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神隠しによる放浪記  作者: レブラン
第五章
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一時の安息

 巧達とベランジェ達が会談してから五日が過ぎる。

 呪い子の発見とテルヌス帝国への対抗戦力。

 そして戦争への参戦の噂が瞬く間にベルチェスティア王国全土、また近隣諸国にまで広がっていた。

 巧は屋敷の窓の外から眺めているが五日前と違い、道路を渡る人々は多い。

 悲観的焦燥感から解き放たれたかのように活気を取り戻していた。


「だいぶん活気づいてきたよね」

「そうだな。まだ王国が表明を正式発表してないとはいえ、噂でも希望があるからこそってか」


 巧は振り向くと、ヘルデウスは休憩するように背伸びをして欠伸をかいていた。


「その希望になるのがリウスやタクミ、君達なんだから」

「正直言えばあんまり期待してほしくもないけどね」

「だけど、応えようとするのが巧でしょ? 僕だってその期待してる一人なんだし何とかしてくれるってね」


 そう期待しているヘルデウスに対して巧は微笑んだ。

 だがその微笑みは少し精神的な疲れをみせていたが、巧自身気が付いていない。

 当然ヘルデウスも気づく事はなかった。


「そういえば顕彰会はもうじきだっけか?」

「うん、ある意味国の将来に関わる行事だからね。これがテルヌス帝国が攻めてきてたら中止せざるをえない状態だったから、今の所は問題なさそうで“良かった”よ」


 良かった。そう言いそう笑う、生まれてからこの方十二年程度の幼い少年がだ。

 精神的にまだ幼いはずの子供、だが考え方は非常に大人びていて、政治的要因として自分がどの立場にあるのかを理解しているのだろう。

 話す話題を失敗したと、そう巧は思った。

 話題を変えるために頭を巡らせると、ヘルデウスは辺りをキョロキョロと周囲を見渡すように顔を動かした。


「そういえば他の人達は今日も稽古?」

「ああ、今日もルイスさんとルフラさんに稽古の相手をしてもらってるはずだ」

「この音がそうだったんだね」


 剣が交えた事による金属音が数度響き渡り、巧とヘルデウスの耳に届く。

 視線を庭のほうへと戻すと、ルイスとハリトラス、ルフラとシロが真剣を交えて攻防を繰り返していた。

 その周りには兵士達は先程まで相手をしていたからか、疲れたような顔で座りこみ二人を応援していた。


「タクミは参加しないの?」

「今日は予定あるしまた今度で。それに昨日まで二人に手合わせしてもらってたし」

「僕も窓の外から見てたよ。すごいね、あの二人にあそこまで追い詰めるなんて」

「いや、手加減してもらって何とかなってたんだよ。あの二人が本気ならまだ勝つのは難しいさ」


 この数日間、訓練と言うなの実戦よりでルイスとルフラは巧達と交戦をしていた。

 百を超える実戦形式戦闘、魔法を使用すれば勝率六割だが制限すればその三割にも満たないほどに落ちぶれる。

 巧達とルフラ、ルイスとのレベル差は圧倒的だが、徐々にだがついていけていた。


「けど、あの二人には俺達は感謝をしてるよ。勿論ヘルデウスにもね」

「気にしないで、僕のほうこそ巧達には感謝してるんだよ? ルイスとルフラの二人がいなければ僕は今ここにいないんだから」


 巧達がいない間、ヘルデウスは他貴族と会い、己の役割、コネクション作りに専念していた。

 その間、ルイスやルフラが手足として働き、知恵を貸し、主従関係としてそして当主ヘルデウスの補佐兼護衛として働いていた。

 屋敷の中とはいえ、当主は狙われる可能性は否定できない。

 現在は巧がいるからか護衛としてルイスとルフラの代わりを担っていた。

 剣戟の音は止み、休憩しているのかハリトラスは疲れた様子で剣を地面に刺し座り込み、息を整えながらシロは額の汗を拭う。

 対象にルイスはにこやかな顔をして、ハリトラスとシロに何かを伝えていた。

 書類から筆を置き、ヘルデウスは立ち上がると巧が見ていた窓を覗くように近寄る。


「書類も一段落したし皆の所へ行こうか」


 中庭におりた巧とヘルデウス、二人は周囲を見渡し訓練中のルイス達へと近づく。

 近づく二人に気が付いたハリトラスは疲れた様子で手を上げ、シロは嬉しそうに近よる。


「ねえ、タクミ。見てた見てた?」

「ああ、見てたよ。ハリトラスと連携とれてて中々良かったぞ」


 褒められたのが嬉しかったのか尻尾が小さくだが臨界点を突破する勢いで左右に激しく振りまく。

