛びあがったルーウは、自身以外が静止したかのような感覚に陥った。
視線を地面に向けるとシロと仮面の男との戦闘は続き、リウスは未だルーウに気が付かず炎のドームの方向へと向けられていた。
そのどれもがゆっくりであり、誰もルーウの事を注目していない。
任務を達成できる……そう自負するかのようにルーウは顔がにやけた。
そんな矢先、強い衝撃音とともにルーウは自身に圧迫される痛みを感じ骨が折れる音が聞こえた。
「え?」
何が起きたかルーウ自身気づいていなかった。
リウスの攻撃だけに集中しすぎて、巧の水ビームに気づかずにいたとは。
もしルーウが他の動きに注意していれば、もし飛び出した瞬間に巧へと注意を向けていればまた展開は変わっていただろう。
そんな中ルーウは一人近づいてくる人物を見つけると、安心したかのようにニヤリと笑う。
「くそ、水ビーム!」
巧が創った高圧縮の水の塊はシロとリウスの間を通り抜け、向かってくるルーイへと放つ。
「残念」
敵は余裕綽々といった態度で、容易に水ビームを避ける。
あと数秒もすればリウスの所へと到着するのは目に見えて明らか。
「くそ、こんな時に戻ってくるとはルーイめ。ならもういっぱ……つ」
巧は異様な光景を目の当たりにする。
ルーウが物理法則を無視してシロのほうへと向かってきてたのだ。
捨て身のタックル、人間砲台、神風特攻、どれとも呼べるべき行為だろうか、ルーウも理解出来ていない様子で。
仮面の男はシロの攻撃を避け、後ろへと一歩下がるとルーウが横を通り過ぎた。
「邪魔よ!」
飛んできたルーウを剣で一刀両断。
同時にシロが吹き飛ばされるのを巧は見た。
振りおろした一瞬、動作の硬直による隙、ルーウの体が偶然重なり仮面の男の蹴りに対する反応が遅れ、シロの体にヒットしたのだ。
「キャア!」
「シロ!」
蹴り飛ばされるシロ、巧はシロの体を掴み勢いを殺した。
「無事かシロ!?」
「ええ、平気よ。それよりも」
リウスのほうへ向けると、仮面の男に捕まるリウスがいた。
気絶をしている様子でリウスは担ぎ上げられ、今にもその場を離れようとする。
「リウスを放せ!」
「返してほしくば、止めてみせるんだな」
そう言いつつ、リウスを抱え仮面の男とルーイは屋根の上へと上がろうとした瞬間、足に鎖が絡まり始めた。
「なんだこの鎖は!?」
二人の足に絡まる鎖、それが何なのか巧にはすぐに理解した。
「ルベスサ!」
「全く、二人とも油断大敵だよ。それに後で説明してもらうからね」
「ああ、後でいくらでも説明してやる。だから今はこいつらを倒のを手伝ってくれ!」
屋根伝いに来たからか、飛び降りると地面に着地する。
「ほう、お前がテルヌス帝国の裏切者か」
「ええ、貴方達のやり方が気に入らないのであの国から逃げたまでだよ」
「あのお方に逆らうと?」
「僕は会ってないからね。貴方達があのお方と言ってても知らないし」
「……まあいいだろう。こちらとて用事が済んだのだからな。この呪い子が手に入った以上あとは逃げるだけなら容易い」
「私から逃げられると思ってるなら、甘く見られたものね」
シロは両手の剣を構える。
だが仮面の男は足が絡まっているのに、どこか落ち着いた雰囲気を醸し出している。
そんな仮面の男に対して違和感を巧は持ち、男の手に注目する。
「待つんだ、シロ」
「どうしたの?」
「あの男が持っている物体、あれは……」
仮面の男は三つの歪な小さい形の水晶。
二つは透明、もう一つは黒。
「この歪な形の水晶は対魔の水晶でもある。実際に」
透明な水晶をルーイと仮面の男を縛っている鎖へと当てると、鎖は水晶に取り込まれるように吸い込まれた。
水晶はよどみとなり、水晶は音を立て崩壊する。
「簡易版ではあったが、それでも役にはたったようだな」
仮面の男はルーイに黒い水晶を渡すと、ルーイをその場に残しつつ屋根に飛び乗る。
「そしてもう一つは……」
ルーイは黒い水晶を持ちながら何かを躊躇う様子でいた。
「早く飲むんだ!」
仮面の男に後押しされる様子で、ルーイは決意すると黒い水晶を飲み込んだ。
すると周囲の風が大気が熱がルーイへと取り込まれ、次第に姿が変化していく。
顔はトカゲのように牙も剥き出しになり、体は大きく全身鱗に覆われ、背中にはハリネズミのような棘が生えた。手足は退化したように一つの形となりそこから伸びた爪は凶器のように長く伸び、尻尾も生えてくる。
「リザードマン? いやリザードマンはこれほど変化のある種族じゃない……」
「おい、仮面野郎! ルーイに何をさせた!」
「飲み込んだ水晶、これは使用者の魔力を使い魔物を作りだすわけだ。ウエルスが使用したのと違い地面に放っても魔物が作り出せる訳がない。つまり失敗品だ。しかしこいつはその失敗作の水晶を飲み込んだ。あとはどういうことかわかるな?」
