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神隠しによる放浪記  作者: レブラン
第五章
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日常のなかの非日常

 走り続けて三十分が経過、目的の宿に巧は息を切らしながらも到着する。

 その宿は前に、ルベスサに案内され場所であった。

 宿の一室で出会ったのは、テルヌス帝国によって人工的に造られた疑似的呪い子のアイルという人族の女性である。

 宿の中に足を踏み入れると巧は店主を探した。

 そこまで宿として大きくはなく、誰かがいれば普通なら気づくはずなのだ。

 だが、宿はもぬけの殻なのか宿には人の気配がせず、どこか異様な雰囲気を漂わせていた。


「すみませーん!」


 返事もなく、誰もがその宿を出て行ってまるで廃墟といった感じである。

 巧は近くの階段に近づこうとした矢先、扉を誰かがバタンと閉めた音が一階まで響く。

 急いでいるようなドタドタとした足音で近づき下りてくる。


「いらっしゃいませ、宿泊でしょうか?」


 声をかけてきたのは、店の従業員と思わしき女性であった。

 三つ編みをして、黒髪の可愛らしくも清楚と印象付けられるようなそんな女性。

 言葉遣いも対応もマニュアル通り、だが服の袖は長く広くぶかぶかしているからか、袖に手が隠れどこか不自然に見舞われた。


「いえ、えっと……、この宿の利用客に用があって急いできたもので」

「宿泊のお客様にですか?」

「はい、特徴は褐色の肌に髪の毛が灰色掛かった白色で名前はアイルといった女性です」

「……ええ、その人なら今部屋で休憩されていますよ」


 安心するはずなのにどこか嫌な胸騒ぎが巧を襲う。

 すぐにでも向かわなければいけないはずなのだが、足が踏みとどまっていた。

 それが巧にとって何故か理解できていなかったが、目の前の女性に対して離れたほうが良いと衝動に駆り立てられていた。

 だが、女は巧の手を握り、逃がさんとばかりに力を籠める。


「よろしければ部屋まで案内しましょうか?」

「そ、そうですね。お願いします」


 階段を上り、アイルがいるであろう部屋に到着すると扉のドアを開けた。

 開けた瞬間、巧の鼻腔に鉄の血生臭い臭いが漂い思わず鼻を押さえる。

 中を覗くと、窓に向け椅子に項垂れ座っている見覚えのある髪色の人物がいた。


「アイル! ……なっ!」


 巧は急いで部屋の中に入りアイルに近づくが、その姿に巧は思わず愕然とした。

 アイルは顔色が悪く、胸に短剣が刺さり殺されていたのだから。

 巧は苦虫を噛み潰したような表情になると、急いで離れ行動に移そうとした瞬間、突如背後から殺気が膨れ上がり巧を覆う。


「やっぱりお前は……くそっ!」


 振り向けない、振り向く時間がない、振り向こうと確認すれば何かをされる。

 抵抗できない、抵抗する暇がない、ゆえに巧の判断は一つだけ。窓に向かい走り出さざるをえなかった。

 窓は音を立てて割れ、巧は外に飛び出した。

 巧がいた場所は宿の二階、三、四メートルはあるだろう高さ。

 着地に失敗し下手をすれば死亡もあり得たが飛び出した瞬間、巧は頭や首の頸椎を守るように両手で覆い、体を丸め地面に転がり込む。


「くそいってええええええええええええええ!」


 飛び出す瞬間、巧の背中は刃物か何かで斬られていた。

 アドレナリンが放出している所為だからか、地面に着地するまで気が付いていなかったのだ。

 だが、痛みを感じてる暇はなく、すぐに立ち上がり身体を確認するように走る。

 走る巧に周囲の人は悲鳴を上げ混乱に陥った。

 声をあげるな、驚くなと言うのは無理もない。

 突如窓から人が飛び出し、更には背中に怪我をして走っていたのだから。

 人々を避け走り続ける。後ろを気にせずに走る。


「ここまで来れば……」


 人気のない裏路地に着く。

 意図して人の多い大通りを走らず、路地裏へと向かったのだ。

 陽が落ち城下町全体が暗さを帯びてきていた。

 だが、暗くなると同時に街には光石での明るさが城下町を覆う。

 したがって路地裏である建物の裏側も、窓から照らす灯以外は薄暗くなっていた。


「ここまで来れば、そっちだって暴れれるだろ? さっさと出てきてくれよ」


 巧は振り返ると、そこにいたのは宿で出会った女性従業員であった。

 宿での雰囲気とは違い、巧の目の前にいる女はどこか物々しい雰囲気を醸し出してた。


「気づいていたの?」

「そりゃ、あの場で逃げれば必ず追うだろうなと予想できるし。それにあの宿の雰囲気から察してお前が全員殺しただろ」

「ううん、違うよ? 私が殺したのは半分だけ、あとはルーイお姉ちゃんが殺したの」

「お姉ちゃんってもう一人いるのか? なら今はどこに」

「今はここにいないよ。だって別の目的物を探しに行ったんだから」

「目的って……まさか呪い子? けど魔偽師のあの子が何故……」

「私達の目的物は一応別にあるけど、魔偽師はついでね。たまたま見つけたから他に仲間がいるか吐かせようとしたけど答えてくれなかったし。あの子に会いに来たなら場所を知ってるでしょ?」

