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鬼の宰相とその奥さん  作者:
本編
5/10

二人のこれから

「……母上。」


「なにかしら、ユリウス。」


「私が帰ってきてから、もう二時間が経過していますが。」


「そうみたいね。……それで、どうかしたの?」


「どうかしたの、ではありません。……いい加減アリアを返してください。」


「あら、それはまるでアリアが貴方のものみたいな言い方だわ。」


「アリアは私の妻ですが?」


「私の可愛い娘でもあるわ。」


「……。」


 あれから、ユリウス様はほとんど毎日帰って来られるようになった。月に二日ほど、今日みたいに早めに仕事を終わらせて帰って来られる日もある。以前よりも会話が増えて、ユリウス様のことを知ることができたのはとても嬉しい。だけど、早めに帰ってきた日はこんなふうにお義母様との間に火花を散らせていらっしゃいます。正直に言うと、わたしを挟まないで欲しいです。怖い。


「とにかく、もういいでしょう。」


「どうして貴方が決めるの? 私だってアリアと過ごしたいわ。」


「母上は一日中アリアと会えるではありませんか。アリアに会いたくて早く帰ってきているのに、何故毎回毎回母上は邪魔をなさるのですか。」


「そうねぇ……。三年もアリアを放っておいたお仕置き、かしら?」


「……は?」


「まあ。貴方、アリアの気持ち、考えたことがないの?」


「……。」


 あ、これはちょっとまずいわ。ユリウス様の機嫌が一気に悪くなってしまわれた。


「あ、あの、お義母様。」


「なにかしら、アリア?」


「わ、わたしも、せっかく早く帰ってきて下さったので、ユリウス様と過ごしたいなぁ、なんて……」


「あら、そう? うーん、アリアのお願いなら仕方ないわねぇ。」


「ありがとうございます。」


 お義母様に頭を下げると、わたしは立ち上がった。


「ではお義母様、また後ほど。……ユリウス様、参りましょう?」


「……ええ、そうですね。」


 ……機嫌、直るかしら。一抹の不安を覚えながら、わたしはユリウス様と一緒に歩き始めた。


* * *


 ユリウス様が帰ってこられるようになってから、わたしの生活は一変した。

 気付けば時計を気にしているし、ユリウス様のために紅茶をいれる練習もしたし、夜もユリウス様と一緒なのが当たり前になった。


 ああわたし、今になってユリウス様に恋しているんだなって思う。


 でも、そんな毎日も楽しい。ユリウス様はなにを考えていらっしゃるのかよく分からないけれど、以前より数倍優しくして下さるようになったから、それだけでわたしは嬉しくて。


「ユリウス様。紅茶をいれますね。なにが良いですか?」


 不機嫌なままのユリウス様と一緒に部屋に入って、なんとか場を和ませようとわたしがいつものように紅茶をいれようとした、ら。


「アリア。」


 後ろから抱きしめられ、耳元で少し掠れた声がした。


「……アリア。」


 ……えっと、これは、どうしたら。わたしが返事をしないでいると、どんどん腕に力がこもっていっているのが分かる。とにかく返事をしたほうがよさそう。


「はい、ユリウス様。どうなさいましたか?」


 わたしが返事をすると、ユリウス様は後ろから、わたしの肩のあたりに顔をうずめた。……やっぱりその体勢好きなのかしら。可愛いからいいのだけれど。


「……母上の、言っていたことですが。」


「えっと、どれでしょう?」


「……三年も放っておいた、と。」


「ああ、はい。」


 そういえばその言葉の直後に機嫌が悪くなったんだった。


「……どうして、貴女から言って下さらなかったのですか。」


「え?」


「怒っているのなら怒っていると、貴女の口から聞きたかったのです。」


「は、はぁ。」


 別に、怒っていないのだけれど……。口を挟めるような空気でもない。


「貴女から愛していると言っていただけなくて、私がどれほど寂しかったか。」


「はい?」


 言っている意味が分からなくて、わたしはユリウス様の腕をほどいて、彼と向き合った。


「あの、ユリウス様はなにをおっしゃっているのですか?」


「? 三年も放っておかれたことを怒っているから、私のことをまだ愛して下さっていないのでしょう?」


 いやいやいやいや、なにがどうしてそうなったのですか…!


「あの、ユリウス様。わたし、怒ってなどいませんよ?」


「……そうなのですか?」


「確かに寂しかったですけれど、もう昔のことですから。今はこうしてほぼ毎日帰って来て下さるようになりましたし、今さら怒って、あなた様との関係を悪くするつもりは毛頭ありません。」


 それに、あの期間があったおかげでお義父様とお義母様、お屋敷の使用人の方々と仲良くなれたのだから、無駄な時間だったとは思わない。


「……怒っていないのですか?」


「はい。怒っておりませんよ。」


「では何故いつも、私が愛していると言っても、愛しているとは返して下さらないのですか?」


 ユリウス様の言っている意味がわからなくて、わたしは思わず固まった。……意味がわからないと言うか、勘違いしてしまいそうと言うか。


「……えっと、それはまるで、ユリウス様はわたしのことを愛しているという風に聞こえますが…?」


「……なにを、言っているのですか。」


 あ、そうですよね。わたしが一方的に好きになっていっていただけだもの、ユリウス様も同じ気持ちだなんて、思い上がりもいいところだ。

 失言を謝ろうと思ったわたしが口を開くより前に、ユリウス様に抱きしめられた。


「あれから毎日、何度も言ってきましたよね? 伝わっていなかったのですか?」


「え、あの、ユリウス様?」


 体が離れたと思うと、すぐに口付けられた。何度も何度も、角度を変えて。いつの間にか、深いものに変わっている。……ほぼ毎晩されるようになったのに、わたしは未だにこの口付けは苦手なままだった。上手く、息ができない。

