Happy Valentine’s Day
「で、できた……」
甘い香りが充満した厨房。わたしは満足感でいっぱいだった。
「おめでとうございます若奥様!」
「お疲れ様でした!」
「きっと若旦那様も喜んで下さいますよ!」
わたしがつぶやいたら、周りにいたみんなが声を掛けてくれた。
「みんなも、今日まで付き合ってくれてありがとう。」
「そんな風に言っていただけるなんてもったいないです。」
「そうですよ、頑張ったのは若奥様なんですから。」
ここで働いてる人たちは、みんな良い人ばかりだ。わたしは本当に、恵まれていると思う。
「頑張れたのも、みんなのおかげよ。本当にありがとう。」
時は遡ること一週間前。
バレンタインが近づいていることに気づいて、わたしはユリウス様に手作りでなにか差し上げたいと思い立った。そのほうが、気持ちが伝わるかなと思って。
でも、今までお店の手伝いや掃除はやったことがあったけれど、料理はほとんどしたことがなくて。正直、お菓子を自分で作る自信はまったくもってなかった。
それで料理長のアーノルドさんに相談したら、こうしてみんながわたしのお菓子作りに付き合ってくれることになった。なにを作るか一緒に考えてくれたり、作り方を一から教えてくれたり、作業の手伝いはもちろん、仕事の合間に味見にきてくれたり。ほんと、感謝してもしきれません。
そして、バレンタイン当日の今日、ようやく出来上がったのがこのガトーショコラ。
「あとはラッピングだけですね!」
「若旦那様、きっと驚かれるでしょうねぇ。」
喜んでくださるといいなぁ。
みんなと一緒に、そんなふうに思っている時だった。
「おや、ガトーショコラですか。美味しそうですね。」
「あ、はい、ユリウス様――ってユリウス様?!」
振り返ると、そこにはきょとんとした顔で、先ほど完成したガトーショコラを手に持つユリウス様がいらっしゃった。
「? はい、そうですが。」
「どっ、どうされたんですか? まだ四時ですよ?!」
「早く帰って来てはいけませんか?」
「いえ、そういうわけでは…!」
「ふふ。たまたま仕事が早く終わっただけですよ。それで、このガトーショコラはアリアが作ったのですか?」
「あ、は、はい。」
どうしよう、こんなに早くお帰りになるだなんて。サプライズのつもりだったのに、そもそもラッピングもまだなのに…!
「アリアはお菓子も作れたのですね。いただいてもいいですか?」
「だめっ、だめです…!」
もちろんユリウス様のために作ったものだから、ユリウス様に食べていただけたらいいんだけど、でも、バレンタインのプレゼントだから、せめてちゃんとラッピングをしたい。
「……だめ?」
「す、すみません、あの、ラッピングがまだなので……」
「ラッピング?」
「え、はい。」
……どうされたのかしら。ユリウス様の機嫌が悪くなられた気がするのだけれど。
「……アリア。これはプレゼント用に作ったということですか?」
「あ、はい、そうです。」
「…………どこの誰です。」
「は?」
「どこの誰にあげるために作ったのですか。」
「えっと、ユリウス様……」
「ですから、私を差し置いてアリアから手作りのお菓子をもらう不届きものはどこの誰かと聞いているのです。」
「……ふふっ」
思わず漏れた笑み。そこに居た料理人さんやメイドさんたちもわたしにつられて笑い出した。
「……なんです、アリア。」
「ユリウス様、自分で自分に嫉妬ですか?」
「はい?」
「ユリウス様のために作ったんです。今日、バレンタインでしょう? だから、ちゃんとラッピングをしてからお渡ししたかったんです。紛らわしい言い方をして申し訳ありませんでした。」
ぺこりと頭を下げた後、ユリウス様が驚いて固まってしまってる間に、わたしはガトーショコラを切り分けて丁寧に袋に詰めた。
「本当は、食事の後にお渡しするつもりだったんですけれど。」
ラッピングできたガトーショコラを持って、わたしはユリウス様の前に立った。
「いつもありがとうございます。愛していますわ、ユリウス様。」
「――っ、アリア、反則です。」
「え?」
反則って、なにが――そう聞こうと思ったのに、抱き寄せられて口付けられて、なにも言えなくなってしまった。
「バレンタイン、ですか。」
キスが終わって、わたしが息を整えている間も、ユリウス様の腕はわたしの腰にまわったままだった。
「え、は、はい。」
「それで陛下がどこか浮ついていたのですね。そのくせ仕事が早かったのは王妃様にお会いするため……まったく、良い加減真面目に仕事をしてほしいものです。」
「あ、の、ユリウス様…?」
「失礼しました。ガトーショコラ、ありがたくいただきますね。」
そう言った後、右の頬に口付けられた。
「先ほどの勘違いはお許し下さい。独占欲が強すぎると自覚はしているのですが……」
「あ、いえ、嫌ではないですよ。それだけ、大事にしてくださっているということですよね?」
「……アリア、私を甘やかすのが上手になりましたね。」
「あら、そうですか?」
「私が独占欲の塊のような男になったらどう責任をとるおつもりですか。」
「ユリウス様の頭の中が、わたしのことでいっぱいになるなら嬉しいですわ。たくさん甘えてください。」
「心配せずとも私は貴女でいっぱいですよ。」
くすくす笑った後、ちゅっと音をたてて、ユリウス様はわたしの額にキスを落とした。
「……私も、貴女を愛していますよ、アリア。」
――ああ、もう。
ユリウス様の笑顔は、とても綺麗で、嬉しそうで。
「これからもたくさん甘えさせてくださいね?」
「まあ、ユリウス様ったら!」
「もちろん、貴女のこともたくさん甘やかせてあげますから、心配いりませんよ。」
耳元で、甘い声で囁かれる。
本当に、この人にはかなわない。いつもユリウス様はわたしを甘えさせてくださるから、今度はわたしが甘やかせて差し上げるって言っているのに。
悔しいから、わたしからユリウス様に口付けて差し上げました。
(私のアリアはなんと可愛いのでしょう。今から寝室に連れて行ったら怒りますかねぇ……)
(ユリウス様、全然動揺していらっしゃらないなんて。……悔しい…!)
((お二人とも、私たち使用人が同じ空間に居ること忘れてらっしゃいますよね、これ……))