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似非人間

作者: 真哀
掲載日:2015/04/06

「私は、人間として正しく成育出来ませんでした。」


ある友人からの唐突な告白に、動揺を隠し得なかった。驚くのも無理は無い。彼は成績優秀、スポーツ万能、人柄もよく、クラスの代表を勤める程の男であった。そんな彼がなぜ、自分は人間として失格であると言っているのか、それは私に対する嫌味な謙遜で自分を卑下し、他人を見下し優越感を得る、趣味の悪い遊びなのか、しかし、彼の表情は曇り、悩みに悩み、疲れ果てた容貌、小刻みに震える首、肩を見ていると、事の深刻さが思い知れる。彼は静かに口を開いた。


「私は、幼少からトゥレット障害を患ってきました。馴染みは無いと思いますが、よく首を振ったり、変な音を出していたのを覚えてはいませんか」


心当たりはある。彼はよく小刻みに首を振り、たまにンッと声帯から詰まった空気の固まりを勢いよく吐き出す様な音を出していた。見ていて気持ちのいいものでは無かったが、彼に冗談で指摘するものはいても、本気で嫌悪感を抱き、差別するものはいなかった。それは彼自身の人柄によるものだろう。彼は話を続けた。


「私は、地元の高校を卒業後、都会の大学に通い始めました。そこで虐めに合い、鬱病になり1年休学、勉強についていけずに留年。そして何もかも嫌になり辞めてしまいました。」


半信半疑で聞いていたが、私はまだ彼が虐められていたという事実を信じる事が出来なかった。少なくとも彼は私が他人に「虐められている人とはどんな人」かと尋ねられた時に答えるイメージとは対極にある人間像であるからだ。そして何よりもあれだけ明るく社交的な彼が鬱病にかかるとは信じられない。彼は話を続けた。


「虐められた原因はトゥレット障害です。やはり都会の人間には受け入れてはいただけなかったみたいですね、私が横に座ると、舌打ちして別の席に移動し、そこで聞こえる様に悪口を言う。酷いときには真似された事もありました。これが毎日の事だと流石に堪えますよ。」


彼は微笑んでみせた。しかし、その表情からは悲壮感が読み取れ、彼が何か思い詰めているのでは無いか、すべてに絶望し、心身ともに疲弊してる彼なら、考えられない事もない。私の表情はいっきに険しくなった。 それを察してか彼は、「二年前の事なので、正直な話、もう恨んではいません。当時は辛かったという話なので、辛かったら今はこんな風には話せません」と私に気を遣い、先程の様に微笑んでみせた。私は彼に休学に至った経緯を聞いてみる事にした。彼は一瞬、表情が強張ったが、次の瞬間には元の表情に戻り、一度ため息をついてから話始めた。


「私は医療ミスだと思っています。」


私は驚いた。私の中の医療ミスでは、手術の時に器具を体内に置き忘れたり、斬ってはいけない血管を斬って大量出血、注射の液体を間違えて心臓が止まるみたいな新聞の一面を飾る様な事ばかり想像していたので、友人である彼がそんな目に逢っていたと考えると心中穏やかでは無い。彼は話を続けた。


「本来、睡眠薬や精神安定剤は、患者の状態を見ながら徐々に増やしていくというのが主流みたいなんですが、私の行ったクリニックは、いきなり一番キツい薬を処方したみたいなんです。」


ふと彼を見ると、さっきまでの彼とは別人の様な姿の男が立っていた。顔は赤く、瞳孔は開き、眼に涙を滲ませ、手は小刻みに震えていて、拳は固く握っていた。


「そして、私は、布団から出られず、トイレにも行けず、オムツで用を足し、そして体調がよく、たまに大学に行けても、絶え間ない睡魔と、倦怠感で何もできない。そして、相変わらず音と首は治らない。数少ない知人も減り、教授からは気持ち悪がられ、親とも軋轢が生まれた。」


もうさっきまでの彼はここにはいない。そこにいるのは、自分の不幸な境遇に対してぶつけよう無い怒りを抱えさまよっている地縛霊の様な男がそこにいるだけだ。


「そして、私は倒れて精神病院に入れられた。そこで始めて自分が精神分裂病だと診断された。二ヶ月そこにいたが誰とも交流を持たないで。親は週二回、洗濯物を持って帰り、千円程の小遣いをくれた。」