 それはさも主人に褒められ喜びを表してる犬のようであった。


「ハリトラスに関してはかなりしごかれた様子だな」

「相変わらずルイスとルフラは強いぜ?」

「そんな事はありません。最初に比べハリトラス様もシロ様、供に大分動きがよくなり私とルフラも危ぶまれてきた所です」


 ルフラも同意するように頷く。

 だが、巧は先程見ていた限りではルイスは未だに手加減をしているのが明らかであった。

 ハリトラスは気づいていないのか照れているのか嬉しそうに頭をかいた。

 モチベーションを上げるために嘘をついていたのだろうと巧はすぐに感づく。

 巧は周囲を見回すと、離れた場所にはリウスが人型の炎を創っていた。それはまさに巧がリウスに最初に見せていたような水を人型に変えた魔法のように。

 リウスは巧の助言の元、魔法のレパートリーを増やす行為で日々練習を怠らずにしていた。

 そんなリウスも巧とヘルデウスに気が付くと近づいてきた。


「タクミどこか行くの?」

「今から回復薬を取りにね」

「それってこの前の帰りにフェスさんに伝えていた回復薬?」

「そう、それを製作してくれると言われてた店へと行こうと思ってる」

「なら私も……」

「あらぁ、それはだめよ? 今あなたの優先事項は私達と一緒に訓練する事。タクミの用事を手伝う事じゃないのよ?」

「シロの言う通り、リウスは自分自身がしなくちゃいけない事がある以上そっちを優先すべきだよ」


 リウスは抗議の目線を巧に送るが、巧は首を左右に振って拒否を示す。

 諦めた様子でしょぼくれた顔をするリウスに対して巧は苦笑する。


「むー……わかった……」

「まあ、けど休憩はしっかりとれよ? 倒れたら洒落にならんしな」

「うん、早く帰ってきてね」

「ああ、受け取りが終われば戻るし待っててくれ」


 ヘルデウスの屋敷を出た巧は街道を地図を広げ歩いていた。

 地図はベルチェスティア城下町の全体見取り図。

 その一部に丸マークが付けられていた。そこが目的地だと巧は認識する。

 子供の足にて約二時間、巧の地図ナビゲーションも活用して店の前に到着した。


「ボロいな……」


 感想として一言めにして出たのがその言葉であった。

 家の外見は他と同じ西洋風、他とは違い古い一軒家の民家のようであった。

 見上げれば、フラスコマークの入ったの木の看板が吊り下げられているので家ではなく店だとわかる。

 巧は店の扉を開け、中に入ると湿気臭さと埃っぽさからか蒸せるように咳き込む。


「客人とは珍しいね」


 店の奥から出てくるのは一人の老婆。

 警戒するように巧の事を睨みつけ、全身見回していた。


「あの、フェスさんの紹介で来たのですが」

「ほぅ……、フェス坊は元気かい」

「はい、元気ですよ」

「それで何の用だい」


 巧はインベントリから一枚の紹介状を取り出す。

 それは城の馬車置場に乗る前に、巧はフェスにドルアガに使用した回復薬を入手できないかと相談していた。

 だが、回復薬は特殊ですぐに入手できず、ある人物を経由して入手しか不可能であると知らされる。

 それが今、巧の目の前にいる老婆であった。

 渡す紹介状もこの場所が示された地図も、巧がギルド受付にて受付嬢に依頼書とともに渡され入手した物品であった。


「こちらの紹介状を渡せば効力の高い回復薬を作ってくれるとかを聞いたので」


 紹介状を手渡すと、老婆は紹介状の中身を読み始める。

 読みながら巧へと手を差し伸べる。

 何かを欲するような動きで何度も手を上下に動かしていたが、巧はその意図が読み取れずにいた。


「何してんだい。ほれ」

「は、はぁ……」


 老婆の行動に困惑した巧は、差し出された手を握る。

 その行動が間違いなのか老婆は激怒し無理やり離すように手を振りほどく。


「何で握手してんだよ! あたしゃ握手なんて要求してないよ、金だよ金。はやくよこしな!」

「ああ、お金でしたか。なるほど……ちなみにいくらでしょう?」

「そうだね、今用意できるとしても三本までで、一本金貨三枚」


 巧は値段の高さに驚愕した。

 ルビアリタの街で売られていた回復薬の一本約三百枚分に値する。

 だが、回復職の人員の少なさ、そして回復薬も貴重さ、そしてフェスが使用していたあの回復薬の効能を考慮すれば妥当であった。

 巧はインベントリから一枚の硬貨を取り出すと老婆に渡す。


「釣りはいりません、その三本全て買います」

「大金貨とはあんたも見た目とは違って太っ腹な男だねぇ。少し待ちな」