「ああ、知ってる。けど答える気はないがな」


 巧はいつでも反撃できるように態勢を低くし身構える。

 女は巧の行動におかしくなったのか口を手であて笑う。


「あはは、あなた私に背中斬られたでしょ? 急所を斬ったはずなんだけどよく動けたわね」

「ああ、あれは痛かったよ。けどもう治ったけどね」

「え?」


 驚くような顔をする女、予想だにしていない表情であった。


「まさか私が失敗した? けどしっかり急所は外していないはずなんだけど」

「いや、多分急所と言う部分はくらったよ。俺の回復力がすごいだけ。現に血の跡が残ってるし」


 巧は自分の背中を触ると痛みはなく、斬られた跡も服ごと綺麗さっぱり修復されていた。

 代わりに気持ちの悪い触感が手に残り、相手に手に付着した血を見せつけた。


「見せないでよね気持ち悪い」

「いや、お前がこれやったんだから。何にしろ俺はこの背中で走ってここに到着したんだから。さっさと口を割らさないと誰かが憲兵を呼んで来るかもしれんぞ?」


 女は表情が固まると先程と違い、感情を失ったような無表情へと変わる。

 袖を一度振ると隠していた二本のククリナイフのような短剣が袖から顔を覗かせる。


「それで俺を斬ったのか?」


 女は巧の言葉を無視し突撃するように、突進するように、走り巧に短剣を振りまく。

 女が突撃してきたと同時に巧も腰の短剣を抜き、左右から振りまく短剣に対応。

 右からくる短剣を防ぐと、左から攻撃され、左を防げば再び右からの攻撃と交互に繰り返される斬撃に巧は苦戦を強いられていた。

 後ろに離れようとすれば、女は逃がさんとばかりに前に出て、それはまるでダンスや剣劇舞台のを踊ってるかの如く攻防戦を繰り返す。


「この、しつこいな! 風壁!」


 見えない風が巧の前にできると、女は風の圧力を受け吹き飛ばされた。

 空中に吹き飛ばされた女は二度三度空中で舞うと、何事もなかったかのように着地する。

 風壁を受ければ何もできずに後退するためか、即座に攻撃を移らず警戒していた。

 チャンスとばかりに、巧は相手に向け魔法を放つ体勢に移る。


「今から魔法を放つ。殺すつもりもないから、今すぐ短剣を捨てて降参してほしい」


 女は無言で身構える。

 言葉は喋らずとも魔法により何かをされるかがわかっているのだろう。

 一向に近づこうとせず未だ間合いを取っていた。


「仕方がないか……水ビーム!」


 無表情だった女の目は見開く、予想外の速さだったのか反応に遅れ足に水の塊が直撃。

 水がぶつかる音と足の骨が砕かれる音が巧の耳に届く。


「ぁ……ぁ……ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああ!」


 金切り声の悲鳴が路地裏をこだまする。

 そんな苦痛の表情を浮かべた女に対して巧はした事に対する心苦しさがあった。


「片足が折れた以上お前の負けだ。質問に答えてくれたら回復薬をやる」


 一歩また一歩と女に近づく。

 女は足を抑え涙を流しながらなお怯え続ける。


「あの宿で泊まっていたアイル。あの子はこの国に亡命した。殺す必要性はなかっただろ?」

「許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して」

「それにこの国に来て本当の目的は何するつもりだ? 一から答えろ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「泣くな、喚くな! いいから答えろ!」