「朝起きて、悪魔の様な薬の代わりに、青い錠剤を飲んで、寝る前に液体を小さいコップ1杯分飲んで寝るという毎日だった。」


「退院の日を迎え、看護師の業務の一環としての拍手に見送られて、病院を後にした。しばらく通っていたが、先生と相談して辞める事にした。」


私は、クラスの人気者であった彼がなぜキチガイ病院と言われている精神病院に入院しなければならなかったのか、私は、彼のクラスの同胞が憎くて仕方無い。あれだけ優れた彼をこんな目に合わせておいて、自分達は平然としている。その事実に私は目の前にいる彼の様にぶつけようの無い怒りを抱えて、やりきれない気持ちになってしまった。もうクラスの人気者であった彼は死んでしまったのか。もう彼は一生このままなのか。彼は口を開いた。


「そして、見舞金として五十万円が最初に通っていた病院から支払われた。まだ学校まで半年ある。その為に、ゆっくり休んで備えよう。遊びに行きたくなったらそのお金を使えばいい。そんな風に楽観的に考えていました。でも厳しく育てられて高校の時も千円のお小遣いを遣り繰りしていた私には、一万円の使い方は分かりませんでした。」


「最初は、飯屋で大盛を頼んだり、昔、読みたかった漫画を大人買いしたり、ゲームセンターで取れるまで百円玉を入れ続けて景品を取ったりしていたのですが、やっぱり違うです。人間にはその時にあった楽しみがあって、その時にあった楽しみ以外の事をしても本当の意味では心は満たされないのです。二十歳を過ぎていたので私は、生まれて始めての御酒を呑みました。そして煙草も吸いました。はっきりいって全然、美味しくも気持ちよくも無かったです。何かが足りなかったのです。」


私は、虐めとはここまで人間を変えてしまうのかと驚愕した。彼は幸せになるべき人だと思っていた。いい大学に入り、一流の商社に入社し、出世し、美人な奥さんを貰い、子宝にも恵まれて、ローンを組んでマイホームを建てる事を約束された選ばれた人間だと思っていた。彼は成功者のレールの上を快速列車で走っている。そう、疑わなかった。馬鹿な同胞が線路に石さえ置かなかったら、彼は今頃、旨い酒を、一流の人達と呑み交わしていただろう。そして、彼はその後、大学を辞めるまでの事を話始めた。


「私は、初めてを風俗で捨てました。その時の事が未だに忘れられません。私はこんなに優しくされた事は今まで無くて、親からは罵倒され、大学では馬鹿にされ、そんな私のちっぽけな自尊感情を埋める事などプロの彼女には、朝飯前だったのでしょう。そこからは彼女が出勤している日は、すべて通いました。手元の五十万が無くなったら、次は自分の貯金や一学年の時にいただいた奨学金。それも無くなったら望遠鏡や学術書、専門書、漫画、ゲームを全て売って彼女の元に通いました。最後には親の財布からも十万円も抜き取っていました。そんな悪事がばれない訳も無く、遂にバレてしまい、母親からは罵倒、父からは失望され、私は親戚の職場に預けられる事になりました。地元からも遠く、彼女の元にもいけない環境でした。そこで私は遺跡の発掘の仕事をする事になりました。遺跡の発掘といっても地味な作業で炎天下の中、土をスコップで掘ってはセミに入れて、欠片を探していく。そんな作業を朝から夕方まで行って五千円。それを全て親に渡すことになっていました。それを三ヶ月続けて、家に帰って来れたのは、授業開始二日前でした。そして教科書も何も無いまま授業を受けて、試験を受けて留年が確定し、辞めました。」


私はもう驚く事しか出来ない、彼は依然として落ち着いた様子ではあるが、どこか行き場の無い怒りを抱えている様子であった。そんな彼に何と言葉をかけてあげればいいのか分からないでいた。そんな時に彼が、口を開いた。


「私、この後、死のうと思っているんです。」


「死ぬなんて言うな」


私は咄嗟に彼を睨み大声をあげた。人がなぜ死んではいけないのかは分からない。でも実際に死にたいと言う人を目の前にして私はこう言わざる得なかった。すると彼は


「じゃあなぜ、私が死のうとしているか、聞いていただけませんか」


今、彼に中身の無い抽象的な道徳的な話をした所で、埒はあかないだろう。それなら、彼の話を聞いた上で、こちらに出来そうな事があればしてあげればいいのでは無いか。それならば断る理由はない。私は頷いた。彼は微かに口角をあげて、話を続けた。