「体内の魔力が変化し飲み込んだ術者もろとも変化させた……」
「良く出来ました。こいつはその女と同じで化物になっちまったわけだ」
仮面で表情は見えないが、嘲笑っているのを巧は感じ取ると腹を煮えたぎる怒りを覚えた。
「シロは化物じゃない!」
「そうかいそうかい、お前がそう思ってるならそれでいい。まあ先に、そこの元人間である化物をどうにかすべきだな」
ルーイは巧達を見ていると、口から涎が垂れ、今すぐにでも襲ってきそうな雰囲気を醸し出していた。
「そうそう、一つ忠告すると、俺でももう制御はできない。そいつが魔物としての本能が満足するまで暴走は止まらないだろうな。それを止めるには殺すしかないが殺せればな、くくく」
そう言い残し消え去る。
場に残るは魔物となったルーイ、巧、シロ、ルベスサ、気絶をしていたフィティア。
『グゲゲ、ゲゲゲゲゲゲ、ゲエエエェェ!』
ゴブリンゾンビのように、巧の言語理解のスキルも通じず完全に自我を失っていた。
「シロ、お前はあいつを追うんだ!」
「だけどタクミ。こいつは危険だと思うの」
「だめだ、追いかけないと間に合わなくなる。今、追いつけるのはシロお前だけだ」
「けど……」
「そうだね、ここは僕とタクミに任せて君は早く向かったほうが良い」
「……死なないでね」
不安そうな表情で、仮面の男の後を追うようにシロはその場を離れた。
「これでリウスの心配はなくなったね」
「ああ、あとはっと」
すんの所でルーイの攻撃を避ける巧。
巧と対峙していたときよりも数段速くなり、攻撃に移り辛い状態にあった。
「タクミ退いて! 地低束縛!」
ルーイの足元から鎖が飛び出した。
『グゲゲ!?』
鎖は足元に絡まろうとした寸前、手の爪で鎖を破壊。
ルベスサに向かい地面を蹴った。
巧と会った時よりも速く、ルベスサは避ける暇も与えない。
『ゲゲゲ!』
「やられる……!」
爪がルベスサに振りおろされようとした瞬間、爪はルベスサに触れらる事なく甲高い音とともに弾かれた。
「んっ……タクミ?」
巧は水の剣を出し、爪を弾いたのだ。
次々来る斬撃に一度ならず、二度三度とルーイの攻撃を受け止め弾き返す巧。
「ルベスサ、フィティアを連れて離れてくれ」
「けどあいつは強いぞ?」
「ああ、そうだな。けど今のままだと、ルベスサとフィティアが足手まといだ」
「きつい事言うね……。けど確かにあれを止める事は僕にはできそうにないね」
「ああ、すまないなっと!」
再びルーイの攻撃は止まらない。
そんな中ルベスサはフィティアを担ぎあげると、その場を逃げるように離れた。
「これで心置きなく戦えるなルーイ!」
『グゲゲ、ゲゲゲゲゲゲ、ゲエエエェェ!』
左右から来る攻撃に対して巧は水の剣で受け流す。
ルーイは巧の持っていた水の剣を噛みつくと、水の剣は魔法水へと戻り飲み込んだ。
だが巧はルーイが起こした動作の“隙”を見逃さなかった。
「これで……どうだ!」
再び水の剣を創り上げた巧は、剣を振り上げるとルーイの腕へと斬撃をくらわした。
『グゲゲゲ……ゲ! ゲガガガガガガ!』
魔物に変身していても、ルーイの叫び声は悲鳴のような苦痛の声を上げる。
今の一撃は固い皮膚によって防がれるものなのだろうが、しかし全体を鱗で覆われているわけではない。
全身鎧のように表面上は固くても、どこか隙間が生じるのだ。
魔物になっているルーイも例外ではなく、関節の鱗が甘く出来ている部分を見つけ、修行の成果もあり巧の水の剣はその部分をとらえた。
「さあ、まだ行くぞ!」
ルーイは目の前の存在に脅威を感じているのか後ろに一、二歩下がる足を止めた。
逃がさんとばかりに追撃をかまそうとするが
――――――巧の剣はルーイの鼻先にピタリと止まり、剣を下ろした。
『ゲゲ……ギ……イ……痛イ、痛イヨ、コンナ化物ヤダヨ……オ願イ……助ケ……テ』
腕を斬った痛覚、それに飲んだ水からか、魔物から人間の意識へと取り戻す。
そして目から涙を流し懇願する想いで答えたのだ。
「……そうだ! お前が飲んだ黒い水晶。あれを吐き出せ。そうすれば元に戻るかもしれない! もし無理なら俺が取ってやる。痛いが侵薬もあるからすぐに治るぞ」
『ダ……メ……アレ飲ンダラ最後。モ……ウ無イ……助カラ……ナイ……』
巧は胸糞悪くなる思いが胸を締め付けた。
何か助ける方法はないかと考え模索する。
出た結論は……
「……ああ……分かった。今すぐ助けてやる」
巧は水の剣を巨斧へと変化させ力を込め、魔力を込めると巨斧をルーイへと振り下ろす。
強い衝撃音と地鳴りが周囲に響き渡り、決着がついた。