 いつものように、降参の意を込めてユリウス様の胸のあたりをたたく。ユリウス様は、音を立てて唇を離した。


「――っ、は、…っ、もう、ユリウス様…!」


 わたしが非難の目を向けているのに、ユリウス様はこの上ないほど嬉しそうに笑ってらっしゃった。


「いつも言っているでしょう? 愛していますよ、アリア。」


「――っ、」


 ああ、もう。


「アリア?」


「……ユリウス様は、よ…、夜、ベッドの上でしか、おっしゃらないから…、その、本気ではおっしゃっていないのだと……」


「それは心外ですね。私はいつだって本気ですよ?」


「すみ、ません。」


 確かにあの日から、ユリウス様はとても優しくなられた、けれど。


「そうですね……。では、昼間にも言えば信じていただけますか?」


「は、はい?! え、いえ、そういう問題ではなくて!」


「愛していますよ、アリア。」


「…っ、あ、えっと……。」


 ユリウス様の期待の眼差しをひしひしと感じる。これは、答えを間違うと今後の夫婦生活が大変なことになる気がします。


「わたし……も、愛して、います。」


「よくできました。」


 ユリウス様は満足そうに微笑むと、何故かソファーに私を押し倒した。


「……あの、ユリウス様?」


「はい、なんですか?」


 笑顔で答えてくださるけれど、手の動きがあやしい。


「なにをなさるおつもりですか?」


「おや、口にしないと分かりませんか?」


「……いえ、なんとなく察してはいますが。」


 なにがどうしてこうなった!! わたしの予定では、今頃お部屋でユリウス様とお茶しているはずなのだけれど……おかしいな。


「ではおとなしく従って下さいね。」


「ユリウス様、夕食もまだですが。」


「今は夕食より貴女が欲しいです。」


「……。」


 だめだ、この人。言葉が通じない。


 わたしがおとなしくなったと思って服に手を掛けたユリウス様。その油断している隙に、わたしはユリウス様の右手を捻り上げて上体を起こした。


「っ、痛っ、アリア、どういうつもり――」


「ユリウス様? どいて下さいますよね?」


 わたしがにっこり笑うと、ユリウス様はしぶしぶ頷いた。


「さあユリウス様。一緒にお茶しましょうね。今紅茶をおいれしますから。」


「……ええ、お願いします。」


 数年後、国王になられたアルディーン様をお支えし、仕事に関しては鬼の宰相と呼ばれるようになるユリウス様。きっと、わたしとのやり取りを見たら大半の人が驚くでしょうけれど、対等な関係を望まれたのはユリウス様だもの。それに、わたしだってそのほうがいい。


「ユリウス様。」


 紅茶をテーブルに置いて、名前を呼ぶと、ユリウス様は顔を上げて下さった。


「はい、アリ――」


 わたしは、ユリウス様が言い終わる前に口付けた。触れるだけのキスだけれど、わたしからしたことがなかったからかしら。ユリウス様は、目を見開いたまま固まっていた。


「愛していますよ、ユリウス様?」


 わたしが言うと、ユリウス様は数回瞬きをした後、顔をほころばせた。


「本当に、貴女という人は……。これ以上惚れさせて、どうなさるおつもりですか。」


「さあ、どう致しましょう?」


 わたしはくすくす笑いながらユリウス様の隣に座った。わたしが紅茶をすすめると、ユリウス様はカップを手にとった。


「……私の妻が、貴女でよかったです。」


 紅茶を一口飲んだ後、ユリウス様がぽつりと零した言葉に、胸が暖かくなる。


「わたしも、あなた様の妻になれてよかったです。……そう思えるようになったのは最近ですけれど。」


「……アリア。やはり根に持っているのではありませんか?」


「いいえ?」


 わたしが笑うと、ユリウス様は少しだけ不服そうな顔をされていたけれど、つられて笑顔になった。


「まぁ、これから何年も一緒にいるのですからね。はじめの三年のことなど思い出せなくなるぐらい大事に致しますよ、私の奥さん。」


「ふふ。楽しみにしておきますわ、旦那様。」


 本当に、怒っていないつもりだったのだけれど、ユリウス様の言葉がとても嬉しかったということは、わたし、怒っていたのかしら?

 なんにせよ、ユリウス様とこうして笑い合える毎日を送れるようになったのだから、きっとわたしは誰よりも幸せ者だと思うの。


 これからもよろしくお願い致しますね、ユリウス様。

これで本編は完結です。お付き合いありがとうございました!


*おまけ


「さてアリア。先ほどの話ですが。……夕食後なら良いということですよね?」

「ぶふっ!」

「おや、どうしたのですか。噴き出すだなんて汚いですよ?」

「だ、誰のせいだと…!」

「ふふ、可愛いですね。」

「…っ、はいっ?!」

 対等な関係とは言うけれど、ユリウス様には一生かなわない気がするのは気のせいでしょうか。

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