「人と違う感覚を持っている事に気づいたのは五歳でした。私は幼稚園で流行っている人気のキャラクターを見て何も思わなかったのです。それどころか、そのキャラクターに嫌悪すら抱き、しまいにはそのキャラクターの縫いぐるみをゴミ箱に捨ててしまったのです。縫いぐるみを捨てられた女の子は泣き出し、幼稚園の先生には怒られ、「なぜ捨てたの」と聞かれたので、「馬鹿になるから持ってはいけないってママに言われたならまーちゃんが馬鹿になるのは嫌やった」そう言ったのを覚えています。先生は絶句し、焦った様子で何処かに電話をかけていました。そして、幼稚園の先生から「これはアニメのキャラクターで持ってても馬鹿にはならないのよ」と優しく諭されて、まーちゃんに謝りました。」


私はよくある園児同士の喧嘩で、これが発端で自殺などが起きるものなのかと疑問に思い、むしろ微笑ましい思い出の一部であろうとさえ思っていた。彼は続けた。


「そして、家に帰って玄関で殴られたんですよ。母親に、その時に「何でママの言う事を聞いたのに」そう思っていました。しかし母親は殴るのを止めずに「うちの子じゃない」「こんなのはうちの子じゃない」と殴られ続けました。父親が帰ってきて冷たい目で「今度産まれてくる娘の為にも山村留学させるべきだな」と私に言うんです。そこで初めて自分に弟か妹ができる事を知りましたよ」


「そして、私が小学校の最高学年である時に、妹は小学一年生と一年だけ同じ学校に通う事になったのです。その頃から両親は私みたいなのにはなったらいけないよと教え始めました。正直な話、テストだって100点がほとんどで90点以下なんて取った事は無い、唯一の習い事の空手だって全国大会で入賞した事もあるくらいだ。なぜ、私みたいな人間をゴミの様に扱うのか、それはトゥレット障害を持っていたからなんです。どんなに勉強ができても、スポーツができても、それは、首を振って変な声を出していたら何の意味も無い。こいつは社会不適合者で、人間の屑だ。だから、こいつみたいになるな、そう妹は教えられてきたんですよ。」


私は同情とともに怒りを覚えた。なぜここまでの実績や努力がたかが病気のせいで全て否定されなければいけないのだろうか。

彼はまだ続けた。


「私は、勉強と空手を辞めました。私は何をやっても、どれだけ頑張っても全て否定される。つまり褒められた事が無いんですよ。妹も親に吹き込まれ、私を馬鹿にして軽蔑する様になった。だから私は何をしても、何をやっても満たされないし、この先、生きていても何のいい事も無い。」


彼は語気を強め、最後にこう言った。


「人間としての私は死んだんです。」


私には彼の自殺を止めるに相応しい言葉をかけてあげる事が出来なかった。彼はこれから岬に向かうと告げて、立ち去ろうとしていた。そんな彼に私は千円札を三枚握らせた。この三千円で美味しいものでも食べて気が変わってくれたらという哀願であった。そんな意図を汲んでか彼は


「岬までの道に一度食べてみたかった店がある」


彼は最期にもう会うことの無い私を気遣ってくれた。そして私は彼が見えなくなるまで、その場に立ち尽くした。


私が友人を失った日の夜


私は考えた。私はなぜ彼に三千円しか渡さなかったのか、もっと渡していれば、違う結果になったかもしれない。

そもそも、必死で引き止めて警察を呼ぶべきであったのではないか。そしたら彼を適切な医療機関に繋いでくれる。


なぜ、そんな簡単な事が出来なかったのか。


もしかしたら私は彼が死んでもよかったと思っていたのかもしれない、不幸な家族に産まれて、不幸な境遇を抱え、不幸な病気を抱えて生きていく彼の身を案じたのかもしれない。


いや、自分はそんな人間ではない、例え友人だとしても心を病んだ人と関わりたく無かったのかもしれない。


そういえば私は彼の話を聞いただけで、アドバイスもなにもしていない、彼の話を傾聴していただけであった。


私は自分の薄情さに絶望した。


そしてつぶやいた。


「私は人間では無いのかも知れない」

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