 女は答えずしばしの沈黙が経つ。

 女は怯えながらも口を開こうとしたその矢先――――


「ルーウ答えなくていいのよ」


 そんな言葉と同時に巧達の前に現れたのがフードを被り、顔を隠している女であった。

 女の手に持っている人物に、巧は驚愕の表情をせざるをえなかった。


「ルベスサ!」


 ルベスサは全身血だらけでフードの女に引きずられていた。


「あなたこの暗さでよく見えたわね。ここに来る前に丁度見つけたから相手をしてもらったまでよ? ああ、まだ一応生きてるから心配しないでね」


 事実、ルベスサは体の一部を動かしているが、その姿から瀕死と言っても過言ではなかった。


「ルーイお姉ちゃん!」

「ルーウ、あなたやられちゃったの?」

「ごめんなさいルーイお姉ちゃん……追い詰めたと思ったらこいつに足をやられちゃって」


 ルーウは折れた足を押さえ動けずにいた。

 巧の手はルーウに向けながらも、巧達へと近づいてくるルーイに警戒する。


「そろそろ足を止めてほしい、それとも妹さんがどうなってもいいのかな?」

「少年はルーウを攻撃できないでしょ? だって未だに殺してないのだから」

「殺せば情報を聞き出せてないからな。お前みたいなのも炙り出せたし」

「……そうね、それじゃこうしましょう。このルベスサとそちらのルーウを交換するっていうのは」


 今にもルベスサを助け出したい衝動に駆られていたが、巧は気持ちを抑え落ち着いていた。


「わかった」


 ルーイの提案は巧にとって是非もなかった。

 今の最優先はルベスサの救出であって、情報の入手ではないのだから。


「人質はどちらも動けないしそこにおいて、動ける私達が移動するのはどうだろう? その間は互いの人質を一切手出ししないと約束する事で」

「その条件で飲むよ」


 人質達を置いて一歩また一歩と巧とルーイの両者は前に動く。

 互いの距離が近づく度に巧は警戒を強め、殺気をも強く濃く放つようになる。

 巧はルーイの横を通りすぎる際、ルーイの顔へと一瞥した。

 目元はフードで隠れていたが、肌が露出している部分の口角は痙攣し、緊張しているのか一筋の汗が頬を伝う。

 そしてフードから覗かせた髪の毛の色で巧は誰なのかを知ることになる。


「ルベスサ!」

「……ぅ……ぁ……」


 互いが互いの人質の所で到着すると、巧はルベスサの息を確認した。

 体力が落ちているのか喋る事もままならず、弱々しく息をしており、今にも死にそうな状態。

 巧は急いでインベントリから侵薬を取り出しルベスサに飲ませた。

 薬は口から零れるも、外に漏れた薬は肌に付着し次第に染み込むように吸収されていく。

 次第にルベスサの青ざめた顔色は血の気が戻り、ルベスサは寝息を立てていた。


「そっちも終わったかな?」

「ああ、お前のせいで負った傷は癒えた。……それでお前達まだ俺を倒そうと思ってるのか?」

「無理ね」


 即答であった。

 ルーウは先程で実力差が分かっているのか、悔しそうな表情を見せる。


「一つ聞きたいが、お前達って魔偽師……なのか?」

「何で魔偽師と思うの?」

「だってそのフードから出てる髪の毛の色、そしてこの国には今呪い子が存在する。更にこの国に亡命した魔偽師を襲う状態としたらと思ってな」

「あっちゃー、やっぱりばれちゃってた? まあバレるよね」


 ルーイは頭に被っていたフードを外すと、魔偽師の特徴である灰色掛かった白髪があらわになる。


「そっちの妹のみなら気づかなかったけど、姉妹となりゃ話は別だ。それに会ったばかりだし印象にも残るさ」

「あなたに尋ねたのは失敗だったなー。まあ今の私達じゃ少年の相手にならないだろうし、ここは引かせてもらうわね。行くよルーウ」

「ルーイお姉ちゃんでも……ヒッ! わ、わかったよぉルーイお姉ちゃん……」


 ルーイとルーウは奥へと足を運びその場からいなくなる。

 気配が完全に消えると、巧は緊張感が解きほぐされたのか、糸がほどけた人形のようにその場にへたり込んでしまう。


「ルベスサを屋敷まで運ばないと……戻ったらあいつら怒るだろうな」


 ルベスサのほうへと視線を向けると、顔色良く熟睡していた。


「とりあえずルベスサは助かってよかった……」


 巧は一度欠伸をしたのち、重い腰を立ち上がらせると、ルベスサにローブを被せ背負う。

 薄暗い路地裏を出ると、そこは人通りが多い大通り。

 人々は先程、巧達が死闘を繰り広げていたもつゆ知らず、何事もなかったかのように日常を送っていた。

 そんな中、ヘルデウスをおぶりながら巧はヘルデウスの屋敷へと帰途に着く。

 今のボロボロな状態をヘルデウス達に見せれば確実に心配する事は容易に想像できた。

 巧は屋敷の正門を開けると同時に玄関口が開く。

 そこにリウスやシロが迎えに出てきていた。

 どう説明しようか、そんな事を考えながら巧はハウリック邸へと足を踏み入れるのであった。

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