I'll be with you forever.
「駄目ですユリウス様。今日は一日おとなしく休んでいて下さい。」
わたしが言うと、ユリウス様はむくれた顔で見返してきた。……駄目よアリア、負けちゃ駄目。
「さあ、早く横になって下さい。」
「……ですが仕事が。」
「そんな状態で仕事をするより、一日ゆっくり休んで、明日まとめて終わらせた方が絶対に早いです。」
「でも……」
「でもじゃありません。」
そう言いながら、わたしは無理矢理ユリウス様をベッドに寝かせて、お布団をかけた。
「お義父様に言って、お城の方に伝えていただきますから。今は、十分な睡眠をとることが何よりのお薬です。その間に、アーノルドさんに頼んで、お粥を作っていただいておきますね。」
ユリウス様の顔は赤くて、少し息も荒い。それに、目はもう既にとろんとしていた。……そんなに辛そうなのに、無理して仕事に行こうとなさるんだから。
「……貴女の、」
「え?」
掠れた声で、ユリウス様がなにかおっしゃった。
「……いいえ、なんでもありません。」
ユリウス様は笑顔を作った。綺麗な笑顔はいつもと同じだけれど、少し弱々しい。
「本当になんでもないのですか? なにか言いかけていらっしゃったようですけれど……」
「ええ、なんでもありません。」
こうなったら多分、なんでもないの一点張りだわ。無理をさせたくないし、ここはわたしが引くのが良さそう。
「わかりました。では、お義母様にお願いして、なるべくお側にいさせていただくことにします。ゆっくり休んで下さいね。」
いつもユリウス様がして下さるみたいに、今日はわたしがユリウス様の額に口付けた。
* * *
一人でぼうっと、アリアが出て行ったドアを見つめていると、時間がどのくらい経過したのかも、分からなくなってきました。
そもそも、熱を出したのはいつ振りでしょう。……こんなにしんどいものだったでしょうか。
思わず、「貴女が作ったものが食べたいです」などと言ってしまいそうになりました。貴族の間では、料理は使用人がすべきだという認識がありますから、マルテル家の立派な女主人になろうと頑張っているアリアにさせるべきことではありません。
手料理を食べたいと思っただけではなく、アリアに側に居て欲しくて、温もりを感じていたくて、とにかく、いつも以上に甘えたくて。……相当気が弱っているようです。
アリアの言うように、寝た方が良さそうですね。
自分でそう結論付け、おとなしく私は襲ってくる睡魔に身を任せました。
それから、しばらくして。遠くから、シャリシャリというような音が聞こえてきました。まだ寝ていたい気もしましたが、何の音か気になったので重い瞼を開けました。そうして、目にうつったのは、アリアの横顔。
「……アリ、ア?」
思ったより掠れた声になってしまいましたが、ベッドの側で林檎の皮をむいていたアリアは私の声を聞きとり、手を止めてこちらを見てくれました。
「あら、ユリウス様。目が覚めたのですね。ご気分はいかがですか? 少しは楽になられました?」
言いながら、アリアは私の額に手をあてました。少し冷たくて、気持ちが良いです。
「ええ、少しましになった気がします。」
「よかった。」
微笑んだアリアが愛おしくて。引き寄せて口付けたい衝動を、必死で抑えて微笑み返します。
「なにか召し上がられますか?」
お粥と、ゼリーもありますよ、と言いながら、アリアはメイドに膳を持ってこさせました。正直、あまり食欲はありません。
「……貴女がむいている、林檎は?」
「あ、これは摩り下ろそうと思って……。小さい頃、わたしが熱を出したら母がよく作ってくれたんです。」
そう言って、アリアははにかみました。
「林檎が良いですか? でしたら、すぐに用意しますね。」
「ええ、お願いします。」
林檎をむいているアリアの横顔は、どこか楽しそうで、それでいてとても綺麗でした。食欲はなくても、アリアがむいてくれた林檎なら食べられそうです。
