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鬼の宰相とその奥さん  作者:
本編
4/10

結婚後のお話③

「ユリウス様。」


 そう言えば、ユリウス様に檄を飛ばしたせいで、返事ができていなかったなと思って、わたしは口を開いた。


「……わたしが心配していたのは、あなた様です。」


 何故か、この国の行く末を心配していると勘違いされてしまったから、そのままにしておくのはちょっとどうかと思って。


「純粋に、三日も部屋にこもったままのあなた様が心配でした。」


 伝えたかったことを伝えられて満足したわたしは、ユリウス様にお出しするために、コップにお水を注ぎはじめた。

 すると、こちらに近付いてくる足音がした。お粥を食べていたはずなのに、どうしたのかしら。不思議に思って、わたしは顔を上げた。


「ユリウス様、お水でしたらわたしが――」


 気付いたら、なにか温かいものに包まれていて。……あら? わたし、いつの間にユリウス様に抱きしめられたの…?


「……アリア。」


「…っ、はいっ」


 名前を呼ばれたのは、いつぶりだろうか。名前を呼ばれるのが、こんなにも恥ずかしかっただろうか。ユリウス様の声は、こんなにも切実な色を見せたことがあっただろうか。

 ああ、ちょっと今混乱しすぎて思考が追いついていないわ。


「……私は結婚する前に、結婚しても家庭よりも仕事を優先させるつもりだと言いました。」


「……はい。」


 ユリウス様は、わたしの肩口に顔をうずめたまま、話し始めた。わたしの頭の中はまだ整理できていないけれど、話を聞かないわけにもいかない。


「貴女がそれでいいと言ったので、私はこの三年、ずっとその通りにしてきました。」


「……はい。」


 ユリウス様の言っていることは、全て事実であって、否定することはなにもない。……何故こんな話をされているのかは、よくわからないけれど。


「ですが……先ほど、私を受け止めて下さると、言いましたよね。」


「……はい。」


 ええ、言いました。言いましたとも。


「……それは、帰って来てもいいということですか。」


「……はい?」


 なにを、おっしゃっているのかしら。


「ここはユリウス様の家ではありませんか。帰って来てはいけないわけがありません。」


「そういうことではなくて。」


 ユリウス様は、顔を上げた。こんなに至近距離で見つめ合ったことなんてなくて、思わず固まってしまう。


「貴女は、私が帰って来ても迷惑ではないのですかと聞いているのです。」


「……どうして、迷惑だなどと。」


 一緒に寝なければならないことがちょっと面倒だっただけで、迷惑だと思ったことはない。……それに。


「結婚を嫌がっていたのは、ユリウス様のほうだと思っていましたけれど。家庭よりも仕事を優先すると、わざわざ宣言なさったのですから。」


「……それは。」


 ユリウス様は口を閉ざすと、視線をそらした。


「ユリウス様? 違いますか?」


 続きを催促すると、ユリウス様は観念したように息を吐いた。


「ああ言えば、大抵の女性は縁談を断ってきたのです。」


「え…?」


 それって、わざとあんなことをおっしゃったということ…?


「父は、元々私を貴族以外の女性と結婚させるつもりだったようです。数年前に身分の異なる者同士の結婚が法で認められましたが、貴族と平民との結婚というのは、あまり聞かないので、それならば宰相の家が実践してみようという魂胆だったそうで。身分に拘らずに、縁談を受けていました。」


 ああ、それで一商家の娘であるわたしとの結婚話が出たのね。


「ですが大抵の女性は、宰相の妻となる、ということは頭になく、私の顔や家柄、財産に目を付けてやってきたようでして。その上、何故か私が性格まで良いと思っているようでしたので、彼女たちには幻滅していただきました。そうして、向こうから縁談を断るように仕向けていたのです。……そんな女と結婚するのはごめんでしたから。」


 そこまで言うと、ユリウス様はまた、わたしの肩口に顔をうずめた。


「でも、そんな女しか寄って来ませんでした。」


「……え、っと。」


 宰相となるユリウス様を支えるつもりもなく、完璧な貴公子のイメージを押し付けてくる女性たち。彼女たちは、ユリウス様自身を見てくれなくて。……ユリウス様、寂しかったのかしら。


「本当は、貴女にももっと畳み掛ける予定でした。私が妻に求めるのは、子を生むことだけだと。なににも口出しせず、部屋にこもって刺繍でもしていろと。」


「そんな女性を見下したようなことを本気でおっしゃったら、わたし怒りますよ。」


 ユリウス様は顔を上げてしばらくわたしの顔を凝視した後、口元を緩めた。


「……やはり、貴女は他の女性とは違いますね。その目、とても好きですよ。」


「……はい?」


 ユリウス様は、妖艶という表現がぴったりの笑顔で微笑んだ。



「貴女は本当に、変わった人ですね。」



 ユリウス様から褒め言葉でもなんでもない言葉をいただいた後、わたしは何故か口付けられていた。


「…っ、え、あの、」


「貴女のそういうところは初めから気に入っていましたが、今回のことで確信しました。」


 ユリウス様は、嬉しそうに微笑んだ。


「貴女となら、対等な関係を築いて、良い夫婦になれそうです。」


 その笑顔は、きっと初めて見た、ユリウス様の屈託のない笑顔だったと思う。


「これからもよろしくお願いしますね、アリア?」


「…っ、え、あ、はい。こちらこそよろしくお願い致します。」


 ユリウス様は満足そうに笑った後、またわたしの肩口に顔をうずめた。……気に入ったのかしら、この体勢。

 そう思うとなんだかユリウス様が可愛く思えて、自然と口元が緩んだ。それと同時に、ユリウス様の弱さも受け止められるような妻になりたいと強く思った。


 わたしはそっと、ユリウス様の背中に腕をまわした。

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