 大金貨を懐へとしまうと店の奥へと歩いて行った。

 巧は周囲を観察するように見回すが何もない。

 文字通り何もなかったのだ、壁の棚や床のテーブルあとなど。

 昔は店らしい雰囲気を漂わせていたようだが、今は完全に撤去された跡が残っていた。

 棚に指を滑らせ指に付着した埃を確認する。

 指は指紋が見えなくなるほどに埃が付き、棚には指をなぞらせた跡が残る。


「そんな所にいてもなんもでないよ」


 巧は振り返ると一つのインベントリを持ち、巧に近づく老婆。

 巧の隣に並ぶと、インベントリ内から三本の試験管を取りだす。

 中身はどれもがフェスが使用していた回復薬とよく似た色合いの薬。

 巧は取ろうと手を伸ばすが、老婆に手を叩き弾かれた。


「ちょっと待ちな、説明がまだだったもんでね」

「説明?」

「この回復薬はフェス坊に渡した物と瓜二つの効力を保証するよ。それから飲むだけじゃなく傷の周りにかけるだけでも効果が十分発揮される」

「お得ですね!」

「だけどもね、その効力ゆえに危険が伴う事を理解しな」

「危険というと、回復力が高いから奪われると相手に瀕死の状態でも逆転される恐れとか?」

「馬鹿、そんな事じゃないよ。その回復薬を使えば何らかの副作用は起きるってこと。それが何の副作用が起きるかはわかんないけどね」

「でしたら、普通の回復薬も副作用が起きてたって事ですか?」

「公にされてないだけで、多少はあるんだよ。効果は薄いだけでね」


 傷を修復させるのが回復のメリットであるならば、デメリットも当然存在する。

 反動が大きければ大きいほど必ず返ってくる事も至極当然。

 巧は躊躇する事もなく、最初っから決めていたかのように棚に並べた回復薬を手を取る。

 そんな老婆は巧の行動に気に入ったのか、口角を尖らし笑う。


「そういえばこの薬名前とかあるのですか? 通常の回復薬と違うだろうし」

「そうだね、回復薬の上位版ともいえるからあんたが好きなように付けな」

「わかりました……なら効果的にも危険な意味合いも込めて侵食する薬と言う事で、“侵薬しんやく”と呼ばさしてもらいます」

「そうかい、好きにおし。あたしゃ、疲れてるからね。さっさと出て行きよ」


 老婆は奥へと行く前に足を止めると少し寂しそうな顔を巧へと向けた。


「そうそう、フェス坊に伝えておいてくれないかね。また顔出しなさいよと、あとあんたもいつでも顔を見せていいからね」

「はい、必ず伝えておきますしまた来ます」


 老婆は満足そうな顔をして、奥へと歩いて行った。

 巧は三つの回復薬をインベントリにしまうと、店を出て行く。


「さて、戻るか」


 屋敷へと戻る先々で冒険者や住人、商人がしている噂に聞き耳を立てた。

 誰もかしこも戦争、呪い子などの単語が飛び交っていた。

 だが、その中で一つ巧が気になる話題に耳を立てる。


「最近他の国の人たちがこの国に入ってきたんだって」

「やだっ怖い。けど入ってきてどうするんだろう」

「さあ? とにかくその呪い子を片付けるか捕まえるとか?」

「それはありえないでしょ。だって呪い子よ?」

「だよなー、けど相手も本気だったら怖いな」


 そういいつつ、離れて行く。

 そんな巧は複雑な思いでヘルデウスの屋敷のほうへと急ぎ足で戻る最中、フードで顔を隠していた一人の人物に呼び止められる。


「そこの少年、ちと訪ねたい事があるんだけどぉ」

「なんでしょう?」

「私のような髪の毛の男の子、どこか見たことなーい? 似たような人物を探してるんだけど」


 外見はローブで覆われて男か女かわからなくしているが、声帯からして女と判断することができる。

 女はフードをとり、()()()()瞬間、巧の全身は強張り動けずにいた。


「い、いえ知りません。この城下町は人が多いでしょうし、髪の毛の色だと……」

「……そっかー、残念。ありがとうねー」


 女は再びフードを被り、礼を述べると巧の横を通り過ぎ、どこかへ行く。

 巧の隣を通り過ぎた瞬間、女性から僅かな血の臭いが巧の鼻をかすめた。

 視界からいなくなると巧は嫌な予感がする


「あの灰色掛かった白色の髪の毛にこの匂い……まさか……」


 ある女性の事を思い出すとまずいと言った表情でその場から走り出した。


「生きててくれ」


 巧の足はヘルデウスの屋敷とはまた別の場所へと向かい走り出す。


次は本日の19時頃に投稿する予定です。

お楽しみに

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