しばらくアリアの横顔を眺めていたら、彼女は皿を持って、出来ました、と嬉しそうに言います。ああ、私のアリアは本当に可愛いですね。
「体、起こせますか?」
「ええ、大丈夫です。」
そう返事をして、私はベッドの上で上体を起こしました。摩り下ろしてくれた林檎を食べるために、皿を受け取ろうとした、ら。
「はい、ユリウス様。口をあけてください。」
目の前に差し出されたスプーン。なんの冗談かと思ってアリアの表情を伺いますが、彼女は至極真面目でした。
「ユリウス様? 食べないのですか?」
気を利かせたメイドたちは部屋を出ていたので、誰に見られるわけでもありません。
「……いえ、いただきます。」
おとなしく口を開けると、アリアは嬉しそうに私に林檎を食べさせてくれました。
* * *
ユリウス様に林檎を食べさせてあげられるのは、妻の特権ね。
そんなことを思いながら、わたしはからになったお皿をお盆に載せて、林檎の皮や皮をむくときに使った物を片付けていた。
「……アリア。」
もう一度ベッドに横たわったユリウス様が、わたしを呼ぶ。
「はい、どうなさいました?」
わたしが聞くと、ユリウス様は少し間を開けて、口を開いた。
「アリアは、私以外の人にも、こうしてものを食べさせたことがあるのですか?」
「…………。」
「…………。」
「…………えっ?」
わたしは数回、瞬きをした。
「いえ、ありません、けれど。」
どうしてそんなことをお聞きになるのかしら?
「そうですか……。いえ、至極当たり前のように食べさせて下さったので、これまでにもしたことがあったのかと思いまして。」
「あ、そういうわけではないんです。」
言いながら、わたしはユリウス様が横たわるベッドの側の椅子に腰を下ろした。
「父が体調を崩すと、母がいつもそうしていたんです。だから、結婚したら、わたしもそうしようと思っていて……。あの、お嫌でした?」
よくよく考えてみたら、我が家の常識が世間一般の常識とは限らない。ユリウス様は嫌だったのかと思うと、後悔が押し寄せてきた。
「いいえ。驚きはしましたが、嫌な気はしませんでしたよ。」
ユリウス様が微笑んで下さったので、わたしも頬が緩んだ。
「本当に、アリアは私を甘やかすのが上手くなりましたね。」
「まあ。それって、褒めて下さっているのですか?」
「ええ、褒めていますよ? 本当に出来た妻です。いつも貴女には感謝しているのですから。」
冗談めかせて言ったのに、返ってきた言葉は真摯なものだった。思わず、顔が赤らむ。
「……可愛い。」
「へっ?」
突然引き寄せられたかと思うと、次の瞬間には口付けられていて。驚きのあまり固まっていたら、しばらくして解放された。
「…っ、あの、ユリウ…っ!!」
どうしたのかと聞こうとしたら、ベッドの中に引きずりこまれた。熱があると言っても力はお強いまま。……わたしが抵抗しなかったというのもあるけれど。
「アリア…、アリア。」
掠れた声でわたしを呼びながら、ぎゅっと抱きしめるユリウス様。熱を出して、気が弱っていらっしゃるのかしら?
「アリア、あったかい。」
その声は、とても眠たそうだった。敬語じゃないユリウス様って、なんだか新鮮だわ。なにか返事をしようと口を開いたら、聞こえてきた規則的な吐息。……ん?
「ユリウス様、寝ていらっしゃいます…?」
案の定、返ってきたのは言葉ではなく規則正しい寝息だった。
そっとユリウス様を押し返して、距離をおいた。体はそのまま、ユリウス様の腕の中だけれど。そうしてしばらく綺麗なお顔を眺めた後、顔をユリウス様の鎖骨あたりにうずめた。
「……ユリウス様も、あったかいです。」
わたしの、大好きな旦那さま。
どうか早く、良くなって下さいね。
(気持ちいいなぁ、このまま寝てしまいそう。)
(物凄く抱きしめたいんですが寝たふりをした手前、このままでいるしかないですね……アリアが寝たらキスくらいはしても良いでしょうか。)